17.天敵



ーーレントが商会のトップに見つかる半時前


「くそっ………早くっ……はっはっ……。」


 リーブは全力で走り、紙切れに書いてあった地図の目的地を目指していた。


 リーブの足の速さは常人の何倍で、一瞬で街行く人々を追い越していく。


 滴る汗が頬を流れ落ち、拭いながら全力疾走する……そんなリーブの様子を、、


「………。」


 正装の格好をした男が監視していた。


「無事に、エサに食いついてくれたようだ。」


 リーブが指定された場所に向かっていると確認した男は、早急に商会の拠点へ向かう。



 商会の拠点の最上階……その一室である会長室にいたのは、ちょび髭を生やし小太りした卑しい顔の中年だった。


「会長。リーブ=フラットが餌に食いつきました。」


 先刻、リーブの監視を続けていた男が商会の最上階の会長室……その家主である小太りの中年もとい会長の前にひざまづく。


「ふぇぇへへへっ!!ようやくかっ!!ようやくあのガキを捕まえられるっ!!祝杯だっ!!」


「はっ!!」


 会長の機嫌が昂り、酒をもってこいと要望すると、ひざまづいていた男は、会長室の棚にある酒瓶とグラスを会長の目前に用意し、グラスの中に赤いワインを注いだ。


「ふぇっへへ。実に喜ばしいことだ。」


 会長は見た目通りの醜悪な笑い声をあげ、グラスに注がれたワインを一気に飲む。


「『あの方』に依頼を受けてから、早三年……ずっと捕獲しようと努力した……。だがあのガキはっ!ことごとく私の兵どもを返り討ちにして、捕獲はことごとく失敗。」


 社長は感極まったように拳を握り、残ったグラスに入ったワインを飲み干すと、


「わざわざ魔食の剣まで、大量に買い入れて……大変だった……。だがそれももう終わるっ!!あのガキを捕獲して、『あの方』に贈れば我が商会にも大きい後ろ盾ができるのだっ!!ルービル商会はもっとデカくなるぞっ!!」


「はっ。喜ばしいことです。」


 会長は高らかに笑い、男はそのグラスにワインを注ぎたした。


「悪いな。君も飲むか?」


「いえ、私は。」


「よいよい。実に機嫌がいい。」


 注ぎたされたワインを満足そうに飲んでいると、会長室の部屋が慌ただしく開かれる。


「かっ会長っ!!」


「なんだね……せっかくいい気分で飲んでいたと言うのに。」


 不躾に扉を開いた男を会長は睨みつけると、その男は頭を下げた。


「すっすみません!!しかしっ……!!」


「しかし……なんだ言ってみろ。」


 会長が頭を下げる男を見下しながら聞くと男は震えた声で、、


「人質の小僧が地下牢から抜け出しましたっ!!」


「ーーっ!?」


 男の情報を聞いた途端、会長は顔色を変え、先程までの笑顔は無惨に消え去り、その代わり頭の血管が浮き立ち、怒顔がやってくる。


「んぐぐ、ガキがァァァ。小汚いガキがッどこにいるっ?」


「そっそれが……地下牢を抜け出し、地下内をくまなく探しましたが見つからず、どうやってかはわかりませんが、見張りを突破して地下を抜けたと思われますっ!!」


「なにぃぃッ!!すぐに商会全ての出口をふさげっ!!」


 会長は顔を赤くし、怒りに身を任せ持っていたグラスを投げつけると怒声を発し、男へ命令する。


「はっ!!わかりました!!」


 男がすぐに会長室から出ようとすると、、


「待ちな。」


 不気味な剣……魔食の剣を持ったギョロ目の男が部屋の扉をふさいだ。


「なんの真似だ?お前。」


「ルービルの旦那。出口を塞ぐのは結構ですが、最悪の場合を考えてはどうだろうか?」


「最悪の場合だと?今がその最悪の場合だろっ?」


 扉を塞ぐ、ギョロ目の傭兵に激昂し怒声を浴びせるが、ギョロ目の傭兵は全くそれに動じない。


「いや、違う。最悪の場合は、例の保管室に侵入され、あそこのものを持ち出された挙句に兵士にでも届けられることだ。」


 冷静にギョロ目の傭兵は事態を分析していた。これから起こりうる可能性で一番厄介な事態を見つけ出しその対策を会長に願う。


「ふぇへへっ、スラムなんぞにいた脳のないガキがそんなこと思いつくはずなかろう。」


「昨夜、俺はあのガキと一戦交えましたが……あのガキは相当頭が切れる。地下牢を自力で抜け出し、見張りばかりの地下を抜け出したという点でも相当厄介なガキだ。最悪の場合も、あのガキなら十分やりかねない。」


