第2話 おっと、待ち伏せか。まさか俺のシャワーを覗きたかったのか?

 昴は夕食として局員寮近くに最近オープンして評判になったステーキ専門店に行き、評判の理由であるジャンボステーキの大食いチャレンジを行った。


 その店において、1kgのジャンボステーキとご飯200gを20分で完食したら無料、完食できなかったら5千円という企画が常に開催されていて、昴は空腹の今なら行けるのではと思って挑戦した。


 (はぁ、喰ったぜ。ギリギリなんとかなったな)


 大食いチャレンジの結果は、残り時間10秒でどうにか完食して昴はタダ飯を食べることに成功した。


 腹がパンパンになったため、昴は行きとは違う遠回りの道を通って局員寮に帰ることにした。


 その途中、暗い路地裏から自分を見る視線を感じてそちらに行ってみたところ、汚れた灰色のハスキーが具合悪そうに倒れていた。


「おいおい、しっかりしろ」


「クゥ~ン…」


 ハスキーは弱っており、返事も弱々しいものだった。


 首輪がないことからこのハスキーは野良犬らしいと判断し、昴は誰も見ていないことを確認してから2つ目の異能を使い、こっそりと手の中にキュアハーブを生やした。


 キュアハーブとはファンタスにしかないハーブであり、匂いを嗅いだ者の体の不調を癒す効果があるとされている。


 昴が子供の頃にインフルエンザで熱が40度まで上がった際、母親がキュアハーブを昴に嗅がせてたちまち自分の体調が全快したことを思い出し、目の前のハスキーに使ってみた。


 ハスキーはその匂いを嗅いだことで体調が良くなり、立ち上がれるようになった。


 ところが、再びハスキーはその場にぺたんと伏せてしまう。


「もしかして、腹が減ってる?」


「クゥ~ン…」


 そうなんですと答えた気がしたため、この場でさよならと言って去ることはできず、昴はハスキーを抱っこして家に連れ帰ることにした。


 最初は何処に連れて行く気だとハスキーが抵抗しようとしたけれど、昴はフェロモンを使ってハスキーに抵抗を止めさせた。


 フェロモンが通じると思ったのは、ハスキーの股に雄なら付いているはずのものがなかったからであり、フェロモンによってハスキーはおとなしく昴に抱っこされたまま局員寮に連れて来られた。


 昴の部屋に入り、汚れた体で食事をさせるのはどうかと思ってハスキーの体を風呂場で洗った。


「お前、本当は白かったんだな。なかなかの美人さんじゃないか」


「ワフ」


 風呂から出てドライヤーまでかけてもらえば、拾った時は灰色に汚れた体が真っ白でふわふわに変わり、昴はハスキーのビフォーアフターに驚いた。


 ハスキーも美人と言われて嬉しくなったらしく、昴に話しかけられて得意気に応じた。


 それから、少し前の仕事の報酬で貰ったペットと一緒に食べれる保存食の存在を思い出し、昴はそれをハスキーに与えた。


 局員寮に連れて来られると思って抵抗したのが嘘のようで、ハスキーは出された保存食と水に怪しいものが入っているとは少しも疑わずにぺろりと平らげた。


 (これだけで1日分の栄養素らしいんだが、よっぽど腹を空かせてたようだな)


 貰った保存食は3日分だったが、一気に1日分食べたものだからハスキーがしばらく食べていなかったのだろうと推察した。


 お腹いっぱい食べたハスキーだが、満足したところで昴にお礼のつもりなのか頬擦りし始める。


「クゥ~ン♪」


「よしよし、愛い奴だな」


 ハスキーに頬擦りされて悪い気分はしないから、昴は優しく微笑みながらハスキーの頭を撫でた。


 いっぱい食べて元気になったハスキーを見て、昴は当然直面する問題に目を向ける。


 (治療して体を洗って餌を与えたんだ。ここで別れるってのは無責任だよな?)


