11.忘れないで



「いや……お願い……行かないで……やだっ!!」


 まだ脅威の怪物が眼前にいるというのに、メシアは必死に蓮永の『上半身』を抱き寄せた。


 切断された面からは、おびただしい血がドクドクと流れ出ていき、もはや生存など確実に不可能である。


「はやく……はやく……止血しないとっ!!」


 止血といっても、もはや上半身が真っ二つに斬られているため、止血のしようがない。


 それでも、メシアは諦めたくなかった。どうしても諦めようとしなかった。


「はっ!!癒しの水っ!!」


 メシアは急いで癒しの水が入った小瓶を取り出し、蓮永の水をかける。

 すると、水は蓮永の傷口を癒していく……だが、切断された下半身も臓器も癒すことはできず、流れ出た血を戻すことはできない。


 傷口は塞がり、止血はできたが、身体が真っ二つに両断されているのだ。

 どう見ても助からない。


「蓮永……死ぬの……?」


 もうメシアにもわかっていた。しかし、それを肯定したくなかったのだ。


 涙をポタポタと落とし、蓮永の身体を強く抱き寄せる。


「あぁこりゃ、ダメっぽいな……。」


「ーーっ!?」


 その時、蓮永の声が……想像しない声に驚き、メシアが蓮永の顔を見ると、蓮永の目は朧げに開いていた。


「ごめん……せっかくここまで案内してくれたのに……。」


「蓮永っ!!蓮永っ!!ダメっ!!死んじゃダメっ!!」


 泉の水の力なのか、蓮永は意識を取り戻している。

 そんな蓮永に望みをかけ、何度も何度も蓮永へ呼びかけるが、、


「ごめん……楽な方選んじまった。」


「楽……?」


「うん……。俺はメシアが死ぬところなんて見たくなかった……。だから、悪い……つらい方を選ばせちまったな。」


 蓮永にとって、生きることと、死ぬこと、どちらが楽かと聞かれれば、死ぬことの方が楽であった。


 目の前で両親を失い、何もできない自分を呪い続け生きるより、死んでしまった方がマシだと、そう思ってしまう。


 それをわかっていながら、メシアを命を捨て助けてしまった。



「貴方も……私を一人にして行くの?」


「悪いと思ってる……。でももう……」


 いよいよ意識が保てなくなり、だんだんと開いていた目にもかすみがでてきてしまう。


「蓮永……私ね、触れたものの『記憶』を見る力があるの。見て、そして与える力……。」


「記憶……?」


「そう。」


 メシアはそういって、蓮永の額に自分の額をくっつけた。


「見て、貴方も覚えていない貴方の記憶。」




 ――――――――――――



「どうだ蓮永っ!楽しいか!!」


「いや、まだ車に乗ってるだけじゃん。」


 車を運転する男が、陽気に蓮永へ話しかける。


「ちぇっ、見てみろぉ景色。綺麗だぞ。」


 男の言う通り、蓮永が景色を見ると、そこには綺麗な桜の木が広がっていた。


「まぁ、綺麗だけどぉ」


「蓮永ぉ〜、せっかくあんたの卒業祝いなのよ?もっと楽しんでよぉ〜。」


 隣に座る優しそうな女の人がそういって蓮永の頭を撫でる。


「やめろって『母さん』俺もう中学生になるんだよ?」


「それがどうしたのよっ!!」


 蓮永の母親は笑いながら蓮永をわしゃわしゃと撫でた。


「へぇ、蓮永、アンタまんざらでもない顔してんじゃん。」


「うるせーっ姉貴」


「アンタ、おねぇーさまに、うるせーとはいい度胸じゃない。」


 前部座席で悪い笑みを浮かべる姉にイラっときた蓮永は後部座席から姉の席を蹴った。


「こらっ、蓮永、椅子蹴るんじゃねぇー」


 そんな蓮永を運転する男……父親は怒った。


 どこからどう見ても、一般的な家庭のやり取りだ。

 おかしいところなど、微塵もない。


 しかし、蓮永は違和感があった。それは一体何か……。


「へへぇ怒られてんじゃん。」


「ちぇっ、うるさい。」


 《どこかでこの感じ、見たことある。》


「おっ!!蓮永ぉ見ろあの木っ見てみろ」


「うおっ、でけぇ。」


 蓮永達を乗せた車は、ある山の峠道を走っている。

 とても景色の綺麗な山だ。


「でもさぁ、卒業祝いの旅行に温泉ってどうよ?遊園地行きたかったぁ」


「ははっ!!お前もまだまだ子供だなっ!!」


「ぷっ。」


 父親の言葉に、姉は吹き出し笑い、蓮永は恥ずかしさのあまり顔を赤くしている。


「ちっちげーし、遊園地のあのマスコット的なやつの、身ぐるみ剥がしにいきたかっただけだしっ!」


「ははっ、なんだそりゃ」


 《知っている。この会話、この景色、俺は知ってる。》


 車は峠道を登っていき、温泉へ向かっていっていた。


「ふふっ、子供だけど、もう中学生かぁ」


 隣で母親は穏やかな顔で、必死に言い訳を考える蓮永を見守っている。


「母さんまでっ!!もうっ!!」


 《そうだ……この後……ダメだ。この旅行で、父さんと母さんはっ!!》


「まぁ、俺的には温泉の方が良かったかもね。遊園地なんかより」


「ははっ、アンタさっきと言ってること真逆じゃん。」


 《やめろっやめて……それ以上、話すなっ!!進むなっ!!じゃなきゃっ!!》


「おっ、そろそろ着きそうだぞ。蓮永、この峠すぎて、少し走ったら宿に到着だ。」


「やっとかぁ〜」


 蓮永達が乗る車が峠道を越えようと、最後のカーブに差し掛かった時、、


「嘘だろっ!!逆走してっ!?」


 前から、暴走した車が対向車線を逆走し、蓮永達の乗る車へ突っ込んで来た。


「くそっ!!」


 蓮永の父親はそれを回避するために、急ハンドルをするが、間に合わない。

 逆走する車が蓮永達の乗る車に突っ込み、そのまま押し出され、ガードレールを突き破り、崖から落ちていった。


 

