4.就職活動



 目標金額ができ、覚悟を決めたのはいいのだが、先程から声を荒げたり、胸ぐらをつかんだり、机を叩いたり、すっかり周りの視線を集めてしまっている。


「やべぇ、ここ普通の飯屋なの忘れてたぁ。」


「ちっ、やっちまったなぁ」


 すっかりと、今いる場所が食事屋のそれも人通りのあるテラス席だということを忘れていた。


 二人は席を立ち、そそくさと食事の会計を終えてそこを離れる。


「にしても、目標金額が1800億か……。馬鹿げてんなぁ。」


 覚悟はしたものの、やはり自分で言っていて訳のわからない金額だ。

 そんなものどうやって稼ぐのか、全くもってわからない。


「臓器売るか、詐欺でもやるかしか思いつかねぇ……。」


 もはや、正攻法で稼げるものではないが、当然レントは闇に手を染めたことなどないため、苦悩する。


「つーか臓器売ったら、メシ……アイツに会うために俺死ぬじゃん。」


 もはや考えすぎて、自分で何言ってるかすらもわからないほど、脳に疲労が溜まっていた。


 一緒に歩いているジークスは空を見上げ、その赤く染まった空を見ると、


「もうこんな時間か……。」


 そう言って、レントの手を引く。


「おいレント、そろそろ宿に行くぞ。」


「宿っ!?」


 宿……。そう宿だ。ずっとレントが待ち望んでいた……建物の中、風呂、そして……


「ベットっ!!!やったぁ、やったぁ!!やっとまともな場所で寝れるぅっ!!」


 とんでもなく久しぶりの室内での睡眠。おそらく、この街に来て、一番レントが歓喜した瞬間だった。

 レントは飛び跳ねて、はしゃぎまくる。そのはしゃぎっぷりにジークスはドン引きだ。


「おい、これが1800億稼ぐとか言ってたやつか?」


 夕日が映し出す真っ黒なレントの影は、それは楽しそうにはしゃいでいて、それとは真逆にジークスの影は額に手を当てている。


「ほら、宿行くぞ。」


「いぇぇっい」


 二人並んで、宿に向かうジークスとレントの姿は、まるで親子のように見えて、周りの街の人々は二人を見てクスッと微笑ましそうに見ていた。



「ほら、ここに泊まるぞ。」


 街を見て歩いていたジークスが指差した建物は、木番にベットの形が刻まれた看板を掛けている建物だ。

 見るからに、宿という建物である。


「待ってろ。店主と話つけてくる。」


 そう言って、ジークスはその建物に入って行った。

 ポツンと宿の外に残されたレントは、宿の入り口前の階段に座ると、手のひらに頬を乗せ、ぼーっと夕焼けの街景色を眺める。


 普通の人間に、猫耳の人、犬耳の人、いろんな種族の者が楽しそうに、疲れたように、街を行き交い、その光景はレントに異世界に来たという実感をゆうに与えた。


「なんで、ジークスはあんなに俺にしてくれるんだ……?こんなどこのかも知らないガキに……。」


 そこでふと、疑問が生まれた。なぜジークスがあんなにもレントに良くしてくれる?という点だ。

 見ず知らずの子供を森で拾ったというだけ……孤児だとゆう理由でも、少し親切すぎる気がする。


「なんでだ?なんか裏でもあんのかな……。」


 普通なら怪しんで、メシアのくだりの時にも見捨てられてもおかしくはない。

 むしろ、六王神教会に……世界に喧嘩を売ろうなんて、本気で考える危険な存在を、見捨てない方がおかしいのだ。


「まさか……俺が異邦人だと知って……。」


 ジークス……考えても読めない人物である。

 と、そんなことを考えていると、ガチャリと宿の扉が開き、、


「おらレント、店主と話つけてきたぞ。数日はここに泊まれる。俺はもう行くが、お前はここに泊まれ。」


「え?ジークスさんは泊まんないの?」


「元々この街は依頼主に指定された場所の通過地点……すぐに行かなくちゃならないもんでな。」


「え、それって俺がついて行ったりしちゃあ……」


 ここでジークスと離れればまた一人に戻ってしまう。

 この全く知らない異世界……楽しめたのは誰かといたからだ。一人にされると話は変わってくる。

 金のやり取りも覚えきっていないし、まだまだわからない世界の常識もあり、レントが一人になるのは不安でしかない。


「あぁ?ダメに決まってんだろ。俺は傭兵だぜ?俺が行く場所は戦場だ。お前みたいなお荷物連れて行けるか。」


