14.共同生活


「皆さんっ!今日はお集まりいただきどうもありがとう。」


 レントはそう言って、肩腕を大きく回しその手を腹に当て、紳士のようにお辞儀をした。


「今日皆さんにお見せするのは、一風変わったマジックです。」


 この実際に魔法の使える世界でマジックというのは、少し変な気もするが、観客達からすれば見たことのないものを見せるわけなので、そこはセーフということにする。


「では最初にこれ。」


 レントは懐から細長いステッキを取り出すと、おもむろに観客達に見せ振るった。

 すると、ステッキの先から花がいきなり咲く。


「うぉぉ!」

「えっどうゆうこと?」


 花を咲かせるステッキ……レントが元いた世界ならば定番な手品。

 マジックグッズなどで普通に売っていたが、そんなものこの異世界に売っているわけがないため、ただの細長い棒の真ん中に穴を空け、花をそこにさすだけだ。


 レントがマジックを始める直前に、そのさした花を誰にも見られないよう、見えなくなるまで押し込み、棒を振るった時にその花の時間を戻せば、まるで棒から花が咲いたという演出が可能となる。


「こんなものはまだ序の口。次に参ります。」


 レントは花の咲いた棒を懐にしまい、今度は開きっぱなしのトランクケースからトランプを取り出した。


 《この異世界にあるとは思ってなかったけど、ラッキーだった。これ教えた異邦人様々だな。》


 トランプカード……元いた世界ではマジックの主流だとも言える。

 昨日雑貨店で買い物をしていた時、偶然見つけたのだった。

 その店主に聞いたところ、何十年も前に異邦人が伝えた娯楽ゲームの一種だという。


「このトランプカード。こうやってシャッフルして……」


 レントは言葉通り、トランプを入念に皆に見せるようにシャッフルして、、


「ではそこの、ご婦人と青年、お嬢さんと……そこの紳士さん。こちらへ」


 レントはそう言って、四人の観客を前へ引っ張り出す。


「このシャッフルしたカードを好きに抜いていってください。私は、絶対にそれが見えないようにこの目隠しをして、後ろを向いています。」


 レントはそう言って、懐から取り出した布で目を隠し、絶対に見えないように後ろを向いた。


「え、これを抜く……。」

「おもしろそうだわ。」

「これ抜いてどうすんだ?」

「えいっ」


 各々がレントがシャッフルしたカードから一枚一枚引いていった。


 レントは目隠しをして後ろを向きながら、「ああ」と思い出したように、


「ちなみに、その引いたカード、絶対に俺に見えないようにしてくださいね。」


 《つってももうバレバレなんだけど。》


 レントは客がカードを引くタイミングを音で聞き分け、その度に時間を停止させ、カンニングしている。


 全部で四人の引いたカードを把握するために使った時間は通算2秒。

 思っていたよりも使ってしまった。


 四人がカードを引き終わると、レントは目隠しを取り、再び観客達に目を向ける。


「では、今とってもらったカードを当てさせていただきます。」


「えっ!?」

「そんなことできんのか!?」


 観客達が動揺しざわつく中、レントは人差し指を立て、


「うーん。まずは一人目のご婦人、スペードのエースですねぇ?そして、二人目の青年は……ダイヤの8、お嬢さんは、ダイヤの4かな?そして、そこの紳士さんが引いたのは、クローバーの5。」


