嫌われ続ける男の小説

138億年から来た人間

誠実、30,鳶職人

誠実まさみ、30歳、男。

今日も25メートルほどの高所作業中。


「誠実さん、足場板あと何枚いるっすかー。」


「おぅ、そうだな。10枚上げろ。」


「わかりました。」


足場とは、建設に限らず高所作業の際、足掛かりとなる場所で一般には仮設足場とも呼ばれる。

然し、職人の間で仮設の言葉を付ける者はなく足場組という独特な言い回しで認識されている。

ビル工事現場等一般の人の目に触れて行う業者と大きな工場内で足場を組む業者では、考え方が異なり、一線を画している会社もある。

組み立て足場、吊り足場があり吊り足場は、チェーンなどが使われ橋の下などでよく見かけられる。


誠実は、日本最大の鉄鋼会社溶融鉄燃ようゆうてつねん工場内の足場仮設工事を請け負う。

社長として立ったのは、21歳の時。

父親が癌で亡くなり、その会社を無知識で継いだ。

父のもとで働いていた職人は父の死と共に他の鳶会社に鞍替え。

独りになった誠実はまず、社員の確保に奔走した。

悪人という悪人を片っ端からあたった。

学歴のあるものが、命を賭す仕事をするはずもなく、中卒の学歴のない人間をとっ捕まえた。

現在社員10人、バイト5人の立派な鳶会社にのし上がった。




休憩時間。


「俺ぜってぇ、誠実さんみたいにはなりたくねぇからこのサイトに登録したんだよ。」


社員のミゾッチは、うちの会社で一番若い16歳。

中学を卒業したばかりだ。

まだニキビ顔で、幼なさを隠しきれない。


「なんだよこれ、出会い系か?」


「先輩、違うっすよ。友達作りのサイトっす。」


「と・も・だ・ち?お前、友達もいねぇのか?」


・・・




「あいつのひそひそ話は、へたくそすぎる。どんくせぇから小声になってねぇんだ。俺みてぇになりたくねぇだぁ。ああ、そうだろうよ。どうせ俺は世の中の嫌われ者だ。まっ、無理もねぇか。今時、中卒と付き合う人間なんて少ねぇしな。あいつが悪いわけでもなぇのに何かといやぁ学歴社会といいやがる馬鹿な世間が悪い。」


誠実はコンピューター関連の専門学校を卒業した。

実際、所謂IT企業に2年ほど勤めたこともある。

父が亡くならなければ中卒の人間との接点はなかっただろう。

彼らは学歴を持つ者以上にプライドが高い。

勿論自尊心だが、この学歴社会の中、潰されるような思いがそれをさせている。


「ミゾッチの話じゃねぇが、今じゃぁ、友達さえもサイトの中で作られるようになった。マッチングアプリもそうだ。確か、エキサイトフレンズだったかな。友達さえも恋人と同じように作ることが出来ねぇ若けぇ奴ら。ともすれば、それは他者にとって馬鹿にされるようなことかもしれねぇ。しかしな、友達が欲しい気持ちを大事にしてる努力は買えると俺は思う。だが、そんな奴らに追い打ちをかけるような事象が発生してる。エミール・クーエの法則だったか。努力が実らねぇってありえねぇと思いてぇ。だが、それが現実だ。俺が一番よく知ってるさ。」


「りりりりりーン。」


「ふん、時間か。どうせ俺は世の中の嫌われ者さ。努力なんざとっくに忘れちまったよ…。」




誠実まさみは、今日も鉄塔の足場組立工事に奔走していた。


「最近、誠実さん、元気ねぇなぁ。」


「ああ、あの人が元気ねぇってことは一つだけだよな」


「女!」


「おんな!」





「馬鹿野郎が、幅10センチしかねぇ30メートルの場所で親綱張りながらする会話じゃねぇだろ!てめぇらが死んだら、親会社に俺が頭下げねぇと悪くなるんだ。」


なんてな、言いてぇんだが今日はな…


誠実は、親綱を確認し、安全帯確認を改めて社員に指示する。

いつになく真剣だ。






2日前・・・


「あんた、養育費もっと払ってよ。若菜が、エリート大学に進めるかどうかの瀬戸際なのよ。私立の小学校に進めば、あんたも鼻高々でしょう?社長さん・・・」

行きつけのスナックの女と酒の勢いでやっちまって、ガキが出来た。

三人で暮らしたのは3日間。

4日目にはほかの男と寝んごろになり、娘を連れて出て行っちまった。

たまに電話がかかるが毎回金の無心に明け暮れる。

俺は何時も要求通りの金を用意し、女の口座番号に振り込む。

ふん、どうせ・・・

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