1章4話 討伐指令:村落を占拠した武装集団
◆◇◇Ⅳ◇◇◆
三人はギルドマスター室の正面にある書庫を開けた。
大量の書簡が詰め込まれた書架が並ぶ中を進んでいき、ハユハが最奥に並んだ書架の一つに手のひらを当てる。
すると書架が重い音を立てて床に沈んでいき、隠し扉が開かれた。その奥は、静寂と燐光に満たされた石室だ。
そこで彼ら三人は、埋葬機関として再び依頼事に向き合う。
石造りの机に資料を広げ終えたハユハが地図を指差す。指で道筋を辿り、目的地までの道のりを示す。
「目的地はヨイル。そいだば最寄りはトワイア」
「ハユハ。ゲートを出たらオスティンと宿場町で馬車を調達して、トワイア方面から来てくれるか?俺は村の裏手に回り込んでから急襲したい」
「ン」
「トワイアっていうと、今日運び込まれたベノムドレイクもトワイアのだって言ってたな」
「今回の件に直接の関係はないだろうが、念の為に備えておくか」
ハユハの指が地図を辿って、道の一点を指差す。
「戦術範囲ん中で入口になんのはこごだ」
「斥候がいるなら、そこに近づけば会敵するな」
ハユハが頷くと、オスティンが道の一点を指差す。
「じゃあ、俺とハユハはそこを通るように近づく。斥候を見つけたらまずは引き付けるようにわざとらしく近づいてみればいいか。できるだけ騒がしくな」
「頼んだ」
モロッグの言葉に頷いたハユハが手に持っていた資料の束から村の詳細地図を取り出し、全員が見えるように広げる。
「村だば占拠してンのはわっとらァが、人質んこだわがんねままだっけ」
「中央が村長の家で集会所。西側は作業場と倉庫。人質を集めて詰め込むなら集会所の方だと思うけどなぁ」
「人質を取る必要があるのか?」
モロッグの一言で二人が顔をあげる。
「人質を取る目的はなんだ? こいつらはそもそもなぜ占拠したのかすらわからんのだろう。既に皆殺しにされていて、奴らが籠城しているだけという可能性は?」
「しかし、皆殺しにしたという話もなかったろ?」
ハユハは沈黙したまま顎をさすっている。
二人も沈黙したままハユハを見ている。ハユハの指がサッと集会所に◯を付け、そこから南に向かってまっすぐ下に指を移動させる。
「こやつばら。防衛戦だらすっつもりだら。敵が来。民間人を守らねばない。んだば、民間人はァ閉じ込める。敵だら皆、殺すまで」
モロッグがため息を吐く。
「なるほど──今までの冒険者はただ近づいたから殺されたのではなく『迫ってくる敵になるように仕向けられて殺された』ってことか。そして、俺たちもそうしてやる、と」
「説明が少ないわけだ。防衛してるからかかってこい。以上。ってことかよ。ハア~やだねえヒト種は」
方針は決した、というようにハユハは締めにかかる。
「只今から次の朝鐘予鈴まで休息。朝鐘でトワイア廟堂へ。以降、先程の通り。以上解散」
三人が立ち上がり、大きく伸びをする。
書庫を出ると三人は一旦、総務課の執務室に戻った。
ハユハは壁の黒板にチョークで翌日は終日いないという旨を書き、自席に詰まれていた書類の処理用にメモをしたため始める。
モロッグは自分が不在である旨を黒板に書き加え、自分の机に不在を示す木片を置いた。
オスティンは自分の机にバサバサと積まれている魔法刻印依頼の封筒などを籠にばさっと移し、投げるように机に置く。籠には『保留』と、でかでかと書かれた木札がくっついている。
「明日は休みだア!」
オスティンが素っ頓狂な調子で言い放つと、モロッグがニヤリと笑って便乗する。
「おう休みだ休み」
「ハ!」
ハユハが鼻で笑い、荷物を肩に掛けながら壁に架けられたランタンを手に取る。
「いい休みにせねばなんねな」
「全くだ」
「ああ、全くだ」
昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったギルド会館を三人は闊歩する。
窓からはまだ月は見えず、宵闇がうすく張り付いているだけだ。廊下を抜けて、職員用の通用口から出たあとにハユハは執務棟の入り口を施錠する。
「飯食って帰るか?」
オスティンの問いかけに、ハユハが反応する。
「ンー……。何ぞ買って帰っかと」
三人は自然と食事を扱う店が集まる通りのほうに目をやり、バラバラとまとまり無く歩き始める。
ギルド会館がある、鍛冶屋や魔法用品店、魔法薬店に旅行用品店などが集まる冒険者通りを横断し、隣の通りに向かって三人は歩いていく。
足を向けた通りは、都市生活者のための生活用品や食品を扱う店が立ち並ぶ商店通りだ。
酒場や食物屋も並ぶこの通りは既に酔っ払いや食事を終えた者たちで賑わっている。彼らの間を抜けていき、いくつかの店を通り過ぎてからちょうど三人の目が留まった店に入る。
白い麦粉亭は食事処と食料品販売店が一緒になったこの通りによくある類の店だ。
店の表には腸詰めと乾物が吊るされており、その下には生の野菜がいくらか売られている。壁に沿って並ぶ棚には調味料の小瓶や壺、袋売りの粉類が並べられ、通路脇には樽詰めの漬物が並ぶ。
店に入ると、モロッグはさっさと奥へ歩いていき小袋に詰められた粉と干し肉、瓶詰めの葡萄酒を雑に選んでスタスタと会計係りの方に歩いて行く。
オスティンはもう少し奥の食事処と隣り合ったカウンターでいくつかすぐに食べられるものを注文し始めた。
ハユハは表で売れ残っているキャベツと人参を持ち、漬物が並んでいる方に進んで行って店員に声を掛ける。
「ハァイ!あらいらっしゃい。ハユハさん」
愛想のいい女店員が笑い皺を深くしてハユハに挨拶する。
「ン。ニシンの酢漬けだば、二匹」
「ハァイ。ニシンね。酢漬けの根セロリも美味しいよ。一緒にいかが? そっちのお野菜もお勘定でしょ?」
「根セロリももらおか」
ハユハは野菜と一緒にカバンから麻袋を出して店員に渡す。
店員が漬物を包んでくれているのを眺めながらキャベツをどうするか考えている風のハユハの隣に、既に会計を終えたモロッグがやって来る。
「ニシンか。うまそうだな」
「ン。ここらァ川魚ばかすだかンな」
「コイはもう飽きた。サケの方が俺は好みだなあ」
「ここらァ、サケ来ねからか売ってねンな」
「ハイ、いつもありがとうねえハユハさん」
店員から麻袋を受け取ったハユハは片手にそれを提げて、もう片手で軽く挨拶をして店を出る。
モロッグも一緒に店を出て、軒先で煙草に火を付けた。季節は夜風がもう冷たくなってきているころ。外套までは要らないが昼間と同じ格好で街路に立っていると少し寒い。
「秋も半ば。サケがんめぇ時期だ」
「うまいよなぁ。冬に入る前のサケ。塩漬けじゃないやつが食いたい。キノコと一緒に」
煙草の煙を口の端から流しつつ、モロッグが言う。
「ンだ。アスパラガス添えっば合うな。くたびれっくれ焼くど脂に合う」
「前に、サケを香草焼きにしたやつに果汁絞ったのを食ったけど、あれよかったよな」
ハユハが頷いてその時のことを思い出しながら付け加える。
「ベドウィンの」
「上の漬物も良かった。あの丸い奴な」
「ケイパー」
「へーぇ、そういう名前なのかあれ」
オスティンが木皿を片手に店から出てきた。持ち帰り用の質素な深い木皿は蓋がしてあるが、漏れる湯気と獣脂の香りは食欲をそそる。もう片手にはガラスの小瓶を握っている。
「おー。お前らマメだな。今から作るのかよ」
「麦粥ならすぐだ」
「お前、麦粥ばっか食ってるよな」
「そっちはなんだ?」
「ナッツの蜂蜜漬け」
二人がパッとガラス瓶を見る。オスティンが握る小瓶はさして大きなものでもなく、移し替え用のインク瓶程度の大きさしかない。
