12.クソッタレな出会い



 鉱夫の仕事と道化師の仕事を両立しながら、生活を続けているうちにどんどん日は経ち、気づけばレントがこのバルファルの街へやってきて、一月近く経とうとしていた。


「いろいろあったなぁ〜、この街に来てから……。」


 レントは久しぶりの休日を使い、ベットの上で呆けている。

 異世界に来ていろいろあった。ジークスと出会い、宿屋の夫婦に出会い、社長やレッキレに出会い、大道芸人としてデビュー。いろいろ思い出し鑑賞に浸る。



「手品なんて、飽きられりゃあ終わり。だからなるべくネタは小出しにして披露しよう。」という理由で、レントは最近、道化師としての仕事よりも、鉱夫としての仕事を優先していた。


 そのため、残高はまだ全然残っているが、目標の1800億デウスには遠く及ばない。


「この宿屋もなかなか高いし……そろそろ拠点別の場所に移そっかなぁ……。」


 目標のために、なるべく節約しなくてはならないのだが、そもそも宿屋暮らしというのが贅沢すぎる。あまり、金のかからない宿屋か……アパートにでも引っ越したいのだが、、


「アパートなんて異世界にあんのかな……あぁ、どっかに手頃な一軒家なんて落ちてないかなぁ。」


 なんて非現実的なことをいって、ぼーっと呆けっぱなしである。


 やはり日頃の疲れが来ているのだろうか?