 ギョロ目の傭兵が静かに冷静に、自分の言い分を述べると、会長もそれを認めざるを得ない。


「くそっ!!じゃあどうしろと言うのだっ!!」


「まずここへ繋がる階段を全て閉鎖し、最悪もう最上階へ辿り着いているかもしれない。リーブ=フラットの元へ向かわせた傭兵以外の全ての傭兵を引き連れて、例の応接室で待ち伏せしましょう。」


「わっわかった……。くそっガキがァァァ」


 

 ――――――――――


 ーー会長が傭兵を引き連れて移動したのと同時刻


 「はぁはぁ、来てやったぜ。てめぇら」


 リーブは指定された場所……旧商会の今は使われていない建物の跡地、その中庭だ。

 使われていないと言っても、まだ商会の土地なので一般市民は誰も寄りつかないため、人攫いには絶好な場所なのである。


「はん、こんなガキ相手に大人五人かよ。そんな大層な武器持って情けねぇ。」



「なんとでも言えガキ。」

「ふん、勝てばいんだよ。」


 仕事には道理などいらないと言わんばかりに、魔食の剣を持ち、多勢に無勢だ。


「チッ!レントはどこにやった?」


 それよりも今一番重要なこと……それはレントの安否と居場所である。


「あぁ、あのガキならここにはいねぇよ。商会の建物内に捕まってる。」

「お前は全く違う場所に呼び出されたってわけ。」

「残念だが、貴様はもうあのガキに会うことはない。」


 人質を助けに来て、そこには人質はおらず、いるのはリーブの首を狙ってる者達。

 つまるところ、リーブは嵌められたというわけだ。


 「チッ、軽率だった……。確かに商会がこんな単純な真似するわけなかったんだ。」


「諦めたなら、大人しく着いてきてもらおう。」


「いや、自分で商会に向かってやるよ。てめぇらをぶちのめした後でな。」


 リーブは体全身に魔力を流し、その魔力を魔法という形……稲妻へと変換させる。


 バチバチと青白い稲妻が、リーブの身体の至る所に流れ、次の瞬間稲妻の如く速さで傭兵達の背後に回った。


 《魔食の剣に捕まれば、魔力を吸われる。なら吸われる前にやるまでだっ!!》


 傭兵達の背後から、操る稲妻を直撃させようとするが、それに気づいた一人の傭兵が魔食の剣をリーブへ向けようとする。


「ちっ、」


 仕方なく、攻撃から逃げに切り替え、魔力を吸われない位置にまで距離をとった。


「数が厄介だ。まぁでも昨日やり合ったやつよりは断然てめぇら弱いけどな。」


 昨晩、リーブが戦ったギョロ目の傭兵は強かった。なにせ魔食の剣も使わずにリーブの腹にナイフを突き立てたのだから。


「当たり前だろ。お前らが昨日やり合ったってやつは、歴戦の傭兵だ。俺達とは段違いなんだよ。」


「じゃあなんでそいつをここに連れてこなかった?」


 純粋な疑問だ。

 もしそのギョロ目の傭兵がこの場にいたら、リーブがここから抜け出せる確率はほとんどゼロに近くなる。

 商会としても、リーブの捕獲には絶対に欠かせない存在だと思うが、、


「あの人自らの判断だ。なんかよくわかんないが、お前よりも、昨日とっ捕まえた人質のガキを見張ることが優先だって言ってたな。」


「チッ、そうゆうことかよ。ずいぶんと舐められたもんだな……!!」


 優先順位の結果……リーブの捕獲よりもレントの見張りを選んだということは、例えリーブがここを抜け出せたとしても、レントを助け出すのがより困難になったということだ。


「いや、それよりもまず、なんとかこいつらをやらねぇと……。」


 傭兵達なら、さほど危険視する必要はない。

 問題は……


「魔食の剣……どうやってあの攻撃を切り抜けるか……。」


 と、そんなことを考え暇も与えまいと、傭兵達はリーブに距離を詰め、その剣先を向ける。

 魔食の剣がリーブの魔力を吸い取ろうとリーブの纏う稲妻を引っ張るが、逃げに転じるリーブの稲妻魔法を使った移動速度は魔食の剣でも追いつかない。


「だからっても、このまま逃げるわけにはいかねぇか。」


 リーブはバチバチと走る青白い稲妻の電流を操り、剣と槍をつくり出した。


「近づけねぇなら、遠距離からやるまでだっ!!」


 リーブは辺りをぐるぐると周回するように超高速で移動し、相手を撹乱すると、、


「おらっ!」


 つくり出した稲妻の槍を傭兵の一人へ投げつけた。

 しかし、いくら傭兵達が昨晩の傭兵よりも弱いからと言って、戦いの素人なわけではなく、、


「そんなものっ!!」


