3.禁忌の名



「にしても、やっぱ新しい服っていいなーっ!!綺麗で動きやすいっ!!」


 飲食店を探している最中、ずっと歩いているが、やはり新たな服はよかった。

 しっかり、サイズを測ったおかげか、若干大きいものの、ほとんどちょうどいい。


 アニマの酷使で溜まっていた疲労すらも吹っ飛ぶくらい、現在テンションが上がっている。

 否、街に到着した時点で疲れなど微塵も感じていなかった。


「あぁそりゃよかった。よかったから少し大人しくしろ。」


 先程から元いた世界では見たことないものにレントは興奮しっぱなしだ。いい加減それを煩わしく感じているであろうジークスはとにかくレントに静かにするように促している。


「えぇ〜無理ですよぉ〜ん。だって楽しいもんたくさんあるんですもん。」


 剣を持つ者や魔法の杖を持つ者、ハープを引く美しい詩人に、剣を打つ刀鍛冶、街を歩けば歩くほどレントの知らないものが現れるのだ。

 この異世界の光景を見て、中一男子が黙っていられるはずもない。

 

「はぁ。」

 

 ジークスはもはや諦めモードに入り、額に手を当て嘆息している。

 

「あ、そーいえば、この国の金の仕組みについて教えてくれません?」


「金?」


「そーなんですよ。記憶なくて、金の扱い方もよく覚えてないんですよねぇ。」


 先程見た金を使った取引では、見たことない硬貨を使っていた。

 通貨について知っておくのは、異世界で生活していくことにおいて、必須事項である。


「本気で言ってんのかぁ?」


「マジです。」


 流石に記憶がない作戦は無理がありすぎたのか、ジークスは怪しんだ目をレントに向けた。

 数秒レントを睨んだ末、結局ジークスはため息をつくと、先ほどの包みからいくつかの硬貨を取り出し、、


「まず、この鉄貨が一枚百デウスだ。」


 ジークスは鉄を薄い円状に加工した硬貨を見せながら説明する。次々と銅、銀、の硬貨を見せながら、


「んでこの銅貨が千デウス、この銀貨が一万デウスになる。」


「一万デウスが銀貨……。じゃあ金貨は?」


「金貨は十万デウスだ。今は持ち合わせちゃいねぇがな。そしてそのさらに上に聖金貨ってのもある。」


「マジかっ!!金貨が十万デウスなら……」


 聖金貨は百万という安直な答えが普通なら出てくる。


「聖金貨は一枚、一千万デウスだ。」


「はぇぇ、一千万……マジか!!」


 もはや、現実味のない額だ。一般家庭に生まれた中学生のレントからすれば、金貨ーー十万からもう現実味がなくなっていたが、一千万ともなれば、もう想像もつかない。

 しかし、それはレントだけじゃないようで、、


「まぁ、俺も聖金貨なんてお目にかかったことねぇがな。」


 ジークスも首を横に振り、出していた硬貨を包みにしまった。


「お目にかかれんのは、貴族連中やら、王族やら、教会の連中に、デカい商会なんかもか……」


 ジークスが喋っていると、急に周りがざわめき出し、辺りの人々が一点に視線を集中する。

 その視線は先程レントに向けていた視線とは全くの別物であり、尊敬やら期待の眼差しだ。

 例に漏れず、ジークスもそちらに視線を向けながら、、


「まぁあとは、ああゆう連中だ。」


 ジークスが目を向けるその先には、集団がいた。


 その集団はどこか気品があり、必ずどこかに流星のエンブレムが刻まれたものを身につけている。


 服であったり、靴であったり、ネックレスであったり、その集団の皆が同じエンブレムを刻んだものを身に纏っているのだ。


 燃えるように真っ赤な髪をして、後ろに流星のエンブレムが刻まれたマントを羽織り、整った顔の青年がその集団を先導し歩いている。

 それに先導される後ろの五人の者も容姿が整っており、見ているだけで惚れ惚れしてしまう。


 中には、耳が他より長い美しい女性もいて、、


「あれ、まさかエルフってやつか……。」


 その存在はレントでもよくわかっていた。

 漫画やら色んな作品に出てくる異世界ものの定番だ。


 その集団を見た時、レントは生まれて初めて心の底から本気で思った。


「かっ……かっけぇ……!!」


 つい、目を輝かせ凝視してしまうほどカッコよく、存在感が溢れている。


「ありゃあ、『神の私兵団』だな。」


「神の?」


「あぁ、そうかお前記憶ないんだったな。『神』が結成した兵団のことだ。」


「え、神って普通に存在すんの!?」


 思わぬ『神』という単語。

 レントの知っている知識ならば、伝承で語り継がれてきた伝説的な存在だ。

 元いた世界では、神の存在を信じてすらいなかったが、、


「そりゃいるに決まってんだろ。そこからか。今この世界にいる神々は全部で51神だ。」


「そっ……そんなに……。」


 全くレントとは違う常識であり、心底驚かされる。


「んで、まぁこの国もだが、ほとんどの国は実質神が支配してんだ。」


「へぇ、んじゃあ王様が神?」


「いや、国王は人間だよ。表面上は国王が国を統治してるが、王でも神の言うことには逆らえない。だからまぁ実質神が世界を支配してんだ。」


「なっ……なるほど……?」


 スケールがデカすぎて、中学生ごときでは理解し難い内容だ。


「だがまぁ、51神もいりゃあ国を支配できる神は神の中でも上位の神だけだがな。んで、国を支配できない神々はせめて自分の兵力をつくろうと選りすぐりの強者を集めた。それで結成したのが、『神の私兵団』だ。」


「え、じゃあ神の私兵団っていっぱいあんの?」


「ああ。」

 