「ふぁぁっ〜〜、もっかい寝よっかなぁ。」


 レントはそう言って、枕に頭を預けて完全に寝る体制に入った。

 枕に顔を擦り付け、寝巻きの感触を肌で感じ、ベットでモゾモゾ動いている。

 気分的には眠く、レント自身も寝ようとするが、もう十分な睡眠をとった体はこれ以上の睡眠を本能的に拒否してしまった。

 その上、ぐきゅうぅぅぅという腹の音が鳴り、、


「ダメだ……。腹減った……。」


 今はもう昼時であり、朝からずっとこの調子である。

 何もしなくても、腹は減ってしまうのだ。


 レントは仕方なくベットから起き上がり、寝巻きを脱いで、いつも通りの格好に着替えると外へ出た。


「さて、昼飯何食おっかなぁ〜、、」


 レントは腕を伸ばしながら、街を見渡し、手頃な飲食店を探す。


 探し歩いていると、何やらいい匂いがして、自分の鼻をセンサーにその匂いの発信源を探した。


 すると、、


「いらっしゃいっ!!串焼きうまいよっ!!」


 屋台があり、鉄板で串に刺さった肉を焼いている。


「うわっ、うまそう。あれでいいや。」


 レントはその屋台に近ずき、人差し指一本立てて、、


「串焼き一本くださぁい。」


「はいよっ、、ってあんちゃんもしかして、道化師かい!?」 


 肉屋の店主は驚いた顔でレントを見た。

 最近だいぶ、道化師として芸を見せ、注目を集めていたため、街の中でも知名度は少しくらいならある。

 このように、道化師としてレントを知っている人は少なくはない。


「わかりますぅ〜、そうっすよぉ、まぁ道化師じゃなくて手品師ですけど。」


 その度に、この通りレントは調子に乗るのだ。


「この前見たぜ?すごかったな。あのコインが消えるやつ。」


 肉屋の店主が親指を立てて、レントの芸を賞賛すると、レントは満面の笑みを浮かべ、、


「そうですかそうですかぁ〜、もっと褒めちゃってくれてもいいんすよぉ」


「あぁ、すげぇぜあんちゃん。ほら、串焼きだ。本来300デウスだが、200デウスでいいぜっ!がんばんな!」


「おおマジすか!!ありがとうございます!!じゃあこれ200デウス。」


「おっ、こっちこそありがとな。」


 レントは串焼きにかぶりつきながら、肉屋の店主に手を振った。


「おっ!うめぇ!!やっぱ肉最高。」


 噛んだ瞬間滲み出る肉汁が舌に再び染み込んでいき、程よい弾力のある肉の食感も素晴らしい。


「なんの肉だか聞きそびれちゃった……。牛かな……?」


 元いた世界ならば、牛や鹿、羊、豚、鳥などだが、鳥の味ではない。

 牛に近い感覚ではあるが、ここは異世界のため、レントの知らない動物の可能性も大だ。


「まぁいいか。次はどこ行こっかなぁ。金ならたんまりあるし……。」


 現在、レントの布袋の中には246000デウスという大金が入っている。


 1800億までには相当距離があるが、贅沢な暮らしができるほどの金額だ。


「ちょっとぐらい……いや、ダメだ。んなことしてりゃぁ、一生1800億に追いつかねー。」


 何かいいものを店で買って、贅沢をしたい気持ちが一瞬デカくなり、物欲に負けそうになるが、なんとか自制心がレントの歯止めを効かせた。


「でもこのまま宿屋に戻るのはなぁ〜、せっかくここまで来たしなぁ〜。」


 どうにもはっきりせず、やる気のない声でぶつぶつ呟き、悩んだ末に、、


「そうだ……。行ったことない場所開拓しよっ」


 まだレントが行ったことのない場所は、この大きい街にはいくらでもある。


「よっしゃ、そうと決まればあっちの方行ってみっか」


 レントは街でまだ行ったことのない場所……下の方面に向かった。


 ちなみに、宿屋が街西寄りの中心付近であり、採掘現場が完全な西方面の端の方。レントが仕事を探していたのは中央付近。大道芸通りがあるのは、北方面。

 まだレントが行ったことのない場所は、南方面と東方面であり、現在レントは南方面に向かっている。


「うーん。確かに見たことない場所だけど、景色は全く変わんねぇーな……。つまんねぇ。」


 変わり映えしない景色に、特徴もない普段からレントが歩いている普通の街という感じだ。


 暇そうに何も考えずに歩いていると、綺麗な水路を見つけた。澄んだ水が流れていて、水が陽に照らされ、なおのこと綺麗に見える。


 その水路の上には、石造りの橋がかかっており、レントはそちらへ移動した。


「綺麗だなぁ〜。やっぱ異世界って感じだなぁ〜。」


 橋の石でできた欄干に肘を置き、遠い目で澄んだ水を眺める。

 とても暇そうに見えるが、実際暇なのだ。


「あぁ、もうなんかめんどくさくなってきたなぁ〜。」


 流れる綺麗な水を見ていると、宿屋にすら帰るのがめんどくさくなってきて、いよいよ完全な休日モードの最終形態となった。


「ふぁぁぁ……。」


 レントが眠そうに大きいあくびをしていると、トタッという軽い足音が聞こえて、その次の瞬間に誰かがレントにぶつかった。


「いてっ、んだよ。」


 レントが確認すると、ぶつかった者は少しボロボロな服を着ていて、歳はレントと同じぐらい。肩にかかりそうなくらいの紫紺色の髪に、同じ色の瞳、中性的な顔立ちであり肌は白い。美少年という言葉がよく似合う……イケメンだ。


