第9話 妄想は実現しないから妄想なのよ
通路のドアを開けた時、その部屋は暗くて青白い光源は両脇の通路の容器だった。
その中には失踪したとされている新人モデル達がおり、全ての肉体に何かしらの欠損があった。
(理想の花嫁の素材として、使われなかったパーツだけ容器に保管されてる?)
考えただけでぞっとしたが、ここまで来て引き返す訳にはいかないから昴達は先に進む。
この部屋は工場の最奥部であり、一番奥にある容器にはつぎはぎだらけの全裸の女性が容器の中で調整されていた。
その前に立ち、容器をじっと見つめているのは異世界管理局の資料で習ったよりも頭一個分大きなゴブリンの姿だった。
しかも、そのゴブリンは茨木組の構成員達とは違って白衣を着ていた。
昴達は腰蓑と白衣のアンマッチ加減にツッコミを入れたくなったが、そうする前にゴブリンの方から口を開いた。
「やはり来たか、無粋な者達め」
「自称ゴブリンエリート、無駄な抵抗は止めておとなしく投降しろ。そうすれば、地球に来て後悔した程度の苦しみを受けるだけで済ませてやる」
「自称ではなく事実としてエリートなのだ。抵抗したら?」
「こちらが引き出したい情報全てを引き出した後、生まれて来たことを後悔させてやるだけだ」
昴に自称という単語を強調され、イラっとしたゴブリンエリートは自分がエリートなのだとアピールしたが、昴はそれをサラッと流して質問に応じた。
その瞬間、通路の両脇のカプセルが開き、モデル達の体が雌ゴブリンへと変異した。
その瞬間に足りない部位が再生し、既に人間としての意識はないらしくてうーうー唸っていている。
知能は低下しているようだが、ゴブリンエリートを守る肉壁としての役目だけは果たそうとしているらしい。
「使い終わった素材を活かし、私を守るための肉壁にするのは効率的だろう?」
「その口を閉じなさい下種野郎。昴、援護は任せたわ」
「任せろ」
昴もかなり頭に来ていたが、風華はもっと頭に来ていた。
茨木組の構成員が相手ならば容赦なく殴れるが、同業者の卵が拉致された挙句、必要な部位だけ切り取られて雌ゴブリンにされたとあっては不憫過ぎる。
それゆえ、風華は雌ゴブリン達の首に手刀を繰り出し、無理矢理動けなくして倒した。
昴の役目は倒れた雌ゴブリン達が復活しないように蔓で拘束することであり、他にもゴブリンエリートが余計なことをしようとしたら、それを妨害するつもりである。
肉壁と呼んだ雌ゴブリン達が全て動けなくなった時、ゴブリンエリートは微塵も追い詰められたという表情ではなかった。
「時間稼ぎになっただけ使った価値はあったな。きっと彼女達も感謝することだろう。私の理想の花嫁完成の礎になれたことをね」
そう言ってゴブリンエリートが歪んだ笑みを浮かべた時、最後のカプセルの蓋が開いて中からつぎはぎの全裸女性が出て来た。
頭部と胴体、両腕、両脚の6つのパーツが別々のモデルのものであり、目こそ虚ろだけれど今までの者達とは異なってゴブリン化しなかった。
「ゴブリンにならない…だと…?」
「私はね、雌ゴブリンよりも人間の雌を性的対象として見てるんだ。ハゲデブな雌なんてエリートな私には相応しくないんだよ。しかし、私の理想は高過ぎて1人の人間では賄いきれない。だから、私の求めるパーツを集めて理想の花嫁を作ることにした。そいつに私の子供を産ませ、私は完璧な遺伝子を次世代に繋げるのだ」
「そんな未来は来ねえよハゲ」
「妄想は実現しないから妄想なのよ」
昴と風華がバッサリと斬り捨てると、ゴブリンエリートの顔から表情が消えた。
自分の考えが微塵も受け入れられないことにキレたからである。
無言のゴブリンエリートは白衣のポケットから、怪しい錠剤を取り出して飲み込んだ。
その直後にゴブリンエリートの体が肥大化し、腰蓑と白衣を破って筋骨隆々の筋肉ハゲ達磨になった。
筋肉には血管が浮かび上がっており、隣にいるつぎはぎの女性がいることでマッドサイエンティストの実験体が2つという印象である。
「ドウダコノ体ハ? コレガ優秀ナエリートニ相応シイダロウ?」
「腰蓑に白衣よりは潔いと思うぞ。需要はないが」
「1秒でも早く視界から消えてほしいわね」
「貴様ラハ私ヲ怒ラセタ! 見ロ!」
