10.一攫千金


レントが鉱夫の仕事を始めて数日が経ち、今日は休みにした。


 理由は、貯まった金でいろいろ買い揃えるためだ。


「ふぁぁ〜〜っ、休み最高……。」


 やはり労働でも学校でもなにかしていると、休みというものがとても貴重に思えてくる。

 上半身だけをベットからおこし、大きなあくびをしながら、目をこすって、腕を大きく伸ばし、、


「朝飯ぃぃ。」


 朝食を求め、ベットから出ると宿屋の一階に向かった。


「トリーさぁん、飯食べにきましたぁ〜。」


「あ、レント君、その……」


 眠そうに目をこするレントを見た、宿屋夫婦の婦人は少し気まずそうな顔をしている。

 その様子をレントは不思議に思い、首を傾げていると、


「その……、宿代のことなんだけど……。ジークスさんが払った分のお金、今日で終了なのよね……。」


「はっ……!!!」


 ついに、レントが危惧していた宿代の底が尽きてしまったらしい。


 宿屋生活が通常になりかけ、すっかり忘れていたが、今まで生活できていたのはジークスのおかげなのだ。

 そして、それが尽きてしまった以上、これからはレントが払わなければならない。


 しかし、


「わかりましたぁ、とりあえず明日の分今払いまーす。何デウスですかぁ?」


 今のレントには、労働で得た金がある。


「一日分だと、4000デウスよ。」


 レントが、金の入った布袋を開けると、中には銀貨五枚、銅貨十一枚が入っていた。

 換算すると、61000デウスだ。


「わかりましたぁ、、」


 レントは銅貨四枚を取り出し、きっちりと払う。


「ごめんね。レント君……。うちも一応商売だからね……。」


 少し申し訳なさそうに話すトリーに、レントは髪をいじりながら、、


「大丈夫っすよ。わかってます。」


 これで残りの所持金は、57000デウスだ。


 レントは休みの日の朝食をゆっくり堪能してから、外へ買い出しに向かった。


 いつも、現場に向かっている道とは、全くの別の方向へ歩いていく。


「こっち歩いたの、なんか久しぶりだな。」


 こちらの道は、レントが仕事を探していた時によく使っていた道だ。

 久しぶりと言っても、レントが鉱夫の仕事を始めてからそこまで時間は経過していないため、あまり久しぶりでもないのだが、体感ではとても懐かしく感じる。


「よし、じゃあまずはあそこだな。」


 レントが買い出しで向かった場所は……服の模様が刻まれた木板を掲げている店、レントがこの異世界に来て初めて入った店だ。


 その店の扉を開けると、いつも通りの服屋の店主が商品である服の整理をしていた。


「あ、いらっしゃっい。レント君か。」


「こんちはぁ店主。今日は服買いにきましたぁ。」


「それはありがたいね。仕事……見つかったのかい?」


「はい……。運良く。」


「よかったよ。それは」


 レントがこの店に来たのは実に3回目だ。

 最初はジークスと今着ている服を買いにきた時、そして2回目は、仕事を探している時である。結局、雇ってはもらえなかったが……


「で、店主、これに似た服くださぁーい。あと寝巻き。」


「はいよ。」


 鉱夫の仕事を始めてから、よく汗をかき、採掘作業ということもあり、服が汚れることも多くなった。

 その度に、宿屋で洗濯してもらっているのだが、その時の替えの服がなく、ずっと部屋で全裸なのである。

 そして寝巻きがないと、最近なかなか寝付けない。


「ほら、こんなのはどうだい?」


 すでにレントの身体のサイズは知っている店主はレントにあった衣服を準備した。


 その用意された衣服はレントの要望通り、今レントが着ている服と同じ種類の服である。

 そして、その下に履く半袖とショートパンツ。ほとんど、今着ているものと同じだ。


「おお、いいっすね!これにしまーす。」

 