 レントはそのぶつかったイケメンと、一瞬目が合った。


「あの……。」


 レントが話しかけようとすると、そのイケメンは身軽に橋の欄干に登り、軽い身のこなしで欄干から向こう岸までジャンプする。


「すげぇ……。なんだアイツ……ん?」


 そのジャンプするイケメンが持っていた布袋にレントはとても見覚えがあった。


「あの人持ってる布袋……なんか俺のに似てる……。」


 レントが恐る恐る、布袋をしまっておいた場所を手でさすると、どこにも布袋はない。


「まっマジでかァッ!!アイツ持ってんの俺のじゃねぇーかっ!!」


 レントが追いかけようと、イケメンを真似て橋の欄干によじ登ると、、


「あれっ、うへあぁぁぁっ!!!」


 足を滑らせそのまま水路に落下。


「ーーーぷはっ!!嘘だろっ!!それはやばいって!マジ洒落なんねぇーっ!!」


 水路の水面から顔を出したレントは軽い動きで走っていく憎きイケメンに向かって叫んだ。


 そんなレントを見て、橋を歩いていた中年の男が笑いながら、、


「やられたなっ、、坊主。あれは、この街一の悪ガキだっ!速いだけじゃねぇ、喧嘩もめっぽう強くてな、兵士じゃ束になっても敵わねぇ。皆、あれには手ぇ焼いてんだ。」


「ゆっ許さぁん!!人のもん盗みやがってぇ!!ぜってぇ捕まえるっ!」


 レントは泳いで向こう岸まで泳ぎ、びしょ濡れで岸に上がる。


「やめときなぁ。坊主じゃあれには勝てねぇよ。大人でも勝てないんだ。」


「うるせぇーっ!だからって諦めたら、それこそ終わりなんだよっ!あの袋にどんだけ入ってると思ってんだ!!」


 もし、盗まれた布袋が魔石ぐらいならば、まだ中指を立てるくらいで許しただろう。

 しかし、先ほどレントが盗まれた布袋の中にはレントの全財産が入っていた。

 それがないと、明日の宿代すら払えない。


「待てごるあァァァァっ!!」


 レントはダッシュして、盗んだイケメンを追いかける。


 一応遠くに小さくイケメンの姿が見えるため、それを見逃さないように一心不乱に走った。

 びしょ濡れだった服や身体は、アニマの時間逆行で元通りだ。


「お願いィィィィィィィィマジで待ってぇぇ!!あれないと僕やばいんですぅぅ!!」


 レントは半べそになりながら、夢中でイケメンを追いかける。そんなレントを街の人達は気の毒そうに見ていた。


「チッ、しつけぇーな。」


「待てっつってんだろうがァァァァっ!!」


 イケメンはずっと追いかけてくるレントを煩わしそうに見る。

 当然だ。生活がかかっているのだから。


 もはや周りを見る余裕もなく、一心に前だけを見て、イケメンだけを見て走り続けていると、突然そのイケメンはいきなり立ち止まった。


「ぜぇぜぇ、はぁはぁはぁ、やっと……やっと追いついた……。」


「追いついてねぇよ。わざわざ俺が止まってやったんだ。」


 膝に手をつき、荒い息を吐くレントをイケメンは心底煩わしそうな目で見ている。初めて聞いたイケメンの声はまだ声変わりが始まっていないのか、中性的な声だ。


「あれ……ここは?」


 全く周りを見ていなくて気づかなかったが、レントが今いる場所は、先程までの街の光景とはまるで様子が違う場所にいた。

 家は小さく、というよりも家とは思えない建物ばかりである。

 ゴミが散乱して、そのゴミを漁るボロボロの服を着た者達。

 レンガづくりの地面でもない、舗装すらされていない地面。


 見ただけでわかる。

 

「スラム街ってやつか……。」


「その通りだぜ。ごみ溜めへようこそ。」


 目の前のイケメンな少年もよく見ると、紫紺の髪が汚れ乱れており、服もボロボロ。見るからに貧困そうな見た目だ。

 

「あの……マジで、それ返してもらえません?」


 まずは平和的交渉から入る。

 