「なるほど……正真正銘神の私兵団ってわけか……じゃあ国を支配できるほどの上位神はどれくらいいる?」


「そうだな……国を支配している上位神は、全部で12神だ」


 国を支配している神は12神、神は全て合わせて51神、単純な引き算を、指を計算機代わりに使い計算して……


「んじゃ39の神の私兵団が……」


「いや、そうとも限らねぇな。私兵団を持つかはその神次第。当然、兵力を持たない神だっている。」


「あぁそっか。ちなみにもしかして、この国も神が……?」


「あぁ、この国を支配している神は、剣の神……ガーディ様だ。」


「なっ、なんかもうわけわかんねーな異世界常識。」


 神が存在するというだけで驚きなのに、普通に神が人間達と接触しているというのは、意味がわからない。

 神は天国から下界を見守っているイメージがあったが、やはり異世界の常識は全く違うものだ。


「神の私兵団は、皆んなの憧れだ。それも、今目の前にいるのは、星の神……ダイアナ様が結成した私兵団。」


「え?」


「『流下の星々メテオ』だ。」


「メテオ……。」


「神の私兵団の中でも、特段強い三大私兵団のうちの一つだ。国一つと同じか、それ以上かの戦力だぜありゃあ」


「まっ……マジかよ……。」


 国と同等の戦力……この世界の国の基準はよくわからないが、一つの私兵団が一国と同等の戦力などレントの常識ではありえない。

 そのレントの常識は間違っていないようで、、


「だから、俺たちとはほとんど次元が違う存在だ。」


 とは言っても、やはり男なら国同等の戦力を持つ、目の前の集団に憧れを抱いてしまう。


 嬉々とした目でその集団……メテオを見ていると、一瞬、流星のエンブレムを身につけた自分がいるように見えた。

 すぐに強すぎる憧れからでた妄想だと気づき、顔を赤くする。


「これじゃあ、ただの痛いやつじゃねぇーか。」


 恥ずかしそうにメテオから目を離そうとした時、先導していた赤髪の青年がこちらに気づき、少しだけ微笑んだ顔を見せると、そのままレント達を通りすぎていった。


「……ぁ。」


 いきなりのことでレントはその場に固まり、言葉も出ない。数秒呆けていると、、


「おい、さっさと飯行くぞ。」


 とジークスの強引な呼びかけにより、現実に引き戻される。


「お、そうっすね……。」


 若干の余韻を残しつつも、レントは空いた腹を満たすために、ジークスへついていった。



 ――――――――――



「うまっ……うまっうまうまっ!!」


 屋外で、大きな傘に覆われた机と席……いわゆるテラス席でレント達は食事をしていた。


 食事を通る人々に見られるのは恥ずかしいが、綺麗な花が植えられた花壇や、人口的な植えられた木などの街の外観を見ながら食事をできるのはまたいい。


 机に置かれた、パンやら肉やら、スープやら、久々のまともな食事をレントは一心不乱に口に放り込んだ。


「うっうめぇぇーよぉ。」


 あまりの感動に流れてくる涙が、口に侵入し、少ししょっぱみを感じる。


「あぁわかったから、もっとゆっくり食え。」


 未だレントを孤児だと思っているジークスは、そんなレントを見て、少しだけ口を緩ませた。

 ここまで、レントにしてくれるのはやはり孤児だと思っているからだろう。そう思うと、少し騙していることが申し訳なくなる。


 《いや、でも俺親死んでるし……孤児っていえば孤児なのか……?》