「あとは、寝巻きだったね。」


 店主は整理した商品棚から、寝巻きを手探りで探し、見つけたようで取り出す。


「こんなのはどうだい?」


 店主が寝巻きをレントに出すと、レントはその寝巻きに撫でるように触れ、よく観察し、


「質感よし、肌触りよし、重さよし、店主っ!これにしまっす!!」


 正直、ここが異世界ということもあり、ゴワゴワした寝巻きを想像していたが、案外そんなことはなく、寝巻きとしてとてもいいものだった。


「はいよっ、、全部合わせて8500デウスになるよ。」


「はっ八千……。わっわかりましたぁ。どうぞ。」


 想像以上に高い値段に動揺しながら、震える手で8500デウスを支払う。


「毎度。」


「じゃっ、なんかあったらまた来ます。」


 見送る店主に手を振り、もう片方の手で買った衣服を持ちながらレントは服屋を出た。


「まっまぁ、念願の服が手に入ったし、全然問題ねぇーよなぁ〜」


 レントの残り残高、48500デウス。


「じゃあ次ぃ〜」


 レントは次の目的地を目指して、街を歩く。

 買った寝巻きと、替えの服は手に持つには少し多く、両手で持ちながら、街を移動していた。

 そして、それを解消するためのものを買うのが次の目的だ。


 レントは、目的地のカバンの模様が刻まれた木板を掲げた店へ到着し、その扉を開ける。


「うおっ、高そうなバックばっかだ……。」


 店内には、革細工の高そうなカバンや、鍵付きの四角いトランクケースなどが揃っていた。


「いらっしゃい………。」


 思いの外高そう店で、少し萎縮してるレントを出迎えたのは、白いちょび髭が特徴的で、店内でベレー帽子を被った店主だ。


 レントは棚に置かれたバックの値段を見ながら、購入するカバンの選定をしていく。


「三万デウスに……十万デウス……三十万デウス……ひゃっ……百万デウス……!!」


 どれもこれもとても高い。

 その高そうなカバンにひどく動揺しつつも、見てて欲しくなるカバンばかりである。

 と、値札を見て歩いていると、


「18000デウス……。」


 その値札のある商品を見ると、時計の模様が描かれたアンティークトランクケースであり、とても惹かれるものであった。

 時計の模様というところが、とても運命的に感じる。


 だが、しかし、大問題が……


「うーん……。18000デウス……。18000デウスか……。一応買えなくは……。」


 問題は、そのお値段だ。

 レントは、当初三桁ぐらいの値段までを想像していた。そもそもこのような高級店とは思わなかったのだ。


 しかし、欲しいものは欲しいと思ってしまうのはレントの性質であり、、


「買っちゃおう!!」


「毎度あり。」

 

 レントは、18000デウスを出して、その惹かれたアンティークのトランクケースを買った。


 買ったトランクケースの中に、先程買った替えの服と寝巻きをしまいこみ、店を出る。


 買ったトランクケースを、満面の笑みで撫でながら街を歩くが、すぐに自分のやってしまったことに気づき、、


「やべぇ、金がやばい。」


 今ので、レントの残り残高は30500デウスだ。


 トボトボ歩いていると、偶然通りかかった店のガラスにうつった自分を見た。

 とても思い切った買い物をしたが、トランクケースを持ち歩いているガラスにうつったレントの姿は、それなりの上品な格好に見えて、思わずニヤけてしまう。


「まぁ、身なりも大切だよな。」


 そう自分に言い聞かせて、いい買い物だったと、そこは後悔しないようにする。


「んじゃあ次っ!!」


 続いて、次の買い物。

 向かった先の店は、雑貨屋である。


 飲み水を保管する水筒や、タオル、非常時用の保存食、ハンカチ、他いろいろな生活雑貨を購入して、3500デウス。

 

