第4話 素数を数えて落ち着くんだ
上司である局長は昴からの電話にすぐ反応した。
『防人君、おはよう。まさか、ペットになった犬が消えたのかい?』
「ペットになった犬は消えたかもしれませんね。代わりに異世界人を保護しましたが」
『…ふーん、獣人だったんだ?』
「仰る通りです。申し訳ありませんが、私の部屋まで来ていただくことはできないでしょうか? それと、もし可能なら獣人の女性が着られる服もあると助かります」
『なるほど。状況はなんとなく察した。1時間程度時間を貰おうか。その間に必要そうな物を持って防人君の部屋に向かう』
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
てきぱきと話が進んで電話が切れた後、ユキは昴の両手を握り締めて上目遣いになる。
「ウチの子になるかって誘いは継続するんだよね?」
「あれはユキがただのハスキーだと思ったから言った訳であって、迷い込んだ異世界人だってわかれば約束はできないかな」
「酷い! 私の裸を見たじゃん! 責任取ってよ!」
「おいおい、それはうっかり変身を解除してたユキの過失だろうが」
「嫌だったら嫌! 私は昴と一緒に住む! 良いって言ってくれるまで絶対に離れないもん!」
ユキは昴の両手を握るのを止め、昴のことを強く抱き締めた。
何をされても昴から離れないぞという意思を表示するユキに対し、昴は困った状況に陥った。
ユキは中身を置いておけば美人であり、体つきもスレンダーではあるものの女性らしいからである。
力強く抱き締められれば、当然ユキの胸部装甲が昴の体に押し付けられることになり、そうなって来るとアルバスという種族に流れるインキュバス由来の血がざわつくのだ。
(素数を数えて落ち着くんだ)
ここでインキュバス由来の血を暴走させてしまえば、ユキの異世界人登録前にやらかしてしまう可能性だってある。
そうなってしまうと異世界管理局の局員としてアウトなので、昴は煩悩を振り払うべく素数を数えて局長が来るまで無の境地を目指し続けた。
結局、ずっと素数を数えている間に部屋のインターホンが鳴った。
「ユキ、一旦離れてくれ。俺と一緒にいられるかどうかは局長が判断するんだ。これでもしも局長に悪印象を与えたら、厳しく管理するって言うかもしれないぞ」
「離れる。でも、腕は組む」
「…仕方ない。それでも良いや」
ここで言い合いをしていれば、局長のことを外に待たせておくことになってしまう。
それは避けておきたいから、昴はユキに腕を組まれながら玄関のドアを開けた。
「なんだ、仲良しか」
「あれ? 子供? それともハーフリング?」
「子供でもハーフリングでもない! これでも35歳のお姉さんだ!」
「お姉さん?」
「ユキ、ちょっと静かにしてくれ。頼むから。局長も落ち着いて下さい」
局長と呼ばれた異世界管理局の制服を着た合法ロリは、小学校中学年ぐらいの身長しかないおかっぱの女性だった。
初対面のものならば、子供やハーフリングと勘違いしてしまうのも無理もないので、ユキが悪い訳ではない。
ただし、局長としては毎回似たような反応をされるから抗議したくもなるのだ。
「おほん、失礼。ユキさんというのが君の名前なんだね?」
「そうよ。昴が名付けてくれたの」
「…局長、一旦中に入っていただいてもよろしいでしょうか? 玄関で立ち話をするのは避けたいので」
「そうした方が良さそうだね。お邪魔するよ」
今のやり取りでユキに本名を名乗るつもりがないとわかり、局長は込み入った話なら部屋の中でするべきという昴の考えに賛同して部屋に上がった。
飲み物を用意したところで、リビングでは昴とユキが局長と向かい合って座る。
「私も名乗らせてもらおう。異世界管理局の局長を務める
「私はユキ。昴にウチの子になろうって口説かれた」
「それはユキさんが防人君にハスキーの姿で近付いたからだろう?」
「私がどんな姿であろうと昴は私と一緒に暮らさないかって誘った」
ユキは円香を警戒しており、昴を盾に自分を閉じ込めるようなことはするなと訴えた。
円香は自分が警戒されていることを察していたため、苦笑しながら話を続ける。
「それはユキさん次第だね。異世界管理局の登録手続に協力的なら防人君と同棲しても良い」
「同棲って言い方は止めませんか? 付き合ってる訳じゃないので」
「でも、昴は私の裸を見たじゃん」
「…防人君、詳しくその話を聞こうじゃないか」
ユキの発言から円香は昴がやらかしたのではないかと思い、一度ユキが口にしたことについて真偽を確認させてもらうとニヤニヤしながら言い出した。
ここで下手に慌てれば立場を悪くするから、昴はできる限り冷静に今朝の出来事について説明し始める。
「昨晩、私が寝る時にハスキーの姿のままユキが一緒に寝たいとアピールしたため、拾ったのに拒絶するのは良くないと思って一緒に寝ました。目が覚めたら、ユキがうっかり変身を解除しており、全裸で私に抱き着いてたんです。そこで初めてユキが獣人であることを知りました」
「防人君はそう言ってるけどユキさんから反論はあるかい?」
「ないわ。でも、いくら私がハスキーの姿になってたからって、段ボールの上に毛布を引いて簡易的な寝床で寝るのは嫌だったんだもの。ベッドで寝たかったの。それに、昴から落ち着く匂いがするから気が緩んで変身が解けちゃったのよ。抱き着いてたのは偶然。時々起きたら枕を抱いてることがあるから、今日もそんな感じだと思う」
「良かったね防人君。これで君は変態扱いされなくて済みそうだ」
円香は悪戯っぽい笑みを浮かべたまま昴の方を見た。
そんな円香に対して昴はジト目を向ける。
「どちらかというと体質的に私の方が襲われるってのは、局長もよくわかってると思いますが?」
「ごめんごめん。それで、ユキさんは防人君のことが気に入ったし、管理局にガチガチに管理されたくない訳だね?」
「そうよ。昴と一緒に暮らしたいわ」
回りくどい言い方をせず、ユキはストレートに自分の希望を告げる。
円香もふむふむと頷く。
「なるほど。希望はひとまず把握した。でも、そのまま通すのは難しいね」
「なんで?」
「だってユキさん、絶対ファンタスの上流階級だもの」
「ソンナコトナイヨ?」
図星なのかユキのリアクションが片言である。
昴は円香も自分と同じ結論を導き出したと知り、やっぱりかという表情に変わった。
「じゃあ、私がそう判断した根拠について説明しようか。まず、ハスキーの獣人はね、ファンタスではビスティア王国にしか存在しないんだ」
「シラナイヨ?」
「その中でも白い毛並みのハスキーとなれば希少でね、王家かそれに連なる家系にしか出ないって他の異世界人から聞いた情報のデータにあった」
「シラナイヨ? ホントダヨ?」
(ユキの誤魔化し方が下手くそなんだよなぁ)
目をキョロキョロさせているユキを見て、昴はこれでは誤魔化していることがバレバレだと苦笑した。
実際、今のユキを見れば10人いれば10人がユキは何かを誤魔化していると判断するに違いない。
「次に、ハスキーに変身したのに犬用の寝床を嫌がりベッドを求めたこと。この時点で変身したまま忍んでやるという意思が弱い。ついでに言えば、会ってその日の内に拾われた相手と同衾するなんて非常識な行動は一般家庭出身じゃまず行わない」
「昴、助けて。円香が虐めるの」
「その口調も自分が上流階級ゆえのものだよね。自分が偉いとわかってるから、世界が違うとしても相手の地位を低いとナチュラルに考えて誰にもそんな口調なんだ」
「クゥ~ン…」
円香にズバズバと言われてしまい、ユキはすっかりしょんぼりしてしまった。
言い返せない上に円香の顔を見ることができず、昴の肩に顔を埋めて自分をフォローしてくれと言外に鳴きながら訴えているようだ。
「ユキさん、話は最後まで聞いて。私の提示する条件をのんでくれるなら、防人君と一緒に住んでも構わないよ」
「詳しく聞かせて」
「切り替え早いな。さてはさっきのは嘘泣きだな?」
「ワフ?」
「誤魔化すんじゃないよ、まったくもう」
条件次第では昴と一緒に暮らせると知り、ユキがすぐに昴の肩から顔を上げたため、昴はユキに対してツッコんだが、ユキが惚けに惚けるからこれ以上は詰めたりしなかった。
円香はそんな2人のやり取りをニヤニヤしながら見つつ、ユキに条件を提示する。
「さて、私からの条件を言おう。1つ目は異世界管理局の局員見習いとして、外に出る時は防人君と常に行動を共にすること」
「全然OK」
「2つ目は私と防人君以外の目がある時、獣人の姿にならないこと。これはユキさんを心配しての配慮だよ。ユキさんみたいな獣人を狙う悪者は残念ながらいるんだ。拉致された結果、裏社会で異世界人の人身売買にかけられるなんて嫌でしょ?」
「わかった。昴と円香以外の前ではハスキーの姿でいる」
怖い話を聞かされてしまい、ユキはブルッと震えてこの条件ものむことにした。
逃げて来た世界で人身売買にかけられたいとは思わないからである。
「ならば同棲を認めてあげよう。ついでに、獣人スタイルと犬スタイルの服も持って来たから、これを使うと良いよ。あぁ、防人君の服を着たいなら無理にとは言わないけどね」
「昴の匂いも落ち着くから、楽な恰好をしたい時にシャツだけは借りるかも。下は尻尾穴がないと窮屈だからありがたく使わせてもらうわ。ちょっと着替えて来るわね」
そう言ってユキは円香の持って来た服を持って洗面所に移動した。
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