第6話 誰に物を言ってるのよ。私、どんな撮影でも一切撮り直ししたことないんだから
結局、この日は失踪した新人モデルの撮影現場を回り、ログウィードの種を回収してはその情報を取り込むだけで終わった。
夜に昴は春藤から週刊ネクステージで持ち込んだ記事が採用されること、それに加えて報酬の振り込みについてメールで連絡が来ていたため、翌朝それを見た昴はご機嫌だった。
ユキを乗せて鼻歌を歌いながら局用車を運転していると、犬スタイルのユキが昴に声をかける。
「昴、ご機嫌ね」
「そりゃね。収入があると嬉しいじゃないか」
「私、働いて稼いだことないからわかんない」
「まったく、これだからお姫様は」
「オヒメサマジャナイヨ? ホントダヨ?」
働いて稼いだことがないと言い出したから、昴はユキが聖女ではなく王女の可能性が高いと判断して鎌をかけてみた。
それに対するユキの反応はキョドっており、犬スタイルでも獣人スタイルでも変わらないことがわかった。
信号が赤だったため、昴が助手席のユキの頭を左手で撫でるとユキは昴の左手に頬ずりする。
「もっと撫でて」
「信号が青になったからまた後でな」
「ケチ」
「ケチじゃない」
危険運転はできないから、昴は物欲しそうに見つめるユキをスルーして両手でハンドルを握った。
それからしばらく運転する内に、昴とユキを乗せた局用車は八王子のスタジオに到着した。
そこには何台も車が停められており、昴が車から降りると姿を見つけた金髪碧眼でエルフの女性が近づいて来た。
「昴、どうしてここにいるの? もしかして、私の撮影を見に来てくれた?」
「悪いな風華。そうだって言ってあげたいけどお仕事だ」
お仕事と言った瞬間、風華の目つきが変わる。
これは異世界管理局の中でお仕事とは異世界人絡みだからであり、
そして、モデル連続失踪事件について昴に情報提供したのは彼女だ。
「まさか、ここに失踪事件の犯人が来るの?」
「可能性は高いと見てる」
「狙いは誰か当たりを付けてる? 今日の撮影に参加するモデルは私を含めて4人なんだけど」
「2人に絞れた。一応、今までの犯人の傾向からすると、風華は狙われてないから安心して良い」
自分も狙われる可能性がないとは思っていないだろうから、昴は風華が狙われていないだろうことを告げた。
それでも、風華の顔色は曇ったままだ。
「私は自衛ぐらいできるけれど、それ以外のモデルは一般人よ。狙われる可能性があるのは誰? 愛ちゃん? 麻衣ちゃん? 美依ちゃん?」
「
「どういう共通点でってごめん。申し訳ないんだけどそろそろ撮影だから行くわね」
「ああ。撮影頑張れ」
「誰に物を言ってるのよ。私、どんな撮影でも一切撮り直ししたことないんだから」
昴に応援されたことで、風華の表情はモデルのそれに戻った。
風華はエルフだから話題性が抜群なモデルだが、種族の美しい外見に甘えているだけではなく撮影で撮り直さずにどんな撮影でも一発でベストショットを決めるセンスがあった。
そもそも、風華は取り換え子なので両親は普通の人間であり、地球に迷い込んで来たエルフとは違って魔法が使える訳でもない。
取り替え子の場合、どの種族であっても元々の種族特有の異能は使えず、外見的特徴や種族特有の身体機能があるだけだ。
風華の場合、エルフの女の子は狙われやすいと思ったから、両親が護身術として友人が道場主である村雨流格闘術を習わせていた。
自衛できると風華が言ったのはそういうことだ。
この場から風華が去ったのを確認したら、ユキが昴に甘えるように頬擦りし始める。
「ユキ?」
「ワフワフ」
「何か伝えたいことがありそうだな。一旦車の中に入るか」
今までも撮影中に犯人が手を出したことはなかったから、周囲を警戒しつつ昴は頬擦りするユキと局用車の中に入った。
その瞬間にユキが喋り出す。
「昴は私のものなんだからね!」
「俺は誰のものでもないね」
「あの雌エルフ、微かに昴に発情してる匂いがしたわ。だから、私は私の昴にマーキングをしっかりするの」
「しょんべんかけられるのは嫌なんだが」
「違うわよ! そんなことしないもん!」