「やだねっ、、これは俺の獲物だ。欲しけりゃ取り返してみな。」


 《イラッ》


 まるでいじめっ子のような少年の口ぶりに少しイラッときながらも耐えて、交渉を続けた。


「じゃあ、そこに入ってるお金、少しだけ分けてあげるんでそれで勘弁してもらえませんかね?」


「お前バカなのか?なんで俺がわざわざお前に返してやらなきゃならねんだよ。」


 《イライラッ》


「あっあの、人のもの盗むのは悪いことなんですよぉ」


 あくまで穏便に平和に交渉を、そう自分に言い聞かせて笑顔を取り繕う。


「はっ、甘いな。甘すぎて笑っちまうわ。そんなこと、ここじゃ通用しない。ここはスラムだぜ?」


 《イライライラッ!!》


「へっへぇ……あっそう。いいよっ、あぁったよ。そんなに喧嘩したいんなら買ってやるよっ!!」


 ついに堪忍袋がぶちきれたレントは、少年に飛びかかっていった。


「へっ、こいよ。」


 その軽い身のこなしで、少年はレントから離れようとするが、、


 《止まれぇぇっ!!》


 レントはアニマを発動させ、世界の時を止めた。


「バァカ、こっちは時止めれんのっ!」


 完全に止まった少年から布袋を奪い返し、額を優しく指で弾いた。

 本当は思いっきりぶん殴ってやりたがったが、そんなことをすれば殺人事件になってしまうのでそこはご愛嬌だ。


 1秒が経過。


 それと同時にレントはアニマを解除し、世界は動き出す。


「はっ?」


 動き出した少年は何が起きたのか分からず、時間差でぶっ飛んでいった。


《はっ、ざまあーみそぉ。優しくデコピンしてやっただけだから、死にはしねぇよ。大人しく寝てろ。》


 とにかく、ここからすぐさま逃げてスラム街から逃げるのが先決だ。


 レントはすぐにスラム街から抜け出そうとするが、、


「待てよっ。」


 次の瞬間、レントの横顔に猛烈な蹴りが入り、今度はレントが吹っ飛んでいく。


「いっいてぇっ!!」


 歯が折れ、おそらく鼻の骨も折れている。通常なら大怪我だが、レントは肉体の時間を逆行させた。


「くそっ、なんでだ……!!」


「そりゃこっちのセリフだ。意味わかんねぇ力使いやがって。」


 少年は布袋を指にかけ、苛立った顔でレントを見ている。その額は赤くなっているが、血も出ていない。

 普通ならば、時間停止中のレントの攻撃は、デコピンだろうとダメージはでかいはずなのだが、大したダメージにはなっていなかった。


「ちっ、仕方ねぇな。」


 レントは苛立たしげに立ち上がると、少年も驚いている。


「俺の一発喰らって無傷なんざぁ、お前何もんだ?」


「そりゃこっちのセリフだよ。」


 お互い、未知の相手というわけだ。


《あと俺が止められる時間は3秒。ここで決着つけなきゃ負ける。》


 戦いの先手を取ったのは、少年の方だった。

 素早い身のこなしで繰り出される蹴りは、とても速い。到底レントには躱し切れるはずもなく、、


「ぐぁはっ!」


 顔面にもろに蹴りを喰らう。気を失いかけるほどの威力だ。なんとか耐え抜くが、今度は素早い拳がレントの顔面を殴り飛ばした。


 白目を剥き、吹っ飛ばされ地面に転がるが、立ち上がったレントの顔面は傷一つない。


「ーーっ!!」


 流石の少年もこれにはひどく動揺し、次に先手を取ったのはレントだ。


「止まれァァッ!」


 世界の時を止め、豪速で少年にまで近づき、なるべく加減して拳を直撃させた。


 もし、これで本気で殴ればどうなるかわからない。レントには人殺しの趣味はないのだ。


 1秒経過。

 レントがアニマを解除させると、再び少年は時間差で吹っ飛んでいき、誰かの家らしい建物に突っ込み、何らかの粉が舞ってよく見えない。


「チッ、頼むから気を失っててくれ。」


 今の攻撃で気を失って欲しいものだが、レントの願いは全く叶わずに、、


「だからっ!意味わかんねぇ技つかうんじゃねぇーよっ!!」


 少年は、何も見えない粉が舞い散る空間から飛び出し、口から少し血を流しながらレントへ殴りかかった。


「血っ!!今のは効いたってこーー」


 レントが言い切る前に、少年の拳がレントの顔面にぶち込まれ、吹っ飛んでいく。


 しかし、一瞬で肉体の時間は戻り、顔面の傷も一瞬で消えた。


「なんなんだよっ!!気持ちわりぃーなっ。」


「ははっ、道化師舐めんなよ……。おもしろおかしく、顔面は元通りよ。」


 自分で発言し、ついに道化師を認めたことになるが、この際そんなことはどうでもいい。


「流れてる血……。攻撃が効かねえわけじゃねぇようだな。」


 少年の口から流れる血を見れば、攻撃か効いていることがわかる。


「ふざけやがって、てめぇ。」


 少年は拳を強く握り、レントを睨みつけた。


「そんな睨みつけんなよ……。こえぇじゃん。」


 レントは半分引き攣った笑みを見せ、頬から汗を流す。


 《この前のイラもどきの時みたいに、攻撃の軌道が見えりゃいいんだけど、なんも見えねぇな。あと、残りの時間は2秒か……。》


 レントに残された止められる時間はあと2秒間。

 覚悟を決めて本気で殴り飛ばせば勝てるかもしれないが、果たして自分がそんなことできるのか?