 レントがニヤリと笑いながら目線を各々に向けて言うと、、

 引いた者達は、顔色を変え驚いた。


「あっ合ってるわ……。」

「えっうそだろ。」

「すごーい!」

「これは驚いた……。」


 その引いた者達が、他の観客にトランプカードを見せると、全てレントが言っていたものと一致している。


「「「「「うおおおおおっ!?」」」」」


 種が分かれば、ただ時間を止めてカンニングしているだけ。

 しかし、その種に気づくものは誰一人としていないだろう。


 思いの外、時間停止に体力を消費してしまったのもあり、残りのネタを一つだけやってから……


「では、今日はこれまで、またのご来場お待ちしております……。」


 と言って、再び紳士のようなお辞儀。


 ご来場といっても、野外でやる大道芸なので会場も何もないのだが、レントは完全にその気になりきっている。


 すると、観客達の拍手喝采。投げ銭がされた。


「ありがとうございます。」


 と、観客達に笑顔を振りまき感謝を述べていると、その観客達の奥に知り合いの顔が見える。

 紫紺の髪色をして、相変わらず怪訝そうにしている少年……リーブだ。


 観客達が帰っていき、その場が一瞬で静まり返る中、リーブだけが残り、レントを待っていた。


 小道具を全部トランクケースにしまい、帰る準備が終わると、待っているリーブに近づく。


「お前、俺のこと嫌いじゃなかったの?」


「はっ、ここは元々俺の狩場だ。ここに来るのは大体金持ちのマヌケなカモばっかだからな。」


 レントには一瞬で、その言葉の意味が理解できた。


「あっそ。なに?じゃあもしかして、あれか?俺のこともここで?」


「そうだよ。ずっとお前に目をつけてた。マヌケそうな顔してたからな。あそこまでやり手とは思わなかった。」


「そりゃどうも。」


 やはり、レントのことを嫌っているだけあって、いちいち言葉の棘がブッ刺さる。


 リーブとの生活が始まってまだ一日。

 いきなりの新生活だが、速攻で慣れそうである。


 そのまま、成り行きだがリーブと新拠点への道のりを共にした。

 その間もずっと不機嫌そうな顔で、一言も発さない。


 お互い一言も喋らないうちに、あっという間にスラム街に突入するが、、

 昨日から、どうにもスラム民達がレントに向ける視線が違和感である。


「なぁ、この前も思ったんだが、なんでここの住民は俺をあんなビビったように見てんの?」


「あ?そりゃお前、この俺に引き分けたんだ。そりゃビビるだろ。」


「え、お前このスラム街じゃ、ボス猿的な感じなの?」


 スラム民達がレントに向ける視線から感じる違和感……それは恐怖だ。

 今もレントを怯えたように見ている。


 どうやら、その原因の発端も隣にいる美少年もといリーブらしい。


 《ま、あの強さなら、ボスになってもおかしくはないか。》


「ちげぇよ。俺は、ボスでもねぇし猿でもねぇ。あいつらが勝手に怯えてるだけだ。俺の獲物を横取りしようとしたやつがいて、そいつを絞めたらこうなった。」


「あぁ……そう。その絞められたやつにはご愁傷様としか言えねぇや。」


 レントの時間逆行がなければ、今頃顔面骨折で顔の形が変わっていた。

 それまでにリーブの攻撃には鋭さがあるため、絞められた者はおそらく、それは手ひどい目にあっただろう。

 レントがその名前も顔も知らない絞められた者に向けて、手を擦り合わせていると、、


「ついたぞ。」


 いつのまにか、もう新拠点の前だ。


「さ、今日はもうずいぶんと稼いだし、あとはダラダラすっか。」


 レントはそう言って家の中に入ると、一人用ソファに体を全面的に預けた。


「ちっ、まぁいいや。」


 そんなレントを不機嫌そうに見ているが、何も言わずにリーブはもらった食べ物をキッチンらしき場所へ運ぶ。


「ん?これは……」


 レントがソファの上でダラダラしていると、ふと机の上に置いてある本に気づいた。


 《こりゃあいつが見てた……》


 レントが動けない時に、リーブが輝かせた目で凝視していた本である。

 今思えば、リーブの怒っていない顔を見たのはあの時だけだ。


 レントは好奇心からその本の表紙をめくった。


「これは……字はわかんねぇーがこの絵……。」


 見たことのない異世界語……これは解読不可能だが、そこに載っている挿絵には、王女らしき者と王子らしき者がキスを交わす様子が描かれていた。


「あいつ、あんななりで恋愛小説なんか読んでんのか。」


 レントが次のページをめくろうとした瞬間、飛んできた木製のコップがレントの顔面に直撃。


「いっいってぇ……なにすんだいきなり。」


「次それに触ったら殺す。」


 レントを見る今のリーブの顔は今までで過去最大にブチ切れた顔をしていて、ものすごい怒りを感じる。


「ごめんごめん。つい出来心で。」


 レントはすぐに本から手を離し、両手をあげ降参の意を示すと、リーブは舌を打ち本を持って二階へ行ってしまった。


「あっちもいろいろ訳ありみたいだなぁ。」


 本を置いて二階から降りてきたリーブに、手を合わせ謝罪の意を示すが、それを無視してリーブは再びキッチンへ向かっていく。


「何がありゃああなるんだか……。」


 それからもなんかぎこちない時間が続き、リーブはキッチンに行ったっきり戻ってこない。


「あいつ何やってんだろ。ちょっと……。」

 

