2.念願
その斬撃の勢いは止まらず、背後にあった木々さえも両断する。
「まっマジか……。」
その凄まじい力と光景に、レントは思わず息を呑んだ。言葉もあまり出ない。
剣一振りで、魔物はもちろん、木々をも両断し、地面をも斬撃の跡にえぐっている。
「あぁ、やりすぎちまったな。」
男は困った顔をして、後ろ髪をわしゃわしゃとかきながら、大剣を鞘にしまった。
「おい、小僧、魔物は叩き斬った。なんか言う事はねぇのか?」
そのぶっきらぼうな男は、口をぱくぱくさせ驚きっぱなしのレントをジロリと見る。
「あっ、、ありがとうございました。おっさん。」
「おい、助けてもらっておっさんはねぇだろ。」
ようやく、正気に戻ったレントがしっかりと感謝を述べ、男に近づくと、デカい男の手を両手で握った。
「ほんっと助かりましたよぉ。おっさんがいなかったらたぶん俺今ごろ死んでましたって!!」
「ったく、迷惑かけやがってガキが。」
男は舌を打ち、怪訝そうな目つきでレントをジロジロ見ると、もう一度舌を打つ。
「おいガキ、ついて来い」
「え?」
男は軽々とレントを持ち上げ、肩に担ぎ歩き出した。
身長2m近い男の肩に担がれ、レントは「うおっ」という驚いた声を出してしまう。
「あの……。おっさん?」
「おめぇ、親は?」
男はレントを担ぎ歩きながら、ぶっきらぼうにそう尋ねる。
「親……親はもう死んでますよ。」
「ちっ、、そのボロ雑巾みてぇな服で大体察しはできたが……やっぱり『孤児』か。」
「孤児?」
男の言う通り、確かにレントの着ている服は擦り切れ、ぼろぼろであり、ボロ雑巾のようだ。
地獄の森帰りでぼろぼろのレント、側から見れば孤児にしか見えない。
「ずいぶんと顔色わりぃし、歩くのもやっとだろ。どんぐらい飯食ってないんだ?」
「いや、あの……。」
実際レントはしっかり食事をとっているし、顔色が悪いのはおそらくアニマの酷使による疲労が原因だ。
しかし、そんな事情を知らない男からすれば、ぼろぼろな服を身にまとい、食事にありつけないかわいそうな孤児にしか見えないだろう。
つまるところ……
《勘違いしてんな、このおっさん。》
「いや、あのぉ、別にそーゆうわけじゃ……」
《いや待て……ここは乗っとくか。そうゆうことにしとこう。》
「いや、そうなんですよぉ、全然飯食えなくて……魔物の肉食べたりしてなんとか命繋いでました。」
地獄の森では実際そうやって命を繋いできたので、嘘は言っていない。
「魔物の肉……ねぇ。」
男は顔は先程より怪訝になり、先程より機嫌が悪くなった。
《やべぇ、なんかまずいこと言ったか!?》
「いっ……いやぁぁ、魔物の肉なんて全然美味しくないっすよぉぉ……。」
自分の間違った答えを訂正しようとするが、いかんせん何が男を刺激してしまったのか分からないため、とりあえず適当に訂正をする。
「だろうな。」
「あの、おっさんは……」
「俺は、ジークスだ。傭兵をやってる。ガキは?」
「俺は……
「んじゃあ、レント。なんでお前こんな森の中にいた?」
「え、それは……」
《どうする?俺が異邦人ってこと、正直に言っちまうか……。いや……面倒ごとに巻き込まれんのはごめんだからなぁ……》
異界からやってきたアニマを持つ異邦人なんて、正直にバラせば、当然権力者などが群がってくるだろう。
最悪……
《飼い殺しにされるか……。》
「それはっすねぇ……。俺もともと地獄の森に住んでてぇ、気がついたらこの森にいたんですよ。そこらへんの記憶ない……ないんですよねぇ……へへ……。」
《記憶ないってのは嘘だが、地獄の森にいたのは真実だからな……嘘をつく時は真実を混ぜながらついた方がいいって誰かが言ってた。》
テレビだか、漫画だか、何かで得た知識をそのまま採用し、『地獄の森にいた』という真実を織り交ぜ、嘘をつく。
