1章3話 討伐指令:村落を占拠した武装集団

◆◇◇Ⅲ◇◇◆

 冒険者ギルドも夕暮れになれば徐々に落ち着き始める。

 冒険者達は報告や依頼受注を終えて本格的に飲める酒場へと繰り出していき、昼過ぎには行列になっていた依頼者もすでに数人が残る程度だ。


 ギルド職員たちも当日分の仕事に目処が付きはじめ、終業に向けて集中し始める。


 そして総務課課長補佐リリアーナ=マーテル女史の机はこの時間帯こそ、最も混むのだ。廊下には数人の待機列までできている始末。

 リリアーナは次から次に持ち込まれる『できることは終わったが、うちの部署では解決しなかった』類の書類をにこやかに受け取っては、ハユハに上げるべき案件、適切なところに意見を求めるべき案件、部署間で調整を要する案件などなど…質も種類も量もばらばらな案件を仕分け、素早く片付け続ける。

 背中にもう二本の腕があるのではないかという速さでタスクを次々にこなす姿は、多くの高級官吏を排出する名家マーテルの名に恥じない才女の振る舞いだ。


 課長であるハユハも自分のところに上がってきた各書類に目を通しつつ、判や注釈を入れることに集中している。黙々と、丁寧かつ実直に仕事をこなすその姿をちらりと見て、リリアーナ女史は密かに頬を赤くする。


 作業の音だけが響く時間がしばらく続き、さすがのリリアーナにも疲れが見えてきたころ、机にそっとメモが置かれた。


 ヤマネコのようなキャラクターがカップを手に持っている姿が描かれ、疲れた!お茶を飲もう!と走り書きしてある。顔を上げると、ハユハがカップを手に持って立っており、リリアーナのカップを指さしている。


「あら!私が淹れます!お気になさらないでください!」

 ハユハは苦笑いして首を振り、書類の山を指して肩を竦める。

「じゃあ、お言葉に甘えて──」


 ハユハがお茶を淹れに行く間に素早くスクラップブックを取り出したリリアーナは、新しい蒐集物をページに収める。特製ハユハ画伯イラストブック。大柄な体格に似合わずカワイイ絵を書くところや、いつもそっとメモを差し入れて気遣ってくれる優しさがリリアーナ女史の心を掴んで離さないのである。

 そして、メモに書かれる指示や注釈も、簡潔でいながら具体的かつ丁寧そのものなところもポイントが高い。

 何よりそれを始めた理由が、自分の方言がキツすぎるせいで部下が間違わないようにしたい、というところも更にポイントが高い。

 キュート!この一言に尽きるのだ。クールを気取った冒険者や、腕自慢の男たち、パーティで出会うキザな男たちにはない、彼でしか補給できない栄養があるのだ。


 ハユハが淹れてくれるお茶をリリアーナが待っている間に、総務課のドアを気怠そうに開いてモロッグが自席に戻ってきた。リリアーナはそれを横目でチラと見て、スクラップブックを指差す。モロッグもその蒐集癖の協力者だ。


 モロッグはグッと親指を上げて応じ、座って日報を書き始める。ものの数分で日報を書き上げて、ハユハの机にぽんと置いたあと自席の椅子に大きくもたれかかってモロッグは足を組んだ。


「今日も一日、よく働きました。はーいはい」

「あら、お疲れ様でございますわね? ダスティン閣下?」

「一日でこのギルド内を10周は歩いた。しかも俺が歩いたあとは清浄そのもの。俺の存在はまるでギルドの清涼剤だな。」


 そこにハユハが戻ってきて、リリアーナの机にそっとカップを置く。

 そして自分のカップを持って自席に戻り、苦笑を浮かべ、ンだか? と端的なツッコミを入れた。モロッグは聞こえないといったふうに顔をそらして、再びだらけ始める。


 ギルドの外で晩鐘一刻前の鐘が鳴った。勤め人の多くが仕事から開放され、夜の街が目覚め始める時間だ。

 ハユハはリリアーナを見てコクリと頷く。


「では、私はそろそろ失礼しますね。ハユハ課長、ムリなさらないでくださいね? じゃ、モロッグもお疲れ様。」


 ハユハは手を挙げて応え。モロッグはひらひらと手を振った。それに礼をして、リリアーナは優雅におっとりとした足取りで帰っていった。

 その背中を見送りながら、モロッグは思う。いつもああいう感じにしていればいいのに、と。

 仕事に没頭している最中は目を吊り上げてキリキリと動いているためそのように見えないが、リリアーナは紛うことなき名家のご令嬢だ。

 おっとりした顔立ちの美人で、線が細く、澄んだ声をしていて、男性職員たちからも人気が高い。仕事などせずにお花を愛でてパーティでにこやかに振る舞っていれば、そのうちどこかの貴族が嫁にくださいと膝を付いて求婚に来る類の美貌のご令嬢である。

