5.時間逆行


 次の日も、また次のも、そのまた次の日もレントは仕事を探したが、やはり子供ということが災いし、なかなか就職できずにいた。


「やべぇ……。ジークスのおっさんに払ってもらった分の宿泊期間が終わっちまう。」


 レントは部屋の中で、ベットに全面的に体を預けて、大きなため息を吐く。

 現在、レントの持っている金はゼロ。

 ジークスが数日分の料金をこの宿屋に支払っているから、レントはベットに眠り、普通に飯を食えているが、その支払った分の料金がなくなれば、追い出されてしまう。


 文無しで、住み場所もないとなると、いよいよまずい。

 1800億という大金を稼ぐどころか、生活すらできなくなってしまう。


「やべぇなぁ。魔物倒して毛皮でも売るか……。でも俺魔物倒せるほど……そうだ。アニマの力。」


 仕事探しもそうだが、レントは地獄の森に行くために、もう一つやらなければならないことがある。

 それは、異邦人だけが持つアニマの力の強化だ。


「ここなら、力使いきってぶっ倒れても安全だっ……。」


 レントがいた地獄の森は危険な魔物のせいで、動けなくなることが命取りだった。

 しかし、今この空間にあるのは、魔物ではなくベットである。


「今のうちに、もっとアニマを……」


 レントは腰からメシアとの思い出……革でできたカバーに入ったナイフを上に投げ上げると、ナイフは空中をクルクルと回転し、ゴトンという音を立て地面に落っこちた。


「時よ……戻れ。」


 最近手に入れた、物体の時間逆行能力を、先程投げ上げたナイフを対象に発動させる。


 しかし、実際はナイフの時間が逆行しているのだろうが、見た目がなにも変わらないので効果があるのか分からない。


「アニマ解除ぉ。」


 全く効果が分からないので、実験は一旦中止だ。


「うーん。時間が戻るのは物体そのものだけか。」


 時間逆行といえば、起こった動きなどが全て戻ることを期待していたが、戻るのはその物体の形だけ。


「いや、どうにかして……。」


 物体の動きさえ戻すことができるようになれば、だいぶ戦闘に活躍することもできる。


 《時間の逆再生……物体だけだとその形だけしか戻らない……。じゃあ物体以外を……。》


「いや、どうやんだよ。」


 物体以外の時間を戻すやり方なんて分からない。

 現状レントができるのは、『世界の時間停止』『物体の時間逆行』なのだ。


「いや、でも物体の周りの空間ごと時間を戻せれば、存外いけんのか……?」


 空間の時間を戻せば、その空間での動きを戻すことができるかもしれない……根拠もないあくまでレントの予想だが、うまくいけば、時間による物体の軌道を操ることができるかもしれない。


