第10話 言質を取らせないやり方が上流階級のそれなんだよな

 ドレインソーンが脈動するごとにゴブリンエリートが弱り、そんな危険な植物を初めて見た風華が昴に訊ねる。


「昴、あの茨は何? ドレインソーンって言ったよね?」


「その通り。ドレインソーンは寄生した相手が力尽きるまで生命力を吸い続け、吸った力を養分にして花を咲かせる危険な植物でね、普段使いしないように制限してるんだ」


「それはヤバいわね。でも、これを使ったらゴブリンエリートが死ぬんじゃないの?」


「その辺はギリギリまで搾り取ったら枯れるよう品種改良してあるから大丈夫」


 そこまで聞いて、風華はするつもりもないけれど昴を敵に回してはいけないと悟った。


 昴の2つの異能について、風華も何度か共に行動したので理解している。


 それでも、異性に好かれやすいフェロモンとは違って、実在する植物を出せるという異能は応用性があるから、昴がどこまでの植物を使いこなせるのか風華は知らない。


 入局の経緯も昴はコネ採用であり、風華とは違って自ら異世界管理局で働きたくて入った訳ではない。


 戦闘面においてまだまだ引出しの数は多く、近接戦闘で負けるつもりはないが搦め手も含めると油断できないというのが昴に対する風華の評価である。


 ドレインソーンは昴の言った通りで、ゴブリンエリートをギリギリまで搾り取ったところで、花だけ残して枯れた。


 つぎはぎの女性はゴブリンエリートがどんな状態になろうと突っ立ったままであり、自分を助けろと目で訴えるゴブリンエリートの願いも空しくスルーしている。


 そこにようやく警察の応援が到着し、ゴブリンエリートとつぎはぎの女性を拘束したことで戦闘は終わった。


 昴達もこの場にある目ぼしい物を回収し、工場の外に停めてあった局用車に乗って異世界管理局に帰還した。


 戻ってすぐに局長室に直行し、昴達は円香に報告を済ませる。


 報告を聞いた円香の眉間には皺が寄せられた。


「ゾンビパウダーの改良版ねぇ。それに人間のゴブリン化と人間のキメラ化かぁ。厄ネタのオンパレードじゃないか」


「ゴブリンエリートと対峙してみた感想ですが、あのゴブリンエリートが全て手配したとは思えないんですよね。何者かが裏で暗躍してる気がしてなりません」


「そうだね。いくらエリートと言っても所詮ゴブリンはゴブリン。全て自分がやったという風に洗脳されてるだけで、本当は裏に誰かいるってこともあり得そうだ。今は気絶してるけど、起きたら尋問して洗いざらい吐かせるとしよう」


 昴の感想を聞き、円香も今回の一件は日本に紛れ込んだゴブリンエリートだけが引き起こしたものではないと考えた。


 ファンタスから地球への転移だが、悪事の準備万端で来れる者がいないとは言い切れないけれど、転移できることが眉唾物の時点で転移を前提に計画を立てるとは考えにくい。


 そうなると、異世界管理局が掴み切れていないだけで何か大きな力が暗躍していると感が他方が、これから先のトラブルで後手に回る可能性を減らせるというものだ。


 確定事項ではない黒幕の存在についてこれ以上話していても煮詰まるだけだから、風華が気になっていることを口にする。


「局長、今回の被害者の家族への対応はどうしましょう?」


「それも悩ましいよね。ご息女が悪いゴブリンエリートのせいでゴブリンになっちゃいましたなんて言えないし」


 雌ゴブリンになってしまった新人モデル達だが、人格は完全に死んでおりただ目の前の物を破壊しようとするだけの怪物である。


 言葉も通じなければ、自分が人間だったことも覚えていない。


 生命活動という観点ではまだ生きているけれど、それが果たして彼女達の生存を意味しているかと言えば首を横に振らざるを得ない。


 そこで昴は口を開く。


「あまり褒められた手段ではありませんが、ここは茨木組の存在を利用しましょう。茨木組の一部が無名の新人モデル達を人体実験に使い、実験で失敗したら工場で処分したことにするのはどうでしょうか?」


「…100%の真実ではないけど嘘ではないか。怒りの矛先がないと生きていけない人もいるだろうし、その筋書きを警察経由で報告しよう。あっ、防人君が一昨日原稿を売った週刊ネクステージに追加でこの筋書きを売っても良いよ。警察からの発表だけだと納得できない人もいるから、情報の発信先は複数の方が良い」


「わかりました」


「昴って思ったより強かよね」


 昴と円香の会話の中に、風華のものではない声が混じった。


 その声の主は昴の隣でお座りしているユキであり、昴も円香もユキのうっかりに固まってしまった。


「今、ユキちゃんが喋りましたよね?」


「ソンナコトナイヨ?」


 (おい!? 惚けるならせめて鳴けよ!)


