1章6話 討伐指令:村落を占拠した武装集団
◆◇◇Ⅵ◇◇◆
街道の暴風になっていた馬車から不安な音が聞こえ始めたころになって、ハユハが速度を緩める。もはや御者台で逆さまになっているような格好だったオスティンは背もたれを頼りに態勢を整え直して、地図を確認する。
「もうすぐか」
「ン」
早足で二刻だったはずの距離を半分の一刻で駆け抜けて、最初に見当をつけた斥候ポイントに到着する。
馬車が進む音に合わせていくつかの足音が聞こえたことをハユハとオスティンは確認しあい、わざとらしく別のそれらしい地図を取り出して、大きく広げた。
ここから件の村まで通常の馬車なら一刻と少しの距離で、訓練を受けた斥候兵士なら通常の馬車よりも早く拠点に戻って仲間に知らせることができる。
「しかし、斥候まで立ててるって一体どんな連中なんだ?クーデターでもやる気かね。開拓村から始まる夢の国か?」
「冷静に慎重に──狂気を遂行する。そいだば、軍隊だ」
「嫌なこと言うぜ。目的は分からないが目標は村に何者も近づけないことかねぇ」
周囲から殺気は感じられないが、森は静まり返って重い空気が垂れ込めている。馬の呼吸音と馬車が進む音だけがやけに大きく聞こえる。
風は止み、森はざわめくこともなく暗幕のように行先を覆い隠している。
二人はわざとらしく旅食を開けて、それをそぞろに口にしながらとろとろと進んでいき、村までの道のりが残り半刻程度になったころ、前方からいくつかの人影がやってくるのが見える。
しばしの間、街道を向こうとこちらで向かい合ったまま進み続ける。
人影はこちらを認識しているらしく、まっすぐこちらに向かってくる。
歩いているのではなく、駆けている。
速度を落とす風もなく、新たに号令する様子もない。
その時、木漏れ日に何かに反射したのが見えて、ハユハが短く号令する。
「跳べッ!」
2人は御者台から弾かれたように跳び、変身魔法を解いて駆ける。
遠慮は無用というわけらしい。
白銀の戦斧を抜き払って両腕に提げたハユハが、一気呵成に相手に突進する。
一歩、二歩、と跳ぶように勢いをつけて駆け、残りの距離を詰めると、眼前に敵を捉えて戦斧を振り抜く。
強烈な破砕音を鳴らして、敵の一人が弾き飛ばされた。
腕ごと胴を斬り裂かれ、地面に叩きつけられて跳ねる身体。
それを追ってハユハが猛り狂う獣のように、跳ね、駆け、斧を叩き込む。
剛腕によって叩き込まれた斧は鎧を食い破って胴を両断し、地面を砕き割る。
当然、敵もハユハを捕捉している。
別の敵から繰り出される、勢いを乗せた突きがハユハに迫る。
それを身体をねじって躱し、すれ違いに跳んで抜き去るハユハ。
着地と同時に地面を蹴り、追って向けられた切っ先に向かって、反転突進する。
低く低く沈むような姿勢でハユハは突進する。
一歩、二歩、そして三歩目で地面を砕かんばかりに蹴りつけた。
ズガァン!!
金属を引き裂くような破砕音。
血飛沫が舞い、鎧の破片がばらまかれた。
轟撃で逆袈裟に切り裂かれた敵の身体は宙を舞い、頭から地面に墜落する。
振り向いてそれを見下ろしたハユハは、最後に残った一人に狙いを定めた。
斧を構え、姿勢を低くし、地面を砕かんばかりに踏み込んで突進をかける。
その突進に、ギラリと光る刃が横合いからぬらりと差し込まれる。
弾かれたような跳躍でハユハはそれを躱し、地面を数度蹴りつけて距離を取り、目を見開いて斧を構え直す。
今しがた倒した敵が、引き千切られて伸び切った腕で剣を突き出していた。
その腕は人間の腕とは思えない長さに伸び、血肉と破片をどろりと垂らしている。
鎌首をもたげる蛇のような切っ先が、ハユハに向かって、ゆらりと揺れる。
しかし観察の暇を許すほど敵も甘くない。
訝しむハユハの眼前に、最後の敵がカンッという高い音と共に踏み込んでくる。
踏み込み。切り裂き。切り裂き。紫電の如き突き。
敵は風切り音を鳴らして剣を振るい、ハユハの急所を切り裂き、貫かんとする。
ハユハは上体を反らせ、首を捻り、それをすれすれで避ける。
そして数度の回避の後に、刺突に合わせて刀身を横から斧で打ち払った。
剛腕に握られた斧でしたたかに打ち払われ、剣は弾き飛ばされるかに見えた。
しかし、そうはならなかった。
