第3章36話:他者視点

<三人称視点>


店を開いて45日が経つ。


唐揚げパンは依然いぜんとして人気である。


しかし、このころになると、唐揚げパンだけでなくルナトリアそのものも話題になり始めた。


唐揚げパンを入り口にして、ルナトリアの料理を食べてくれたお客さんたち。


その多くが、ルナトリアの料理を絶賛してくれているようである。






とある二人の男性がこんな会話をしていた。


「なあ、ルナトリアって知ってるか?」


「ああ。先月オープンしたレストランだろ? 最近よく名前を聞くよな」


「それそれ。話題になってるから一度行ってみたんだけどよ、あの店はマジでアタリだったぞ!」


「へえ、美味うまかったのか」


「ああ、美味うまい。しかも安いんだよな。あのレベルの味が、あの価格で食べられるのは反則だぜ」


「なるほどな。ヴィオーネみたいなもんか?」


「いや、ヴィオーネよりルナトリアのほうが断然だんぜん美味いぞ」


「まじかよ……そこまで言われると気になるな」


「ちょうどルナトリアの唐揚げパン持ってるけど……食ってみるか?」


「おお! 食べる食べる! まだ食ったことがなかったんだよな」


「ほらよ」


「ありがとよ……もぐもぐ。んんん!? なんだこりゃ! 超うめえ!?」


「な、美味いだろ?」


「ああ。こりゃヤバいわ」


「ルナトリアの料理も、それと同じレベルだよ。俺は焼き魚定食が好きだな」


「な、なあ、今度一緒にいこうぜ?」


「おう、いいぜ」


二人は、次の休日にルナトリアを訪れることにするのだった。









<ヴィオーネ視点>


夜。


ヴィオーネ店内。


閉店時間が過ぎたあと。


カノリアは思う。


(ヴィオーネの客足が落ちてきていますね……)


行列が途絶えてきている。


曜日によっては、行列がない日も出てきた。


(原因の一つは、オープンした初動の勢いが落ちてきたこと)


ヴィオーネにはブランド力がある。


このマドリエンヌ領においては、特にヴィオーネの名前は絶大。


だからこそ6号店まで出すことができたのだ。


しかし、ネームブランドだけで大量に客を呼び込めるのは初動だけ。


初動を過ぎれば、ゆるやかに平常へと戻っていく。


現在、オープンから50日目を過ぎようとしており、初動のときにあった爆発力は沈静ちんせいしている。


(そして、もう一つの原因は――――)


カノリアは窓の外を眺める。


彼女の視線の先には――――向かいのレストラン・ルナトリアがあった。


カノリアはルナトリアをにらむ。


(ルナトリアが、ヴィオーネの客を奪っている)


ルナトリアが出した唐揚げパンという商品。


それがアイリーンの街で大ブームとなった。


そのブームに引きずられる形で、ルナトリアの名前も知られていき、行列が出来始めている。


オープン当初、客が一人もいないほどに閑散かんさんとしていたルナトリアであるが……


現在は、すっかり人気店にんきてん様相ようそうていしていた。


(まさか、うちが無名の店に押されるなんて……)


ルナトリアとヴィオーネは、同じ魚料理をあらそう店。


競争相手があんなにブレイクしていると、どうしても話題が持っていかれる。


しかし、だとしても、ここまで強力なライバルになるとは想像していなかった。


カノリアは拳をぎりぎりと握り締める。


(対策を打たないと、まずいですね)


カノリアはそう思い、一転して、微笑みを浮かべた。


別に焦ることはない。


過去にもルナトリアのような、そこそこ頑張る無名店むめいてんと争ったこともある。


しかし最後は、決まってヴィオーネが勝利した。


(ヴィオーネには、資金力も、コネも、知識も、技術もある)


ルナトリアのような新参では決して勝てない要素。


それは長い年月をかけて積み上げた蓄積。


商売とは先発組せんぱつぐみが常に有利なものだ。


資金。


人脈。


知識。


技術。


販路。


知名度。ブランド力。宣伝力。


全てにおいて後発組こうはつぐみを上回る。


あとから商売を始めた後輩どもが、多少健闘したぐらいじゃ、先発組せんぱつぐみの優位は崩せない。


(ヴィオーネは強い。それを、わからせてあげますよ)


カノリアがひそかにほくそ笑んだ。





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