第3章32話:試食販売2

だが。


そのときラングに言われた言葉を思い出す。


ラングは試食販売を企画した際、キルティナにこう告げた。






『いいか? 試食販売なんてのは、客から無視されて当然の商売だ』


『ただ大声で宣伝しているだけじゃ、客は見向きもしてくれない。だから必要なのは、積極的に話しかけること』


『通り過ぎる客、目が合った客、興味ありげに立ち止まった客には、ガンガン話しかけろ』


『ウザそうな顔をされても気にするな。タダで食べられるということを強調したうえで、ひとくちでいいから食べてもらえ』






無視されるのは当たり前。


とにかく話しかけること。


無料だということを第一にアピールすること。


キルティナは脳内で反復する。


そのとき。


視界の斜め右にいた女性と、目が合った。


女性はすぐさま目をそらしたが、キルティナは近づいていく。


「そこのお姉さん!」


「え、……なんですか?」


「現在、無料で!!! 新商品を、ひとくち食べていただけるサービスをしておりますの。試食販売といいまして」


「……へえ」


「代金は要りません!!! ので、ひとくち、いかがですか?」


無料であることを強調しつつ、キルティナは女性にアピールする。


「ええと……無料、なんですか?」


「はい、無料ですわ! ですから気軽にお一つ、どうぞ」


ずい、と皿を差し出す。


女性は怪訝そうに、皿のうえに乗った唐揚げパンの切れ端を見つめると。


「……つまんで食べればいいんですよね?」


「はい!」


「じゃあ……」


と女性は、唐揚げパンの切れ端を、ひとつつまんだ。


口に運ぶ。


「んん!!?」


直後、目を見開く女性。


「美味しい!!? すごくおいしいです、これ!!」


と好評を述べる女性。


興奮で顔が紅潮している。


キルティナはにやりと笑った。


「ありがとうございます!」


と応じたあとでキルティナは続ける。


「実はレストランを営んでおりまして、この唐揚げパンは、店の新商品なんですの」


「へえ」


「よかったら、レストランのほうにもお越しください! 美味しい料理が、たくさんありますから」


「ええ……こんなに美味しいなら、今度、立ち寄ってみようかしら」


「ありがとうございます! 中層の端のほうにある、ルナトリアという名前の店なので、ぜひ!!」


とキルティナは宣伝を終えた。


女性が立ち去っていく。


(うん……! いい感じですわね!)


とキルティナは思う。


(そもそもラングの料理は、味はずば抜けて良いんですもの。知ってもらえさえすれば、きっと来客も増えていきますわ)


試食販売に、確かな手ごたえを感じた。


キルティナは、次の客へと話しかけにいくのだった。

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