剣を持つ腕は蛇がもんどり打つようにうねって、剣を持ち直した。
ごきり、ばきり、という身の毛のよだつ音と共に。
そして間髪入れずに、捻くれ曲がった腕を無理矢理に引き伸ばして剣を振るう。
ハユハは大きく身体を反らして避け、数度ステップを踏んで距離をとる。
ごおっ!!という轟音と共に、つい先程のハユハの位置に炎が吹き上がった。
その眩しいほどの茜色の炎は、瞬く間に広がり、炎壁を成した。
燃え盛る炎の主であるオスティンは、続けざまに杖を閃かせて魔力を解き放つ。
空気を引き裂く音とともに、炎壁の中に荒れ狂う稲妻が召喚される。
触れれば身体を灼き焦がし、絡め取って消し炭にするであろう炎雷の壁。
その威容によって、彼我の攻防に一旦の空白が生まれた。
炎雷の向こうをハユハとオスティンは睨み据える。
先ほどの連撃の主は息すらしていないかのように静止し、不気味に歪んだ腕で剣を持って此方に切っ先を向けたままだ。
そして剣をぬらりと差し込んだ方もまた静止していた。引き裂かれた身体から伸びる異様な長さの腕が、剣を握り締めたまま此方に切っ先を向けている。
どちらにも倒れた仲間を回復するような様子は見られない。
ハユハの身体がフッと低く沈み、地面を割り砕くような音を立てて踏み込んだ。
味方を識別する炎雷の壁を突破した双斧が唸りを上げて連撃の主に迫る。
静止していた腕は一瞬不気味な動きでうねり、蛇のように伸び、迎撃する。
ハユハは旋風のように斧を振るって刀身を弾き、勢いのままに懐に飛び込む。
低い姿勢から、踏み込みの勢いと身体の捻りを加えた強烈な一撃が繰り出された。
逆袈裟に振り抜かれた斧の刃が、敵の鎧を噛み砕いて身体まで切り裂く。
弾け飛ぶ血飛沫と鎧の破片。
半ば両断された身体。
果たして敵は引き千切られて吹き飛び、地面に叩きつけられて倒れ伏した。
しかし、剣を持った腕が身体を引きずり、倒れたはずの敵は立ち上がった。
ハユハは斧を構える。
もう一方の敵から、再び不意に突き出される剣。
しかしそれは、もはやハユハの眼中にない。
殺気も無く不意に突き出されようとも、動きが遅すぎる。
ハユハはその突きを難なく斧で弾き、懐に踏み込んで蹴り飛ばす、
血飛沫か肉片かを撒き散らし、敵は大きく飛ばされて転がる。
ハユハは、数歩離れて二体の敵の様子をみる。
切り裂いたという手応えはあった。
しかし敵は立ち上がり、生き物として成り立たない格好で剣を突き出している。
その不気味な動きの中心にあるのは、剣だ。
ステップを踏みながら炎雷の壁を潜ったハユハは、油断なく杖を構えるオスティンに尋ねる。
「──こげらぁ、死霊ん類か? あの剣はなンだ」
「……生き物やめたみてぇな気持ちの悪い動きをしやがるなァ」
まるで虫が反応しているような動きでこちらを狙う二体の敵。
攻撃自体は確実にこちらを狙っているが、もはや理性が感じられない。
それらへの警戒を続けながら、最初に倒れた一体をオスティンは観察する。
倒れ伏して動かない敵の身体は、切り裂かれて腕と胴体が泣き別れになっている。
「──剣か。死霊ではないが、そのようなものかねェ」
オスティンが杖をぐるりと回しながら詠唱し、鋭く振り抜いた。
杖先から勢いよく炎が吹き出し、蹴り飛ばされて転がっている方の敵を包み込む。
渦を巻く金色の炎から吹き付ける風を頬に受けながら、敵の様子を観察する。
敵はもがく様子も見せずに、なおも剣だけをこちらにぬらり、ぬらり、と突き出していたが、やがて腕が焼け落ち、地面に崩れ落ちた。
焼け焦げたそれらはようやく動きを止める。
「暗黒剣だな」
オスティンが呟くと、すぐさまハユハが鋭く足を踏み込んで敵に迫る。
立ち上がり此方に剣を向ける最後の敵の眼前に迫り、斧を閃かせ腕を斬り飛ばす。
腕を失った身体は文字通り糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「暗黒剣か」
2人の間に苦み走った沈黙が降りる。
オスティンは炎の竜巻のあとに残った黒い焼け滓に近づいていき、杖を向ける。
煤で黒く染まった剣、そして異様なまでに無事な鞘。
危険を避けるために解呪を試みるが、失敗。ならばと今度は解析を試みる。
