冒険者ギルド総務課の裏仕事──始末、討伐、誅伐、破壊

鍛冶屋おさふね

1章1話 討伐指令:村落を占拠した武装集団

 叩き斬られた家具。散らばっている鎧の破片。血と肉片と臓物。腕を失くした身体。切断された腕。そしてその腕に握られた瘴気を放つ剣。


 酸鼻極まる光景の中心で、宵闇色の甲冑を身に付けた騎士は壁に突き刺さったままの剣槍に手を伸ばす。


 龍殺しのサーガで勇士が振るう剛剣のような異様に幅広で肉厚な刀身。大の男の腕よりも長い柄。頭蓋を容易く叩き潰せる石突。それはもはや武器ではなく、大質量による破壊の宣告だった。


 不穏な鐘のような音を響かせながら騎士の手によって軽々と持ち上げられた剣槍は、濃灰色のクロークに覆われた背に負われ、殺意を潜める。騎士は兜の奥から倒れ伏す遺体たちを見下ろし、佩剣の柄を握りしめて聖句を唱える。


《輪廻神アンドラプシュケよ。宵闇の安息を彼らにもたらし、曙光に包まれる新たな生を与え給え》


 破壊の宣告を負う輪廻神の聖騎士は、戸口から外に出て、別の建物から出てきた仲間に手振りで殲滅が済んだことを伝える。

 仲間が建物に入っていくのを確認して、戸口から建物の中を振り返る。


 ここには剣で勝ち取る勳しはなく、使命に燃える命もなかった。生の礎になることへの誇りが、死に取って代わられていた。ただ、ここには死だけが満ち満ちていた。


 兜の奥から覗く、爛々と輝く目でその光景を睨み、騎士は剣の柄を握りしめたまま立ち去る。


 任務はまだ、終わっていない。

 

◆◇◇Ⅰ◇◇◆


 冒険者ギルド。それはこの王国の行政・司法を担う王国府とも、王国の防衛・警察を担う王国軍とも異なるスタンスで民衆に接している組織である。王国府が国家の頭脳であれば、王国軍は国家の剣と盾である。それになぞらえれば、冒険者ギルドはさしずめ国家の道具箱だ。


 冒険者ギルドが対応するのは民衆の生業における困り事や、王国府の管轄とは言えないようなこと、王国軍には規模や相手の面から対応が後回しになるようなこと、そして多額の費用を掛けてでも早急に解決したいような事などなどと、実に幅広い。


 そしてギルドに所属する冒険者たちは、あらくれや職あぶれに近いものや夢をみて田舎から出てきた少年少女、出稼ぎに来た農民や漁民、果ては家督を継がない貴族や名家の子女まで含まれており、まさに玉石混淆の様相を成している。一方でギルド自体の運営にあたる職員たちは殆どが国家試験に合格して登用された官吏で、それ以外はわずかに神殿から派遣されてきた聖職者や特殊技能を買われた者がいるのみだ。


 冒険者ギルドは対応する依頼事の幅広さからして当然のように忙しい。毎日毎日大量の依頼が舞い込み、その裏では山のような処理すべき業務が渦巻いている。冒険者たちも忙しいが、冒険者ギルドの職員達もまた、当然に忙しい。冒険者に数で負けているのだから、ものすごく忙しい。


 冒険者は受諾した依頼の解決に向けて、冒険者ギルド会館のロビー兼酒場を拠点にしつつ、街のあちらこちらに顔を出して情報を集めたり道具を揃えたり英気を養ったりしている。これが表舞台である。


 その裏方に当たるところでは、冒険者と依頼者が朝も昼も夕も殺到するロビー受付を受付課の職員が対応を一手に引き受けて、依頼出稿手続き・依頼受諾手続き・依頼対応報告を処理しつつその合間にもちこまれる問い合わせをさばいている。その奥の魔法銀の格子で囲まれた会計室では、会計課が持ち込まれる依頼費用や報酬の金貨銀貨銅貨の真贋を確かめつつ、報酬計算を始めとしたあらゆる資金の動きに関わる処理に追われている。


 そして冒険者がたむろしているロビー兼酒場の反対側では、商務部が冒険者たちが頻繁に買い足す必需品を販売をしたり、移動時に各地の交通手段を割引利用するための旅券を交付したり、ロビー兼酒場での飲食物を提供したりしてチャキチャキと商売に精を出している。