今いる場所の詳細や内情を聞き出すためには、記憶がないということにした方が何かと都合がいいのだ。
しかし……
「あぁ?地獄の森だぁ?」
『地獄の森』という単語を出した途端、ジークスの機嫌はますます悪くなっていく。
《そっちもダメなんかい!?》
「いや、そのぉ、なんとゆうか……。」
やはり、常識など、この世界についてほとんど知らないレントが上手く誤魔化せるはずもないのだ。
言葉が詰まり、あたふたしていると、ジークスはため息を吐いて、
「ちっ、話したくねぇなら無理に話さなくてもいい」
ジークスはレントの怪しさに怪訝な顔をしつつも、話を流した。
「とりあえず、街まで連れてってやる。」
「えっ!?マジすかっ!!」
「あぁ。」
街……この世界に来てずっと求めていたもの。
レントの目標の一つであり、モチベーションだった街をようやくその目で拝むことができる。
あまりの嬉しさに涙さえ出てきてしまう始末だ。
「ようやく……ようやく街に……!!」
――――――――――
「ほら、見えてきたぞ……街だ。」
レントと出会ってから数十分、レントを肩に担いだ状態で歩き続け、森を抜けた先の平原を歩いていたジークスが、指を指す。
「ほっ……ほんとに……街がある……!!」
ジークスが指差す先には、今度こそ自然のものではない人によってつくられた建設物が立ち並ぶ『街』があった。
「そっそれもでけぇし、都会っぽい!!」
レントが想像していた場所は二パターン。
小さい家が並び、そこまで発達していない村のような場所。
デカい建物が並び、そこそこの文明が発達した本当の街のような場所。
今見えるものは明らかに後者の方だ。
「すっすげぇ!!マジ感動だぁぁ。」
「おっおい、暴れるな!!」
感極まり、ゆさゆさと身体を動かすと、ジークスからのお怒りの声。ジークスに担がれていることをすっかり忘れていた。
「街に入る時、検問所を通る。お前は気を失ったふりしとけ。」
「わっわかりました。」
そこからさらに少し時間が経過し、ついに街へ入る検問所に到着。
レントが言われた通り、気を失っているふりをしていると、、
「ジークスさん、その子供は?」
おそらく街に入る者の調査を行うための兵士らしき者が、ジークスの名を呼び近づいてきた。
「森で倒れてた。たぶん孤児だ。」
「そっ……そうですか……孤児……。」
兵士も『孤児』という言葉に反応し、痛ましげな表情を浮かべる。
「まぁなんだ。こいつに飯でも食わせてやりたい。」
「わかりました。通っても大丈夫ですよ。」
検問する兵士が通る許可を与え、ジークスはレントを肩に担いだまま検問所を通り、街の中に入っていった。
「あの……これいつまで気ぃ失ってればいいんすか?」
ジークスが街へ入り歩いている中、レントはずっとジークスの肩の上で目を瞑り気を失ったふりをしていたが、聞こえてくる懐かしい人々のガヤガヤした喋り声……ついに耐えきれなくなったレントはジークスにこっそり耳打ちする。
「おぉ、もう目ぇ開けていいぞ。」
ジークスの許可がおり、レントがついにその目を開けると、
「ーーっ!!!」
そこにはレンガ造りの地面、石材や木材で建てられた家が立ち並び、THE・異世界という感じの中世ファンタジーな街並みが広がっていた。
「すっすげぇぇーーっ!!こんな街見たことねぇっ!!」
レントはジークスの肩の上で大はしゃぎだ。
「おっおいっ!!暴れんなってつか元気ならもう降りろ。」
再びジークスに怒られ、肩の上から地に降ろされる。
ついに、レントは異世界の街の地面を踏んだのだ。
街を歩く人々は、青髪やら金髪やら、茶髪、赤髪、いろいろな髪色をしていて、黒髪は逆になかなかいない。
レントが元いた世界にも、髪を染め奇抜な髪の人間はたくさんいたが、この世界の人々は皆これが地毛なのだろう。さすがはファンタジーというべきか。