「戻す物体の範囲をなんとかして広めれば……。」


 レントはナイフを拾い上げ、再び上に投げ上げて地面に落とす。


「時間よ戻れ。」


 ナイフに時間逆行能力を発動させると、先程と変わらず変わらない。


「こっから……範囲を広める……!!」


 集中力を研ぎ澄ませ、対象の範囲を広めることに専念する。

 頬から一滴の汗を垂らしながら、己の魂に範囲を広めることを働きかけると、、


 ピクリと、一瞬ナイフが動いた。


「ーーっ!!」


 そのことに驚き、集中力を乱すと範囲が元に戻ってしまう。


 一旦アニマを解除すると、緊張していた顔を一気に緩め、体を伸ばした。


「うっしゃぁぁっ!!動いた!!一瞬だけど動いたぞ!!」


 一呼吸入れて、もう一度ナイフを持ち上げる。


「動きはするけど、とんでもない精密な操作がいんな。へへっ、今日中にマスターしてやる。」


 そこから、レントは何度も何度も何度もナイフを投げ上げては時間逆行の発動を繰り返した。


 何十分か経過した頃、、


「あれ……身体に力が……。」


 一気に全身から力が抜け落ちて、床に崩れ落ちる。


「あぁ、時間の逆再生能力の限界……か。大体10分ぐらいかなぁ」


 時間逆行の練習で、大体使っていた発動時間が10分ほどのため、最大逆行時間は約10分だ。


「やべぇ……体全く動かねえ。全回復まであと二時間くらいか……。いいや、今日は全部練習に使おう。」


 そこから何時間も力を使いきってぶっ倒れては、休憩し、練習を繰り返し、繰り返し、繰り返す。


 朝だったのが、気づけば外は暗くなっていた。


「時よ戻れ。」


 レントが投げ上げ、落ちたナイフに時間逆行を発動させる。


 すると、ナイフはカタカタと動き、クルクルと回転し、勝手に動き出すと、まるで逆再生するかのように……否、実際に逆再生し、投げ上げる前の位置に戻った。


「やっやったぁぁ!!できたぁぁ」


 成功した興奮で一気に集中力が抜け落ち、ナイフは再び落ちる。

 それと同時に、、


「あぁまた限界か……。」


 一気に体の力が抜け落ちて、床にぶっ倒れた。


「全く身体が動かん……。」


 まるで身体が鉛にでもなったかのように動かない。その上、とんでもない疲れで視界がかすんで見える。


「いいや、もうこのまま寝よ。」


 レントが目をつむろうとすると、ガチャリと扉が開き、


「レントさーん、夜ご飯冷めちゃいますよーっ!!」


 と、トリアが部屋の中へ遠慮なく入ってきた。


 数日も泊まっていれば、宿屋との関係もそれなりに深くなっており、トリアは今では暇つぶしに部屋に入ってくるくらいだ。


 今回も、トリアはレントの部屋に入り倒れているレントを見る。


 すると、顔色を変え、、


「きゃあああぁぁぁっ!!!」


 まるで殺人鬼にでも出会したかのような、甲高い絶叫だ。


「おいおい、ただ倒れてるだけじゃん。なんでそんなーー」


「血っ!!レントさん血っ!!お母さん、お父さんっレントさんがぁぁっ!!」


 トリアは倒れているレントの顔を指差し、急いで、一階にいる親の元へ駆け降りていった。


「血?」


 レントが出ない力を無理やり振り絞り、首を動かすと、


「血だ。」


 床には赤黒い血が溜まっている。それどころか、服も顔も血だらけだ。


 その流出源は、、


「もしかして、俺の鼻血か。」


 以前、アニマを使った時、一度鼻血が出ている。


「確かに、こんなにアニマ使ったのは初めてだ。使いすぎたらこんなことなんのか……。」


 おびただしい血の量が床に流れ溜まっているが、頭がボーっとして、焦ることもできない。


 地獄の森では、動けなくなることが命取りなため、なかなかアニマの無駄打ちができなかった。

 そのため、ここまでアニマを酷使したのは初めてであり、初めて知る結果だ。


 頭がボーっとして、考えるのも億劫になり、寝ようとすると、急いで階段を駆け上る足音が聞こえてくる。