 心の中で昴はツッコむが、そのツッコミはユキに届いていないしもう手遅れである。


 風華はジト目のまましゃがみ込んでユキの体を掴む。


「ずっと気になってたんですよね。ユキちゃんが私のことを鼻で笑ったり、なんとなく私に対抗するように昴に甘えてましたから。そもそも、ただのハスキーが局員見習いってのも変な話です。局長、説明してもらえますよね?」


 ぐりんと円香の方に風華が首を向ければ、円香も仕方あるまいと観念して短く息を吐いてから喋り出す。


「ユキさん、森崎さんの前でも喋って良いけど、これ以上うっかりを続けると管理体制を厳しくするからね」


「うっかりしないよう努力することを前向きに検討するわ」


「よーし、ユキさんは特別に最下層の独房に入れちゃうぞー」


「ごめんなさい! 昴、助けて!」


 ユキは円香が本気だと悟って昴に助けを求めた。


 (言質を取らせないやり方が上流階級のそれなんだよな)


 そんな風に思いつつ、昴はユキの頭を撫でる。


 昴に頭を撫でられて頬を緩ませるユキにジト目を向け、風華はまだ疑問を残していたのでそれもぶつけることにした。


「ユキちゃんって獣人でしょう? まさか、ファンタスに喋る犬がいるなんてことは聞いたことないですし。獣人の姿も見せてもらえません?」


「ユキちゃん、着替えといで。今の状態で獣人になったら、折角用意した服がビリビリに破けちゃうから」


「は~い。昴、行くわよ」


「ちょっと待って。もしかして、本当に昴と同棲してるの?」


 今まではなんとか丁寧語で喋っていた風華だが、獣人の女性が昴と同じ部屋で暮らしているのは不味いだろうと思って思わず言葉遣いが乱れてしまった。


 慌てる風華に対し、ユキはドヤ顔で勝ち誇る。


「ワッフッフ。昴とは体を洗ってもらったり、一緒に寝る仲よ」


「誤解を招く言い方をするな。獣人だって知らなくて犬スタイルのユキの体を洗っただけだし、寝たのもお前が犬だと思ってのことだ」


「昴、その雌と同棲してるの? だったら、何かあったら不味いから私も同棲する。局長、許可下さい。確か、地下に試験的に用意されたシェアハウス形式のフロアがありましたよね?」


「風華、落ち着こう? 人気モデルが男とシェアハウスは不味いって」


「ワフン、昴は私のものよ」


「ユキは黙って!」


 いつ爆発するかわからないオーラを放つ風華に対し、勝ち誇るユキというできれば触れたくない状況で昴の心は勘弁してくれと叫んでいた。


 しかし、その心の叫びは円香には届かなかった。


「良いよ。その方が面白そうだし。明日には引っ越しできるよう手配しとくね」


「局長!? 面白さを優先するの止めてくれませんか!?」


 コスプレ衣装を集めるのが好きなだけでなく、困っている部下を見て楽しむというやり方に昴が抗議するが、円香はニヤニヤしたまま取り合わない。


 昴は風華が男性とシェアハウスなんて不味いと繰り返し訴えるけれど、それに対して円香は反論を用意していた。


「防人君の異能は優秀だけれど、戦闘という観点では心配だったんだ。森崎さんならば防人君と組ませるにはぴったりだし、シェアハウスしてるなんてわざわざ発表しないでしょ? それに、局員寮には君を除いて記者もカメラマンも近寄れないようにしてるから、バレるリスクもない。諦めて同棲して」


「言い方に悪意しかないと思います」


「何よ昴、ユキと一緒に住めても私とは一緒に住めないの?」


「落ち着こう? 手をポキポキ鳴らすの止めよう?」


「いやぁ、防人君はモテモテだなぁ」


 (もう駄目だ。諦めてシェアハウスするしかない)


 決定権者である円香がこの状況を楽しんでいる以上、昴は抵抗するのを諦めた。


 こうして、1つの事件が多少の宿題を残したものの決着し、昴達は指令をクリアした。

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