1章5話 討伐指令:村落を占拠した武装集団

◆◇◇Ⅴ◇◇◆


 燐光が舞う石室の両側の壁には武具架けが設えてあり、正面には祭壇と柩が置かれている。

 早朝の静まり返ったギルド会館の書庫の奥。

 埋葬機関の騎士たちは武装を整えるべくここに来ていた。

 ハユハは斧が架けられた方の壁に向かい、オスティンは杖が架けられた壁に向かい、モロッグは中央に置かれた祭壇の前に進む。


 間もなく出撃だ。


 ハユハの装備は壁の武器掛けに置かれた一対の戦斧、燻銀の兜と燻銀のチェインメイル、馬の意匠彫りがある胸当てと脚甲、鎖革帯、そして濃灰色のクロークだ。

 官吏風の毛織物の上着をチェストにしまうと、チェインメイルを頭から被り、防具の留め具を締めていく。

 そして、戦斧を手に取った。手への馴染みを確かめるように握って、斧を空中に静止させたまま腕と肩をぐるりと回す。

 ハルバードの穂先を切り取ったような独特な形をした双戦斧は丁寧に磨き込まれ、凶暴な形状とは不釣り合いな静かな佇まいをしている。ハユハはその総金属製の手斧を軽々と数度振ってから革帯に架け、濃灰色のクロークを羽織る。


 一方のオスティンは竜革の鎧一式を身に着け、多数の物入れが付いた肩掛け帯を締めている。

 防具架けの隣には薬品棚があり、そこには瓶類や呪符類が並べられている。オスティンはその棚を目まぐるしく見渡しながら次々に必要な物を選んで収納していく。

 ポーチを開け、流れるような手付きでしまい、また次を選んで同じように収納する。迷いのない手付きでいくつもの薬瓶や呪符を収納していたオスティンだったが、途中で思い出したように治療関係の薬瓶が並んでいるところに手を伸ばして、奥の方にしまってある少し埃被った薬瓶を取ってポーチにしまった。

 最後に壁に架けられている長杖を手に取る。布が巻き付けられた木製の長杖の先端には龍の目のような紋様の宝玉が嵌め込まれている。オスティンが杖を握り込むと、宝石がギョロリと動いて、周囲を見渡す。

 そして濃灰色のクロークをふわりと広げてから身につける。


 二人が装備を整えている間、モロッグは祭壇の前に跪いて静かに瞑目していたが、目を見開いて傍らの武器立てに置かれた剣槍を手に取って立ち上がる。

 ぐわん、と重厚な金属音が響いて切っ先が天を向く。そして、刀身を押し戴くようにモロッグは柄を握り込んだ。

 モロッグの足元から夜明けの空のような燐光が迸る。それらは眩い白い光に変わったあと、夕日色に変わり、やがて宵闇色に変わる。身体を覆う燐光を払うように剣槍を振り下ろしたモロッグの身体は、漆黒の甲冑に覆われていた。

 宵闇を固めたような色の金属でできた重厚なプレートメイルは、そこに立っているだけで威圧するような気配を放っている。兜は顔のほぼ全てを覆っており、隙間からわずかに目が覗くのみだ。周囲を威圧するようなその佇まいは、物語に語られるデュラハンを彷彿とさせる。

 そして手にした剣槍は長大で、盾のように幅広い刀身と長い柄をしており、振り下ろせば馬ごと叩き斬りそうな異様なものだ。それをモロッグ自身は木の槍を扱うような手付きでぐるりと回して感覚を確かめ、背に負って仕舞う。そして剣槍と並べて立てられていた漆黒色の拵えをした片手剣を鎧に提げる。

 最後に、2人と同じように、濃灰色のクロークを羽織った。


 埋葬機関の証。灰のクローク。

 壮麗な模様も誇りを掛ける紋章も、その布地には描かれていない。その路傍の布切れのような佇まいは、彼らが影の存在であることを象徴している。


 三人は揃って祭壇の奥の壁に備え付けられた魔法陣に立った。

 オスティンが長杖で床をコツンと突く光の門が空中に現れ、三人はそれぞれ門に足を踏み入れる。


 門をくぐると、そこは崩れ落ちた廟堂だった。

 周囲は木々に囲まれて薄暗く、空を見上げると木々の隙間から朝焼けの空が見える。最初に一歩踏み出したモロッグが二人を振り返る。


「先に出る」


 そう言ってから、石畳を蹴りつける音とともに跳ぶようにモロッグが駆けていく。

 疾走よりなお早く、暴風のように木々を蹴り揺らしながら、あっという間に遠ざかっていく姿を見送って、オスティンとハユハも駆け足で森の中を進み始める。

 森は暗く、地面に這い出した木の根は足を捉えんとするがごとく地面をくねくねと這っている。

 その木の根を踏みつけながら二人は暗い森を駆ける。

 細枝を払い、藪を抜け、まっすぐに駆けるうちに森から林になり、やがて草原になった。

 視界の遠くにトワイアの街並みがはっきりと見え始めたところで、オスティンは杖を振るって姿変化の魔法を施す。

 ハユハは老婆、オスティンは壮年商人の姿に変わった。

 草原の中に街に続く道を見つけたところでオスティンは駆けるのをやめて、徒歩に切り替える。

 しかしその横で力強いフォームで駆け続けようとするハユハを見て、オスティンは呼び止める。


「待て待てどうどう。どう」

「ン!」

「ン!じゃねえ。歩いて歩いて」

「ン!わがった」


 老婆の姿でクロークを払うように腕を振って、堂々とした佇まいで歩き始めるハユハをオスティンは再び呼び止める。


「おまえのようなババアがいるか」

「ン?」


 ハユハは身体を見回して、自分が老婆の姿に変わっているのを見てから、今度は背筋を丸めてよぼよぼと歩く。

 数歩歩いて見せたところでピタリと立ち止まり、ハユハはオスティンを振り返る。


「ン!」

「ヨシ!」


 トワイア市の門が見える頃になると、農地に出かけていく人々や、遠くから物資を運んできた商人たちが街道に増えてくる。2人はそれらの人々に紛れて、自分たちの格好に相応しいそれらしい動きでトワイア市の門をくぐった。