「はっ……はは。大丈夫だよ。これで生活には困らなーい。」


 半分引き攣った顔で笑いながら、購入したものを全て、トランクケースに入れて、次の店へ向かう。


「よし、これでようやく……。」


 レントが向かった次の店は、靴の形が刻まれた木板をかけた店…‥靴屋だった。


 現在、レントが履いている靴は、元いた世界から持ってきたサンダルである。


「まだちゃんと履けるから履いてたけど、ずっとサンダルってのもな……。」


 多少ぼろぼろになってはいるが、なぜか服よりも状態がよく、買い替えておらず、この機に靴も買い換えようとレントは靴屋に入った。


 いろいろな靴が並んだ棚を見て、レントはなるべく安いものを選ぶ。

 しっかりサイズを確認してから……


「じゃあこれください、、」


「はいよ」


 溝の深いしわがある、いかにも職人っぽい店主にその靴を渡すと、、


「5000デウスだ。」


「わかりましたぁ〜。」


 レントは素直に5000デウスを払い、念願の新しい靴を手に入れた。

 レントが買った靴は、黒いブーツである。


 ショートパンツにブーツというのは少し変な格好な気もするが、そこは妥協だ。


「じゃあ早速っ!」


 レントはサンダルを脱ぎ、まだ履けるため捨てずにトランクケースにしまい、新たに買ったブーツを履く。


 これで、完璧にレントの見た目は当初とは全く別のものになった。


 今回は金が減ることの気落ちよりも、純粋に新たな靴が手に入った幸福感が勝り、笑みを浮かべながら街へ出る。


「靴ぅ〜、新しい靴っ!」


 トランクケースをブンブン振り、黒いブーツで地面を踏み込み、レントは満面の笑みでスキップしながら街を歩いていた。


「これで最後の店だ。」

 

 そして、最後に向かった店は、、


「『魔道具店』これが、レッキレ先輩が言ってた場所か。」


 鉱夫仲間のレッキレから聞いた情報。『魔道具』についてだ。


「魔石をうまく加工して組み合わせてつくったものが、魔道具だ。便利なもんがたくさんあるから、買っといた方がいいぞ。」


 と、レッキレは言っていた。


 レントは早速魔道具店の扉を開けた。


「すっすげえっ!」


 すると、店内には魔法のように動く道具がたくさんあり、どれもこれにも目が惹かれてしまう。


「いらっしゃい、どんなのをお探しかな?」


 レントが目を輝かせ、店内の商品を見回していると、若い女性がレントに話しかけた。

 この店の店主だろうか?その緑の髪の女性は、子供のように目を輝かせるレントに笑いかけている。


「あの、自動で光るランプみたいなのないですか?」


「ランプ……わかった。こっちだよ。」


 ランプ……この世界には電気という科学文明が発達しておらず、電気スタンドどころか、豆電球もない。

 そのため、宿屋では勝手に光っている魔石を明かりに使っているのだが、やはり魔石では光りが足りなかった。


「ほら、これだよ。」


 女性が案内し、指を差す先には手持ちのランプが置いてある。

 レントが試しにそれを手に取って見ていると


「そこの下の部分を触れてごらん?」


 女性は優しく、レントに使い方を説明した。言われた通り、ランプの下の部分を触れると、ランプは一気に光り出して、辺りを照らす。


「うおおっ、すげぇぇ。」


 光るランプはまさに電気で動く科学文明の道具のようで、元いた世界を彷彿とさせた。


「これって、もしかして光の魔石使ってます?」


「そうだよ。光の魔石を加工して、触れれば自動的に光る仕組みにしてあるの。それをガラスでできた入れ物に入れればランプの完成。」


「すげえ、魔道具。」


 これがあれば、夜や暗い場所も大丈夫だろう。

 しかし、気になるのは、、


「あの、値段は……?」


「9000デウスね。」


「九千……九千かぁ。」


 やはり、魔石の加工や、いろいろな技術が合わさってできたものなだけあり、値段はそこそこ高い。

 しかし、ランプは生活必需品。


「買います……。」


「ありがとっ!」


 結局レントは買ってしまった。


「また来てねぇ〜。」

 

