ライアー×ライター
モノクロ
第1章 モデル連続失踪事件
第1話 社会人として相手ありきの予定に遅れる訳にはいきませんので
世界を巻き込むような戦争が終わり、平和になった地球では異世界の存在がファンタジー作品として描かれるようになった。
その波は徐々に大きくなり、気づけば一大文化になっていた訳だが、実は異世界なるものは存在していたと地球は新たな局面を迎えて異世界の存在が認識されるようになった。
初めて異世界の存在が知られたのは、今から30年前の2000年の日本だ。
最初に日本で発見された異世界人に対し、地球にあるありとあらゆる言語で話しかけても通じたりしなかったことから、まさか本当に異世界があるのではという疑いが生まれた。
しかし、初めて日本にやって来た異世界人は賢者と呼ぶに相応しい人物で、数日の内に簡単な会話なら日本語が喋れるようになっていた。
その人物は自らの種族をハーフリングだと言い、自らをアスラ=ワイズマンであると名乗った。
アスラの話を聞けば聞く程、地球上のどこでも起こりえない現象を知っていたし、地球には存在しない貨幣や書物を持ち合わせていたことから、アスラは異世界人であると認められた。
アスラのいた世界はファンタスというらしく、アスラは異世界研究の実験の一環で日本に転移してしまったらしい。
研究によれば、世界間の移動において質量保存の法則が働くようで、例えば誰か1人がファンタスから日本に来た場合、日本の誰かがファンタスに行ってしまうのだ。
ファンタスには明らかにファンタスに存在しない人間がいつのタイミングからか紛れ込んでおり、それで異世界があるとみなされて研究が行われていた。
異世界人であるアスラの存在を皮切りに、本来地球には存在しない種族の取り違え子が生まれたことや、地球の言語が通じない種族が突然人間社会に紛れ込んでいたことが今まで極秘裏にあったことで明らかになった。
ただし、今までは大抵精神病や人間の特殊個体のような扱いで処理されて来たことがわかり、アスラはその事態をどうにかしたいと考えた。
地球から
アスラは地球に来てしまった異世界人が言語に困らぬよう、異世界人が喋る言語が現れた国の言葉に自動翻訳されるシステムをくみ上げるだけでなく、異世界人が来たことによる混乱を収拾する役割として、各国では異世界管理局が設立して異世界関連のあらゆることの管理が任された。
(こういう歴史の資料って読んでると眠くなるんだよね)
異世界管理局の成り立ちという50年前の資料を読み終え、
昴は日本人の戸籍を有しているが、父親がインキュバスで母親がアルラウネであるアルバスという極めて珍しい亜人族である。
アルバスは見た目こそ普通の人間に見えるが、人間にはない異能を2つ扱える。
1つ目はアルラウネ由来であり、体から植物を生やせることだ。
具体的に生やしたい植物をイメージしなければ使えず、この異能は使いこなすのに昴は随分と苦労した。
2つ目はインキュバス由来であり、異性に好かれるフェロモンを放出することだ。
これはオンオフ自在なのだが、幼少期は力の制限が難しくて常時フェロモンを垂れ流しだったため、昴はフェロモンのコントロールに苦労した。
2つの異能は人前で使わず、昴は学生の頃には見た目が人間そっくりだったことから周囲に自分を人間と偽って過ごして来た。
わざわざアルバスであると名乗り、注目されてトラブルに巻き込まれるのは嫌だったからだ。
昴の両親は自由奔放な夫婦で、しょっちゅう旅行をしていた。
昴が幼い頃は一緒に連れて行ったけれど、中学生になった頃には昴を置いて旅行に行くこともしばしばあった。
おかげで社会人になった今、昴の両親は昴を置いて世界を旅してまわっており、昴は異世界管理局日本支部の局員寮で暮らしている。
地球に来た異世界人は各々好きな仕事に就くけれど、昴は両親の友人が今の局長を務める異世界管理局で働くことになった。
しかし、異世界管理局は異世界人が見つかるかその疑いがあって初めて動き出すし、そもそも普段はその身分を明かさないよう厳命されているため、普段はフリーライターとして記事を書いては出版社に売って暮らしている。
(おっと、もうこんな時間か。打合せの準備をしないと)
