第7話 吐き気を催す邪悪とはこのことね

 黒服の男が電話を切ってから少しして、スタジオの中から新田愛とそのマネージャーらしき男性が現れた。


 (新田愛の撮影は終わったらしいな)


 新田愛が車の後部座席に乗り込み、マネージャーが運転席に乗り込んでエンジンをかける。


 その車がスタジオの駐車場を出発すると、黒服の男も車を運転してその後を尾行する。


 当然、怪しい黒服の男を見逃す訳にはいかないから、昴も車を走らせて2台の後を追う。


「悪者と追いかけっこするのね!」


「カーチェイスと言え。追いかけっこだと子供の遊びみたいだ」


 助手席に戻ったユキがソワソワして言うと、昴は追いかけっこという表現に苦笑して反論した。


 黒服の男の車は新田愛の車に煽り運転を行い、人気の少ないエリアで新田愛の車の隣で怒鳴り散らす。


「おう、ワレ! 何トロトロ走っとんじゃい! 邪魔で仕方ねえやろが! そこに停めろや!」


「おいおい、拳銃持ってるじゃねえか。ヤクザか?」


 黒服の男が拳銃で新田愛の車のタイヤをパンクさせ、逃げられなくする。


 この辺りは周りが畑で一直線で進める道だったから、新田愛の車が何かに衝突するということはなく車道から田んぼに突っ込んで動けなくなるだけで済んだ。


 車を降りた黒服の男が運転手を殺そうとした時には、昴も局用車を停めて自分だけ外に出て、異能で腕から蔓を出してその男を拘束した。


「ん゛ん゛、ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!」


 蔓で口も塞いでいるから、黒服の男が何か叫んでいるようだがその内容はさっぱりわからない。


 とりあえず、昴はその場に落ちている拳銃を回収してから、田んぼに突っ込んだ揺れといきなり拳銃を持った黒服の男に襲われた恐怖で気絶している新田愛とそのマネージャーの無事を確認した。


 それから、今度は異能で昴の手から小さな葉っぱを出して気絶している2人に嗅がせた。


 これはデリートハーブといって嗅いだ者の記憶を消すファンタスにある危険な植物で、分量を間違えると大がかりな記憶喪失に陥ってしまう。


 葉っぱ1枚程度ならば1時間の記憶が消えるだけだから、黒服の男に襲われたことも昴の異能のことも忘れることだろう。


 そろそろ撮影が終わっただろうと判断して昴は風華に電話する。


 風華は2コール目には電話に出た。


「風華、を捕まえた。ただ、新田愛とそのマネージャーの車が事故ったんで事後対応の手配を頼む」


『わかったわ。私の方は今撮影が終わったところだから、マネージャーにそこに連れてってもらいながら手はずを整えとく。実行犯ってことは、これから尋問して指令を出した人物について調べるんでしょ?』


「そういうことだ。じゃあ、よろしく」


 昴は切話した後、回収した拳銃を取り出して今も拘束から逃れようと暴れている黒服の頭に銃口を突きつける。


「鬱陶しい。頭に弾をぶち込まれたいなら別だが、そうじゃないなら騒ぐな」


「ん゛ん゛、ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!」


 その瞬間、やれるもんならやってみろと言わんばかりに暴れ出したから、昴は股間部分だけ露出するように蔓を動かして全力で蹴った。


「俺の許可したこと以外喋るな。良いな?」


 この時、黒服の男は昴の問いに答えられるような状態じゃなかった。


 殺すという言葉や状況には慣れているのかもしれないが、急所を蹴られる激痛には慣れていなかったようで両目に大粒の涙を浮かべていた。


「ほら、返事がないぞ」


「ん゛ん゛!?」


 再び急所を蹴られたことにより、黒服の男は呻きながら昴がヤバいタイプの人種だと悟った。


 そして、自分はそんなヤバイ人種から人として見られていないことも視線から悟っている。


「依頼主を5秒以内に吐け。吐かなかったら今度は踏みつける」


 その脅しと同時に口を塞いでいた蔓がズレたため、黒服の男はすぐに吐く。


「茨木組、客分、異世界人」


 まだ息が整っていないから、黒服の男は途切れ途切れに答えた。


 これだけでも事件に進展があったため、昴はそのまま尋問を続ける。


「お前も茨木組か? それと異世界人の種族はわかるか?」


「俺、茨木組、鉄砲玉衆の1人。異世界人、ゴブリン、名乗った」


 (ゴブリンがヤクザと手を組んで新人モデルを攫う? なんでだ?)


