第5話 やはりメイド服。メイド服は全てを解決する

 洗面所から帰って来たユキは何故かメイド服を着ていた。


 それを見て円香はグッと拳を握る。


「やはりメイド服。メイド服は全てを解決する」


「局長、ユキに自分の趣味を押し付けないで下さい。というか、他にはどんな服を持って来たんですか?」


「チャイナ服にアオザイ、ディアンドル、ブーナッドかな。私、自分では着られなくても集めちゃったコスプレ衣装を持って来たんだよね。あっ、安心して。全部獣人が着られるようにしてあるから」


「ユキに絶対コスプレさせてやるという意思を感じますね」


 円香の言い分を聞いて昴は苦笑するしかなかった。


 そんな昴を見てユキは不満そうである。


「昴、私の服が変ってこと? 見慣れた服を選んで着てみたんだけど」


 (それは自分のメイドが着てたから見慣れてるってことだろうな)


 またうっかりボロを出しているユキにそのような感想を抱きつつ、昴は首を横に振った。


「そんなことないよ。よく似合ってる。可愛いぞ」


「ワフン、そうでしょ? 私、前からこの服を一度着てみたかったのよね。似合うって言われて良かったわ」


 昴に似合うと言われ、ユキはすぐに機嫌を良くした。


 2人のやり取りを見て円香は嬉しそうに頷く。


「うんうん、似合うよ。さて、ユキさんが帰って来るまでに異世界管理局の局員見習いとしての手続きは済ませといたから安心して。見習いが外れたら人前で獣人の姿になっても良いよ」


「本当? それなら頑張るわ、昴が」


「俺かよ」


「まあ、防人君にも頑張ってもらいたいね。それでだ、早速君達に1つ仕事を任せたい。防人君、森崎さんから新人モデルが日本各地で次々に失踪してる事件のことは知ってるよね?」


 その話は自分が週刊ネクステージに持ち込んでいたため、昴が知らないはずなかった。


 ちなみに、森崎と呼ばれた局員は異世界管理局で昴の同期であり、普段はモデルをしている女性である。


「記事として週刊ネクステージに持ち込むぐらいには調べてあります」


「それなら話が早くて助かるよ。この件、どうにも異世界人絡みっぽいよ」


「あぁ、やっぱりですか」


「なんだ、防人君もわかってたの? 驚いてくれないのはつまらないなぁ」


 話がサクサク進むのはありがたいけれど、昴の反応が詰まらなくて円香は頬を膨らます。


 その見た目はまさしく子供であり、35歳の女性という記号で捉えるとなかなか辛いものがある。


「いなくなった新人モデル達ですが、いずれも消えるまでにトラブルがあったという話はないんですよね。そうなると、穏便に事が進められた可能性がありますから、精神操作系の異能を使う異世界人か単純に彼女達を脅せるだけの異能を持った異世界人の可能性があると推理しました」


「その通り。ということで、異世界人が悪さをしてる可能性があるから調査して真実を突き止めて。異世界人が新人モデル達に危害を加えてた場合は、武力行使も許可する」


「わかりました」


「ユキさんも頑張ってね」


「うん」


 こうして、昴とユキは異世界管理局の仕事を請けることになった。


 円香が昴の部屋を出て行った後、早速昴とユキは調査に出向くための準備をした。


 外出するならば、ユキはハスキーの姿にならなければいけない。


 ユキが変身した後、昴は円香が用意した犬スタイル用の服を着させてあげた。


「なんでピッタリなんだ?」


「円香恐い」


「ちょっと待った。ハスキーの姿でも喋れるの?」


「喋れるよ。便利でしょ? でも、基本的にはできないんだって。私は特別だって母様が言ってた」


 今まではハスキーの姿でクゥ~ンとかワフしか鳴いて来なかったから、ユキがこの状態でも人語を話せることに昴は感心すると同時に、またユキが上流階級らしいボロを出したことに苦笑する。


 (隠し通すつもりがあるんだろうか?)


 どうにもちょこちょことボロが出ているので、昴はこの先が心配になってユキを注意する。


「俺と局長以外に周りに人がいる場合、その姿で人語を喋るのは止めとけ。それだけで狙われる理由が増えるから」


「は~い」


 本当にわかっているのか心配だが、ひとまず本人がわかったと言うのならばそれを信じることにして昴とユキは局員寮から出発した。


 異世界管理局では局用車があるから、それを使って近い現場から向かう。


「最初に来た時も驚いたけど、重そうな鉄の馬車が馬なしで動くなんてすごいよね」


「ビスティア王国じゃ馬車しかなくて、自動車はないんだ?」


「ないよ」


 (はい、ビスティア王国住みだったことがわかりました)


 ユキの情報セキュリティがガバガバなのは今更だから置いておくとして、昴達は最初に井の頭公園にやって来た。


 3ヶ月前に井の頭公園で新人モデル達の撮影があり、それからすぐに1人のモデルが行方不明になった。


 その新人は事務所に所属しておらず、フリーで仕事を請けていたため親から警察に被害届こそ出たもののメディアに報道されることはなかった。


 井の頭公園の撮影が行われた現場に到着し、昴は周囲の人の目を気にしつつ茂みの中で自身の異能を使う。


 それにより、ズズズと音を立てて地中から種が出て来た。


「何これ?」


「喋るなっての。車に戻ったら説明する」


「ワフ」


 ユキがうっかり喋ってしまったから、やれやれと首を振りつつ昴はユキを連れて局用車を停めた場所まで戻る。


 車内に入ってドアを閉めた後、昴はユキの疑問に答える。


「これはログウィードの種だ」


「へぇ、ログウィードなんてこっちにあったのね。というか、昴ってアルラウネじゃないよね? アルラウネからこんなに良い匂いってしないし」


「俺の種族は内緒だ。ユキも自分の正体を明かしてくれないんだし」


「ぐぬぬ。そう言われると言い返せないわね。良いわ。自分で突き止めてみせるもん」


 昴が自分の種族について説明しない理由を聞き、ユキは無理に訊き出すことは良くないと判断し、自ら突き止めてやると言った。


 少しだけ自分の正体を告げるから昴も教えてと言いそうになったけれど、そこは堪えることができたらしい。


 それはさておき、ログウィードという植物について説明しよう。


 ログウィードはファンタスにしか存在しない雑草の一種であり、よく知られる特性とあまり知られていない特性が1つずつある。


 よく知られている特性は、形状を記憶しており体が失われない限り踏まれたり押し潰されても元の状態に戻るというものだ。


 あまり知られていない特性は、種に自身が埋まった土地で起きたことを過去に遡って記録するというものである。


 何故あまり知られていないのかというと、その特性を引き出せるのはアルラウネやアルラウネと他種族の混血種族にしかできないからだ。


 種に蓄積された記録はそれらの種族が吸収することにより、吸収した者にフィードバックされる。


 昴がログウィードのこの特性を知ったのは、旅行でしょっちゅう家を空けるくせに母親が昴の隠していたこと全てを知り尽くしていたため、なんで知っているのかと訊ねたらそのようにネタばらしされたのだ。


 余計なことを思い出して軽く頭が痛くなったが、それは横に置いといて昴は自分が井の頭公園の撮影現場に植えたログウィードの種から情報を引き出した。


 (消えたモデルに現場で接触した者がいる。これは証言にはなかったことだな)


 ログウィードに蓄積される記録の粒度は種によって個体差がある。


 したがって、昴は過去にその現場で何があったか調べる時はログウィードの種を少なくとも3つは仕掛ける。


 3つ埋めていれば、大抵はその場で起きたことを推測するのに必要な根拠が揃うからだ。


 行方不明になっていない者達からの証言は、残念ながら精度が高いとは言えないものなので参考情報にしかならない。


 しかし、ログウィードの種が齎した情報と合わされば立派な謎解きのピースになる。


 気になる点をスマホのメモに記録し、昴は次の現場へと向かう。


「もしかして、今日は現場を回ってはログウィードの種を回収するのを繰り返すだけ?」


「そのつもりだが」


「つまんない。それじゃ私が活躍できる場面がない。このままだといつまで経っても外に獣人の姿で出られないじゃん」


「根本的な質問だけど、ユキってこの調査で何ができるの?」


 局員見習いとして登録されたから連れて来たが、昴はユキがハスキーの姿でできることを知らないから訊ねた。


「嗅覚に基づく追跡かな」


「うん、犬らしいな」


「ハスキーの獣人だもの。犬らしい特徴なのは当然でしょ? あっ、でも、いや、やっぱりなんでもない」


「特別な異能があるんだろ。わかってる」


「なんでわかるの!?」


 (そうじゃなきゃ世間知らずの上流階級が追手から逃げ切って日本に来れないんだよな)


 そう思ったけれど、昴はニッコリと笑ってユキの質問には答えなかった。

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