第2章20話:疑い

シャロンがボンゴレを食べながらつぶやく。


「うーん、でもこんなに美味しいと、他の料理が食べられなくなりそうだね」


ルウが賛成した。


「悔しいですけど、姉さんの言う通りですね。これは特別な日に食べるものです。普段から食べていると、味覚みかくえすぎてしまうでしょう」


「大げさだな。ボンゴレは材料費ざいりょうひも安いし、すぐに作れるものだぞ」


そう俺が説明すると、ルウが肩をすくめた。


「これを安価で作れるって……料理人りょうりにんが聞いたら卒倒そっとうしますよ」


「もし店で出したら、市場が崩壊するね」


シャロンとルウは忠告してきた。


俺はぽつりとつぶやく。


「……店で出したかったんだがな」


「ダメですね」


「ダメだね」


と即座に却下された。


俺は言った。


「まあともかく……、どうだ? 俺が料理人としてやっていけると、信じてもらえたか?」


シャロンとルウはうなずいた。


ルウが言う。


「こんなものを食べさせられたら、信じるしかありませんね」


「ラングくん、すごいね。でもいつ料理を覚えたの?」


「……まあ、こっそり練習した、かな」


実際は前世で修行して得た技術だ。


しかし、さすがにそれを正直に言うわけにはいかない。







食べ終わる。


シャロンとルウが満足げにしていた。


「……で。本題に戻るが」


と俺は前置きして、尋ねる。


「お前たちをこの店の従業員として雇うことができるが、どうだろう?」


「ああ、そういう話でしたね」


「すっかり忘れてたね」


とシャロンが苦笑する。


ルウが聞いてきた。


「ちなみに、働くとしたら、どんな業務をやることになるんですか?」


「ホールスタッフ……つまり接客せっきゃくや店内の清掃をしてもらうことになるだろうな。一応、庶民に何度も頭を下げる仕事になるが……」


そう答える。


シャロンもルウも貴族令嬢だ。


貴族の場合、庶民にペコペコ頭を下げることを嫌がる者もいる。


シャロンが言った。


「私は働かせてもらいたいかな。どうせ働くなら、ラングくんの近くで働きたいし」


ルウも同調する。


「私もです。別に、頭を下げることには慣れてますよ。グレフィンド家は、貴族社会でも下のほうですし」


グレフィンド家は子爵家ししゃくけだから、家格かかくは高くない。


子爵位ししゃくいは、庶民から見れば雲の上の存在だが……


上級貴族じょうきゅうきぞくから見れば下等な生き物であるのだから。


「そうか。じゃあ、決まりだな」


と俺は微笑んだ。


そのときルウが言った。


「ただ、働かせていただく前に、一つだけ兄さんにお聞きしたいことがあります」


「ん……なんだ?」


「……姉さん。少し外してもらえますか?」


「え? うん、まあ、いいけど」


とシャロンが言って、外に出て行った。


俺は尋ねた。


「で、聞きたいことってなんだ。ルウ?」


「はい、兄さん……」


ルウは真剣な顔をしていた。


異様な威圧感があった。


まるで……こちらを疑っているような目。


彼女のくちびるから、するどく、刺すような言葉がつむがれる。


「あなたは、誰ですか?」


「……!」


ルウの指摘に、俺はビクっとして硬直こうちょくした。


俺は尋ねかえす。


「誰……とは?」


「とぼけないでください。あなたは、私の知る兄さんではありませんよね」


「……」


「料理がこんなにできるのは、どう考えてもおかしいです。雰囲気も、以前の兄さんとは少し違います。あなたは本当に、私の兄さんなのですか?」


ルウの疑いの瞳が、まっすぐに俺を貫く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る