 先程のことをほとんど反省していないレントは、つい出来心で、キッチンを覗きにいくと、、


 リーブはおそらくゴミから拾ってきたと思われる切れ味の悪そうなナイフを使って、野菜や肉をスライスしていた。


 《そういや、そうだ。食いもんっても、具材だけ買ってきちゃそのまま食えねぇよな。》


 この世界には、食べ物を売る露店はあるが、惣菜というものがなかなか売っておらず、八百屋や果物屋、肉屋でその具材を買うしかない。

 レント一人だったら間違いなく外食続きになるだろう。


 《何も考えずに買っちまったからな、あいつ、料理できんのか?》


 人は見た目によらないというが、やはりリーブが料理をできるとはどうしても思えない。

 顔を傾け、リーブの料理姿を見ていると、、


「おい、いつまで見てんだ。」


 と、しっかりバレていた。


「いやぁ、そのナイフ……ちゃんと洗った?」


「お前がこの前落ちた水路で洗ってる。」


「あぁならよかった。」


 レントが落ちた水路は、見た感じそこそこ澄んでいて綺麗な水だったのでひとまず安心だ。


 リーブはスライスした野菜や肉を鍋に入れる。

 そして、近くにある枯れ木や枯れ葉などの着火剤になりそうなものが敷き詰められた簡易コンロのような場所に、人差し指を向けると、小さい紫色の魔法陣が展開した。


 その魔法陣から一瞬青白い稲妻が走り、その熱で火がつく。


「すっすご。」


 レントをそこそこ苦しめた稲妻の『固有魔法』。やはり魔法は見ていておもしろい。


 リーブは何も喋らず、その火で鍋に入った野菜や肉を調理し始めた。


「なにも面白くなんねぇだろ。でてけよ。」


 とリーブが不満な様子なので、レントは潔くキッチンから出る。


 レントがソファによたれかかり、ダラダラしていると、ふといい匂いが漂い始め、その匂いの方を向くと、鍋を持ったリーブがこちらへ来ていた。


「え、いい匂いなんだけど。なんだよ。料理できたのか。」


 レントの座るソファの近くにある机に、鍋敷きのようなものを置き、そこに鍋をドンと置く。


「いちいちうるせぇ。」


 リーブが置いた鍋に入っていたのは、肉や野菜がいい具合に炒められ、卵が絡められた、とても美味しそうな野菜炒めだ。


 その野菜炒めを、リーブは取り皿に分けず豪快に鍋から食べ始めた。


「はっ………は、ぁぁ。」


 漂うその匂いは一気にレントの空腹を煽り、口からよだれが垂れ落ち、野菜炒めを凝視する。


「ちっ、汚ねぇな。これやるから勝手に食え。」


 そう言って、リーブはぶっきらぼうにフォークをレントへ放り投げた。


「え、まじすか……じゃあ遠慮なくいただきまーす。」


 元いた世界の習慣である手を合わせ、食事に感謝し、レントは野菜炒めを鍋から食べる。


 その味はとても美味であり、どこか懐かしい感じがした。


「うまっ、うまうま……!!」


「ちっ、もっとゆっくり食えよ。」


 夢中で食べるレントに、呆れ顔のリーブ。

 なんだかんだいって、やはりリーブも根は優しい。


 あっという間に鍋の中は空っぽになってしまった。


「あぁ、またあの水路に水取りに行かなきゃな……」


 そうぼやくリーブに、レントは首を傾げながら、


「なんで、そんなもん……?」


「この鍋洗わなくちゃなんないからだよ。」


「あぁ………。」


 この世界では、洗い物などで使う水や、料理で使う火は魔石で発生させる。

 しかし、そんな魔石を捨てるものは誰もいないため、当然ゴミ溜めに捨てられているわけがない。

 そのため、おそらくリーブはわざわざ綺麗な水路から水を汲みにいっているのだろう。


「ほらこれ。飯食わせてくれた礼だ。」


 レントはそう言って、鉱夫の仕事で手に入れた青の魔石……水の魔石を置いた。


「は…?これ、魔石?なんで、こんなの条件に含まれてなかっただろ。」


 あくまで、家に住む条件でレントがやらなきゃいけないのは、食事の提供。その他にする必要はないが、、


「礼だって言ったろ?飯を食わせてくれるなんてのも、条件にはなかったはずだ。」


「…………………そりゃそうだな。」