「うぉーお。高っけぇモン食ってんな。なんだ。誕生日か? 今年で5歳だったか? ん?」
からかうモロッグにオスティンが眉を上げて相槌を打ちながら言う。
「おうよ今日からもう毎日誕生日でいいから、毎日これ俺に買ってくれよ。高かったぞ。あーあ、器は壺でいいからさァ、もっと安くなんねーのかね」
「蜂蜜だばすくねえンのって疑われっからガラス瓶だば使うンだら」
もっともらしいハユハの説明に二人は納得したように異口同音に感心してため息を漏らす。
「世知辛いねえ。甘いもん食うのにそういうの考えたくねえよ俺。でもたっけぇもんなぁ……仕方ねえなあ」
「値段が気になって味がわからん自信がある」
「マジかよ。モロッグお前、高いもん食ったらバチでもあたんのか」
「嫌なバチだなぁオイ。勘弁してくれよ」
モロッグがけらけらと笑いながら煙草をもう一本点ける。
「野菜も食。おめらば」
ずいと野菜の入った麻袋を突き出してくるハユハに、モロッグが煙草を咥えながら皮肉げに笑って返す。
「嫌いってわけじゃないんだぞ?」
「ッハァ~……大きくなれねっどォ? ン~?」
三人の中で抜きん出て体格の良いハユハがフンと鼻で笑うと、一番小柄なオスティンが肩をすくめる。
「その筋肉は野菜で出来てんのか? すげぇなぁ」
三人はまたバラバラとした足取りで通りを歩く。
通りを進んで程なくしてオスティンが二人に軽く手を上げて別れ、家路についた。それからもう少し行ってから、下宿が並ぶ通りでモロッグがハユハに手を振って別れる。
◇◆◇
鞄と麻袋を提げて、実直な歩みで自宅までの道を歩きながら、ハユハは考えを巡らせる。
自宅にまだあった食材が何だったかを思い出しつつ、自分で作っているキャベツの酢漬けがもうすぐ漬かりすぎになるところだと思いだして。うんうんと頷いた。
大男の部類に入るハユハは足音も大きい。まっすぐ背筋を伸ばして堂々と歩くもので、自然と靴底はしっかりと大地を叩きがちなのだ。そうして歩いているので、下宿に着いてから鍵を開けようとしたところでちょうどドアが開いた。
「あら!やっぱり!おかえり。リクハルド」
ドアを開けたのは下宿を主人であるハルメス夫人だ。
目を見開いて驚いていた顔から、すぐにニッコリとした笑みに変わり、それから眉根を寄せる顔に変わる。
ちょうど重たいものを持っていたらしく持ち直すのに気合を要したようで、小柄な身体をぴょんと跳ねさせて瓶を持ち直す。
「今帰ェりました」
「ええ。ええ。ちょっと前を失礼するわね。リクハルド。ちょうど水汲みしようとしてた、とこなの。よいっしょ」
重たそうに水瓶を持つハルメス夫人がハユハと入れ替わりに外に出ようとして、水瓶の重さに振り回されてふらふらとするのをハラハラと見ていたハユハが、すぐに水瓶を支える。
「ン。重てっしょ。持ってくがら。貸しなっせ」
「もちろん! そう言ってくれると思って、貴方の足音聞いて出てきたのよ。うふふ。なんてね! よろしくねリクハルド」
ハユハは仕方ないなという苦笑いをしながら水瓶を片手で受け取って、夫人に頷く。夫人はパチッとウインクをして小柄な身体を翻し、たったかと奥に引っ込んでいった。
よく手入れされた趣味の良い庭を歩いていき、隅にある井戸から水を汲んで瓶に水を入れていく。
たっぷりはいったところで、また片手にそれを提げて玄関を開けようとしたとき、ちょうど帰ってきた邸宅の主と鉢合わせた。
「やあ。リクハルド。いま帰ったよ」
「ハルメス卿。おかえりなんせ」
ハユハがぶら下げている水瓶を見て、ハルメス卿は立派な髭を蓄えた口元をくいっとあげて笑う。
「またメリッサが頼んだみたいだね。すまないね」
