第5章82話:海

俺はテーブルの椅子に腰掛こしかけながら、広がる夕焼けの海を眺める。


「良い船だな」


と俺は告げてから、続けた。


「お世辞じゃないぞ。こんなふうに、のんびりと海を遊覧できる船というのは、情趣じょうしゅがある」


「ラング様にお褒めいただけるのは、とても光栄です」


とリンが応じた。


俺は苦笑してから言った。


「……なんだか固いな。今回は、お互いの親睦しんぼくを深める目的もあるんだから、もっと砕けてくれてもいいんだぞ」


「はい。……しかし、私は誰に対してもこのような口調と態度でして」


「真面目なんだな」


「……そうかもしれません」


とリンは答える。


淡々とした受け答えである。


俺の反応を気にしたのか、リンが補足してきた。


「すみません。どうしても私は事務的な話し方しかできません。しかし感情が薄いわけではないのです」


「いや、気にするな。俺もどちらかといえば、溌剌はつらつとしたタイプでもないからな。料理に関しては例外だが」


俺は料理をしているときは、高揚こうようして饒舌じょうぜつになったり、ハイテンションになったりする。


前世では、そんな料理姿りょうりすがたを、料理オタクだと指摘されたこともあるぐらいだ。


「私は、ラング様の料理について、とても興味があります」


とリンが言った。


「私も料理人りょうりにんはしくれですから、ラング様の技術がずば抜けていることは理解できます。どうすればあのような料理を作ることができるのですか」


「それはわらわも興味があるのう」


とテュカベリルが話に入ってきた。


「おぬしが作る馳走ちそうたちは、実に見事なものであり、同時に、珍妙でもある。人間の料理はいろいろと食べてきたが、おぬしの作る料理は、常識を完全に外れておる。まるで別世界の料理をそのまま持ち込んできたかのような異質さじゃ」


俺は一瞬、変な声が出そうになった。


別世界の料理を持ち込んできたかのような料理――――


テュカベリルは比喩で言ったつもりだろうが、実際にはもちろん、事実を的確に指摘している。


俺の料理は、この世界の常識で作られたものではない。


前世の人類が蓄積した、技術と研鑽によって作られたものだ。


異世界の料理を基準に考えると、すさまじく高度な料理に見えるだろう。


(けど……)


俺は、自分が異世界人いせかいじんであることを明かすつもりはない。


ルウには知られてしまったが、極力、秘密にしておいたほうがいいだろう。


だから当たりざわりのない言葉を返すことにした。


「まあ……料理は研究とアイディアだよ」


と俺は一般論的いっぱんろんてき料理論りょうりろんを述べる。


「いろんな料理のパターンを考えて、検証することが大事だ。あるいは、食材の加工を考えたりな」


この世界の人々は、新たな食材を求めて試行錯誤しこうさくごする意識が、まだまだ低い。


特に、下処理したしょりや加工の工程はほとんど発達していない。


そこが変わると、異世界の料理技術りょうりぎじゅつ飛躍的ひやくてきに進歩するだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る