 リーブは、置かれた水の魔石を拾い、素直に受け取った。




 ――――――――――――――


 リーブはソファでダラダラするレントの近くで、机を布で拭き、箒で床の埃をはき、掃除していた。


 《やけに家ん中綺麗だと思ったら、ちゃんと掃除してんのか……。》


 意外すぎるリーブの几帳面に、少し感心しながらもレントはなにもしない。


 そんなレントに目もくれず、リーブはもくもくと部屋の掃除を続けていく。


「いっつも掃除してんの?」


「当たり前だろ。じゃなきゃ汚くなる。」


「へぇ、案外綺麗好きなのか。スラムに住んでるくせして。」


「しかたねぇだろそれは。」


 リーブは眉間にシワをよせ、レントを厄介がって掃除を再開。


「ま、俺的には飯を食わせるだけで、掃除の行き届いた部屋に住めるってんだから、ありがたい話よ。」


 レントがそう言って体を伸ばしていると、リーブは下を向いた。


「まぁ、すぐに出ていくと思うけどな。」


「えっ?」


「そのうちわかる。ってか、俺はとっととこんな家から出てくことをおすすめするけどな。」


「絶対やだ。」


 煩わしそうに見るリーブに対し、レントは悪い笑みを浮かべ、きっぱりとお断りする。



 そらから、時間が経ち……あっという間に外は暗くなり夜が訪れた。

 本来暗いはずの部屋は、レントの持つランプの魔道具で照らされ、明るい。


 レントは一日中ソファの上から動かず、そのまま寝かけていると、、

 スネを何かに蹴られ、落ちかけていた意識が急に現実に引き戻される。


「ほら、とっとと風呂入れ。汚ねぇ体でここにいられちゃ困るからな。」


 そう言って、妙にサッパリしているリーブがいた。


「え………風呂って……この家風呂あんの!?」


 皿を洗う洗い場もないので、てっきり風呂もないと思っていたが、サッパリしたリーブを見るに嘘ではないようだ。


「あるよ。風呂の水は毎回水路に汲みにいってたけどな。」


「どんだけの重労働……涙しちゃうね。」


 今いるスラム街からレントが落ちた水路は遠くはないが、特段近いというわけでもない。

 そのため、風呂に入れるほどの水や皿を洗うほどの水を往復で汲みにいってたと考えると、とんでもない重労働だ。

 レントもだいぶ苦労していたが、そんな苦労話を聞かされては涙を禁じ得ない。

 がしかし、、


「くだらねぇこと言ってないでとっとと入ってこい。」


 と、リーブは相変わらずだ。


 レントがそのまま風呂場に向かうと、浴槽には水が溜まり、おけがあり、よくわからない謎の石鹸のようなもの……やはり当然だが浴室は断然宿屋の方がいいものだ。


「これ……ほんとに使えるのかな……。」


 レントが試しに石鹸のようなものをさすると、しっかりと泡立つ。


「こんなの……ゴミ溜めから見つけてきたのか……?いや、盗んだ金で買ったもんか。」


 レントはありがたくその石鹸を使わせてもらい、体を泡立たせ、泡を流そうとおけで浴槽の水を体にかけると、、


「冷たっ!?水ぅっ!?」


 とてもとても冷たい水である。


「そりゃそうか……汲みにいっただけの水路の水だもんな。」


 レントはその冷たい水に耐えながら、泡を洗い流し、風呂から上がった。


 レントが風呂から上がると、リーブはソファに腰をかけて、例の本を読んでいる。


「リーブ、俺今日どこで寝ればいいの?」


 レントが本に集中するリーブに声をかけると、こちらに気づいたリーブは読んでいた本を閉じ、、


「俺は自分の部屋で寝る。このソファででも寝てろ。」


 リーブはそう言って本を持つと、近くの木で編まれたカゴから薄い毛布のようなものを取り出し、ソファに投げ捨ててから二階に行った。


 乱暴に投げ捨てられた毛布を持つと、ソファに座り、その毛布をかぶる。


「へっ、ありがたいね。」


 リーブの根の優しさに、レントは十分に感謝しながら、眠りにつき、、


 リーブとの共同生活一日目を終えた。


 


 

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