第5章90話:圧倒

男が一人、テュカベリルの前に出てくる。


剣士の男だ。


彼は告げた。


「安心しろよ。一撃でラクにしてやるからよ」


右手に持ったショートソードを、テュカベリルに向かって振りかぶる。


しかし。


「……」


テュカベリルが男を見つめる。


ただ、じっと……る。


「……!?」


テュカベリルが視るという行為をするだけで、男の動きが止まった。


剣を振りかぶった状態で、硬直してしまう男。


「……ッ、……っ」


男の呼吸がだんだんと荒くなる。


まるでおびえているかのように。


いったい何が起こったのか?


俺は自分の知識の中から、目の前の現象について分析をおこなった。


(まさか、あれは……)


おそらくテュカベリルがおこなったのは【威圧】だ。


対象に恐怖心きょうふしんを与えて、動きを鈍重どんじゅうにさせる精神攻撃せいしんこうげき


しかし、テュカベリルの【威圧】は、鈍重にさせるなんてものではない。


完全に動きを止めている。


それほどまでに高いレベルの【威圧】なのだろうと推察できた。


「どうした? 攻撃してこんのか?」


とテュカベリルがあおった。


「くっ……!」


剣士の男は歯噛みする。


それを見ていた他の者たちは言った。


「おいおい、なんで止まってんだよ。早く斬り殺せや」


「まさかビビってるの?」


だが、周りが催促さいそくしても剣士の男は動かない。


テュカベリルは鼻で笑う。


「己の弱さを思い知ったな。ならば死ね」


「!?」


次の瞬間。


テュカベリルが、右手をたか鉤爪かぎづめのような形に丸めて、掌底しょうていを放った。


「ぐはっ!!?」


その掌底が剣士の男の胸骨きょうこつを粉砕する。


大量の血を口から噴きながら、男があっけなく倒れふした。


「まずは一人、撃沈じゃ」


テュカベリルが言った。


荒くれ者たちは面白くなさそうに告げた。


「ちっ……られたか」


「なかなかやるじゃないの」


仲間がやられたというのに、荒くれ者たちは悲しむ様子はない。


ただ、少しテュカベリルに対する警戒レベルが上がったぐらいだ。


さらに荒くれ者たちの中から、斧を持った男と、槍を持った女が前に出た。


「次は、俺たちのコンビネーションを受けてみろや」


男がそう告げると、すぐさま斧を振りかぶる。


槍を持った女も、鋭い刺突しとつを放った。


それに対してテュカベリルは……


何もしない。


なんと、防御もせず斧と槍の斬撃を身体に受けた。


「!?」


しかしテュカベリルに出血はなかった。


なぜなら、テュカベリルに攻撃が通らなかったからだ。


斧による斬撃も、槍による刺突も、テュカベリルを傷つけることはできない。


それどころか。


「え!?」


「なんだとっ!!?」


槍がへし折れ、斧の刃が砕ける。


攻撃を仕掛けた側の武器が破壊されるという、異常事態いじょうじたいが起こっていた。


「弱い」


テュカベリルが斧戦士おのせんしを殴り飛ばした。


「ぐはっ!!」


さらにテュカベリルは、今度は槍の女に、バクちゅうのごとき動きでキックを食らわせた。


「うぐぶっ!!?」


あごを打ちぬかれた槍の女は、そのまま倒れる。


テュカベリルは悠々ゆうゆうと告げた。


「終わりじゃ」


テュカベリルの異様に高い戦闘力に、カノリアが度肝どぎもを抜かれていた。


カノリアは冷や汗をかきながら、震える声で告げる。


「ま、まだ3人がやられただけです!」


そして周囲に対して。


「さあ、みなさん! 早くこの二人を殺しなさい!」


と命じる。


が、誰も返事をしない。


「何をしているのですか、早く―――――」


途中まで告げたカノリアは、口をつぐんだ。


なぜなら、周囲にいた7人の荒くれ者たちが、突如として、ふらりとその場に倒れたからだ。


いったい何が起こったのか?


異変に混乱するカノリア。


テュカベリルがつまらなそうに告げる。


「終わりだと言ったじゃろう? もう全員殺したからのう」


「そ、そんな……馬鹿なっ!」


カノリアが目を見開き、困惑こんわく狼狽ろうばいをあらわにした。


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