しかし、レントを驚かせたのはそこではない。
最もレントを驚かせたのは、、
「あっあの人……猫の耳が生えてる……!!あっちの人は犬耳!?」
街を歩く人々の中には、ウサギやイヌ、ネコ、いろんな動物の耳や尻尾を生やした者がいる。
「あっあのお姉さん羽生えてんじゃん……!!」
中には腕に羽毛が生え、鳥のような足をした人も……
驚きすぎて声も出ないレントが、その鳥人の美人を凝視していると、こちらに気づいた鳥人が笑みを浮かべる手を振った。
「あっ……。」
凝視していたのがバレた恥ずかしさで顔を赤くし、レントは頭をさげる。
「おい……お前どんだけ田舎から来たんだ……?」
レントのはしゃぎっぷりにドン引きしつつ、ジークスは今にも破けそうなぼろぼろのパジャマのえりを掴み、強引にレントを引っ張った。
「だから、地獄の森から来たって言ってんじゃないすかぁ」
「あぁわかったわかった。地獄の森な。」
子供の冗談を聞き流す親のように、レントの話をまともに聞こうとしない。
ジークスはめんどくさそうな顔で頬をかくと、その大きな手をレントの頭に乗せた。
「まず、レントお前は大人しくしてろ。目立って仕方ない。」
「まぁ、そりゃあ……」
周りの人々は皆鮮やかな色の髪、レントの黒髪は少々目立つ。
しかし、それよりも目立つのは、、
「とりあえず、その服なんとかしねぇとな」
「ですよねぇ。」
周りの人々の格好は鎧であったり民族衣装のようなものであったり、ローブであったり……様々な者がいるが、さすがにパジャマはいない。
それも危険な森を彷徨っていたため、血やら泥やらで汚く、擦り切れぼろぼろだ。
奴隷やら孤児やらと言われても否定できない格好である。
「仕方ねぇ。ついてこい」
ジークスはため息を吐き、レントを連れてある店へ連れていった。
直径50cmほどの木板に服のような形が彫られた看板がかけられた建物。
そこの扉を開け、ジークス達は入っていく。
「いらっしゃい。」
そうお出迎えしたのは、優しそうな少し太っている中年の女の人。
おそらくこの店の店主であり、レントを見ると、検問の時の兵士のような顔をする。
「あら、その子……。」
「安いのでコイツに合う服をくれ。」
「わかったよ……。ちょっと待っててくれ」
店主はそう言って、奥の部屋へ行ってしまった。
見た目が見た目なだけに、仕方ないのだろうが、皆レントを憐れんだような顔をするのだ。
街を歩いていて、たくさんの視線を向けられたが、ほとんどが先程の兵士や今の店主と似たような顔をしていた。
「存外異世界人は優しいのか?煙たがれる覚悟してたけど……。」
この街に来た時からレントは軽蔑や嘲笑される覚悟はあったが、実際そうゆうのは少ない。
だからこそ、違和感があるのだ。
「今のこの国じゃ、お前みたいなガキはごまんといやがる。確かにそれを疎ましく思うやつもいるが……全員じゃない。」
「今の国?」
国……レントが聞きたかった情報だ。
この世界の常識もそうだが、そもそもレントは今いる国の名前すら知らないのだ。
「お前、知らないのか……。この国は」
「ほら、おいで。採寸するから。」
ジークスがこの国について解説しようとした時、タイミング悪く、店主が木でできたものさしを持って奥の部屋から出てくる。
店主の手招きに応じレントが近づくと、店主はものさしを使ってレントの身長やらウエストやらを計り始めた。
採寸が終わり、店主はレントのサイズに合った服を選び出す。
「こんなのどうだい?」
選び出された衣服は、レントがまだ元いた世界にいた時、社会科の授業で習ったポンチョと呼ばれる南米の民族衣装に似ている。
雨具のカッパを布にしたような感じだ。
あとは、下に履く独特な模様が描かれたブカブカなショートパンツと、シャツも出された。
「あぁ、これでいい。いくらだ?」