片手で顎をさすりながら口を引き結んでいるオスティン。
一人で頷き、次は斬り飛ばされて地面に転がっている腕に近づいていく。
斬り飛ばされてなお、腕は剣をしっかりと握りしめている。
続けて、胴体の方についている鞘を観察し、オスティンは結論する。
「間違いない。暗黒剣だ。まず、鞘の瘴気なら触れても問題はなさそうだ。剣の方は聖水を使えば触れるだろうな。俺が処理するから警戒を頼む。」
オスティンは最初に切り倒された敵の死体に近づき、警戒しながら手を伸ばした。
まず帯を掴み、短剣で切断して、鞘を近場の一角に放り投げる。
次に、焼け滓の中に転がっている鞘に手を伸ばし、保護魔法越しに掴んで投げる。
そして、最後に倒した敵の身体からも鞘を外して放り投げ、回収する。
都合三振りの鞘を一箇所に集めたオスティンは、聖水を取り出して蓋を開けた。
積み重なった鞘に聖水をじゃばじゃばと振り掛ける。
吹き上がる瘴気を心底嫌そうな顔で眺めるオスティンは、口をへの字に曲げる。
しかし鞘だけを処理するわけにはいかない。
オスティンは綿の手袋を両手に嵌め、こちらにも聖水をたっぷり染み込ませた。
そして斬り飛ばされた腕が握っていたままの暗黒剣をもぎ取る。
「数打ちか?」
「鞘はどれも同じみたいだな。出処を考えると、まぁー……頭が痛いもんだ」
柄を握る手がシューシューという不気味な音を立てるのを不快そうに見ながら、オスティンは剣を調べる。
「それなりのモノではあるみたいだから、一層頭が痛い」
「時代がかってっが。ここらで使ってるもんと形は同じだんな」
三振りの暗黒剣を鞘に叩き込み、それを脇に抱えて持ってくるオスティン。
ハユハは真っ白な清布を広げ、そこに剣を置いてもらってから包みこんだ。
オスティンは杖を取り出し、かたわらの地面を叩く。
ずるずると土が蠢き、箱の形になりながら地面から盛り上がってくる。
ハユハはその中に布で包んだ剣を入れ、オスティンはその上に聖水をぶちまけた。
土箱の中からはもうもうと瘴気が吹き上がってくる。
赤紫と青黒い色が混ざった霧のようなそれをハユハは心底不快そうに見つめ、オスティンは瘴気から距離をとって、小声で、あーやだやだこれだからヒトは嫌いなんだ……とよくわからない愚痴を零しながら瘴気が収まるのを待っている。
やがて瘴気が収まったところで、オスティンは土の箱を地面に埋め戻そうとしたが、その様子を見て何やら考えていたハユハに作業を止められた。
「こァ、わァらが回収せねばいな」
「マジか。テキトーな理由つけて調査課に回収頼むのはなしか?」
ハユハは真剣な面持ちで首を横に振った。
「出処もモノも知られちゃなんね。それに調査課じゃ手に余っど」
肩をすくめて首を振ったオスティンは、後で取りに来るための目印代わりに近場の岩を箱の上に乗せて、杖で箱を叩き、地面に埋め戻す。
そして次は死体の方に向きなおった。
斬り飛ばされて腕を失くした死体のすぐ横にしゃがみこんだオスティンは、魔力の残滓を丁寧に検め、それから死体の首筋付近に手を当てて鎖を引きずり出した。
その先にぶら下がっている認識票を検める。
表面は削り取られており、裏には鎚かなにかで打たれたような跡が見える。
「ご丁寧にまァ。削ったあとに打ってあるぞ。裏目も読めない。込められてる魔法も叩き潰されたか焼き切られたかしてて発動しない。──そして、一枚しか無い」
鎧の上に羽織っているタバードに注目していたハユハが続けて言う。
「タバードん柄は見たこだねんな」
「こりゃ今のところは何もわからんな。こいつら三人が、死んだことになってる事以外はな」
「ン」
ハユハは短く返事をすると他の死体たちからも、ただの金属板になった認識票を取る。三枚のそれを手にしたまま、ハユハは道の先を睨み据える。
「こげらに祈っかは、あとで決めねばない」
「そうだな」
二人は厳しい表情で馬車のほうに戻り、道から外れたところに馬車を繋いで、ここから先は徒歩に切り替える。
オスティンがハユハに視線をやりながら問いかける。
「これで3。ヨイルの村1つ占領するんなら何人要ると思う?」
「最低16」
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