宝箱
暗頃
宝箱
大学3年の春、俺に人生初めての彼女ができた。
彼女は染めていないのセミロングのさらさらした髪が印象的で、いかにも清楚系な女性だった。
おとなしい性格の彼女は、男への警戒心が強くなかなかお近づきになれなかったが、
彼女目的で同じゼミを選択し、徐々に打ち解けていくうちに念願叶って恋人同士になれたのだった。
9月、まだ残暑が続きゼミ室の外ではミーンミンミーンとアブラゼミの鳴き声が聞こえてくる。
その日は、話題を引き出すために彼女と他愛のない会話をしていた。
「好きな映画はなに?」
「◾️◾️◾️◾️」
「俺知らないかも、どんな映画?」
「ちょっと怖いやつかも」
「結構ホラーとか好きなんだね、俺アベンジャーズとか、派手なアクションものばかり見るから新鮮かも、見てみたいな」
「見てみる?うちにVHSならあるよ」
「VHS?ビデオのこと?DVDとブルーレイなら見れるけど、ビデオデッキはさすがに家にないな~」
「うちに来て見ればいいんじゃない?」
正直、彼女の提案に浮かれた。初めて彼女の家に行く、男なら期待しないことはないだろう。
早速だが、その日の帰りに彼女の家に寄ることになった。
彼女は駅前の高層マンションで独り暮らしをしていた。
1階の入り口は2重扉のオートロック式だった、壁にあるパネルで彼女が操作すると扉は開き、二人で中に入っていった。
エレベーターで7階まで上がり、角部屋が彼女の住居スペースだった。
期待に胸を膨らませて、部屋の扉が開くのを待った。
ガチャリ…
ドアの隙間から、鼻を衝くすえた匂いで咄嗟に手で鼻を覆った。
玄関の先には、コンビニのビニール袋や、無造作に積まれた衣類、段ボール、その他得体の知れないビニール袋の山が足の踏み場もなく、山のように堆積していた。
ゴミ屋敷…
腑とその言葉が頭を過った。
訝しむ俺を尻目に、彼女はゴミの上を平然と素足で踏み込み、部屋の奥へ入っていった。
「こっちこっち」
呼ばれて、少しでもゴミを避けるように彼女の方へ向かった。
玄関からすぐの場所がキッチンスペースらしく、洗われていない食器類が汚水に浸かり、何か作ったであろう鍋の中身が白いカビに覆われていた。
足にぐにょりと、気持ち悪い感覚が伝わった。うっかり踏みつけてしまったビニール袋から白いウジ虫が這い出てきた。
「ヒッ」
とっさに小さな悲鳴を漏らしたが後に引けず、なんとか彼女のいる、おそらくリビングルームだろう場所に入った。
ゴミ袋の山をソファーのように彼女は座っていた。
「どこでも好きに座っていいよ」
彼女に勧められ、なるべく衣類の入ってそうなゴミ袋の上に腰を掛けた。
テレビ周りはゴミに埋もれずに、そこだけサークルを囲むように綺麗だった。テレビ台の下にあるビデオデッキに彼女は手を伸ばし、再生ボタンを押した。
映画はオムニバス形式で、男が死ぬまで頭を壁に打ち付ける話、生きたままの少女を解体する話、豚と性交する男の話など…、グロテスクなものだった。
部屋の異臭も相まって、嘔吐しそうになるのを耐え、彼女を見た。瞬き一つせず、映像を凝視している。
映画が見終わり、早く帰ろうと腰を上げる途中、彼女に静止させられた。
「ちょっと待って、せっかくうちに来たんだから、私の宝物見ていかない?」
彼女は少し席を離すと、奥の部屋から両手に納まるぐらいの木箱を持って戻ってきた。
木箱の蓋を開けるが、座っている俺の目の高さでは中身が見えず、なぜか身体が硬直して身じろぎもできない。
彼女は一つ一つ宝物を披露してくれた。
「これはセキセイインコのルルちゃんの羽、小学2年生の時に飼ってたんだけど野良猫に襲われて死んじゃった。」
綺麗な青い羽が小さなビニール袋に入っていた。
「これは、中学生の時まで飼ってた猫のチーちゃんの毛、猫エイズ?って言うのに罹って死んじゃった。これも、次の年に死んじゃった猫のココ君の毛、知らない人のいたずらで毒入りの餌を食べちゃって死んじゃった」
二つのフリーザーパックに白い毛と茶色い毛がそれぞれ入っていた。
「これは、高校生の時、死んだおばあちゃんの小指の骨、納骨の時こっそり持ち帰った」
きれいな赤いビロードの巾着から、カラっとした細い骨が覗いた。
俺は、震える声で聞いた。
「なんでそんなもの持ってるの…?」
「もしかしたら、未来の技術で蘇らないかなって、クローン羊のドリーとか覚えてる?遺伝子情報があれば、未来では記憶も受け継いだままクローンが作れるんじゃないかな?
そしたらルルちゃんもチーちゃんもココ君もおばあちゃんにもまた会えるからね」
彼女はそう答えながら、箱から少し大きめのフリーザーパックの袋を取り出した。
「これが一番の宝物、ここから私は産まれてきたんだよ。赤ちゃんにいつでも戻れる気がして触ってると嬉しいんだ」
袋の中には赤い液体の中に内蔵のような塊と腸のような細長い管が繋がっていた。
子宮だった。
「お母さん、急に動かなくなっちゃって、これだけは取り出さなきゃって。さっきのビデオ何回も見て、うまく取り出せるように頑張ったんだけど、やっぱり素人だからボロボロだよね…もう少し綺麗な状態にしておきたかったんだけどな」
そういうと、彼女はその内臓の塊の入った袋を優しく抱きしめ、俺の方を見た。
「××君のことも好きだから、私に宝物くれないかな?××君が死んじゃってもまた甦らせればいいから」
金縛りが解けたように、散乱するゴミを踏み散らかし俺は彼女の部屋を飛び出した。部屋を出るほんの一瞬、彼女が木箱を取りに出てきた部屋がドアの隙間からチラリと見えた。
部屋の奥には、青紫色に膨れ上がった肉塊の溶けて窪んだ目がこちらを覗いていた。
俺は恐怖で、ひと月ほど大学を休んだ。
ある日、同じゼミの友人から連絡がきた。
「お前、しばらく来てないけど大丈夫か?
ちょっと言いにくいんだけどさ、ニュース見たか?
〇〇ちゃんが死体で見つかったって、しかも親子で…。ショックかもしれないけど、お前何かあったか知らない?学校に警察きててさ…」
友人の知らせで、すぐに俺の家にも警察が事情聴取にやってきた。
彼女のマンションであったことなど洗いざらい話したが、警察官が険しい顔をして
「〇〇さんなんですが、発見時すでに白骨化していまして死後半年は経過していました。時系列が合わないんですよね…。」
ゼミのメンバーも彼女とは半年ほど会っていなかったそうだ。俺がひと月前まで会っていた彼女は何者だったのだろうか。
宝箱 暗頃 @ancoro_kowakowa
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