 それが髪を振り乱しはしなくとも、キリキリシャキシャキと働いているのを見ると、人は見かけによらないのか、環境は人を変えるのかと考え込んでしまう。本人もいきいきとしているのだから、それが性にあっているのだろう。

 そんな他愛もない考えを打ち切って、机上のクリスタルの中で赤色と黄色の光がもつれるように踊っているのに目を移し、モロッグがハユハに問いかける。


「今日の件、なんか聞いてるか?」

「ヤ」

 ちょうどそこにオスティンが入ってくる。

「お呼び出しかぁオイ。今回は魔獣がらみなら良いんだけどなぁ。今日はドレイクをじっくり眺められた。他のやつも見たい。竜種に当たらねえかなぁ」

「面倒じゃないやつならありがたいんだがなあ……」

「行っか」


 全員が立ち上がり、ギルドマスター室へ向かう。三人は夕方までと変わらぬ表情、足取りで歩く。しかし、その心中はこれから始まる本業に向けて切り替わっている。


 ギルドナイト。組織内呼称、埋葬機関。


 重大な信用失墜行為、被害甚大な依頼悪用を行った冒険者・依頼者への武力対応を主任務とするギルドマスター指揮下の武装組織。その一員としての顔が彼ら裏の顔であり、本業である。

 王国府の一官庁である冒険者ギルドは、公式には「直接に依頼を受けた冒険者をそのように誤解したもの」としてその存在を否定している。

『ギルドには王国府の出向者が在籍する調査課はあるが、噂にあるような【始末】【処理】を行う部課は存在しない。不正行為については王国府の治安維持組織に対応を一任している』というのが公式回答のあらましだ。

 しかし、表舞台の俎上にあげられない行為は確実に起こる。そのような事柄を片付けるのが彼らの仕事である。


◇◆◇


 執務棟最上階の廊下を奥に進み、重厚な扉を開けて中に入る。すると、正面の机に座っている中年の男が眠たげな三白眼を上げた。


 髪を後ろに流して整えた様子は官吏風だが、タイを緩めたまま細巻きの煙草を咥えて頭の後ろで手を組んでいる様子はとても官吏には見えない。

 眠たげな印象の三白眼は据わっており、上がっていく煙の向こうで揺るぎもせずに三人を見ている。こいつは一筋縄ではいかないということが一目でわかるワルである。せせこましい悪さはやらないが、企みに巻き込まれるととことんまでタチが悪いタイプのワルだ。

 エドゥアルト=リフクネン。ギルドマスター。王国府管轄の冒険者ギルドの長。そして名実ともに”いい加減”な男。


「早いね。仕事熱心で結構結構」

「今回の件は?」

「そんな急かさなくても、嫌でも聞いてもらわないといけないんだよ? もっと肩の力を抜こうよ」


 ハユハの質問にいい加減な調子で答えるギルドマスターを横目に、オスティンとモロッグはさっさと来客用ソファにどかっと座る。

 ハユハはドアに鍵を掛け、ギルドマスターの机から資料を受け取るとソファテーブルにそれを広げる。

 地図、3枚の失敗した依頼文書、そして王国軍の印の付いた仰々しい文書だ。

 モロッグは王国軍の文書を手にとり、ザッと目を通し始める。オスティンは失敗した依頼文書を並べて目を通し、次に地図を眺めている。


「つまり、うちでしくじった依頼が実は軍関係のまずいヤツだったってことでいいんだな? リフクネン」

「そう。やっこさんら、どうも公に手を出せないようでね。お抱えの特殊部隊が使えないらしい。それで、我々埋葬機関にお鉢が回ってきた。」

「敵の数と詳細について書いてないが、それは軍の機密っていうことなのか?」

「数についてはここまでの間でわからなくなったというのが正直なところだろう。機密事項だとか仰々しく書いているがな。本当の機密事項はこいつらの正体のほうだな」

「ギルドの受付に呼びつけて説明を受けさせてやろうぜ? 『討伐依頼はぁ、わかる情報をぉ、正しく記入してくださいねぇ。まずは数ぅ、そして種類がわかれば種類ぃ、他に特徴などぉ~って』ってな感じでさあ。受付がマーテル女史だったら笑顔で突っ返されるぞこんなんよぉ!」