「だよな……。」


 そう、ジークスは傭兵なのだ。

 行く場所は戦闘が行われる危険地帯、レントが行けば真っ先に殺されるだろう。

 だから、ジークスはレントを連れて行かない……レントを思って……。


「あ……。」


「だからまぁ、あとは勝手にうまくやれ。」


 《そうか……。優しすぎるんだ……。》


 見ず知らずの子供を拾って、目的地にすぐに行かなくては行けないのに、わざわざその時間を割いて、飯を食わせ、宿に泊まらせる。

 そのぶっきらぼうな態度に反して、、


「お人好しすぎるぜジークスさん。ありがとう。」


 何か裏があると疑っていた自分を殴りたくなるほどのお人好しなのが、今目の前にいる男……ジークスだ。


「へっ、いつからタメ口きいてんだクソガキ。じゃあな。」


 たった一日……それだけでも、レントは生涯この受けた恩を忘れないだろう。

 素直にレントが礼を言うと、ジークスは背を見せ、ニヤリと笑いながら去っていった。


「アイツと言い、ジークスさんと言い、俺がこの世界で会う人はみんな優しすぎるな。」


 メシアの名を出せないことはとても悔しいが、メシアもジークスも、レントが異世界にやってきてから会う人はとてもとても優しい。

 二人がいなければ、今頃レントはもう死んでいたかもしれない。


 その出会いにも感謝し、、


「さて、ベットで寝るか!!」




 ――――――――――――――



 翌朝……ガラス窓から入ってくる陽の光でレントは目を覚ました。


「ベットの上……。」


 ベットは硬くもなく柔らかくもない、ごく普通なベット。それに加えごく普通な枕と毛布がある。

 しかし、長い野宿生活が続いたレントからすれば、どれもこれも一級品の寝具に見えた。


 目覚めてもなお、レントは枕に顔を擦り付け起きようとしない。


 レントが泊まっている部屋は、六畳一間ほどの大きさでベットしかないが、窓際には花瓶が置かれ、掃除の行き届いたいい部屋だ。


 昨日は宿の中に入り、共有の大風呂に入りそのまま寝てしまったが、夕と朝で飯があるらしい。


 レントがベットと毛布に挟まれながらダラダラしていると、部屋の扉がガチャリと開いた。


「ほら、お客さん起きてくださぁい!!ご飯ですよぅ」


 部屋の扉を開けたのは、レントよりも少し歳下ぐらいの茶髪の少女である。


「うーん……。あとちょっと……。」


 せっかくのベットの中をずっと堪能していたいレントは、その少女の呼びかけに応じずに毛布に潜った。

 すると、少女は部屋の中に入り、、


「朝ごはん冷めちゃいますよっ!!」


 そう言って、レントの被っていた毛布を剥がすと、少女は顔を真っ赤にした。


「ちょっ……なんで服着てないんですか!!」


 毛布を剥がされ、あらわになったレントの体は服を身に纏っておらず、ブカブカのショートパンツしか履いていない。


「えっ?あぁそういやぁ、昨日風呂入った後……服脱いで寝たんだ。俺パジャマ以外で寝るのいやなんだよねぇ。」


 普通の服を着て寝ると、何か肌の感触が気持ち悪くて寝れないという話は、いくらでもある。例に漏れずレントもその中の一人なのだ。


「もうっ!早く服着てご飯食べに来てくださいねっ!!」


 少女は若干顔を赤くして、プンプン怒りながら部屋を出て行った。


「なんだ……あの強引な接客……。」


 いくら、少女の接客とはいえ、現代日本のホテルであんな接客をすれば、クレーム殺到ものだ。

 さすがは、異世界といえばいいのか……。


「まぁいいか。」


 レントは昨日ジークスに買ってもらった服を着用して、部屋を出る。


「ふぁーーぁぁ。」


 レントが泊まっていた部屋は二階。

 食堂があるのは一階であり、大きなあくびをしながら階段を降りた。

 すると、先程起こしにきた少女と同じ茶髪のまだ若干若い女性が、こちらに気づき、、


「お、昨日のお客さん!!ぐっすり寝れた?」


「おかげさまで……もうぐっすりですねぇ〜。」


「ならよかった!!」


「あぁそれと、うちの娘がごめんね。いろいろと……。」


 その女性は、気まずそうにレントに言う。

 おそらく、先程の裸を見られたことについて言っているのだろう。


「いやぁ、ぜんぜん大丈夫っすよぉ。」