「4800デウスだよ。」
《デウス?この世界の通貨名か。》
すると、ジークスは懐から包みを取り出し、そこから鉄らしきものも銅らしきものでできた硬貨を出すと、
「4800デウスだ。」
「ありがとうね。」
異世界で初めて見る金の取引。全く見たことのない通貨が使われていて、紙幣は無く硬貨しか出なかった。
「なるほど……この世界じゃ全部硬貨なのか。」
「ほら、ぼさっとしてねぇでそこの着衣室で服着てこい。」
ジークスが指差した先には、人一人入れる個室があり、
「わかりましたぁ。」
レントは言われるがままに個室に入ると、今着ているパジャマを脱ぐ。
「よくよく考えるとこのパジャマ、よく今まで持ったな」
脱いだパジャマは血や泥で汚れ、至る所に穴が空き、擦り切れているが、それでも地獄の森での出来事を考えると、もったものだ。
「んじゃ、お前とはこれでおさらばよ。」
そう言って、レントは新たに手に入れた服を着た。
何日も洗っていない身体に新品の服を身に纏うのは嫌だったが、仕方がない。
「ジークスさん見てくださぁい。似合ってますかぁ?」
心機一転新たな服を着衣したレントは、個室から飛び出し、子供らしくジークスに見せつけると、、
「あぁ似合ってる似合ってる。これで無駄に視線を浴びることもないだろ。」
と、ほとんど心がこもっていない返事が返ってくる。
だが、店主の方は笑顔で手を合わせ、、
「似合ってるよ!!ずいぶんとかわいいじゃないか。」
「かっ……かわいいか……。」
思わぬ感想に少し苦い顔だ。
確かに民族衣装を着た中学生という感じで、側から見れば可愛いのかもしれないが、レントからすればマイナスな感想に入る。
「んじゃあ店主、ありがとよ。」
「また来てくれよ。」
「機会があったらな。」
こうしてレントは服を手に入れ、堂々と街を歩けるようになった。
「んで、この国のことだったか。」
「あ、そうだ。この国の名前は……?」
「あぁ?んなこともしらねぇのか?」
「いやぁ、記憶がちょっと抜けてて。」
やはり、流石に国の名前すら知らないのは常識知らずが過ぎたのか、ジークスはしかめ面をしている。
そこは秘伝の奥義、記憶が無いで誤魔化すしか無い。
「ちっ、この国の名前はグラディウス王国。んでこの街がバルファルの街だ。王都の次に都会でデカい。」
「グラディウス王国……。」
当然だが、全く聞いたことのない国である。
「最近この国が、お隣の帝国と戦争おっ始めてな。戦争で親を亡くした孤児が急激に増えたんだ。」
「孤児……だからみんな……。」
「おまけに、孤児院やらに支給されるはずの国の金はほとんど軍事に回され、孤児院は潰れてく始末だ。残ってたとしても、戦争で急激に増えた孤児なんて抱えきれねぇ。」
「あぁ……。戦争ね……。」
元いた世界での小学校時代にもよく聞かされた『戦争』という単語。やはり世界は変わっても、やることは同じのようだ。
「まぁだから、この街にもお前みたいなガキが溢れかえってんだよ今。」
「んじゃあ、ジークスのおっさんは、俺みたいな孤児を見つけては助けてんですか?」
「んなわけねぇだろ。お前を助けてやったのはただの気まぐれだ。」
とは言っているものの、ジークスがレントに向ける眼差しは親が子を見るような眼差しだ。
それに気づきつつ、レントは気づかないふりをする。
「感謝しかないですよ。それに関しちゃあ」
「へっ、一生感謝してろ。」
なんて会話をしていても、腹は減ってしまう。急にレントの腹から『ぎゅるるる』という音が聞こえ、レントは顔を少し赤くした。
「ほら、腹減ってんならなんか食いにいくぞ」
そう言ってジークスはぶっきらぼうに、しかしどこか優しそうな顔でレントの腕引っ張る。
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