ハユハは笑いながら首を振り、ハルメス卿に道を譲る。
受け取ろうと手をのばしていたハルメス卿だったが、それに気づいてハユハに微笑みかけて帽子を軽く上げる。
「ありがとう。私じゃそれをひっくり返すのが関の山だった」
細身なハルメス卿はコツコツと上品な足音で玄関に入って、ステッキをコツッと床に突いて魔法で明かりを灯す。
するとたったかという音が聞こえそうな足取りでハルメス夫人が出てきて、ぱあっと花が咲いたような笑顔でハルメス卿を迎える。
「おかえりなさいあなた。お勤め、ご苦労様でした」
「ただいま。今帰ったよメリッサ。リクハルドが水汲みをしてくれてたぞ。リクハルドも立派な紳士なんだから、息子みたいに仕事を頼むんじゃあないよ」
「いやだわあ、あなた。リクハルドはうちの息子たちみたいに水汲みを嫌がったりしないわ。やさしい子なんだから。ねえリクハルド」
ハユハは苦笑いして、水瓶を軽く持ち上げてみせる。
「メリッサ。紳士を小間使いみたいにつかうものじゃない、ということだぞ。リクハルドも迷惑なら迷惑と言っていいのだからね」
ハルメス夫人がドアを大きく開けて、ハユハを手招きする。
「それはこっちにお願いね」
ハユハは玄関ホールからハルメス卿宅の方に入り、キッチンの水瓶置き場に水瓶を置く。小綺麗で趣味よくまとまったキッチンはよく磨かれておりチリひとつない。
キッチンからつながる応接間を兼ねたホールは、質のいい調度品と珍しい舶来品の品が並んでおり、主の品位の高さが垣間見えるにも関わらず、居心地が良い。
主人の帰りを待ち、客を歓迎する、温かく朗らかな雰囲気だ。
「リクハルド。お菓子は食べるかしら? お昼にお茶したときの余りなのだけど。よかったら召し上がって」
そう言い終える前には既に白布に包んだお菓子をハユハの手に載せて、ハルメス夫人はにっこりと笑う。
「いただきます。んだば。ハルメス卿。おやすみなさい」
ハユハが菓子の包みを持ったままハルメス卿に挨拶すると、ハルメス卿は優雅に微笑んでハユハに挨拶を返した。
◇◆◇
邸宅に繋がるドアを締めて、ハユハは自分が間借りしている方のドアを開けた。
部屋に入ってすぐのところに置いてあるランタンに火を付けると、暖かな光が部屋に灯る。
掃除が行き届いた清潔な部屋には几帳面に物が並べられており、飾りっ気がないために、こざっぱりとしている。男の一人暮らしという雰囲気ではないが、落ち着いた佇まいの空間だ。
ハユハは麻袋の中身をテーブルに置き、鞄を机の横に掛け、タイを外して衣装棚にしまう。
締めていた窓を開けて、夜風を部屋に入れてため息をついた。
窓の外の町並みは夕餉の明かりがちらほらと見え、少し遠くに人々が行き交っている通りの灯りが見える。
平和な夜でなによりだ、とハユハは思う。
首を左右に回し、書類仕事で凝った肩を緩め、シャツを腕捲くりしながらキッチンに戻る。
そして手を洗ってからナイフとまな板を取り出し、夕飯作りに取り掛かる。
棚の下段に並んでいる壺を取って中身をざるにあけ、キャベツと人参を水を張った桶に放り込んで土や砂を落としていく。
ナイフで人参の皮を剥き、薄くスライスしてから千切りにし、ボウルにあけて水に晒す。キャベツは芯をくり抜いて、ザクザクと程よい大きさに刻んでから、水を張った桶にざぶざぶと入れていく。
内側の方の1枚を摘んで齧ると、まだ瑞々しくて甘い。うんうん、と頷きながらその1枚をぱりぱりと食べてしまってから、先程中身をあけた壺を取る。
中にキャベツを入れ、戸棚から砂糖と塩と刻んだハーブを取り出して中にパッパッと放り込んでいく。キャベツを手でかき混ぜ、全体に塩が回ったところで酢を振り掛けてもう一度大きくかき混ぜる。
壺に蓋をして、棚に戻す。ちょうど3日もすれば食べ頃になるだろう。