 買ったランプをトランクケースにしまい、笑顔で手を振る女性に、手を振りかえしながらレントは店を出る。


「よし、買い物終わったし、そろそろ宿屋に帰っか……。」


 レントの残り残高は、13000デウスだ。


「やべぇ、金が一気に消え去っちまった……。最初61000デウスあったはずなのに……いつのまにか13000……。」


 もうレントの一日分の給料である。

 一応は、宿屋のお金はまだ支払えるため宿を追い出されることはない。


「まぁ、明日も明後日も働けば、また貯まるだろうし、生活はまぁできるからいっか……。」


 金が減っても、職を失ったわけではないので、働けばまた金は貯まる。

 金があれば生活していくことは可能だ。


「生活できる金ありゃ、なんとかなるもんな……。」


 このわけもわからない異世界に来て、ようやく手に入れた職と生活の基盤。

 それを崩さなければ、別にいいと思っていた……いたが、


「あれ?なんか忘れてね?」


 大丈夫なことを忘れている。

 とてもとても、大事なこと。そもそもレントの目的は……


「違う……。全然違うっ!なに生活できりゃいいとか言ってんだ。俺1800億デウス集めなきゃなんねぇーんだよっ!!普通に生活して楽しんでる場合じゃねぇ」


 労働をして、金を得て、ものを買って、生活していく。

 それが、普通の人の生き方だ。普通の人の生き方であれば、今のレントの生活も十分に該当する。


 しかし、レントのもつ目的は、全くもって普通の生き方ではない。


 メシアに会いに地獄の森に行くための必要資金……1800億デウスを稼がなければならないのだ。


「ダメだ……!!このままじゃ一生かかっても、んな大金稼げねぇ!!」


 今の鉱夫の仕事だけでは、一生かかっても1800億デウスなどには遠く及ばない。


「つーか、生活してくだけでやべえのに、どうやって稼げばいいんだぁ。」


 レントは街のど真ん中で、頭を抱えながら、大きなため息をつく。


「あぁ、なんかもう帰れる気分じゃねぇーよ。てか帰ってる場合じゃねぇ。」


 苦労してやっと見つけた鉱夫の仕事。しかし、それ以外にも何か金を稼ぐ手段を見つけなければ、ならない。


 そう思うと、途端に宿屋に帰って休む気も無くなってしまった。


「どっかに手頃な仕事落ちてねぇーかなぁ、はぁ、ねぇーよなぁ。今の仕事だって奇跡みたいなもんだもんなぁ」


 レントは、宿屋から帰る道にそれて、普段行かない道をフラフラ歩いた。

 いつのまにか、空は夕暮れへ、気づけば全く知らない場所にいる。


「あれ……ここどこだ?」


 全く知らない場所で、困惑しながら辺りを見渡していると、、


「なんだ?」


 いやに、ガヤガヤと騒がしい。

 気になって騒がしい方向へ向かうと、、


「いいぞぉもっといけぇ!!」

「すげぇっ!!」


 人々が一点の場所に向かって、歓声を上げている。


「あれは……。」


 そこにいるのは、豪勢な格好をして剣を持つ男と、その助手のような女だった。


 女がりんごを投げると、男はすらりと美しく動きを見せ、剣先でりんごを貫く。

 まるで舞うように剣を使い、次々と助手によって投げられる果物を空中で切り分けて、挙句、切り分けたものは用意された皿に並べられた。


「すっすげぇ。」


 レントが素直に、その剣筋に感嘆していると、周りも一気に盛り上がりを見せる。


 すると至る所から、置いてある器に金が投げ込まれていった。


「ありがとうございます。よかったら、この果物達は皆様でご賞味ください。」


 剣を持つ男と、その助手の女は綺麗なお辞儀をする。

 これはいわゆる、剣舞の見せ物というわけだ。


「なるほど……こうゆう稼ぎ方も……。」


 レントが関心し、顎を手に乗せ考えていると、辺りから似たような人々の歓声が聞こえてきて、、


「ここって、そうゆう場所なのか……!!」


 辺りを見ると、今の者のように、自分の芸を披露して金を稼ぐ者達がたくさんいた。


 バク転やらステップやら、自分の身体能力を『見せる』者。

 先程のように剣舞を『見せる』者。


 属性魔法を使ってパフォーマンスを披露し、己の珍しい魔法を『見せる』者。


 ハープを引いて、その美しい音色を『聞かせる』者。


