1章2話 討伐指令:村落を占拠した武装集団
◆◇◇Ⅱ◇◇◆
総務課のドアを肩で押して開けると、室内の一番奥でしんとした佇まいで机に向かっている男が、無表情のまま顔を上げる。モロッグはそれに軽く目だけで挨拶をして、つかつかと近寄って書類の束をずいと突き出す。
「ハユハ。喜べ。新しい仕事だぞ」
「───……ン」
無表情がたちまちどんよりとした表情に変わる。キリッとしていた牧羊犬が村の子どもに見つかってもみくちゃにされて吠えるわけにもいかず耐えているときのような、絶妙なうんざりした表情だ。
「イヤそうな顔だなぁ。仕事は楽しくやろうじゃないか」
書類の山を受け取ったハユハはさらさらとメモ帳に絵を書いてモロッグに差し出す。メモには丸い頭でやけにしっくり来るうんざりという顔をした棒人間が、ペンと書類を持ってため息をついている姿が描かれている。
「ハユハ画伯の新しい作品だな。タイトルはそうだ『この憂鬱なる羊皮紙』だ。」
「───日報か?」
「まだ残ってる。あとは解体場だ。あそこ最後にしないと元の木阿弥だからなあんなもん。」
「───……ンだ」
ウンウンと頷いたハユハは書類の束のひとつを手に持って、ありがとうというようにパサパサと振って、それから再び書類の山に目を落とした。
上から順に目を通しながら印を捺したり、何事か細々と書き込んだり、注釈を書いた用紙を留めたり、リリアーナ向けのメモを書いたりしている。
大柄な体格とごつごつした手の割にえらく端正な字を延々と書き付けているのを眺め、モロッグは感心したように言う。
「お前はほんと筆まめだねえ」
「すきでかぐわぁねだ。つだぁんねばこまってまる」
「え? あーそうだな。あー、うん。お前の筆まめは美点だよ」
詠唱もかくやという北方訛りでの返答をほとんど聞き取れなかったモロッグは、適当にウンウンと頷いてハユハの机を離れ、リリアーナの机にハユハ画伯の新しい作品を置く。
リリアーナの密かな趣味であるハユハ画伯のカワイイ絵を集めることに貢献してやったのである。
◇◆◇
モロッグは再び執務室を出て、執務棟の裏手へと向かう。
リリアーナが通る最短ルートからも用事で通るだろうところからも外れたところをのんびりとした歩調で進んでいく。
そして解体場の裏手にある水路脇のベンチを次のサボり場所に定めた。
ベンチに腰掛けようとしたとき、少し離れたところでなにかの臓物を手に持って陽光に晒したり手桶の水で洗ったりしている変態が目に入る。
黙ってそれを眺めながら煙草に火を付け、ゆっくりと一服する。
煙を吐き出しつつ、変態が屈伸したり体を曲げたりしながら臓物を広げたり翳したりしているのを、呆れた顔で観察し続ける。
そこで変態が飛び上がりながら振り返った。
「ようモロッグ見てくれよこの心臓!! ベノムドレイク! ベノムドレイク! ベノムドレイクの心臓だ! ベノムドレイクは全身毒だとどいつもこいつも誤解ばかりだ! そういう理解は全然カスだと何度言っても理解しない! 何度言っても理論理論で大間違い! 反省できないナンセンス! 現実を見れない無知蒙昧! 毒液を産生する毒線と毒を貯蔵する毒嚢とそこから繋がる毒線系全体には毒をもつがそれ意外には毒を持たないこれは一般的な有毒生物によくあることで奴らは身を守るために毒を手に入れたのではなく獲物を狩るために毒を手に入れたのだということを示しているんだやつらの毒はフンガスに見られるような破壊的な毒ではなく強烈な麻痺毒だが麻痺だからといって甘くみると地獄を見る動けなくすることにこだわりがあるらしく体の末端から二度と動けなくしていく強烈な── 俺も煙草吸お」
二人して腰掛けて煙草を吸う。
二人して足を組んで水路を眺める。
水路の透き通って美しく、水面は秋晴れの日差しを反射してきらめいている。
行き交う物流用の小舟が、風情のある景色を演出していた。
「いや、まずはその臓物置いて来いよ。なんで手に持ってるんだ」
「お前だってきれいな女の子と酒飲みたいだろ? 俺は、そういう気持ちで、この美しいものを眺めながら煙草を吸ってるんだ。美しいだろ? この血管の走り方。この筋肉の弾力。適度な脂肪の入り方。素晴らしいだろ?」
「お前の言うきれいな女の子だって臓物と同じくくりで眺められるのは不本意だと思うぞ。それに、俺は緑翠晶の原石の方がいい」