キレたゴブリンエリートは強引に隣の女性にキスをしたが、無理矢理パーツをつなぎ合わせただけの虚ろな肉体は、人間らしい反応なんてするはずがなかった。
そもそも、どうやって切り取ったパーツを繋ぎ合わせて動くようにしたのかすら謎である。
「不快指数が上がるだけだな。とっとと捕まえよう」
「昴、ちょっとだけやり過ぎても報告する時に口裏を合わせてね」
「あっはい」
風華の言葉の圧からして、ちょっとで済むようなことにはならないと思ったけれど、肉弾戦で風華に敵うはずないから昴はおとなしく頷いた。
昴から言質を取った後、風華はすぐにゴブリンエリートに接近する。
そのまま正拳突きを放とうとした瞬間、つぎはぎの女性が両手を広げて風華とゴブリンエリートの間に割り込む。
「チッ」
被害者であるつぎはぎの女性を殴り飛ばす訳にもいかないから、風華は攻撃を中断してつぎはぎの女性を躱してゴブリンエリートを殴ろうとする。
(下種野郎ならそうすると思ってたよ)
風華が躱すのと同時に、昴は異能を使って両腕から蔓を伸ばし、つぎはぎの女性の動きを拘束した。
地面に転がしておけば、身動きが取れないからこれ以上風華の邪魔をすることはないので、風華の正拳突きがゴブリンエリートの腹部に命中した。
ところが、殴っても決まったという手応えがなかったので、風華はすぐにバックステップで自分を捕まえようとするゴブリンエリートから距離を取った。
「自慢ノ拳ガ私ニダメージヲ与エラレナイ感想ハドウダ?」
「ただただ不快ね。でも、殴って少しわかったわ。さっきお前が飲み込んだ錠剤はゾンビパウダーに似た物ね」
「私ノ薬ヲアンナ欠陥品ト一緒ニスルナ」
ゾンビパウダーとは、ファンタスで流通しているとされる非合法な薬品だ。
それを服用することで、ゾンビのように痛覚がなくなるだけでなく、致命傷が致命傷にならず死ぬまで体を動かせるようになる変わりに、生物としての機能が失われるという効能がある。
かつて地球にそれを持ち込んだ異世界人がいて、その者が現れたのは日本とそこそこ近くてミサイルばかり作っては発射するNK国だったため、対処が一歩遅ければ世界大戦になるかもしれなかったなんて事件があった。
その事件以来、世界各国の異世界管理局がゾンビパウダーは見つけ次第すぐ処分するよう通達を出したのは、この業界において有名な話である。
そんなゾンビパウダーをゴブリンエリートが改良したのなら、それもこの世にあってはならないので処分しなければならない。
ゴブリンエリートを捕まえる理由がまた1つ増えてしまった。
(ただの蔓じゃ動きを封じられない可能性が高いな。それなら別の手段だ)
「風華、奴の注意を俺から逸らしてくれるか? 試したいものがある」
「問題ないわ」
「それなら頼む」
「了解」
今から昴が出そうとしている植物は、母親から追い詰められた時以外使わないよう注意されている危険なものだ。
昴がそれを見たのは過去に2回であり、いずれも旅行先で自分達を狙う腕の立つ悪党に追い詰められた時だけだった。
風華がゴブリンエリートの周りをグルグルと駆け回り、ゴブリンエリートの大振りな攻撃をひょいひょいと躱し続けている間、昴は準備を整えて異能を使う。
昴の手の中には1粒の種があり、それはドクドクと脈動していた。
「風華、離れてくれ」
「わかった」
「何ヲスル気ダ?」
風華がゴブリンエリートから離れた時、昴は手の中の種をゴブリンエリートに投げつけた。
ゴブリンエリートは強化された自分の体に自信を持っていたから、避けるまでもないと慢心してその種に当たった。
それがゴブリンエリートの失敗である。
種がゴブリンエリートに触れた瞬間、ゴブリンエリートに根付いて発芽して茨がどんどん育ち始めた。
その茨がゴブリンエリートを刺しながら拘束し、ゴブリンエリートは自身の体に異変が生じたことに気づく。
「力ガ吸ワレル? オノレ、何ヲシタ!?」
「お前の言った通りだ。ドレインソーンが生命力を吸ってるんだよ」
慢心によってドレインソーンに拘束されたゴブリンエリートは、立っていられなくなってその場に崩れ落ちた。
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