第2章 VTuberとチェーンキャンディー
第11話 実害がないから全然OK
モデル連続失踪事件から1ヶ月が経過し、昴はユキと風華との共同生活に慣れて来た。
「何度言ったらわかるの!? ユキ、昴のベッドの中に潜り込むんじゃありません!」
「寝る時の昴は抱き枕。異論は認めない。悔しかったら風華もやれば良い」
「クッ、私はユキと違って恥じらいがあるの!」
「本当に欲しい物があるならなりふり構わずやるべき。父様がそう言ってた」
(今日も今日とて騒々しいな)
そんなことを想いつつ、昴はユキと風華の言い合いをスルーしてテレビのニュース番組を見ていた。
『次のニュースです。今、日本では多種多様な働き方が認められており、老若男女問わず価値のある動画ならば投稿して稼げるWe Tubeにて収入を得る人が統計によると10人に1人に到達しました。この件について、T電機大学でWe Tubeの研究を専門とする篝教授の話を伺いました』
画面が切り替わり、篝教授がWe Tubeに対する私見を述べていると、昴のスマホにメッセージが届いた。
送り主の欄には
(相談に乗ってほしいから僕の部屋に来てくれ? ユキと風華は絶賛バトル中だし、俺だけで行くか)
「ちょっと或斗んところに行って来る」
「私も行く!」
「ユキはまだ私のお説教が終わってないでしょうが! 行ってらっしゃい!」
「クゥ~ン…」
いつの間にか、ユキと風華の話は風華の説教に変わっていたらしい。
それもそのはずで、ユキはファンタスでなんでも付き人にやらせていたようで生活力がないから、服が脱ぎっぱなしだったり片付けができないのだ。
風華は学生時代、学級委員を務めていたこともあってだらしないクラスメイトの世話を担任の教師から度々頼まれており、その時の感覚が共同生活中に蘇ってユキに最低限の生活力を付けさせようと躍起になっている。
いや、学級委員というより最早母親なのだが、昴はそう思っても決して口に出したりしなかった。
それはさておき、昴は1つ上のフロアである地下1階に上がり、日光を苦手とする局員が寝泊まりするフロアで目的の部屋のインターホンのボタンを押す。
ピンポーンと音が鳴り、昴が名乗ったところで中から開いているので入って来てとメッセージが来たため、ドアノブに手をかけて部屋の中に入った。
インターホン越しに喋れば良いものの、そうしないのは或斗が面倒臭がりだからであり、今となっては昴も慣れたから或斗のやり方に従っている。
「よう、或斗。お邪魔するぞ」
「いらっしゃい。うっ」
昴の顔を見た瞬間、唸った或斗は急いでテーブルの上に用意していたトマトジュースを飲み干した。
「また吸血衝動か?」
「ぷはぁ、ごめんね。久し振りに君を見ると、どうしても血を吸いたくなっちゃうんだ。毎日会ってると平気なんだけどね」
或斗の種族はダンピールであり、父親がヴァンパイアで母親が人間だ。
昴や風華の両親と違って或斗の両親はどちらも亡くなっていて、或斗はダンピールの種族的特徴と向き合いながら、自分の異能を使って人助けをするために異世界管理局に入局した。
ちなみに、父親の死因は嫉妬深い母親との喧嘩で日光に当てられて灰になったからであり、父親を殺してしまった母親もそれを後悔して後を追うように自殺した。
或斗の父親はホストだったため、仕事で他の女性と飲むこともあったのだが、或斗の母親は自分も昔は彼の客だったゆえに他の女と仕事でも飲んでいることに耐え切れない独占欲の塊だった。
ヴァンパイアという種族は基本的に日光に弱くて夜行性だから、ちゃんと稼ぐには夜に働くしかない。
腕っぷしに自信がなく、トーク力と顔、声に自信がある或斗の父親はホストになり、そこそこしっかり稼いでいた。
或斗の母親もしっかり稼いでおり、或斗の父親と或斗を養えるだけ稼ぐと言ったのだが、或斗の父親も妻だけに働かせる訳にはいかないと男の意地を主張して喧嘩になり、最終的に両方死んでしまった。
それは或斗が小学生になる前のことで、或斗は両親がなくなってから異世界管理局に併設される孤児院で保護され、今は自分の異能を活かして人助けをする異世界管理局で働いている。
ダンピールの或斗はヴァンパイアの血の影響で、ヴァンパイアには敵わないが血を操作できる異能を持つ。