「それも乙だな? 悪くない。いい趣味してる ──しかし、ああ、美しいなあこれは」
「せめて瓶に入れてから観察してくれよ」
そんな文句を気にすることなく、総務課付き魔法師オスティン=ヒルズベリーはホワイトドレイクの心臓を眺めながらパイプの煙を吐く。
そしてまた、二人して煙草をふかしながら水路の流れをのんびりと眺める。
「ああ、休みっていいよな。そうだと思わないか」
「いや、休みじゃない。サボってるが現実は否定してはいけない。今日の解体はもうすぐ終わりか?」
「終わったー」
「お前の興味のあるブツが終わったか、じゃなくな?」
「あとはゴブリンの耳だとかー、オークの耳だとかーまぁ見飽きたその辺だ。ロクなもんはねえよ。あ!!! ハーピーの生殖腺もあるんだ!! お前見る? これ!!」
「うおぉ! どこに入れてたんだそれ!! だからその生の臓物をしまえ!!」
オスティンは取り出しかけた生殖腺をどこかにしまってから、どこからともなく取り出した瓶に、持ったままだった心臓を滑り込ませる。そして傍らに置いてあった手桶を用水路に放り込んで水を掬って手を洗った。
「ま、もうじき終わるって。うちの解体職人たちは優秀だからな。」
オスティンはそこまで言ってから瓶を持って立ち上がる。
「さーて、家に帰るか」
「魔法師室はお前の家じゃないだろ」
「ラボだ!! いいか、ラボを家と呼べねえやつは研究者じゃねえ!! そんなもん研究者の風上にもおけねえ!!」
「お前魔術師で元冒険者だろ。研究職じゃねえぞ」
「そうなんだ!? へぇ!! 知らなかったよ!! 道理でみんな俺に魔法印しといてくれとか付呪掛けてくれとか言ってくるんだな!! いつもおっかしいなぁ~って思ってたわ!!!」
そう叫びながらオスティンがラボへ戻っていくのを見送って、モロッグは解体識別課の建屋に入った。
◇◆◇
解体識別課の建屋に入ると、むせかえるような血と臓物と獣の臭いが顔に吹き付けてくる。しかし腐敗臭はしない。
建屋の四隅に置いてある腐敗防止と毒気浄化の付呪効果によるものである。
モロッグはその付呪の掛かったクリスタルそれぞれにきっちりと魔力の充填を済ませ、解体場のド真ん中で恐ろしげな鉈を肩に担いでいる親方のところへ向かう。
やってきたモロッグに気がついた親方は、鉈を肩に担いだまま声を掛けてくる。
「おぉ、モロッグ。おつかれさん。今日の分はあそこの机の分で終いだ。あとは鑑定だけだな。解体はもうねえ。あと、大物のガラは祭壇に運んどいたから頼んだぞ」
「おー。わかった。おやっさん、今日はベノムドレイクがいたらしいな。どんなやつだった」
「鋼鉄級の山脈護衛で出たやつで、トワイアだ。ベノムドレイクの割にサイズが大きくてなあ」
「デカイのに当たっただけで群れじゃなかったなら幸いだったじゃないか」
「群れなんて来たら残業間違いなしだからな。ま、腕は鳴るが、骨は折れるな」
モロッグは親方との会話を終え、近場にいた職員と軽く会話を交わした後、解体場の奥の石扉に入った。
石造りのひやりとした室内の中央には祭壇が設えられており、木の棺を模した巨大な箱が安置されている。
ここは輪廻神アンドラプシュケの霊廟だ。
備え付けられた祭壇に安置された箱の中には、魔物の臓物や骨片肉片がどっさりと入っている。モロッグは周囲の蝋燭に火を灯していき、祭壇の下で膝をつく。
〈輪廻を司りしアンドラプシュケよ。彼の者らを晩鐘の音と共に輪廻に返し、新たな朝を与え給え〉
モロッグが輪廻神の聖句を唱えると、棺が神々しい青い光に包まれる。
その中身は青い光に包まれたあとゆっくりと瘴気に霧に変わり、光と共に舞い散って消えた。あとには青く澄んだ結晶だけが残っている。
魔石だ。主には魔物と魔獣の身体から採取できる結晶で、魔力の結晶体である。
モロッグは棺から魔石を推し頂くように手にとり、跪いて再度祈りを捧げ、霊廟から出てそれを親方に届ける。
「おやっさん。今日の分だ」
「おう──」
すぐさま懐からルーペを取り出し、魔石を調べた親方はそれを革袋に入れる。
「いい質だ。結構結構。よぉし。今日はぼちぼち終いだ。うちの片付けが済んだら若いのを呼びに行かせる。外で煙草でもふかして待ってろ」
「おう。急がなくていいよ。ご安全に」
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