「ぁ……。」


 強い衝撃で意識が朦朧とする中、確かに蓮永は見ていた。


 車は完全に破壊され、燃えている。


 その中から血まみれの母親が必死に蓮永を車から連れ出している光景を……。


 《これは……俺がまだ救助される前の……まだ、母さんが生きてる時の記憶……。こんな記憶、知らない……これが俺が覚えてない記憶なのか?》


 蓮永が覚えている記憶は、救助隊に助けられ、すでに両親は死亡が確認された後の記憶だ。


 しかし、確実に存在する記憶。この時、蓮永は朧げながらも見ていたのだ。


「蓮永……貴方は……私達の大事な子……。」


 《母さん……ダメっ死ぬなっ!!死ぬな母さん。》


 蓮永を燃える車から出した母親は、車のガラスの破片や、座席の部品が身体中に突き刺さり、衝撃で足や片腕も潰れている。


 すでに父親はもう頭を打ち付け死んでおり、姉はどこにもいない。


 生きているのは、母親だけだ。


「蓮永、生きて。お願い、貴方だけは、生きてっ」


 母親は、もう機能しない身体を精一杯動かし、蓮永を抱きしめている。

 血と涙を流しながらも、我が子を必死に抱きしめ、朧げな蓮永の頭を撫でた。


 《そうだ。母さんはずっと、そうやって、ずっと抱きしめて、俺を守ってくれてたんだ。》


 落下している時も、ずっと蓮永を抱きしめていた。衝撃で手足が潰れようが、破片が身体に突き刺さろうが、ずっと蓮永を抱きしめていたのだ。


「あぁ、蓮永、貴方はちゃんと成長して、結婚して、幸せになってね。」


 《ダメ……やだっ!!死なないで、母さんっ!!》


「それが、私の……望み。愛してる……よ。れん……と。」


 母親は蓮永を胸に抱きながら、静かにその命を引き取った。


 母親は自分の命を失ってまで、我が子の命を守り抜いたのだ。



 ――――――――――――



「母さんは、俺に……生きてって……。」


 メシアが額を離すと、蓮永の意識は現実へと引き戻される。


「ひでーよ……メシア。あんなの見せられたら、死にたくなくなるじゃん。」


 蘇った記憶の中の蓮永の母親は、最後まで蓮永が生き延びることを祈っていた。

 しかし、引き戻された現実の蓮永はもう助からないという現状。


「ごめんなさい……蓮永、でも生きることを諦めないで。貴方のお母さんも、そう思ってた。お願い、生きるのを諦めようとしないで。」


「俺だって死にたくない……ずっとメシアといたい。母さんの命を無駄にしたくない……でも、もう……」


 もう無理なのだ。

 今生きているだけで奇跡だというのに、ここから生きるのはもう叶わない。


「それでもっ!!」


「死にたく……ない……。死にたくないよ。まだ。死にたくないっ!!」


 命を落とした母親のためにも、それを伝えてくれたメシアのためにも、死にたくなかった。

 涙を流し、己の死を全力で否定した。


『死にたくない』と……。


 どうしようもないということくらい、蓮永自身もわかっているはずなのに、それでも諦められない。


「俺は……『生きたい』よ。」


 蓮永が涙を滲ませた声で、心の底からの本心を言うと、、魂が反応する。


 蓮永の魂……時計の形をした魂だ。


『生きたい』という蓮永の意志に応えるべく、魂の時計はその秒針を戻した。


 秒針はカチカチと戻っていく。


