箱Aと箱Bについて、以下の問いに答えよ
JEDI_tkms1984
箱Aと箱Bについて、以下の問いに答えよ
「ついに空間ボックスができたぞ!」
「なんですか、それは?」
「聞いて驚け! この箱は瞬間移動ができるのだ!」
「科学者ならもっと現実的なことを言ってください」
「夢物語なんかじゃないぞ。空間をねじまげる方法を確立したんだ。それがこれだ」
「箱というより……ドア? というよりロッカーですね」
「見た目の悪さなんてどうでもいいんだよ。そんなのはデザイン屋の仕事だ。それよりここに詰め込められた理論と技術だよ」
「何が入ってるんですか?」
「何も入ってない」
「はい?」
「これから入れるんだよ」
「はい?」
「さて、ここにふたつの箱がある。見た目は同じだけど、左を箱A、右を箱Bとしようか」
「数学のテストを思い出しました」
「まずはこのようにしてだな……」
「あ、外開きではなくてスライド式なんですね。倉庫みたいですね」
「箱だと言っているだろう。で、最初に両方の箱のドアを閉じる。それから箱Aのドアを開ける」
「ドアって言ってますね……フタじゃないんですか?」
「いちいちうるさいな、きみは。とにかく! このロッカーAの中に……たとえばここにあるカバンを入れてドアを閉める」
「箱Aではなくて?」
「うるさいんだよ、きみは! でも今日ばかりはその石膏みたいな顔を驚きでいっぱいにしてやるよ」
「私のこと、そんなふうに思ってたんですか……私は少しでも博士の役に立とうとこれまで一生懸命やってきたのに……」
「あ、いや、そんなことはないぞ。すまん、言い過ぎた。泣かないでくれ……な?」
「泣いてませんよ。それより話を進めてください。ロッカーAを閉めてどうなるんですか?」
「ぐぬぬ。見て驚くがいい。ロッ……箱Bを開けると……どうだ!? さっきのカバンが入ってるんだ」
「なるほど」
「なんでそんなに冷静なんだ……?」
「分かりますよ。あらかじめロッカーBに同じカバンを入れておいたのでしょう? よくあるトリックですよ」
「じゃあこっちの箱を開けようじゃないか。ほら、何も入ってないだろう?」
「本当――ですね。ではそのカバンは……」
「マジックなんかじゃない。正真正銘、箱Aから箱Bに移動したんだよ。これが空間のねじれさ」
「不思議ですね。どういう原理になっているんですか?」
「詳しい説明は難しくなるので省くが、光の屈折や回折のようなものだと解釈してくれればいい」
「でもそれだと遠回りになるじゃないですか」
「光を曲げるのではなく、空間のほうを曲げたんだよ。だから物理的な距離はあまり関係ないんだ」
「難しいですがなんとなく分かりました。でもまだ信じられないので、もう一度見せてくれませんか?」
「いいだろういいだろう。今度は物言いをつけられないように、このペンで試してみよう」
「最初に両方とも閉じておく必要があるんですね」
「ああ、閉じている間に座標の計算をするんだ。開いているときはただの箱だからね。で、箱Bを開けると……ほら、どうだ!」
「すごい。一本のペンがぽつんと置いてありますね。これは応用すれば社会が大きく変わるのでは?」
「物流に革命がもたらされるだろうな。通販で買ったものもすぐ届くし、配達員は再配達から解放される」
「あらかじめ送る側と送られる側にこの倉庫……箱を置いておく必要がありますね」
「そのあたりは課題だな。スペースの問題もあるし」
「これ、移動できるのはモノだけなんですか? 人間や動物は?」
「ああ、それを今から試したいと思ってね」
「もしできるなら――」
「ああ、きみの想像どおりだ。朝はぎりぎりまで寝ていられるし、通勤ラッシュに揉まれることもない」
「……いえ、私は旅行がもっと簡単にできる、と思ったのですが……それだと通勤手当はもらえなくなりますね」
「なにを言ってるんだ。電車通勤してるフリをしてもらい続けるんだよ。だいたい国も会社も、研究者への待遇が悪すぎる。敬意を感じない」
「愚痴ならまた付き合ってあげますから」
「すまんな。ではやってみよう。きみには実験の成否を見届けてもらいたい」
「分かりました。しっかり記録をとります」
「たのんだぞ」
「あ、そうだ。今から倉庫Aに入るんですよね? どうせならハエも一緒に入れましょうか?」
「なんてこと言うんだ! あの映画みたいになったらどうする!?」
「でもこの箱は中身を分子レベルで分解して再構築……みたいな仕組みではないのでしょう? なら大丈夫じゃないですか?」
「いや、そうだとしても、そもそもハエを入れる理由がないじゃないか」
「面白そうだからです」
「きみはぼくを亡き者にしようとでも企んでいるのかい?」
「研究者たるもの、あらゆることに興味を持て、といつもおっしゃってるじゃないですか」
「我ながら名言だと思っていたが、こんなところで仇になるとはね。とにかくハエその他の不純物はいっさいナシだ。ぼくだけでやる」
「ちぇっ、分かりましたよ。では私は奇跡の目撃者になりましょう」
「舌打ちは聞かなかったことにするから、しっかりサポート頼むぞ」
「手順は分かりました。博士が入ったらAのドアを閉めて、それからBを開けるんですよね」
「そうだ。ドアは外からしか開けられない構造だからな。では実験開始だ」
「…………」
「……あれ? そういえば、こうしたらどうなるのでしょうか?」
「ん……けっこう重い、ですね……よい、しょ――っと! こうやってふたつの倉庫の前面を向かい合わせに密着させて……と」
「この状態で両方のドアを開けると空間はねじれたままつながるのでしょうか? その間、博士はどこにいるのでしょうか?」
「五分ほど経ちましたが、特に変化はありませんね。しかたがありません。倉庫を元に戻して……出てきたら博士にどんな様子だったか聞いてみましょう」
「遅くなってすみません。いまBのドアを開けますからね。お待たせしました……どうぞ――あら?」
「ああ、やっぱり、ねじれた空間を行ったり来たりしている間に、博士の体もあちこちねじれてしまったんですね」
わり終
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