マーキングと聞いて犬が木や電柱におしっこをかける姿を想像してしまい、昴はユキにそんなことしないでくれと頼んだ。
ユキは心外だと抗議しつつ、車内で昴に対して頬擦りを止めない。
「そもそも、風華から俺に発情してる匂いがするってどゆこと?」
「その言葉の通りよ。あの雌エルフ、隠してるつもりみたいだけど昴のことが好きなのよ。私、そういう匂いを嗅ぎ分けるの得意だもの。私にかかればこれぐらいすぐにバレるわ」
「ふーん。俺にはよくわからないけどな。というかユキの方がチョロく感じるぞ」
「チョロくないもん!」
(チョロいよ。チョロッチョロだよ)
自分はチョロくないんだと抗議するユキがいるが、今までの発言からして本当に身分を隠すつもりがあるのか疑うレベルにユキはチョロい。
ここでユキと風華のどちらがチョロいか議論している暇はないから、昴はこの場で現れる可能性が高い犯人への対策を進めることにした。
失踪したモデルが最後に撮影した現場全てからログウィードの種を集め、それらに蓄積された情報を集めた結果、狙われるモデルに以下のような規則性があることを突き止めた。
・事務所に所属していない個人勢であること
・年齢が25歳以下であること
・金に困っていたこと
・行方不明になったのがデビューしてから2回目の撮影だったこと
今までに失踪したモデル達の外見に規則性はなく、全員身長やプロポーション、顔や髪型もバラバラだった。
撮影したカメラマンが同一ならば、そのカメラマンが怪しいと思うけれどそんな簡単なことにはならず、カメラマンは同じ時もあれば違う時もあった。
撮影スタッフも毎回参加している者はおらず、一度か二度は現場に来ていなかった。
だからこそ、失踪したモデル達に共通するのは上記の4つしかない。
なお、撮影現場を割り出した方法だが、モデルの失踪が10日置きに起きているから、最後の失踪が起きてから10日目の関東での撮影現場を調べ、今日八王子のスタジオで行われるこの撮影を突き止めた。
現場に来た昴はこの4つの条件に該当するのが新田愛と三島美依だったから、風華にはこの2人が失踪する候補者だと告げた。
ちなみに、麻衣の公式プロフィールは25歳であり、個人勢ゆえに金に困っている事情はあったが、今回で3回目なので該当しない。
風華は昴と同い年の26歳で金に困っておらず、個人勢ではあるものモデルとしての撮影は10回以上やっているから、犯人のストライクゾーンから外れているだろう。
残念なことに、どのログウィードの種からも共通の人物が関与していることは読み取れなかったため、昴はユキと共に局用車の中から怪しげな人物がうろついていないか探している。
万が一のことに備え、既にログウィードは撮影現場を囲むように3点で植えてあるから、候補者2名のどちらかが失踪したとしても記録を追うこともできる。
昴がスタジオの駐車場に駐車されている車を探っていたら、ユキが昴の膝の上に飛び乗った。
「ユキ、仕事をしてくれないと困るぞ?」
「してるよ。怪しい奴見つけた」
「何処だ?」
「あのグレーのモブっぽい車に乗ってる黒服の男。さっきから誰かと口論してる」
ユキのいうモブっぽい車とは、車体がグレーでよくあるセダン車のことだった。
ファンタスから来たばかりのユキが車の種類なんて知っているはずないから、昴はユキが右前脚で示した方向を探して該当の男を見つけた。
車の中では確かにその男がスマホを片手に誰かと口論しているようだ。
「初めて見る顔だな。ユキ、流石にこの距離であの車の中の会話なんて聞こえないよな?」
「ワフン、私は耳が良いから聞こえるんだよ。攫うターゲットは新田愛で間違いないかとか、何処まで連れて行けば良いのかって声を荒立てて確認してる」
「お手柄だ。よくやったぞユキ」
「ワッフッフ。私はできるレディーなのよ。あっ、もっと撫でて」
昴に頭を撫でられたことにより、ユキはドヤ顔を披露してからもっと撫でるようにリクエストした。
実行犯と命令した者は別のようだが、それでも事件解決の糸口を見つけたため、黒服の男が動き出すまで昴はユキの頭を撫で続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます