第3話 どうしてこうなった?

 翌朝、昴は何か柔らかいものに圧迫されていることに気づいて目を覚ました。


 おそらくユキのはずと思っていたのだが、昴の目の前にはユキの白い毛並みではなく知らない青い目をした女性の顔があった。


 (どうしてこうなった?)


 何が起きてこんなことになったのかわからず、昴の意識が一気に覚醒した。


 気づいたら見知らぬ白髪の女性に抱き着かれており、よく見てみるとその女性にはハスキーの耳が生えていて、服を着ずに昴に抱き着いていた。


 戸締りはしっかりしたと記憶しているし、誰も自分の部屋に入って来れるはずがないことから、昴は1つの結論を出した。


「ユキなのか?」


「…う~ん、おはよう。あっ、ワフ?」


 うっかりおはようと言ってしまった後、慌てたようにわざとらしく犬っぽい返事をして、その女性の体が煙に包まれてハスキーの姿になった。


「ユキはファンタスから迷い込んだ獣人か? それとも取り換え子か?」


「ワフ?」


 昴の言葉に惚けるユキは、昴と目を合わせようとしない。


 獣人も昴の両親のようにファンタスにしかいない種族だったから、昴の反応は極めて冷静だった。


 それは異世界管理局の局員としては正しく、昴はユキから話を聞く必要があった。


「なるほど。昨日、俺のシャワーを覗こうとしたのもユキが獣人なら頷ける」


「頷かないでよ!」


 独特な納得の仕方をする昴に対し、ユキは獣人の姿に戻って抗議した。


 ただし、何も服を着ていないのだから変身すればユキは全裸である。


「…これを着ろ。目のやり場に困るから」


「あっ…、うぅ…」


 スレンダーではあるものの、ユキは女性らしさのある体をしていたから、昴はなるべく冷静に引き出しから大きいサイズの上下のスウェットを取り出してユキに渡した。


 ユキも全裸であることを思い出して恥ずかしくなったらしく、呻きながらスウェットを受け取ってすぐにそれを着た。


 ユキの尾骶骨からは尻尾が生えており、スウェットには尻尾穴がないから尻の当たりがモコモコしているが、昴はできるだけ気にしないことにした。


「ユキ、いや、お前の本名はなんだ?」


「私にはユキ以外の名前なんてない」


「ファンタスにいた頃の名前を捨てたのか、それとも元々なかったのかどっちだ?」


「レディーの秘密を探るのは良くない」


「レディーは見知らぬ男性に拾われたりしないし、餌も貰わない。シャワーも覗かなければ、全裸で見知らぬ男性に抱き着いたまま寝ないんだ」


「あうあう…」


 昴に言われる内にどんどん恥ずかしくなっていき、言い返せないユキの顔は真っ赤になった。


 羞恥心があるくせになんで大胆なことをするんだと思わなくもなかったが、そういう小さな疑問よりももっと他に訊いておくべき話があるから、昴はそちらを優先する。


「真面目な話をするとだ、ここは異世界管理局の寮で俺はその局員なんだ。だから、お前が事情聴取に非協力的だとそれに応じた措置を取らなきゃいけなくなる。できることなら、俺はお前を閉じ込めたくないし、お前も不自由な暮らしはしたくないだろ?」


「閉じ込められるのは嫌。それとお前って言わないで。ユキって呼んで。私はユキ」


「ユキって名前が気に入ったのか。まあ、閉じ込められるのが嫌なのはわかった。できる限りその意向を叶えてあげたいから、ファンタスから転移して来たのか取り換え子なのか教えてくれ。これによって対応が変わる。あっ、嘘は言うなよ。もしも後で嘘だとバレたなら、ユキの待遇が悪くなると思ってもらって構わない」