「レント君!!何があった!?」


 トリアから聞きつけ、部屋に入ってきた金髪の筋肉質の男……宿屋の店主は、その現場を見て血相を変えた。


 なにせ、革のカバーに入っているとはいえ、ナイフが近くに落ちていて、そのすぐそばで血だらけのレント。

 殺人現場にしか見えない。


「だっ大丈夫ですよぉ……。ちょっと鼻血出ちゃっただけなんで。」


「鼻血!?そうは見えないぞ!!」


 確かに鼻血とは思えないほどの出血量であり、信じてもらえなくても文句は言えない現場だ。


「とっとりあえず、起こすぞ。痛かったら言え。」


 そう言って、宿屋の店主は力の入らないぐったりしたレントを抱き上げた。


「ほんとに鼻血だ……。」


 抱き上げられたレントの鼻からは血が未だポタポタと垂れている。


「だから言ったじゃないすかぁ。このまま寝かしてもらえば明日には復活するんで……。」


「そっそうか?」


 宿屋の店主は困惑しながら、抱き上げたレントの鼻をふき、ポタポタ垂れる血を拭き取ってから、ベットに乗せた。


「服も血だらけだ。これは洗うしかないな……脱がすぞ。」


「えっ、悪いっすよ。ちょっと血ついてるだけなんで」


「ちょっとて話じゃないだろこれは。それに、レント君はお客なんだから遠慮するな。」


 宿屋の店主はそう言って、血だらけのレントの服を持って行った。


 その後、血だらけになった部屋の片付けやら、いろいろ宿屋に迷惑をかけて、翌日……


「んあーーっ!!復活!!」


 体力は完全回復し、思いっきり腕を伸ばした。

 ベットから出ると、レントの何も着ていない肌が丸見えになる。

「服は……あった。」


 洗濯してもらった綺麗な服が、ベットの上に置かれており、レントはそれをありがたく着衣した。


 迷惑を散々かけ、恥ずかしく顔を合わせづらかったが、昨日の礼を言うために、宿屋一家に顔を見せると、、


「あら、レント君、大丈夫なの??」


「大丈夫っす。いやぁ昨日はほんとにご迷惑かけて……」


「別に気にしなくていい。昨日も言ったがレント君は客なんだ。」


「あっありがとうございます……。」


 優しく笑顔で話してくれる夫婦には、さすがにレントも頭が上がらない。

 と、そんなレントの裾を引くのは、、


「レントさん、もうっ!びっくりしたんだよっ!!やめてよねっ!」


 頬を膨らませ、プンプン起こっているトリアは涙目だ。


「ごっごめんって……。本当に昨日はまぁ色々あったんだよ……。」


 自分は異邦人で、アニマの練習をしていたら、ああなりました。なんて言えないため、若干レントはお茶を濁す。


「まぁ、レント君が無事ならそれでいいわ。」


「あぁ。あんまり危険なことはするんじゃないぞ。」


「はっはい……。あと、服の洗濯とかいろいろありがとうございました。」


 レントが頭を下げて礼を言うと、宿屋夫婦は笑顔でレントの感謝を受け入れた。



 そのあとは、朝食をいつも通り摂り、出かける準備をしてから、仕事探しのために街へ出発する。


 レントは街を歩きながら、顎を手に乗せ考えていた。


「やっぱり俺が会う人達はいい人ばっかりだ。もしかして、異世界人ってみんないいやつなのか……?」


 メシアといい、ジークスといい、宿屋の家族といい、世話焼きのいい人ばかりだ。


 それが、運がいいのか……はたまた本当に異世界人は皆優しいのか……


「でもそんなことあんのか?やべぇ、、わかんねぇ。逆になんか怖いんだけど……。」


 異世界、皆が皆親切なのだとしたら、逆に恐怖である。

 自分の運が良すぎることを信じたい。


「さて、とりあえずはこころを入れ替えて就活再開か……。」


 昨日の頑張りで、物体の軌道の時間をも戻す力を我がものとし、地獄の森に向けてのアニマ強化に一歩近づいた。


 そして、今度は地獄の森へ行くための資金づくり、その一歩目の就活である。



 