 口に詰め込んだ肉を一気に呑み込み、水をごくごくと飲んだ。


「ぷはーっ!!まぁなんだっていいか。」


 とりあえずは、ジークスには感謝しかない。


「なぁお前、ほんとに記憶がねぇのか?」


 《ギクっ!!》


 やはり、レントの嘘はあからさまなのか、若干バレ気味である。


「ないんですってぇ。地獄の森にいた記憶しかないですよぉ〜。」


「あぁ、わかったわかった。」


「ほんとですよ。地獄の森じゃあやべぇ魔物に追っかけられて、大変だったんですからぁ。」


「そうかいそうかい。」


 苦労してきた……地獄の森での経験。

 メシア以外との久しぶりの会話はやはり、とても楽しく、思わず自分が経験してきた苦労話をペラペラ話してしまう。

 酒に酔って愚痴話をついぶちまけてしまう社会人と同じような光景だ。


「地獄門とかゆう物騒なもん守護するやべぇ魔物に殺されてかけたり、めっちゃ大変でしたよぉ。」


「地獄門……ねぇ。ガキっそろそろ……。」


 ジークスの表情は少し怪訝な顔つきになるが、久々すぎる食事と会話による興奮で歯止めが効かない。

 

 平常なら、ジークスの表情の変化を読んで止めていただろう。しかし、レントは話したかった。地獄の森での苦労話のことも、自分を救ってくれた女の子の話も……。


 それゆえに……


「まぁ、全部アイツのおかげで俺はここにいるんですけどねっ!!」


「おいレント、わかったから……。」


「『メシア』が俺をっーー」


 禁忌という言葉はやはりどこにでもあるようで、偶然なのか、必然なのか、それにレントの知っている名が該当した。


『メシア』という言葉を声に出した瞬間、ジークスは顔色を変えて、レントの胸ぐらを掴む。


「ちょっ……!!」


 なぜジークスが自分をものすごい怒りの形相で見ているのかわからない。


 その光景は側から見れば、子供に掴みかかる大男。

 周りの視線を一気に集める。

 それに気づいたジークスは、ゆっくりレントの胸ぐらを離した。

 しかし、怒りの顔は消えない。


「お前が、妄言垂れるガキってのはわかった。でもなぁ、限度があるだろ。よりにもよって『あの名』を口にするとは……」


「あの名……?なんでメシーー」


「言うなっ!!」


 メシアと言いかけるレントに声を荒げ、遮る。


「なんで……。なんでアイツの名前がダメなんだよ?」


「お前、記憶がないっつうのは本気なのか……。あの名を口にするやつなんざ、正気じゃねぇ。だとすりゃわけがわかんねぇな。なんで、その名と地獄の森について知ってる?」


「だって……ほんとにいたんだ……地獄の森に……。」


 レントは身体を震わせながら、涙を流す。

 決してジークスに怒鳴られたからではない。自分の知っている者の名前を……メシアの名を呼ぶことが許されないという事実に涙が出てくるのだ。


「ーーっ!!」


 明らかに、レントの態度は嘘を言っているようには見えない。

 その光景に、ジークスは驚き困惑している。


「なんで……アイツの名前を言っちゃ……アイツが何かしたのかよ。」


 仲間を否定されるのは、とても悔しいことだ。それもずっと一緒にいたいと思うほどに大事な仲間。


「ちっ、、お前がその名をどう思ってるかは知らねーが教えてやるよ。歴史の勉強だ。」


「えっ?」


 ジークスは机を強く叩き、聞き分けのない生徒に説教する教師のように、喋り始めた。



 