 トワイア市は王都の北にそびえる大山脈の中腹にある都市だ。

 大山脈は国内有数の鉱物資源産出地であり、トワイア周辺には多くの鉱山や薪炭づくりを主産業にする村が拓かれている。

 地域の主な産業が鉱業であることから、村落が鉱山毎に点在しているためトワイア市自体は周囲に多数ある鉱山向けに食料を供給する農業拠点のような様子をしている。

 トワイアがある草原地帯より先は峻厳な山岳地帯になっており、夏でも氷雪が解けない大雪渓や断崖絶壁で囲まれた卓状台地が広がる。厳しい自然環境によってヒトの進出が阻まれてきたそれらの山岳地帯は、竜種をはじめとする魔物の棲家になっている。

 その、都市と言うにはやや牧歌的な街並みを横目に、2人は街路を進んでいき大きめの厩舎を備えている宿屋へと向かう。


 宿屋の前に着くと、オスティンが扉に手をかけながら言う。


「馬車を借りてくる。そこで待っててくれ」

「ン」


 宿屋の戸を開けて、オスティンはカウンターにまっすぐ向かう。


「いらっしゃい。部屋ですかな? 食事ですかな?」

「ちょっと頼み事があるのだが」


 オスティンが胸元から印章を取り出す。主人は目を丸くしたが、すぐに落ち着きを取りもどして印章の確認をしている。


「馬車を借りたい。幌付きだと助かるのだが」

「二頭立ての馬車がありますが……」

「幌付きかい?」

「ええ。幌付きです」

「ひとまず三日間借りたい」

「ご用意します。───こちらへ」


 裏手の厩舎に案内されたあと戸口で待つように言われ、数分もすると二頭立ての馬車を主人が回してくる。


「こちらです。どうぞ」

「ありがとう。請求はギルドに回してくれ。多少吹っ掛けてもいいぜ」

「毎度どうも……」


 馬車に乗り込んだオスティンは手綱を扱いて宿屋の外に馬車を回す。すると宿屋の入り口あたりで御者席にひらりと老婆が乗り込んで来た。


「街道で風になろうかのう」

「おうよ風になろうじゃねぇか。──あれ? ハユハその格好だっけ?」

「わァはこごだ」

 馬車の影にハユハが扮した老婆が腰に手を当てて立っており、首をかしげている。

「──……おぉ?」

「おい、母さん。この人たちはお客さん。買い出しには行かないから」


 宿屋の主人が慌てて婆さんを抱きかかえる。


「離しェ! とぼとぼぱっこぱっこ歩いても馬車の醍醐味は味わえん。わしが街道の風を教えてやるわァ!」

「街道ん風なら、わァも心しちょる」


 腕を振り回して降りるのを拒否する老婆と入れ替わりに、老婆の姿をしているハユハが御者台に上がり、手綱を握って婆さんに声を掛ける。

 そして、ハユハは婆さんに拳を突き上げてみせる。

 何かが通じたのか、婆さんも拳を突き上げる。

 すると、意を汲んだ馬たちが大きく嘶いて街道を走り出した。二頭立ての馬車が軽快に蹄鉄を鳴らして、街道を駆けだす。ハユハが数回手綱を扱くと馬たちは更に速度を上げて街道を駆け始める。


「今の何だったの?」

「舌ァ噛むど!」

「ねえ、今の何だったの!?」


 オスティンの疑問を置き去りにして、馬車は猛スピードで街道を進んでいく。

 小声でえぇ……と呟いていたオスティンだったが、馬車が石を轢いて大きく跳ね、尻をしたたかに打ち付けたところで我にかえり、ノリにノッている御者と馬を放っておいて正確な道案内に徹することにした。


 地図を広げて宝珠の付いたピンを刺し、指先に魔力を込めて地図を軽く叩く。するとピンは細い糸のように光を放って、行く先を指し示してくれる。

 ハユハが手綱を引いて、光の指し示す方向に向かって馬車を走らせていく。

 他の馬車を避け、人を避け、砂礫を弾き飛ばして、暴風のように馬車は街道を北へと進む。

 荒馬のような御者台の跳ね方にも、カーブを駆け抜ける際の横転するかと思うほどの傾き方にも、まるで動じていないハユハは涼しげに御者台に腰掛け、愉しそうにに馬車を走らせている。

 オスティンは両腕を限界まで広げ、足を突っ張り、振り落とされないように御者台にしがみくしかない。


「馬ァええなァ!いい走りっぷりだァ!」

「いきいきしてんなオイ!書類仕事より馬車転がしてる方が幸せなんじゃないのかー!!危ない危ない危ない!!」

「ったんめぇだ配送係ォ希望したっけんだぁンじゃば対処にねっがなって却下されってば今ん仕事だァ馬転がすん好っけんどそうもいがねんのが世の中ってもんだばなぁ!」

「ああああああだめだ何言ってるかいつもよりわかんねェよォオ――!!!地図が飛ばされる!!!あああああああッ!!!」

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