男が好き

「社長、まだ現場作業やってるんですか。社長なんだから職人にやらせりゃいいんですよ。」


溶融鉄燃管理職主任、浪瀬なみせが誠実に話しかけた。


「何馬鹿言ってんだ、あんなもんに任せられっかよ。」




俺は金払い機じゃねぇぞ・・・




休憩時間・・・


女との3日生活を振り返ると、可もなく不可もなく。

平々凡々な日だった。

俺には日常だったが、刺激のない日々はあいつにとって過酷な生活地獄だったのかもしれない。


なんて言ったか・・・


ああ、エスカレーター効果だった。


付き合っていた時から緩急のある触れ合いをしてやればあいつもあんな風にはならなかっただろう。




今日は止めにするか・・・・・・・・。


いや、俺に似合いの決め台詞、やっぱり呟いとこうか。

ふん、どうせ俺はこの世の中の嫌われ者さ。

ノリのいい奴とは気が合わねぇよ。





誠実は、若い社員に相談を受けていた。


「誠実さん、実は俺、ジョウジの兄貴が好きなんすよ。だけど兄貴は既婚者だし子供もいるじゃないっすか。でも、俺の気持ちが止まんなくて…」


「ヨウジ、お前女がいるのかと思ってたが、男のほうか…」


ヨウジは19歳で、うちでは一番度胸のある職人だ。

こいつに任せればどんな高所作業も、肝心な親綱をまっさきに張ってくれる。

つまり、うちの職人の命が保証されるのもヨウジが居るからってことだ。

そんな男の中の男が、男を恋愛対象に…

誠実は、世の中には複雑な事情を抱えた人たちがいることを思い知った。

こういうのを恋愛用語でなんて言ううんだ?

誠実は、仕事が終わったら何時もの恋愛用語辞典で調べようと決心した。



誠実にも男に惚れた経験はあった。

だがそれは、恋愛以上のものだ。

憧れ、否、信仰とも呼べるほどの熱烈な思いだった。

然し、その男は、若くして亡き人となってしまった。


学生時代、一度も人を殴らない人だった。

街で喧嘩を売られ、鉄拳や蹴りを入れられても自らは抵抗一つしない。

然し、何故か一度も相手より遅れる姿は見なかった。

どんな暴行を受けても地にしっかり足を付け、相手の全てを受けて立つ。

そんな姿に誠実は憧れ、信頼し、大切な人と思った。

高校卒業して、誠実の会社の社員がに襲われた時、助けに入ってくれたサラリーマンがその人だった。

聞いた話だが、誠実の若い社員が5人につかまり事務所に連れていかれるところを、一人で押しのけ、逃がしてくれたという。

その後連れていかれたのは誠実の憧れの人だった。

その3年後、海から腐乱死体が上がり、DNA鑑定で特定された大切な人・・・


誠実は、親綱を張るヨウジを見上げながら呟いた。


「大切な人を守るのに命は惜しめねぇよな。」

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