時計を見たら週刊ネクステージの担当とWeb会議をする時間が迫っていたので、昴は準備を済ませてノートパソコンの前に待機した。
Web会議の際、昴は顔は映すけれど背景はいじって局員寮の部屋が映らないようにしている。
その上、局員寮は防音性も高いからWeb会議や電話の声が他所に漏れることもないので、昴はこうして外に出ずとも出版社の担当とやり取りができるのだ。
定刻になり、週刊ネクステージで昴を担当する
『お待たせしました。防人さんは相変わらず5分前には待機していらっしゃいますね』
「社会人として相手ありきの予定に遅れる訳にはいきませんので」
『その通りです。フリーライターの方って会社勤めじゃないから、その辺りでルーズな人が多いんですよね。ですから、防人さんを担当させてもらえる私は感謝してますよ。ここだけの話ですが、同僚が独占記事の持ち込みで打ち合わせをすることになってたんですが、相手が1時間も打合せに遅れて来たそうです。しかも、嫌々謝るからキレて契約を解除したと聞きました』
「それはかなりご立腹だったんでしょうね」
出版社では売れるネタを独占できるのであれば、他社にそのネタを流されないように出版社とフリーライターの間で記事に関する出版権設定契約を結ぶ。
春藤の話では、フリーライター側の態度が非常識ということで契約を解除したということだ。
いきなり記事の当てがなくなるのは出版社的にも痛いし、フリーライター側としても情報の鮮度が落ちることでその価値が落ちれば収入が減るから、両者にとってデメリットしかない。
そうなってでも契約を解除する方がマシと判断したのなら、よっぽど腹に据えかねたのだろう。
『そうみたいですね。あの日はその同僚に強引に飲みに付き合わされて、ひたすら愚痴を聞く羽目になりましたよ。それはさておき、打合せをしましょうか。今回、防人さんが持ち込んでくれた記事を読みました。ファッションモデルの連続失踪事件についての記事でしたよね?』
「はい。自分なりに分析した内容を記事にしました」
『良く書けてると思います。事件現場が関東地方で転々としてるため、それらの事件が大々的に報道されることはありませんでしたが、防人さんの分析によって手口に一貫性があること、失踪したモデル達がいずれも新人であることに着目されたのは流石です。失踪した方と同じタイミングで一緒に仕事をされたモデルへのインタビューがあったおかげで、かなり引き込まれる記事でした』
「そう言ってもらえると嬉しいです」
昴がこの記事を書いたのは、異世界管理局の同僚から相談をされて調べたことがきっかけだ。
その同僚はモデルを副業にしており、異世界管理局の局員という肩書の隠れ蓑に使っている。
記事が採用されれば取材に要した経費も出版社に請求できる契約になっているので、昴は手を抜くことなくきっちりと記事を仕上げて春藤に提出した訳だ。
『これならほとんど直さずに使わせていただけると思います。編集長に確認が取れましたら、結果をご案内しますね』
「ありがとうございます」
『とんでもないです。打合せは以上です。それはそれとして、防人さんって弊社専属の記者になったりしませんか?』
「毎回お誘いいただいてありがたいのですが、今のスタイルが性に合っておりますので」
『そうですか…。でも、私は諦めませんからね。それでは失礼します』
Web会議が終わり、昴はノートパソコンを閉じて大きく伸びをした。
(フェロモンは出してないし、そもそも直接会ったことはないんだけどなぁ)
春藤は女性だから、昴の1つ目の異能が効いてしまう恐れがあるが直接会ったことはなく、いつも電話かWeb会議なのでフェロモンの影響は出ないはずだ。
それなのに、本題が終わると昴に対してグイグイアプローチをして来る。
昴自身に対するプライベートな質問もそうだが、最近では打合せの度に週刊ネクステージの専属記者として囲い込もうとするから、昴はどうしたものやらと小さく溜息をついた。
そろそろ昼になるが、まとまったお金が手に入りそうだから外食でもすることに決め、昴は局員寮を出た。
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