 この女性とは、昨日この宿屋の受付で一度会っている。

 今日レントを起こした茶髪の少女の母親だろう。


「でもほらっ!!うちの夫が作ったご飯はどれも美味しいわよっ!」


 そう言って女性はレントが座った席に、パン、スープ、目玉焼きにサラダといった食事を運んだ。


「うおっ、うまそう!!これって旦那さんがつくってるんすか?」


 出された食事は、女性の言う通りどれも美味しそうであり、ジークスはいい宿屋を選んでくれたらしい。


「そうよっ!うちは家族でやってるからねぇ」


 どうやら、宿屋は一家で経営しているらしく、先程起こしにきた茶髪の少女はやはり娘であった。


「すごいっすねぇ〜。家族で経営なんて。ご飯もうまそうだし、一級レベルの宿屋っすよぉ」


「まぁお客さん褒め上手ねぇ〜!!お客さん、名前は?」


「レントっていいます。そちらは?」


「トリーよ。娘がトリアねぇ。」


「トリーさんっすねぇ覚えましたぁ。んじゃあトリーさん、いただきまぁす。」


 宿屋の従業員の名前も覚えたところで、出された食事を口の中に頬張った。


「うまっ!!」


 見た目通りとても美味である。

 気さくな従業員……トリーに、掃除の行き届いた部屋、美味しい食事、しっかり大風呂もあって、レントの言った褒め言葉はあながち過言ではないのかもしれない。


 食事をとり腹も満たされ、もうひと睡眠取ろうと、部屋に戻り、ベットに潜り込んだ。


「ふぃーーっ!!飯食って、そのままベットに転がり込んで最高ぉぉ……。もうこのままでいいやぁ……。」


 やはりベットの上はいい。

 地獄の森では野宿続きで、硬い地面で寝るのが通常になっていたため、柔らかいベットの上で寝転がれるのは最高なのだ。


「もう飢える心配もねぇし、魔物に怯える心配もねぇし、風呂入れるし、マジ最高……。地獄の森にいた時はマジでやばかったからなぁぁ。」


 過酷な地獄の森での生活を終え、こうしてベットの上でダラダラしている。

 とても大事なことを忘れている気がするが、今はとても惰眠を貪りたい気分なのだ。


「さて寝よ寝よ。地獄の森の時じゃあこんな……地獄の森……。そうだっ!!地獄の森だっ!!」


 忘れかけていた重要なレントの目的、それは地獄の森に再び行き、メシアに出会うことだ。

 そしてそのためには……


「俺とんでもねぇ額稼がなきゃいけないんだった!!こんなことしてる場合じゃねぇーっ!」


 レントはベットから飛び出し、急いで宿屋を出た。


 重要なレントの目的の金稼ぎ。

 金を稼ぐのはそう簡単なことではない。まずそもそも労働などしたこともない中学生がいきなり労働しろと言われてもできるわけがないのだ。


「くそぉ……。どうすっかなぁ。」


 レントの現在の第一目標……それは『就活』だ。


「うーん……。飯屋、花屋、どこが一番稼げんだ?つか、そもそも求人募集してんのかな?」


 この世界にそもそもバイトという基準があるのか……働くためには何をすればいいのかわからないため、正真正銘ゼロからの出発である。


「まぁ手当たり次第やってみっか。」


 レントはとりあえず、昨日ジークスと訪れた飲食店に趣き、、


「すいません!!ここで働かせてもらえませんか!?」


「えぇ……無理だよ。人は足りてるし……大体あんた、昨日の……」


 《ギクっ!!》


「いっいやまぁ……」


 一発目は惨敗に終わった。


「いいや、次だ次!!」


 その次は、昨日ジークスと訪れた服屋に向かい、、


「あ、君昨日の……。どうだい?服の着心地は?」


「最高っすよぉ〜。」


「そうかい。」


「んで、ちょっと頼みがあるんですけど……ここで働かせてもらえませんか?」


「働く?ごめんねぇ、うちは人雇ってないんだ。」


 二発目も惨敗。


 三発目は、偶然通りかかった花屋で、、


「すいません!!ここの花、とても綺麗で惚れちゃいました……。ここで働かせてもらえませんか?」


「ごめんねぇ。それは無理だわぁ」


 三発目も惨敗だ。


 四発目も、、


「働かせてください!!」


「無理だっ!!」


 五発目も、、


「働かせてください!!」


「ガキなんだから、親に面倒みてもらいな」


 六発目も、、


「働かせてください!!」

 