 はるか昔、人類が生まれる前、炎の神、水の神、土の神、風の神、闇の神、光の神の六神がこの世界をつくり出した。

 そこからだんだん神が増えていき、何千の神が支配する、神々の世界になった。


 世界が構築されていき、より高度な世界になると、神々以外の生物が生まれる。

 魚や虫、だんだんと生物は増えていき、人類が生まれた。


 そこから何千何万の年月が経過し、人類と神々が共存し生きる世界へと変わっていく。


 神もますます増え、人類も栄え、順風満帆な頃、、


 とある一人の神が、原因はわからないが悪き神へと姿を変えた。


 魔物と呼ばれる魔力を持つ怪物を生み出し、悪き神は世界を席巻する。


 魔物を連れたその神は、罪なき神も人間も、見境なく殺し、世界の大半を滅ぼした。


 しかし、現れた六の原初の神々と、異界より現れた異邦人が立ち上がる。


 長い長い戦いの末、ついにその神を打倒することは叶わず、異邦人は自分の命と引き換えにその神を地獄の森に封印した。


 封印することはできたものの、滅ぼされた世界や殺された命はもう戻らない。


 残った人類は五千人ほどであり、神々は原初の六神を含め、十二しか残らなかった。


 そこから、五千年周期で一人の神が生まれ、時代は流れていき、、


「ーー今に至るわけだ。」


「そっ……それがどう関係して……。」


「もうわかってんだろ……。お前も。」


「んなわけ……。」


「その世界を滅ぼし、地獄の森に封印された神の名が、お前がさっき言った名前だ。」


 世界を滅ぼし、封印された神の名……それはレントがよく知る、大切な仲間の名前……『メシア』だ。


「あり……得ない。んなわけ……あるかよ……。」


 この異世界に来て、初めて会った人……

 何もわからないレントにものを教え、魔物から助けてくれた大恩人であり、危険な地獄の森から抜け出す協力をしてくれたメシアが、世界を滅ぼした張本人。


 そんなこと、到底受け入れられるはずがない。


 レントは激情に駆られ、感情のままに机を叩き立ち上がった。


「んなわけねぇだろっ!!アイツが……世界を滅ぼした?なんだそれ。ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。」


「それが、この世界のガキでも知ってる常識で、確実に存在する歴史だ。俺からしたら、お前の方が常識外れのおかしいガキにしか見えねぇよ。」


「ーーっ!!」


 明らかにジークスが冗談を言っている空気ではない。それが世界の常識だとすれば、本当にメシアは世界を滅ぼした最悪の神となる。


「そんなこと……認めるわけ……。」

 

 あの優しかったメシアを知っているからこそ、レントはそれを肯定するわけにはいかないのだ。

 レントは静かに席に座ると、いつも隣で戦い守ってくれた少女の顔を思い出す。


「アイツが……そんなこと……いや、」


 《いや、待て。じゃあなんで、メシアはあの森にいたんだ?なんであんな魔物だらけの危険な森に……。なんで、あんな女の子が強いんだ?なんで、あんな異邦人に詳しかった?》


 最初から疑問点はいくらでもあった。

 そもそも、あんな危険な地獄の森にいる時点で、怪しむべきだったのだ。

 レント達異邦人にやたら詳しいのも、あの脅威の魔物を倒す強さも、全てが疑問に変わる。


「なんでっ………!!」


 《なんであの時、俺についてこなかった?》


 もし、ついてこなかったのではなく、『ついてこれなかった』だとしたら、、


 《全て繋がっちまう。アイツは森に封印されてて出れなくて、あの強さも世界を滅ぼす力がありゃおかしくない。異邦人に詳しかったのも……自分を封印したのが異邦人だったから……。》


 嫌な想像が膨れ上がり、レントは顔を机に突っ伏して震える。


「やめろ……。そんなこと、くそっ!!」


 メシアを知っているレントは、どうしてもそんなことをするとは思えない。

 しかし、全て辻褄が合ってしまうのも事実。

 レントの頭の中では凄まじい葛藤が繰り広げられ、もはや脳の処理が追いつかなくなっている。


「でも……もしメシアが魔物を生み出したってんなら、なんで魔物はメシアに襲いかかった?イラもメシアを殺そうとしてた……。」


 脳処理が追いつかない状態で行き着いたところは、魔物についてだ。

 もし、メシアが魔物を生み出したのだとしたら、いくらレントを始末するためとはいえ、生みの親に襲いかかるだろうか?