 さらに、ギルド会館本棟から出て向こうにある建屋では解体識別課が冒険者が提出した討伐証や入手してきた素材を識別鑑定しつつ持ち込まれた魔獣や魔物の死体を加工処理している。


 冒険者ギルドの花形といえる各課のいるところから、更に奥。


 冒険者がほとんど出入りすることもない執務棟に、総務課がある。


 裏方の裏方と呼ぶべき彼らは各課の権限を超える事項の調整や取り決めの管理、王国府・王国軍を始めとする外部機関への報告や連絡、さらには建物の営繕や物品の管理、冒険者の登録管理など諸々を担い、裏方の裏方のようにあらゆる方面と連携を取りつつ動き続けている。


 なお、入職後に更に詳しくここまでの内容で省いたところまで一気呵成に説明された新人職員が、自分の配属先と将来に不安を覚え、同時にうんざりした表情を浮かべるのは通過儀礼のようなものになっている。


◇◇◇


 そんな忙しい冒険者ギルドの裏方たちが行き交う中庭。

 総務課職員モロッグ=ダスティンは猫に囲まれていた。

 眼の前には猫。手には罠にかかっていた数匹のネズミ。


「命に感謝して食べるんだぞ。まあ、お前たちのほうがそういうことは上手いかもしれんが」


 モロッグは猫たちにネズミを一匹ずつ丁寧に与えると、立ち上がって背筋を伸ばす。昼前の爽やかな日差しに目を眇めて、大きく息を吸った。心地良い日差しだ。

 秋晴れの元で吹く爽やかな風を頬に受けながら彼は機嫌良さそうにベンチに腰掛ける。

 要するに、彼はサボっていた。

 探すのがもはや仕事。見つけたら暇になる前触れ。お散歩課主任。行方不明課放浪係。総務課のイキイキした幽霊などと不名誉な通り名をほしいままににする彼は、今日も穏やかに和やかにサボりを敢行している。


「モロッグ閣下?いいお天気ですわね?」


 やわらかで品のある微笑みと共に丁寧な口調で声をかけてきた女性職員の背中には、ドス黒い瘴気のような圧が滲んでいる。

 それを受け流して、飄々とした調子でモロッグは挨拶を返す。


「良いお日柄ですわね。ご機嫌麗しゅう。リリアーナ嬢」


 その途端、総務課課長補佐リリアーナ=マーテル女史はキッと眉を吊り上げて、書類の束をぐいぐいとモロッグに突き出しながら詰め寄っていく。


「ふざけてないで仕事してください!忙しいんですよ!とっても!猫の手も借りたいくらいなんです!本物の猫でもこの際大丈夫!私がうまく仕事を振ります!あなた達どう?ちゃんとお給料もお支払いしますよ」


 総務課は忙しい。そもそも人手が不足している。表舞台の仕事をつつがなく回していくための総務課の仕事は途切れることなく毎日毎日やってきて、総務課職員たちの職務時間にこれでもかこれでもかとぎゅうぎゅうと詰め込まれる。その先陣に立って、くる日もくる日もタスクを捌いているリリアーナ女史は、多忙な総務課職員の代表格だ。

 しかしそんなことなど知ったことことではない猫たちはリリアーナを見上げて大きなあくびを返す。


「あら大きなあくび。ここにいるのより真面目と見たわ。はい!申し訳ないんですけど、ハユハ課長にこれ渡し───あ、手を洗ってからでも」

「消毒済だ。俺の手はいまなによりも清浄だ」

「ああ、それもそうね」


 革紐で留められた羊皮紙の束をバサバサと渡され、おまけに上着の隙間にも差し込まれ、それを落とさないようにバランスを取るモロッグは肩を竦める。リリアーナは書類の山から開放された肩を回して髪を後ろに流した。


「これが刻印依頼。こっちは稟議書。そこに差し込んだのは報告───」

「こんな大変な仕事をしているなんてすごいなあ! 見せてくれてありがとう。これ返すよ」

「どうぞお持ちになって? それから、ねぎらいは行動で示していただけるかしら? ──で、これは受付から上がってきた書類と会計から刻印依頼ですって渡してください。私また呼ばれてるので行きますから」