「子供が働くもんじゃないわ。」


 七発目も、八発目も、全て惨敗だった。

 全てレントがまだ子供だとゆうことも影響し、断られる。

 これでは、金稼ぎどころか、スタートラインにすら立てない。


「就活ムズすぎだろぉっ!!」


 結局何も成果を得ることはできず、日が沈み夜がやって来てしまった。


 とぼとぼと、重たい足取りを無理矢理動かして、宿屋へ帰る。


「今日の夜ご飯は、ハンバーグねっ!」


 宿屋の茶髪の娘……トリアが帰ってきたレントにそう言いながら指を差した。

 トリアが指差す先には、言う通りデミグラスソースがかかったハンバーグがある。


「ハンバーグ……。この世界にそんなもんあったのか……。」


 レントは元いた世界の料理が、この異世界でも出されていることに驚きつつも、食事の席に座った。


 すると、トリアはレントの席にハンバーグとパンを運ぶ。


「これつけて食べてねっ!」


 そう言って渡したものは……


「マヨネーズも……!!」


 マヨネーズ……レントが元いた世界での万能調味料だ。サラダにかけてもよし、焼いた肉にかけてもよし、何にかけても美味しい調味料と言える。


 しかし、それはあくまで『元いた世界』のものだ。



「まぁ、いいかぁ。」


 きびしい就活で疲れているレントはもう難しいことを考えたくもない。


 レントは渡されマヨネーズをハンバーグにかけて、口の中に頬張った。


 懐かしい味である。


 《確か……昔、母さんがよくつくってくれたっけ。懐かしい味だなぁ。日本を思い出す。》


 レントの中にある懐かしい記憶の中には、よく母親がつくっていたハンバーグもあった。

 まるで、家に帰ったかのような安心感。


「おっお客さんっ!?」


 気づいたら、レントは涙を垂らしながら食べていた。


「あ、あれ、なんで涙……。」


 トリアは驚いた顔でこちらを見ている。トリアはそのレントの涙を持っていたハンカチで拭いて、、


「泣くほど美味しかったの?お客さん!!」


「まっ、まぁうん。」


「この料理はね!!昔、ある『異邦人』さんが伝えた料理なんだよっ!!」


「ーーっ!!」


 この世界に来て、二度目の人物からの『異邦人』という単語。その意味はすなわちレントの同郷の者を指す。


「異邦人……か。あぁどうりでか。」


 このハンバーグのレシピを伝えたのが、レントが元いた世界からやって来た者によって伝えられたならば、納得もいく。


「ありがとう。ずいぶんと懐かしい味だったから……ちょっとね……。」


 いい歳こいてハンバーグ食って泣いたというのはどうにも恥ずかしい。

 それも、歳下の少女の前でだ。


「お客さんも、異邦人なの?」


「ふぇっ!?」


「だって、懐かしい味だって言ってから。」


 その瞬間、その場で食事をしていた客のほとんどがレントに注目を集めた。

 その視線は驚きの眼差しである。


「たっ確かにあの子供、黒髪だ。異邦人の特徴にも似てるぞ。」

「まさか、本当に?じゃあ今のうちに知り合いにっ!!」

「すげぇっ異邦人って!!」


 今まで、全く無関心だった宿屋の客たちがここまで一瞬で注目を集めるのはやはり、『異邦人』が特別だからなのだろう。

 そのため、レントにとっては……


 《うわっ!めんどくさ……。》


「いっいやだなぁ違うよぉ。昔一回ハンバーグ食べたことあるから、懐かしいってだけぇ、黒髪だって偶然だよ偶然。」


 レントの必死の誤魔化しにより、周りは「なんだ。」とあからさまにがっかりしたように、自分の食事に戻っていった。


《やっぱ異邦人ってこと、隠しとかなきゃダメだなこりゃあ。絶対面倒ごとに巻き込まれる。》


 レントも食事に戻り、パンをちぎりデミグラスソースを塗ったくり口の中に入れる。


「あぁ、今はまず働き口の確保だよなぁぁ……。」


 いろいろあったが、結局戻ってくるのはここだ。


「この宿屋なら……。いや、無理か。」


 この宿屋は、家族で経営している。

 家族の絆というやつがこの宿屋の経営の肝となり、成り立っているのだ。

 そこに、レントが入り込む余地はない。


「まぁ、今日はとっとと寝るか。」


 その日は、風呂に入りすぐにベットに入って眠りについた。



 

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