今度は汁気を切っておいた酢漬けのキャベツを刻み、水気を切った人参と合わせて全体をなじませる。
皿に盛り、その上に買ってきたニシンと根セロリの酢漬けを盛り付ければメインの完成だ。
バスケットからパンを取ってナイフでガリガリと数枚スライスにしてから、ふと動きを止める。
焼くか。そのままか。
ハユハは真剣な顔で検討し、手間はかかるが焼くことにする。
消し炭を取り出して釜戸の中に放り込み、手を翳して火を点けた。それから炭を少しだけ足して火の回りを調整する。さっそく熾になったところで、蜂蜜酒を入れたジャーを燗にしておく。
その隣で、スライスしたパンの片面を湿らせてトーストし、こんがりと焼けたら、小さな壺に入った山羊乳のバターを塗ってから皿に盛る。
テーブルに並んだ夕食を眺めて一息ついて、ちょうどいい頃合いに温まったジャーを取って席につく。
温めた蜂蜜酒を飲みながら、トーストを齧る。
ザクザクとした歯応えになった、ほのかに酸味のあるパンに山羊乳のバターの旨味が心地良い。蜂蜜酒の甘い香りとバターの香りはどうしてこんなに合うのだろうとハユハは思いながら、一息に一枚目を食べ終えた。
つづけて、ニシンと根セロリをサラダと一緒に頬張る。
酢漬けにしても脂を感じられるニシンはハユハの好物だ。脂が少ない時期のものはサッパリとしてそのまま食べて旨く、脂の乗った時期のものは野菜と合わせるとそれだけでごちそうだとハユハは思う。匂いがつよいニシンに根セロリはぴったりで、葉や茎よりも控えめな香りが程よくニシンの臭みを消してくれる。
甘酢で漬けてあるキャベツと人参のサラダは歯応えが小気味よく、人参がじんわりと甘い。もう少し秋が深まってくると、人参がもっと甘くなるだろうかと思いながら食べ進めていく。
落ち着いた空気の中、食事を摂りつつ、机に置いたランタンの火を眺める。
そして静まった頭で明日の仕事のことを考える。
戦いを前にしているとは思えない日常の空気と、翌日に身を置くであろう戦闘の空気はなんてかけ離れているのだろうと思う。
事件など起こらなければいいのに、なぜこうも世の中は騒がしいのだろうか。
故郷である北方国の冬を思う。
魔物の襲撃に備えた城塞都市と、常に飢饉と隣り合わせの生活。人々は知恵を出し合い、身を寄せ合い、身体を鍛えて常に戦いに備えていた。
こちらに来てから都市の生活を見た時、人々は大分油断しているように見えた。何年もの時間を過ごし、今はすっかり都市の住民になった自分からすれば、人々はむしろ安心しているように見える。
蜂蜜酒をゆっくりと飲み、喉奥から息を吐く。
都市の住民になってもなお、自分は戦いに身を置くことを辞めていない。
そういう身の上ではあるが、奇妙な気分になることがある。
仮初めの立場である、戦いから程遠いところ。
そこでだけに生きていくとしたら、それはどういう気分なのだろうか。
とりとめもない考えを流すように蜂蜜酒を飲み干し、浮かんでくる考えを手放し、一息ついてから食器を片付け始める。
灰を掛けて皿とナイフを擦り、水で流してから麻布の切れ端で拭い戸棚にしまう。そして水を汲んでごくごくと飲み、ジャーを洗って干した。
片付けを終えたテーブルからランタンを机の方に移し、窓を締める。
寝支度を整えてベッドに潜り、ランタンの火を消してから暗闇の中で目を閉じる。
頭の中で何度も何度も戦術領域の地図が浮かんでは消え、その度にそれを頭から追い出す。
やがて、頭の中が静まり返ったころ、ハユハは身体の力を抜いて目を閉じ、疲れに身を任せた。
あっという間に眠気はやってきた。
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