「あー、うん。ハユハは執務室か?」

「ええ。今日も黙々とお仕事してます。私、これから商務課に行かなきゃいけないの。きっと素材買い取りにも手を出したいって言ってた件の続きでしょうね。なにかねじ込める案でも見つけてきたのかしら。じゃあ、よろしくね。モロッグ」

「はいはいはいはい」

「ハイは一回~!」


 そう反論しつつも足早に、優秀な総務課課長補佐のリリアーナ=マーテル女史は去っていった。モロッグは正面が見えづらくなるほど渡された書類を落とさないように再度持ち直す。

「俺が暇だということがどれほど素晴らしいことか、あのお嬢さんは知らないんだ。お前たちは知ってるか?」

 話しかけられた黒猫が大きなあくびを返す。

「そんなもん知るかってな。それでこそ猫だ」


 モロッグ=ダスティンが暇だということの意味は、平和であるということだ。つまり彼の裏の仕事が今日のところは無いということだ。この意味を知るのはギルド内でも限られた人間だけである。

 

 モロッグは総務課執務室に向かうべく、中庭からギルド会館本棟に入る。

 受付カウンターの内側からホールを眺めると、うら若き乙女が多い受付職員たちが髪を振り乱して書類をあちこちに運んだり、曖昧な報告をする冒険者を笑顔で問い詰めたり、依頼の出し方がわからない依頼者に丁寧に案内をしたりしている。


 冒険者ギルドとはこうでなくては、と思いながら歩き出そうとすると、小柄な商務課の販売員がひょっこりと顔を出し、カウンター脇にちゃっかり置いた販売棚に補充をしながら声を掛けてきた。


「おー。モロッグさんじゃないッスか。スタミナ足りてるぅ? 買え?」

「問題ない。買わないぞ」

「モロッグさんがここにいるってことは、今日は売れそうにないかぁー」

「調査課の前に置いたらいいじゃないか。昔は置いてたろ?」

「ンフフ。売れすぎるのもそれはそれで、マズいらしいっす」


 小柄な身体を弾ませるようにしながらケラケラと笑って戻っていく販売員の行先に目をやると、ジョッキを片方の手に三杯ずつ持った職員がくるくると立ち回りながら冒険者の注文をさばいている。

 奥にはリリアーナ女史の姿が見え、その隣で官吏らしからぬ派手な風貌の男性職員が計算尺を片手に大げさな身振りで何かを説いている。


 商務の連中は濃い奴らばっかりだな、と思いながら執務棟に通じるドアの方に振り返ると、会計室で真贋鑑定の魔法を唱えたり書類を片手に猛烈な速さで計算尺をしごいている職員たちの姿が目に入る。

 中にはもはや計算尺でデスクをバシバシ叩きながら破らんばかりの勢いでペンを走らせている者もいる。


 人間、ああはなりたくないものだ、と勝手な感想を抱いて歩き出そうとしたところで、会計室の奥からこちらを見ている職員と目が合う。

 いかにも神経質で生真面目な秀才という感じの怜悧な顔に見事な皺が寄り、すっくと立ち上がってこちらに向かってくる。スッと身体をずらし、近くの職員の影に隠れ、書類を零さないようにしながら直ちにその場を離れる。

 会館本棟から執務棟に繋がる廊下を全速力で歩きながら、すぐ近くの階段はダメだ見つかる、と判断したモロッグは敢えて廊下を真っ直ぐ進んでいく。


 応接室の前を抜けると、王国府からの出向者が多くいる調査課が執務室を構えている。多数のデスクは殆どが空で、数人残っている調査官は大量の書類に囲まれて魂が抜けた顔をしている。

 一人の限界を迎えたらしい職員が廊下の窓辺に立っており、モロッグを見つけて呆然と首を振る。


「幽霊? 僕死んだ?」

「心を強く持て。商務課はお前をいつでも歓迎しているぞ。定時もな」

「強壮剤かは、もう8本目。あと僕ら、定時ってないんだ」

「心を強く持て。──輪廻神の導きがあらんことを」

「でもモロッグを見たからヒマになる。大丈夫さ。もうすぐ楽になる。ここを乗り越えればきっと。課長も言ってた」


 フラフラと去っていく調査官を見送って、調査課という重要書類を多数扱う部署が一階に居を構えている理由を邪推しながら二階に上がる。

 二階の書庫の前を通り過ぎると、仕事量のわりにこぢんまりとした総務課執務室は目の前だ。

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