第5章83話:船2

「新たな料理や食材を生み出すことは、知識や技術よりも、とにかくトライしてみることが大事だ。たとえば牛乳を振ってみればバターになる……といったことを知るのに、難しい知識は要らない。いろいろやってみれば、そのうちたどり着く製法だ」


そして俺は以下のようにまとめた。


「だから、一見バカみたいに思えることでも、思いついたらやってみることだな。そうしていれば、色々なレシピを手に入れることができるだろう」


「……それが、ラング様がなさってきたことなんですね」


とリンが納得した。


まあ美味しい料理の基礎を築いたのは、俺ではなく、前世の人類のみなさんだけどな。


しかし俺がいま語ったことは、間違いなく、異世界の料理を進歩させる考え方だ。


既に料理が成熟した日本なら話は別だが……


いろいろと料理技術が未熟な異世界では、とにかく思いついたことを、片っ端から試してみたほうが成果は上がりやすいだろう。


「いろいろ試してみる、か……箴言しんげんであるとは思うが、わらわにはかったるい話じゃな」


とテュカベリルは感想を述べてから、


「やはりわらわは、作ってもらったものを食べるほうが、しょうにあっておる」


と告げた。


俺は苦笑する。


そのときリンは尋ねた。


「テュカベリルさんは、料理人ではないのですよね?」


「無論じゃ。わらわはこやつの護衛じゃからの」


とテュカベリルが答える。


そこからはテュカベリルのことに関する話題へ移った。


しばらく、俺たちは他愛たわいもない話を続ける。


やがて日が暮れてきた。


夜のとばりが降りはじめ、夕焼けを暗く染めていく。


船は島から遠く離れ、すっかりおきの上だ。


途中、海の魔物に襲撃されることは一度もなかった。


テュカベリルが、半径10メートルぐらいの範囲内に【威圧】と呼ばれるスキルを放っていたからである。


おかげで海の魔物たちが、船に近寄ることはできず、一度も遭遇することはなかったのだ。


「そろそろ目的地に着きます」


とリンが告げた。


彼女の宣言通り、視界の前方に岩場いわばが見え始める。


海のど真ん中。岩石たちが円をえがくように、海中から海上へと突き出た場所。


岩たちは夜のやみを照らすように、かすかに緑色の光をまとっている。


美しい岩々いわいわだ。


あれが精霊岩せいれいがん


そしてここが、海の精霊が住まう領域である。

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