「…ファンタスから転移して来たけどファンタスでの話はしたくない。でも、犯罪には一切手を染めてないの。ただ逃げて来ただけ。それだけは信じて」


 ユキは昴の目を見てその両手を握り、自分は悪人じゃないと訴えた。


 不自由な暮らしは嫌だから、自分のわがまま全てを通すのは無理だと判断して事情聴取に最低限応じるつもりになったようだ。


「一旦はその言葉を信じよう。日本に来たのは何時だ?」


「昨日。噂で聞いた異世界に行ける場所になんとか辿り着いたと思ったら、いつの間にか暗い路地裏にいたの」


「逃げる時もハスキーの姿だったのか?」


「うん。あっちの方が燃費が良いから」


 長く逃げるには燃費の良い姿でいた方が良いと判断し、ユキはハスキーの姿でずっと逃げ続け、結果として日本に転移して来たということがわかった。


 ヒアリングした内容をメモしつつ、昴は次の質問に映る。


「最初に俺を警戒したのは追手だと思ったからか?」


「そうだよ。親切な顔をして私のことを騙そうとしてるんだと思ったの。そういう人ばかりいるあっちが嫌でこっちに逃げて来たの」


「なるほど。でも、俺が連れ帰る時は割とおとなしかったじゃないか」


「それは丸一日何も食べてなかったし、昴から良い匂いがしたし、治療もしてくれたから…」


 (ユキって結構チョロそうだな)


 そんな風に思っていると、ユキが昴にジト目を向ける。


「今、私のことをチョロそうって思ったでしょ?」


「思った」


「否定してよ!?」


「ここで嘘をつくのは不誠実かと思って」


「ぐぬぬ…」


 真面目な発言をする昴に対し、ユキは文句を言うに言えなかった。


 優しい嘘をついてほしいかと言えばそれも悩ましいからである。


「まあ、ユキがファンタスで上等なポジションにいたことはなんとなく理解できた」


「ソンナコトナイヨ?」


「所々に出る世間知らず感とむっつりスケベなところ、閉じ込められるのは嫌だとすぐに反応したことからして、お姫様とか宗教関係の聖女みたいなポジションなんだろ?」


「ソンナコトナイヨ!?」


 昴の推理が確信に近づいてるからなのか、ユキは片言だけど声を大きくして抗議した。


 慌てている時点でそれを肯定しているも同然なのだが、昴はそれ以上ユキの正体について心当たりがなかったから、とりあえずここまでの内容を局長に報告することに決めた。


 とはいえ、まだ早朝なので局長が起きていない可能性が高いので、腹も空いたことだしひとまず朝食を用意する。


「ユキも普通に食べるんだよな? 保存食じゃなくて」


「昴と同じ物を食べたい」


「わかった。2人分用意する」


「良かったぁ」


「ここで俺だけ食べるなんて酷いことはしないっての」


 異世界管理局の局員であることを抜きにしても、人として自分の部屋に招いた者が空腹なのに自分だけが食事をするなんて非道な真似は昴にはできない。


 ベーコンエッグとトーストを2人分を用意したら、昴とユキは手を合わせる。


「「いただきます」」


 事情聴取は終わって腹ごしらえするように思えたが、昴は雑談をしながら情報収集することは忘れない。


 今はユキも油断しているだろうから、ぽろぽろと重要な情報を喋ってくれるのではないかと考えてのことだ。


「家にある物で作ったから簡単な料理しか出せない。悪いな」


「ううん、私なんて料理を作ったことないもの」


 (やっぱり料理を作るような立場にないのか。危険だと思われたか?)


 先程推理した内容は正しいであろうことが、この会話からも補強された。


「料理したいけどできないのか? それとも興味ない感じ?」


「作ってみたかったけど、作らせてもらえなかったの」


「そっか。それなら後で昼は一緒に作ってみるか?」


「良いの? やってみたい!」


 以前からユキは料理を作ってみたいと思っていたため、昴の申し出に喜んだ。


 (メシマズ属性じゃないと良いんだけど)


 料理を作らせてもらえなかったのは、ユキがメシマズだからキッチンに立たせてもらえなかったからではなく、調理する際に危険があると判断されたという推理が合っていると昴は判断した。


「わかった。一緒にやろう」


「うん!」


 笑顔のユキの口元にはケチャップが付いており、昴は思わず笑ってしまった。


「なんで笑ってるの?」


「口にケチャップが付いてるぞ」


「拭いて」


「お姫様かよ」


「ソンナコトナイヨ? ホントダヨ?」


 (聖女じゃなくてお姫様の方か?)


 自分の口についたケチャップを昴に拭かせようとすることから、昴は思ったことをそのまま口にした。


 ユキの誤魔化し方が一段と怪しかったことから、昴の中でユキがファンタスの何処かの国の王女である可能性が強まった。


 朝食を取り終えた後、皿洗いや身支度をしたところで時間が丁度良くなったから昴は局長に電話をかけ始めた。

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