「ちっ、考えりゃ考えるほどわけわかんなくなってくるっ!!」


「だったら、考えずにぶちのめされろっ!!」


 いつのまにか寸前の間合いまで詰め込んだ少年はレントの顎を蹴り飛ばして、三発連続でその拳をぶち込む。


 顎の骨が折れる音が聞こえ、鼻の折れる音が聞こえ、顔面から血が流れ出るが、次の瞬間には再び完全再生……否、逆再生だ。

 もはや側から見れば化け物の類いと同じ。


「ちっ、、」


「これじゃあ、一生終わんねぇーよな。そろそろ決着つけるか。」

 

 レントは今度こそ次に世界を止めた時に、本気で殴ることを覚悟した。

 それと同時に少年も何かを覚悟した表情である。


「あぁそうだな。喜べ。使ってやるよ。」


 少年がそう言うと、少年の拳と足元に紫色の魔法陣が展開し、、


「魔法っ!?」

 

 その瞬間、少年は瞬間移動でもしたかのような速さでレントの腹をその拳で撃ち抜いた。


「がはっ、あがっ……戻れぇーーっ!!」


 その拳の攻撃を喰らった瞬間、体の全身になにかが響き渡ったような感覚があり、それは命に関わるものだと本能的に瞬時に理解する。


 大声でアニマに働きかけ、瞬間、肉体の時間を戻し、なんとか助かった。


 しかし、今レントに走った何かの正体……それは今目の前にいる少年の姿を見ればわかる。


 青白いくバチバチと音を立て、少年の体にまとわりつくもの……


「雷……。いや、稲妻というべきか……。」


 魔法陣からそれが発生している以上、おそらく魔法なのだろうが、稲妻など、属性魔法でも聞いたことがない。

 以前、レッキレが言っていた……


「『固有魔法』っ!!」


「あぁそうだよ。あまり見せたくはなかったけど、てめぇーなんかに負けるよりなら使ってやる。」


 稲妻を纏う少年は、心底不機嫌そうな顔でレントを見る。

 確かに、固有魔法など誰にも見せたくないだろう。レントが人にアニマを見せないのも同じだ。

 それを使うということは、それだけレントに負けたくないということなのだろう。もっとも、なぜそんなに嫌われているのかはわからないが……


「あぁだったら、俺も本気でてめぇーを潰してやる」


「ちっ、、」


 舌を打ちながら、少年は稲妻の如く速さでレントの顔面に拳を入れようとするが、その軌道が一瞬だけ……


「みえたっ!!」


 レントは危機一髪でその拳を躱し、、


「世界よ止まれぇっ!!」


 レントは世界の時を止める。

 稲妻を纏ったまま少年は止まっていて、、


「うおらァァァァッ!!」


 レントはその少年の腹にその拳を思いっきりぶち込んだ。

 