 飛んでくる槍に、傭兵の一人が魔食の剣を向けると、稲妻の槍は剣に吸収されていってしまう。


 飛んでくる槍そのものを防ぐのは、傭兵達にとって困難だが、その槍に剣を向ければそれだけで自動的に吸収してくれるのだから、いとも簡単に防がれる。


「だったら、ありったけぶん投げてやるよっ!」


 リーブは高速で辺りを周回しながら、次々と剣や槍、矢、ナイフ、などの稲妻の武器をつくりだして、精一杯の力で投じた。


 もはや分身があるように錯覚できるほどの速度回転するリーブから放たれた武器は、全方位からのもので、傭兵達には剣先を向けるだけでも困難になっていく。


「くっくそぉぉっ!!」

「やばいっ!!」


 傭兵達に降りかかる稲妻の武器の猛襲は、もう魔食の剣を以てしても、防ぎ切ることはできない。

 それゆえにやけになった一人の傭兵が、その魔食の剣を空高く掲げると、、


「もういいっ!!全部喰らっちまえこの辺りの魔力もっ!!」


「ーーっ!?」


 その瞬間、魔食の剣は剣を持つ傭兵はもちろん、他の傭兵や、降りかかる稲妻の武器、あたりの中庭の草までもの魔力を吸い取っていく。

 当然それはリーブの魔力も吸い取り、傭兵が剣を離し、吸い取るのをやめた頃には、周りの草は枯れ、傭兵達も憔悴していた。


「くそっ、結構魔力持ってかれた……。力がなかなか入んねぇー。」


 リーブも地面に這いつくばり、歯を噛み締め体に入らない力を無理矢理なんとか入れる。


「もう無駄遣いできない……。」


 魔法も無限ではない。レントがアニマを使うと体力を失い動けなくなるのと同じだ。

 リーブも魔力を全て消費すると、動けなくなるどころか、命の危険さえある。


 だが、それは相手の傭兵達も同じはず……なのだが、、


「は……?なんで……。」


 五人の傭兵達は、笑いながら余裕そうに立ち上がっていた。


「知ってるか?これ。」


 傭兵達は笑顔を保ち、淡い紫の液体が入った瓶詰めをリーブに、見せつける。

 

「チッ、てめぇらとことん卑怯だな。『魔吸薬』なんて使いやがって……」


「へへっ。そう『魔吸薬』高濃度の魔素が含まれた薬だ。飲めばたちまち魔力は満たされる。ほんとは俺たちに買える代物じゃねぇが、俺達の雇い主はデカい商会だ。」


 傭兵達は魔力が完全に復活したようで、魔食剣をリーブに向けようとするが、、


「させねぇっ!」


 リーブは魔力を身体に流し、なるべく消費しないように、距離をとった。


「くそっ、、全部予想外だっ!」


 魔食剣が広範囲の魔力を吸い取ることが可能だった事実、傭兵達が魔吸薬を持っていた事実。

 全てリーブの予想を遥かに超えている。


 逃げるリーブを追うように傭兵達が魔食の剣を持ち追いかけてきていて、リーブはなるべく魔力を消費しないように、全身に巡らせ素早い身のこなしで逃げた。


 稲妻を纏っている時に比べれば遥かに劣るが、それでもギリギリ魔食の剣の猛威から逃れるくらいには速く動く。


「ん?これって……」


 魔食の剣から逃げている時、ふとズボンのポケットの中にある何かを感触を肌で感じ、リーブがそれをポケットから取り出すと、、


「水の魔石……。あの時から……。」


 ポケットに入っていたのは水の魔石であった。

 昨夜、風呂に入った時に偶然入れておいた水の魔石。偶然の産物だが、その偶然がリーブを救う。


「感謝しといてやるぜ……レント。」


 リーブはその水の魔石を強く握り、追ってくる傭兵達に水の魔石を投げつけた。


「なんだ?」

「へっ、ついに何も思いつかなくなったか?こんな石何も……。」


 すると、水の魔石はその効力は発揮して、水を辺りにぶち撒ける。


「くそっ水っ!?」

「こざかしいっ」


 辺りが水で濡れ、当然その水は傭兵達にも降りかかり、びしょびしょだ。


「なぁ知ってるか?水は感電するんだぜ?」


「「「「ーーっ!?」」」」

 

 リーブはそうニヤリと笑い、地面に向けて稲妻を放った。

 その瞬間、濡れる地面に稲妻の電流は感電し、その水を伝って傭兵達の元へ電流を運んでいく。


 もはや、魔食の剣で吸い取るなど仕様がない。すでに傭兵達も感電しているのだから。


 感電し黒焦げになって倒れていく傭兵達に、リーブは


「黙ってそこで寝てろ。」


と、一言。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る