「そうだ……。俺はまだ何も見てないんだ。自分の目で耳で確認するまでは認めない。絶対にまた地獄の森に言って、聞き出してやるっ!!」


 レントは頭を上げ、真剣な眼差しでジークスを見た。


「ちっ、んだよ。」


「どうやったら地獄の森に行ける?俺はどうしても行かなくちゃいけないんだ。詳しいことは言えない……だけど、俺は絶対に……」


「あぁ、わかったよ。見てりゃわかる。地獄の森……信じられねぇが嘘じゃねぇんだな。」


 初めてジークスは真剣にレントへ向き合い、その話を、レントの言葉を肯定する。


「うん。嘘じゃない……。だから教えてくれ、地獄の森への行き方を。」


 レントが決心して、ジークスに質問すると、ジークスはバツの悪そうな顔で、、


「確かに信じてはやるが……行き方なんてねぇよ。不可能だ。あんな場所に行くのは。」


「不可能?どこにあるの?」


 レントは地獄の森から転移装置を使ってここまで来たため、どこに地獄の森があるのかわからない。


「上だ。」


 ジークスは上……空を指差した。


「上?」


「空高く、雲を越え、世界の次元の膜を超えた先にある。」


「そっ空……!!」


 まさかの、地獄の森は空高く。次元を越えた先にあるという。

 それはつまり、、


「あっちの世界でゆう宇宙空間みたいな感じか……。」


 そう考えると、レントは先程から宇宙から来たと言い張っている子供のように見えていたのだろう。


「じゃあ……完全に、もう行けないのか……。」


「いや、確実に無理というわけじゃねぇよ一応な。」


「え?」


 あからさまに気分を落とすレントを見て、ジークスはため息をつきながら話を続ける。


「ただ、ほぼ不可能に近い理由が二つある。」


 ジークスは2本の指を立てると、、


「一つは、行くまでの設備を整えるのに、莫大な金がかかる。」


「莫大な金?」


「あぁ。なんせ空高く飛んで、次元を超えるんだからな。金はとんでもないくらいかかるぞ。」


「どっどんくらい?」


「まぁ、ざっと聖金貨八百枚ってところか」


 聖金貨が八千枚……あまりに現実味のない数に、レントが恐る恐る計算すると、


「はっ八百億デウス……。」


 ほとんどの人間が一生働いても、稼げないほどの額である。


「で、これより難しい理由が、『六王神教会』だ。」


「宗教か……。」


 レントが元いた世界でも宗教の力は絶大だ。戦争を引き起こす引き金になるくらいである。


「世界をつくり出した六の原初の神を信仰するのが、六王神教会だ。で、その六王神教会は絶大な権力を持ってる。世界の全ての国家権力を覆すほどのな。」


「は……はぁ?意味わかんねー。国家権力を覆すって……。まるで世界全ての人間が六王神教信者みたいな言い方……」


「あぁ、その通りだぜ。全てとは言わないがほとんどの国、人が六王神教なんだ。まぁ後は俺みたいにどの神も信仰しないやつだな。六王神教会が世界の意思で、それに歯向かうってのは、世界中の国を敵に回すことになる。」


「んな無茶な……。」


 再びレントの常識では考えられない異世界の常識だ。

 元いた世界での社会科の授業で、宗教については習っているため、その異様さに違和感を覚えてしまう。


「まぁそれで、教会が、地獄の森への立ち入りを禁止してる。立ち入れば死罪、立ち入ろうと計画しても死罪、その計画の関係者も全員死罪だ。お前がさっき言った名前を教会の関係者に聞かれていれば、最悪極刑になってたかもな。」


「なっ……なんだそりゃ……!!」


 横暴すぎる……とも歴史を聞いた後では言い難いため、困ったものだ。

 一つ目の理由はレントの頑張り次第ではなんとかできるかもしれないが、二つ目の理由に関してはどうやっても突破できる方法が見つけられない。

 国以上の権力を持つ教会……そのレベルだと、とてもじゃないが地獄の森行きの計画を隠し通すのは難しいだろう。


 手段があるとすれば、


「教会のやつを仲間に取り込むか……教会に入って潜入工作を行うか……あとは……」


 どちらも現実的とはとてもじゃないが言えない。

 一番、現実的な方法で言えば、、


「賄賂か……。」


 金で、教会を操作することだ。

 しかし、国以上の権力を持つ教会を動かすとなれば、それこそとんでもないほどの金が必要になってくる。

 国家予算をゆうゆうと超えるほどの。


「ちなみにぃ、教会の運営資金とかわかります?」


「一傭兵がわかるわけねぇだろ。」


「ですよねぇ。」


「まぁ予想だが、ざっと聖金貨一万枚は越えぐらいだろうな。」


「いっ一万枚……。」


 ジークスが言った額……聖金貨一万枚。

 これを計算し、デウスに換算すると、、


「千億デウス越え……。」


 もはや、自分で言っていて馬鹿らしく思えるほどの金額。メシアに出会うためだけに、レントはそれを集めなければならない。

 世界を敵に回すかもしれない……だが、、


「世界に喧嘩を売ろってか……全部で、1800億デリス。へへっ……。上等だよ。稼いでやる。」


 気の遠くなるほどの額だが、レント口角を上げてニヤリと笑い、拳を強く握り締めた。

 中学生でことの重大さを理解していないわけではない、どれだけ難しいことなのか、理解した上で、レントは諦めていないのだ。

 そのことを、前のジークスも重々承知しており、、


「本気か……?お前。」


「マジよ。マジ。」


「ふん。まぁうまくやれよ。」


 普通ならバカにするところだが、ジークスは驚いた後にニヤリと笑い、レントの覚悟を認めた。




 レントの目標金額まであと……1800億デリス。




 

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