 1秒が経過……。それと同時にレントはアニマを解除して、世界の時は動き出す。


 その瞬間、時間差で少年は……


「がはっ!!」


 大量の血を口からぶちまけながら、吹っ飛んでいった。


「はぁはぁ、はぁはぁ、これでいいだろ……。」


 レントが吹っ飛んでいった少年の方へ行くと、少年の腹と口から血が吹き出している。


「チッ、、でもまだ生きてんな。」


 レントは大金の入った布袋を少年から回収し、仕方なくその少年の肉体を戻そうとした時、ガシリと少年はレントの腕を掴んだ。


「ーーっ!!」


 まだレントは少年の肉体の時を戻していない。すなわち、少年は腹が抉れた状態でレントの腕を掴んだのだ。

 その力は弱っておらず、瞳孔を大きく開かせ、稲妻を宿したその拳でレントの顔面へ殴りかかる。


 流石に稲妻を纏った拳を顔面に喰らえば、どうなるかわからない。

 そのため、、


「止まれぇっ!!」


 レントは叫んで、時を止めた。

 掴まれた腕を振り解き、レントは少年から大きく距離をとるが、、1秒が経過。


「動き出せ……。」


 レントがアニマを解除し、世界は動き出した。


 これで通算4秒が経過したわけだが、、


「なにかが抜け落ちる喪失感は感じる……それに鼻血もだ。力も抜けてる。だけど、まだアニマを使える……?」


 全身から力が抜け落ちる感覚があり、レントの鼻からはおびただしい鼻血が流れている。


 しかし、まだ立っていて、アニマが使える気がするのだ。それはすなわち、、


「はっ……はは。この土壇場で伸びたか……。最大停止時間。」


 おそらく、今までの道化師の仕事や、時間逆行の練習が功を成した結果だろう。


「くそっ、最後の最後まで……意味わかんねぇ力使いやがって……。」


 少年はフラフラと立ち上がり、レントへ近づいた。

 抉られた腹に稲妻を流し、その稲妻の熱で傷を焼く。


「おいおい、なんでそこまですんだよ。」


「うるせぇ……。てめぇーみたいな、表面だけでヘラヘラしてるやつは大嫌いなんだよ。」


「お前、なんでそれ……。」


 確かにレントは表面上はヘラヘラ笑い、裏でいろいろ考えているタイプの人間だが、それを見透かされないように精一杯やってきたつもりだった。


 しかし、それが今会ったばかりの少年には見透かされている。


「はっ、俺はいろんな人間を見てきた。だからわかんだよ。で、てめぇーは俺の大っ嫌いなやつに似てる。」


「そりゃあ……逆恨みもいいとこっすねぇ。」


 要するに、少年には嫌いやつがいて、それにレントが似ているから恨まれている。迷惑すぎる話だ。


「ちっ、ほらやれよ。こんな傷じゃ、もうまともに戦えねぇ。」


 少年は心底悔しそうに舌を打ち、目を瞑った。


「あぁ、俺もムリムリ。もうそんな体力残っちゃいねぇーよ。引き分けだ。」


 レントは寝そべりながら、首を横に振った。

 これは嘘とかではなく、本当の話である。

 アニマはまだ一応使えるが、使えば今度こそ体が動かなくなってしまい、もしそこで少年がまだ生きていれば、レントの負けだ。

 もし、少年が完全に再起不能状態になっていればレントの勝ちだが、可能性はどちらも十分にあるため、引き分けというのが一番妥当なのだ。


「引き分け……。てめぇーなんかに引き分けか。」


「なんかってやめてくんない?お前の嫌いなやつと俺は別人だから。」


「うるせぇ……どちらにしろてめぇーは嫌いだ。」


 少年は、心底軽蔑した目でレントを見てくる。

 誰が彼をここまでにしたのか……気になるほど少年の嫌悪心は大きい。


「はぁ、ったく……。時よ戻せ。」


 レントは大きいため息をしながら、残り少ない体力を使ってアニマを行使した。


 その対象は………

 

「ーーっ!!身体の傷が消えてっ!?」


 少年は自分の身体の傷が消えたことに驚愕し、それをやったのが誰か、すぐに気づく。


「お前っ……なんのつもりだよ?」


「うーん……。お前からの好印象づくり?」


 ヘラヘラした顔で素直に、自分の本心をぶちまけるレントに少年は舌を打つと、金の入った布袋を寝そべるレントの腹に放り投げた。


「返してやるよっ。もうどうでもいい。そんな金。」


「へへっ、そりゃあありがとう。」


 少年は、苛立たしげな顔で、そっぽを向く。


「安心しろ。てめぇーとはもう二度と関わる気はねぇ。」


「あっそ。」


 少年の不器用な気遣いに、小さな笑みを浮かべると、その気遣いに甘え、布袋を持ってそこから去るために起きあがろうとするが、、


「あれ……。やべっ。」


 全く体が動かない。

 力を踏ん張ってもそろそろ体に力が入らないのだ。


 これは間違いなく、、


 《え、こんなところで完全体力切れ?最後に使ったあの時間戻しで使い切っちゃったの?》


 確かに、時間停止4秒に、物体の時間逆行を何回も使っていた。

 さらに、先程レントが直した少年の傷はついてから3分ほど経過した傷であり、3分の時間逆行をしたことになる。


 つまり、完全な体力切れが起きてもなんらおかしいことではないということだ。


 《やべぇっ!こんなスラム街で動けなくなったら何されるかわかんねぇーっ!!》


 最悪、別の者に大金を盗まれる可能性もある。それを回避するためには……


 そっぽを向き、その場から離れるレントを待っている少年へレントは引き攣った顔で話しかけた。


「あっ、あのぉ〜、さっきので体力使い果たしちゃったみたいでぇ、身体が全く動かないんすよぉ。安全な場所に運んでくれませんかね?」


「はぁ?」


 レントの全くもって空気を読まない頼みに、少年は振り返り、今まで以上に全力で顔を顰めた。


 やはり、肝心な時に、格好をつけたい時に、全くうまく決まらない。



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