第4章55話:暇と散歩

秋も中ごろになる。


少しずつ冬の足音が聞こえてくる季節。


俺は商会の幹部――――【料理顧問役りょうりこもんやく】として活動していた。


この役職は幹部であるものの、普通の幹部がするような雑務ざつむはしなくていい。


書類仕事しょるいしごとすらない。


だから暇な時間が多い。





加えて、ミレーユへ店主の引継ぎもだいたい終えた。


おかげでルナトリアの仕事のほとんどをミレーユに任せている。


俺が直接、店の仕事をすることはめっきり減った。


週一しゅういち程度で、様子を見に行く程度だ。






キルティナから頼まれた冬料理ふゆりょうりについても、アイディアは既に思いついている。


つまり。


結論……


俺は、めちゃくちゃ暇になった。


「ふわあ……」


俺はあくびをしながら、下層かそうを歩く。


護衛の女性を、背後に二人ふたり引き連れながら、散歩をする。


何をするでもない散歩である。


半年前はとんでもなく忙しかったのに、今はウソみたいに暇になった。


だから、ちょっと島を気ままに出歩であるいてみようと思ったのだ。








赤い屋根の家や、アパートメントが立ち並ぶ下層。


中央にある噴水広場ふんすいひろば素通すどおりして、漁港ぎょこうにたどりつく。


漁港では、波止場はとば木舟きぶね漁船ぎょせんがプカプカと浮かんでいる。


りょうから戻ってきた漁師によって、魚たちが陸揚りくあげされていたりもする。


魚は島外とうがいからも運輸うんゆされてきたりするけど……


多くは、この島内とうないの漁港からがった魚たちが、市場におろされる。


卸商人おろししょうにんなどを通してルナトリアに運ばれてくるのも、ここの魚がほとんどだ。







漁港を歩き去った俺は、そのまま真っ直ぐ進んだ。


すると砂浜が現れる。


砂浜の向こうにはいそがあり……


さらにその向こうには、海に突きでた岸壁がんぺきがある。


人の姿はない。


静かな海だけがあった。


穏やかな潮騒しおさい


俺は、磯までいったあと、岩礁がんしょうのうえにのぼった。


護衛の二人には、岩礁の下で待ってもらうことにする。


俺は岩礁のうえに座って、しばし黄昏たそがれることにした。


海から吹きつける潮風しおかぜが心地よい。


水平線の向こうには、島がうっすらと見えていた。


良い海景色うみげしきだ。


……。


……。


しばらく経ったあと。


ふいに、物音を感じた。


振り返る。


「……?」


そこに人が立っていた。


見知らぬ女性である。

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