 バイオリンを弾いて、その染み渡る音色を『聞かせる』者。

 美しい歌声で、何か、心地よい気持ちを『感じさせる』者。

 それは美しく艶やかに踊り、人々の心に熱を『感じさせる』者。

 いろいろな者達が各々の芸を『見せて』『聞かせて』『感じさせて』いる。


 夕暮れの赤い空の下、レントはその賑やかで、どこか美しさを感じる光景に見惚れていた。


「『大道芸通り』っやっぱり最高だなっ!」

「そうねっ!」


 笑顔で笑い合うカップルが、そう言って、レントの前を通っていく。


「なるほどな。やっぱそうゆう場所か。」


 ここは、大道芸人達が集まり、己の芸を披露する……


「『大道芸通り』っ!!」


 皆、楽しそうに芸を見せて、聞かせて、感じさせて、楽しみながら金を稼いでいた。


 客達もとても笑顔だ。


 《ま、あんなの、その道のプロしかできない特権みたいなもんだよなぁ》


 人々を楽しませることができるのは、半端ではない、その道を極めた大道芸人だけである。


 バイオリンしかり、ハープしかり、剣舞しかり、魔法しかり、皆、そのプロだ。

 そう分かっていても、、


「いいなぁ。そうゆう道の芸があって……。魔法なんか出来たもん勝ちじゃん。ずりぃぃ、俺もそんな才能欲しいぃ。」


 心の底から楽しんで金を稼ぐ彼らがなぜか妬ましく思えて、帰ろうとした時、ふと思った。


「ん?あれ、魔法はできねぇけど……アニマの力がありゃ、それなりに面白いことできんじゃねーか?」


 レントの持つ時間操作のアニマの力。

 この世界で唯一レントがもつ時間操作能力。下手をすれば魔法以上に汎用性のある力である。


「へへっ、いいこと思いついちゃったぁぁ〜〜。」


 なるべく人通りのいい場所を見つけ、トランクケースを開けて、先程雑貨店で買った水筒を器がわりに置き、雑貨屋で買ったいろいろなものを取り出した。


 そして、、


「皆さん!!今から、マジックをしまぁ〜す!!気になった人はどうぞ見て行ってくださいねぇ〜!!」


 レントが人に見せる笑顔で大きい声で客寄せをすると、興味本位で人々が集まってくる。

 やはり大道芸通りと言われるだけあって、芸をしようとすると、多少なりとも人は集まってくるものだ。


 その上、レントがまだ子供ということもあり、かわいらしい子供の芸を期待して、暖かい目を向ける者が多い。


《予想通り、人が集まりやすい通り……そして俺の見た目!!観客を集めるには絶好のシチュエーション!!」


 レントの計算に運も相まって、客は十分集まった。

 一瞬悪い顔でニヤリと笑い、すぐに人に見せる笑顔へと切り替える。


「では最初に皆さんにお見せするのはぁ〜っ、こちらの紙っ!!」


 レントはそう言って先程雑貨店で買った紙を客達に見せつけると、、


「この紙をぐしゃぐしゃにしてぇ、破いちゃいますっ!」


 紙をくしゃくしゃに丸めて、ビリビリに破いた。破かれ細々とした紙片はレントの手のひらに山積みになり乗っている。


「あの子何やるんだろっ、、」

「かわいらしいわっ!」

「おおがんばれっ!坊主っ!」


 観客達は、そんなレントに期待の目や生暖かい目を向けているが、、


「ではっ!このビリビリに破いた紙を、思いっきり空にっ!!」


 レントは手のひらに乗った紙片を思いっきり、真上に投げ上げた。投げ上げられた紙片はヒラヒラと空中を舞う。


 《観客達は、俺のかわいらしい芸に期待してんだろうが、、》


「これから、この紙達は俺の手の中にもどりまーす!」


「えっ?」

「今なんて?」


 《あいにく……俺の芸は……》


 観客達の目は、レントから舞い散る紙片達に移動して、、


 その瞬間、舞い散る紙片達はレントの手の中に戻っていった。

 観客には集まった紙片が見えないように手で隠してある。

 全部の舞い散る紙がレントの手の中に戻った時……


 《そんなにかわいいってもんじゃねぇー。》


 「さぁ、皆さん見てください。」


 レントがニヤリと笑い、隠していた手を解放すると、ビリビリに破かれたはずの紙がくしゃくしゃに丸められた一枚の紙に戻っていた。

 当然シンプルにアニマで時間逆行をさせただけ。

 時間逆行に見慣れてるレントからすれば種も何もないのだが、レント以外はそれを知るよしもない。

 それゆえに……


 