 飼い主がいないであろうハスキーに対し、ここでさよならするのは無責任に思えたので、昴はハスキーさえ嫌がらなければ飼うことに決めた。


「お前、これからどうする? ウチの子になるか? 無理強いはしないけど」


「ワフ!」


 ハスキーは正しく言葉の意味を理解しているのか、尻尾を振りながら元気に返事をした。


「そっか。それじゃあ名前を決めないとな。いつまでもハスキーとかお前と呼ぶ訳にもいかない。いくつか名前を考えたから、好きなものを選んでくれ」


 そう言って昴はメモ用紙にシロとハク、ユキ、ホワイト、ブランと名前の候補を書き、ハスキーの前に並べて置いてみた。


「左から順番にシロ、ハク、ユキ、ホワイト、ブランだ。どうだろうか?」


 昴がそう訊ねてみれば、ハスキーは5枚のメモの前を行ったり来たりして最終的にユキのメモを咥えて昴に渡す。


「ワフ」


「ユキが良いのか。それじゃあ、お前のことをこれからはユキと呼ぶよ。よろしくな、ユキ」


「ワフ♪」


 ユキはご機嫌そうに鳴きながら昴に飛びついた。


「おぉ、よしよし。名前を気に入ってくれて嬉しいぞ。さて、今日は流石にはやってないから連れていくのは明日にするとしてっておい、暴れないでくれ」


 動物病院という単語を聞いた瞬間、ユキは行きたくないと言わんばかりに昴の腕の中で藻掻いた。


 もしも保護した犬が健康そうだとしても、動物病院へ連れていくべきだ。


 何故なら、保護した当日が元気でも翌日に突然体調が悪くなることも少なくないからだ。


 見た目でわからない異常を早く見つけるためにも、必ず病院で診察を受けておきたいところである。


 また、保護した犬を飼うと決めたのなら、予防接種等のことについて獣医に相談しておくのも忘れてはならない。


 以上のことから、昴がユキを動物病院に連れていこうとするのは当然のことなのだが、ユキとしては嫌だという反応を示しているので困ったものだ。


 仕方がないから、昴はフェロモンによってユキを落ち着かせる。


「大丈夫だよユキ。怖くないから安心してくれ。それに、一緒に暮らすためには行かなきゃいけないんだよ」


「クゥ~ン」


 優しく諭すように昴が言えば、渋々ではあるけれど動物病院に行かなければならないことは理解したようで、ユキはおとなしく昴に頭を撫でられた。


 動物病院は明日行くということで決着した後、昴はユキが安心して過ごせるように寝床を用意することにした。


 当たり前のことだが、元々犬を飼っていない昴の部屋に犬用キャリーバッグなんてないから、ひとまず今日は段ボールにタオルを敷いて代用する。


「すまん。明日はちゃんと寝床を用意するから、今日はこれで我慢してくれ」


 ユキは昴の言葉に首を横に振り、昴のベッドに飛び乗る。


「ワフ」


「そこは俺のベッドだな。一緒に寝たいのか?」


「ワッフン」


 その通りだとユキがドヤ顔で応じたため、昴はなんでドヤ顔なんだと笑った。


 (あっ、局長にユキを飼うってことを連絡しないと)


 局員寮はペット可ではあるけれど、上司である局長にペットを飼うことは報告しておくべきだと今更気づき、昴は局長にチャットで報告する。


 その内容は犬を拾ったので飼いますという端的なものであり、ユキの写真もチャットに添えた。


 局長からはサムズアップの絵文字で許可の返信がすぐに来たから、これでひとまず今日ユキ関連でやるべきことは終えた。


 それから、昴はまだ自分が風呂に入っていないことを思い出し、ユキをあまり待たせるのも寂しがるだろうからササっとシャワーを浴びた。


 浴室から出た時、ユキはそのすぐ前でお座りして待機していた。


「おっと、待ち伏せか。まさか俺のシャワーを覗きたかったのか?」


「ワフ?」


 昴は冗談のつもりで言ったけれど、ユキのとぼけ方はその可能性を匂わせるには十分だった。


 それでも、男の裸なんてユキが興味を持つはずないだろうと考え、自分で考えた冗談を頭の中で否定してドライヤーで髪を乾かし始める。


 髪を乾かし終えたら、昴は眠くなって来たのでベッドに向かった。


 ユキも待ってましたと言わんばかりにベッドに飛び乗り、昴の布団に潜り込んだ。


「今日は良いけど明日からユキ専用のベッドを用意するから、そっちで寝てくれよな。俺の寝相が悪くてのしかかったら不味いし」


「ワッフン」


「嫌だってか。やれやれ、ユキにフェロモンは効き過ぎたかな」


 自分のフェロモンの効き目は個人差があるけれど、ユキはどちらも短時間だが2回嗅いでおり、平均よりも効きが良いようだった。


 明日からはフェロモンをなるべく使わないようにしようと決め、昴はユキにお休みと告げて目を閉じた。

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