 茨木組と言えば日本で2番目に大きいヤクザなのだが、それがゴブリンと手を組む理由が昴にはわからなかった。


 ゴブリンという種族は、ファンタスにおいて知能が低くて破壊衝動が強く、人を襲って殺したり子供を作るための道具にする害獣扱いの生物だとされている。


 昴がまだゴブリンと対峙したことのない身だから知らないだけかもしれないが、異世界管理局の持っている情報ではただのゴブリンが喋れるという話はない。


 その時点で茨木組と手を組んでいる自称ゴブリンは普通じゃないか、そもそもゴブリンじゃない可能性だって捨て切れない。


「ゴブリンと名乗った奴の特徴を話せ」


「俺は、チラッと見ただけ。緑色のハゲ野郎だ。自分はゴブリンの中でもエリートだとか、ぬかしてやがった」


 (ゴブリンエリートはゴブリンの中でも一握りの存在の可能性がある。報告事項だな)


 既にゴブリンエリートが地球に来てしまっている以上、別のゴブリンエリートが来ないとも限らない。


 そうだとすれば、異世界管理局の局員として世界に共有すべき情報を報告しない訳にはいかない。


「ゴブリンエリートと茨木組は何故手を組んでる? それとも、茨木組がゴブリンエリートを保護してるのか?」


「詳しくは知らん。若が言うには、あのハゲ野郎の知識は使えるそうだ」


 (ヤクザが悪用したがるゴブリンエリートの知識、ねぇ。嫌な予感しかしないな)


 茨木組が興味を示すゴブリンエリートの知識と聞いて、危険な可能性が高いから早急にその身柄を確保する必要があると昴は確信した。


 ヤクザに余計な知識を与えて社会にとって良いことなんて、何一つないからである。


「新人モデルを立て続けに攫ってるのはなんでだ?」


「ハゲ野郎の、理想の花嫁作りの素材集めだとさ。その代わりに、茨木組は抗争で無敵になれるらしい」


「そのゴブリンエリートは何処にいる?」


「それは川崎の工業ち!?」


 黒服の男がゴブリンエリートの居場所を途中まで口にした時、その頭を弾丸が撃ち抜いて力尽きた。


 弾丸が発射された方向を見てみれば、既に狙撃を終えたスナイパーが撤退していた。


 蔓を伸ばしても届かない位置にいたため、昴は事前に撒いといたログウィードの種を後で回収し、逃がしたスナイパーの情報を集めることにした。


 その直後に風華とマネージャーの乗った車とその応援が到着する。


 風華のマネージャーも異世界管理局の局員だから、この状況でやるべきことを冷静に判断できた。


 まずは被害者の保護を最優先にするため、新田愛とマネージャーが田んぼに突っ込んだ車から移動させられた。


 その間に風華は昴に話しかける。


「状況は?」


「実行犯を尋問中に暗殺された。ターゲットは自称ゴブリンエリート。茨木組と組んで悪さしてるところらしい。新人モデル達はゴブリンエリートの理想の花嫁の素材として攫われ、茨木組はゴブリンエリートの知識で抗争において無敵になる策を与えられるって取り決めのようだ」


「吐き気を催す邪悪とはこのことね」


「まったくだ。殺される前に訊き出した話では、ゴブリンエリートはおそらく川崎の工業地帯にいる。おそらくと付けたのは、『川崎の工業ち』まで話したところで狙撃されたからだ。他にも候補があれば異論は受け付ける」


 昴の話を聞いて風華は少し考えた結果、昴と同じくゴブリンエリートの居場所は川崎の工業地帯であるという考えに賛成した。


 その報告はさておき、風華はじろじろと昴の体を見て怪我がないか調べ始める。


「普通に喋ってるから大丈夫だと思うけど、怪我はしてないよね?」


「まあね。スナイパーは口封じだけしたら逃げてったから俺は無傷だ」


「そう、良かった」


 風華がホッとしていると、局用車からユキが飛び出して昴に飛びつく。


「ワフ!」


「おっとっと。心配させちゃったか?」


「クゥ~ン…」


「ごめんよ」


 心配したんだぞと声のトーンで訴えるユキに対し、昴はわしゃわしゃとその頭を撫でてご機嫌を取る。


 風華はそんな昴にジト目を向けていた。


「犬なんて何時から飼い出したの?」


「一昨日の夜だな。拾った」


「ふーん」


「グルルルル」


 風華がジト目を向ける対象を昴からユキに映した時、ユキは風華に対して警戒しているとアピールするように唸った。


 ここでユキがうっかり喋り出したら不味いから、昴は事件現場で長居するものじゃないと言って事後処理の手伝いを済ませてこの場から退散した。

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