 オスティンが依頼書を持ち上げてバサバサと振ってやじを飛ばす。


「そもそも赤銅級含む5人を返り討ちにする山賊団の時点で怪しい話だ。王国府に報告しろってことになる案件じゃないのか?」

「ン。普通なら、調査課ん回す必要あんな。この案件は見たこだねェな。」

「……実に宮仕えらしい仕事っぷりだな。」


 モロッグがため息を吐く。そしてその向かいでオスティンが依頼書の報酬欄に胡乱な目を向けている。


「最後まで依頼者は何者だってならなかったのは、3つ目の白銀等級指定依頼のときは報酬に金だけじゃなく現物も含まれてるからってとこか。現物、換金前の宝飾品ねぇ。ようやくにっちもさっちもいかなくなったって雰囲気は出るわな」

「軍が直々に処理できないってことは、身内事なんだろう。謀反で部隊離脱にしたとしても、隠したいことがあったんだろうな。だが、それにしちゃ迂遠だな。隠すんなら一撃で仕留めるべきだろう」

「───実験」


 ハユハの低い一言を聞いて、ギルドマスターが椅子から立ち上がる。舶来品の機械式オイルライターを掌でも弄びながらゆったりとした足取りでソファテーブルの方へと歩く。


「大方の全体像が見えただろう。軍の秘密部隊が何らかの目的で寒村を占拠した。軍はそいつらをただ始末しようとはせず、実力を測定するために冒険者をぶつけた。おそらくは件の秘密部隊だかなんだかが装置として──」


 コンッという音を立ててソファテーブルにオイルライターを勢いよく置き、その側面の機構をギリリと回して火を点ける。


「果たして機能するか、ということが軍の連中はどうしても知りたかったらしい。そのため軍関係者が村民を装い、同じ村に異なる実力の人間を送り込んで実験をしたということだ。大方、銀級には届かない程度の能力だと踏んでいたワケだ。見事討伐に成功した銀級には口止でもすれば良いと考えていた──というところだろう」


 煙草に火を付けたギルドマスターが、ソファテーブルの隣を通り過ぎて窓辺に向かっていく。彼の動きに合わせて口元から漏れる煙が霧のように広がる。


「だが奴さんらの予想は外れだったということだ。処刑人として放った銀級は全滅。この文書によれば、その次の金級への依頼となれば銀級ごときの戯言では済まされず国家レベルの話となって情報が漏れるから、我々の力を借りて確実にこの不祥事を刈り取りたいということだが──これをどう見るか。」

「ふざけてんのか。これだからヒト種は嫌なんだ。滅べ」

「ン」

「俺たちもまた実験台ということか?」


 モロッグが軍からの書簡をテーブルに置いて、リフクネンを見やる。


「口止めをする?人間の口に戸が立てられるものか。そもそも露見することを恐れるなら、なんで依頼なんか寄越す。銀級が成功したなら皆殺しにし、銀級が失敗したなら軍で処理すればいいだけだろう?ここで依頼を出してきたということは、だ。こいつらは、ここに至ってもまだ、実験を継続したいということなんじゃないのか」


 喋っているうちに腹が立ってきたのか、モロッグは不愉快そうに眉をひそめて腕を組んだ。それに対してリフクネンは頷いて答える。


「その見立で合っているだろう。奴ら、露見することなど微塵も恐れていない。この依頼は、お前たちで実験を継続するという挑発のようなものだ。そうやって挑発して、横槍を入れさせることで、何らかの役割を担わせるつもりなのだろう」


 そしてリフクネンは机に戻り、煙草を執拗に灰皿に押し付けてもみ消す。そして軍の書簡入れを掴んで肩をトントンと叩きながら結論を言う。


「実験に加担してやることになるのはたしかに癪だ。これほどコケにした依頼を正面から出してくるとは恐れ入ったよ。だが、そんなことは関係がない。無辜の市民が囚われており、うちにも被害が出ている。冒険者は命を賭ける仕事だが、それを弄んでいいわけがない。ここらで終いにしてやらねばならん。相手の意図に乗ることになったとしてもな。埋葬機関諸君──討伐を頼む。君たちは鉄槌を。私は別のものを振るおう」

「了解」


 三人の声が重なった。

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