 観客達は一気にざわめき、盛り上がりを見せる。


「うおお!!どうやったんだ!?」

「えっ、今あの子の手に戻ったんだけど!?」

「なんだあれっ!!」


 しかし、それだけでは終わらない。

 

「皆さーん、それだけじゃありませぇ〜ん。このくしゃくしゃな紙も……」


 レントがくしゃくしゃに丸められた紙を広げると、シワ一つない綺麗な紙に戻った。


「どうぞっ、くしゃくしゃにされて、ビリビリにされた紙は元通り……。どうぞご覧ください。」


 レントは、その綺麗な紙を観客の方へ飛ばす。


「ほっ本当に綺麗なままだっ!」

「どうやったの!?」

「これって、魔法なのか……?」


 観客達は、さらに綺麗になった紙を見て動揺し、


「すっすごい……。」


 一気にレントの芸に引き摺り込まれていった。


「さぁ今度はっ!!このタネも仕掛けもない布を、浮かしまぁす。」


 レントが先程雑貨店で買ったタオルを取り出すと、観客達はレントに注目する。


「このタオルを落としてぇ……。」


 タオルを持つ手を離すと、当然タオルはそのまま地面にヒラヒラと落ちていくが、、


「あれぇ、おかしいなぁ、なぁんつってっ!!浮いてまぁーすっ!!」


「「「「「「「ーーーっ!!!」」」」」」」


 ヒラヒラ落ちていくはずのタオルは浮き上がり、レントの手に戻っていく。しかし、また落ちて、また浮いて、タオルはその動きを繰り返していた。


 《完璧っ!予想通り!!》


 観客達は、もうレントの芸に釘付けだ。

 それどころか、周りの大道芸人でさえ、レントの芸に注目しているくらいである。


『時間操作』これだけパフォーマンスに向いている能力はない。

 今レントが見せたのは、その中の一つ時間逆行だ。


「では、皆さん今回はこのくらいでぇ……。」


《そして、このめちゃくちゃいいタイミングであえて止める。そうすりゃ……》


「えっ!もう辞めちまうのかっ!?」

「金なら払うっ!もっとやってくれよっ、」

「もう一回っ!!」


 観客たちは、いきなり芸をやめて帰ろうとするレントを引き止める。


「ありがとぉ〜ございます!!でも、もう遅い時間なので、また今度ここでやらさせていただきますからっ!」


 レントがとても輝かしく良い笑顔で言うと、観客達は口惜しそうにレントを見た。


「絶対来てくれよぉ、楽しみにしてるからなぁ」

「せめて金払わせてくれっ!」

「よかったぞぉ……。」


《これで次回も、続けられる。一発目は完全成功だっ!》


「じゃあ、皆さん!よろしければっ、ですが……。」


 レントが、金を集めるために置いた器がわりの水筒をチラリと見ると、その真意に気づいた観客達が、、


「当たり前だっ!」

「最高だったわ!」

「ありがとうっ!」


 次々とレントの水筒に、硬貨を投げ込んでいった。

 どんどん、水筒の中は硬貨で貯まっていき、それと同時にレントの目の輝きも増していく。


「よかったぞぉぉっ!道化師っ!!」

「今度も頼むぞっ道化の子供っ!」


 いきなり、呼ばれた『道化師』と言う言葉に、、


「ふぇっ?」


 そんな間抜けな声が漏れてしまう。


「「「「「道化師っ!道化師!道化師っ!!」」」」」


「いや、これ手品……道化師じゃないから手品師だから……。」


「道化師万歳っ!!」


「いや、あの手品……。」


「道化師ぃぃ!!最高だぁ!」


 レントの言葉に聞く耳を持たず、観客達の中でのレントの芸名が完成してしまった。


 手品師改め、道化師レントの爆誕である。

 


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