それゆえに吸血衝動も時々起きるが、血を飲まなくてもトマトジュースでどうにかなる。
他にもヴァンパイアの種族的特性も引き継いでおり、当たっても灰になったりしないがこんがり日焼けしてしまうため、副業は屋内でできるものを選んだ。
その職業とはWe Tube上で2Dキャラや3Dキャラを使って配信するVTuberである。
これならば外に出ずとも稼げるし、父親譲りで顔と声に自信がある或斗は
異世界管理局で働いている以上、或斗もどこかの事務所には入っておらず個人勢であり、マネージャーもなしでやっている。
これは或斗の処理能力が高いからで、困った時は今日みたいに昴に相談して済ませているのだ。
「実害がないから全然OK」
「そう割り切ってくれるのは昴の美点だよね。普通、血を吸われるかもって思った相手を警戒しないことなんてないよ? 僕と喋る時に警戒しないのって昴と風華、それと局長ぐらいだもん」
「まあ、風華ならまだしも或斗なら太刀打ちできるからってのもあるかな」
「風華には勝てないよね。前にうっかり怒らせちゃった時、金属製のコップを握り潰してたし。正直、昴が風華とユキちゃんと同棲するって聞いて驚いたし、今でも大丈夫かなって心配してる」
風華が金属製のコップを握り潰したエピソードを聞き、昴も覚えがあったから困ったように笑った。
そんな風華がモデルとして活躍しており、武闘派な気配を誤魔化し切れているという事実に昴と或斗は未だに信じられない気持ちを抱いている。
「今んところなんとかなってるぞ。風華が握り潰したコップは3つだけだし、その原因はユキとの喧嘩だからな」
「へぇ、ユキちゃんって昴には懐いてるけど風華と戦うんだね。実力を考えれば風華に媚びそうなのに」
ユキをハスキーとしか知らされていない或斗だから、風華がユキと喧嘩する原因もよくわからず力関係から判断した感想を述べた。
現状では、ユキが獣人であることを知っているのは昴と円香、風華の3人だけであり、昴はその秘密を漏らすつもりがないから苦笑して誤魔化す。
「それはそれとして、今日はどんな用事があったんだ? わざわざ会って相談したいだなんて珍しいじゃん」
「僕だって顔の見えないリスナーとだけじゃなくて、顔を合わせて話したい時があるんだよ」
「そりゃ失敬。玉子王子にそこまで言ってもらえるのは光栄だ」
「昴、それはひょっとして馬鹿にしてるね?」
玉子王子はゲーム実況に加え、歌ってみた動画、コラボ、企業案件等もこなすけれど、一番多いのはホストクラブの背景での雑談配信だ。
絵師によって理想が詰め込まれたホストデザインの玉子王子なので、イケボで喋るのを楽しみにしているリスナーは多く、雑談配信はそこそこ盛り上がっている。
自分と違って色んな人から話したいと思われている或斗に、顔を合わせて話したいと言われたのだから、昴が光栄という言葉を使ってもおかしいところはない。
「してないっての。この顔が或斗を馬鹿にしてるように見えるか?」
「…昴は誤魔化し方が上手くなったね。まあ、それは置いといて本題に入るよ。昴ってキャンディーはわかる?」
「ただの飴のことを今更訊いて来るとは思わないから、VTuberが雑談配信で読み上げる方のキャンディーかな?」
「正解。どうにも僕が調べた限りでは、キャンディー関連でちょっと疑惑があるんだ」
キャンディーとはVTuberに限らず使われている匿名の質問募集ツールであり、昴が言った通りで雑談配信ではよくネタとして使われているものだ。
それについて疑惑なんて言葉を持ち出されれば、フリーライターの嗅覚が嫌な感じの仕事の臭いを嗅ぎ取った。
「まさか、特定のキャンディーの質問に答えたVtuberが酷い目に遭ってるとか?」
「…その通りなんだけどさ、そこで当てちゃうなんて昴はネタ潰しの素質があるよね」
「ごめんて。職業柄、あれこれ先読みする癖が付いちゃってな」
「職業病は仕方ないね。それで、僕からの相談は昴にキャンディーに関する記事を書いてもらいたいんだ」
どうにも或斗も関係していそうな雰囲気だから、昴はその相談に乗るつもりで詳しく話を聞くことにした。
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