「すいません!!ここで働かせてください!!」


「おめぇみたいなガキはお断りだっ失せな。」



 酒屋の店主はそう言って、レントは追い出した。


 アニマ強化は上手くいったが、やはり就活は全く上手くいかない。

 皆、まともに相手にすることもせず、門前払いだ。


 もはや、職など選ばず片っ端からいろいろな店に志願しているが、全く相手にされない。


「いたわ……。優しくないやつ……。普通に。」


 何度も何度も何度も断られるのは流石に、精神的にキツくなってくる。


「やべぇ、もうあそこしかねぇーのか……。」


 レントは重い足取りで、とある場所に向かった。


 毎日仕事を探して街を歩き回っているおかげか、街のいろんな場所を把握している。


 飲食店であったり、花屋であったり、アクセサリー店に、武器屋、服屋、八百屋、宝石屋、風呂屋などなど……


 そして今レントが向かっている場所は、、


「ついた……。魔物商会。」


 魔物商会……物騒な名前とは反して見た目はとても立派な建物である。


 レントは、その魔物商会の扉を開け中に入っていった。


 内装も大理石でできた床に、綺麗で高そうな内装だ。


 一見どこかの大きい、高級なものを販売している商会にみえるのだが、問題はそこにいる人達である。


 とてもガタイの良い強そうな者、ローブを羽織り立派な杖を持った上品な女性、明らかに強そうなオーラを放つ猫耳の獣人など……


 レントでは浮いて見えるほどに皆戦い慣れているよう感じだ。


「魔物商会……魔物の素材を売買する場所ねぇ。一番手っ取り早いんだけどなぁ。」


 レントは魔物の絵と文字の書かれた紙を見ながら、重い息をはく。


 紙に書いてある絵の魔物もわからないし、文字も異世界語でわからない。


 この商会では子供だからといって門前払いはされない。

 しかし、以前レントは一度ここに来て、すぐに帰った。


 理由は、受付で話を聞いて純粋に『やりたくない』と思ったからだ。


 魔物は凶悪で危険な生き物だが、その恩恵もデカい。倒せばお宝になるのだ。


 ツノや、牙、爪、尻尾は剣や杖といった強力な武器の素材となり、毛皮は防具の素材となるらしい。


 魔物を狩る者達が魔物の素材を買い取り、武器加工人や宝石屋など、魔物の素材を欲しがる者にそれを売る……それがこの魔物商会なのである。


 魔物の素材を売るのには面倒な手続きはなく、簡単な手続きだけ。

 年齢制限もなく、ただ倒した魔物の素材を売ればいいだけなのだ。

 だが、しかし、レントは魔物を狩れるほど強いわけではない。アニマを使えば魔物を倒すことはできるが、最悪動けなくなる可能性もある。誰もいない上に魔物がいる危険地帯で動けなくなればもう終わり。


 命を落とす可能性が十分にあるのだ。金を稼ぐために命を落とせば本末転倒もいいところである。


 そのため、以前はすぐに諦めて帰ったのだが……


「もうここしかねぇー。」


 レントに残された稼ぎ口はもうここしか残されていない。

 魔物の出る森への行き方なら、ジークスに街に連れられた時に道順を覚えている。



 翌日……..レントは宿屋を出て、検問所へ向かった。


 街から出て森に行くためには検問所を通らなければならないからだ。


 レントが、街の検問所を通ろうとすると、、


「あれ、君ジークスさんが連れてた孤児?」


 聞き覚えのある声……初めて街に入った時に聞いた検問所の兵士の声である。


「そっそうですよ。」


「よかった、服を買ってもらえたんだね。なんでまた外に?」


「魔物狩りのためっすよ。ジークスさん行っちゃったし、金稼ぐためにね。」


「そっそうか……。」


 検問所の兵士は、レントが貧しくかわいそうな孤児に見えたのだろう。憐れんだ目でレントを見た。


「大丈夫っすよぉ〜。俺結構強いんでっ!」


 全くの嘘だが、憐れんだ兵士の目に少し腹が立ち虚勢をかます。

 すると、兵士は苦笑いでレントを見送った。


「くそっ、んだよ。あんな顔すんなら、雇ってくれや」


 街の人々は、皆孤児をかわいそうな、憐れんだ目で見る。そのくせに、子供という理由で労働を与えようとしない。

 レントには、それがとても腹立たしく思えた。


 街の検問所を抜け、レントはついに危険な魔物が生息する森へ辿り着く。


「んじゃ、やるか。」


 

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