 すると、流れた血液が、切断された下半身が、舞い戻ってきた。


 まるで、身体が元に戻っていくかのように……


「これは、俺の身体の時間だけが逆再生してる。」


 メシアにかかった血も、白い花にかかった血も、全て蓮永の身体に戻っていき、両断されたはずの身体が元通りくっついた。


 蓮永が両断される前の身体へ時間が戻ったのだ。


「世界の時間は戻ってない……俺の身体の時間だけ戻った……。」


 呆然と切断された場所を触れるが、傷一つない。


「新たな……俺のアニマ……物体だけの時間を戻す能力。」


「蓮永……。」


 いきなりの出来事に二人の脳は追いつかず、少し呆然としていたが、すぐに理解した。


「はっはは……。俺、まだ生きてるみたいだ。」


「蓮永っ!!よかったわ。本当によかった!!」


 メシアは、そんな蓮永に抱きつき、たくさんの涙をこぼす。


 新たに目覚めたアニマの力が蓮永の命を救ったのだ。


「よかった。よかったよ蓮永。生きててくれてありがとうっ!!」


「ありがとうってのは、こっちのセリフだメシア。お前が記憶を蘇らせてくれたおかげでまた生きたいって思った。」


 抱きつき、むせび泣くメシアの頭を撫で、空を見上げた。


「母さん、父さん、俺、絶対幸せになってやる。」


 最期の母の願いは幸せになること。

 蓮永は異界の空に向けて、『幸せに生きる』と誓った。



 ――――――――――



「そういえば、あのバケモンどこ行った?」


「わからないわ。いつのまにか消えてた。貴方を殺した後、なぜか私には目もくれないでいなくなったわ。」


「なに、じゃあやっぱ、アイツの狙いは俺かよ。」


 なぜ、蓮永を殺そうとして、メシアには目もくれなかったのかは分からないが、運が良かったということにした。


「結局あの、イラって魔物はなんなの?」


「全ての魔物の起源……七つの最強の魔物の一体、それがイラよ。」


「最強って……どんだけやばいのこの森。んじゃあ、イラ以外の最強の魔物達もこの森にいるの?」


「いないわ。ここに残っているのはイラだけ。他のは皆世界中に散らばってるわ。」


「あんなのが七体とか、やばすぎじゃねーか。てか、そんなのと鉢合わせる俺も……」


 最強の魔物……なんていう化け物と異世界にやってきて早々戦うことになるとは、蓮永はやはり運がとても悪いのか……。


「いや、たぶん運じゃねーよな。明らかに俺を狙ってたもんな。」


「イラは本来、この森にある地獄門の門番みたいな感じなのよ。だから、こんなところにいるのは普通あり得ない。だから、たぶん偶然ではないわ。」


「んじゃぁ、またアイツとやり合うかもってことか……。」


「そう……なるかしらね……。」


 やられっぱなしというのは、嫌なものである。

 一瞬で再生されたものの、ヒビを入れることはできた。成長し、アニマを鍛え上げれば勝つことだってできるかもしれない。

 蓮永はニヤリと口角をあげ、

 

「今度は勝つ。」


 勝手にイラをライバルに認定し、いつの日か必ず勝つと宣言する。



「さて、とっととこの森から出るか。」


「そうね。」


 二人はようやく進み、まっすぐに歩いていった。



 そして、ついに……


「着いたわ。」


「やっとっ……てあれ、どこが出口よ。」


 辺りを見ても、森を抜けられる気配はない。あるのは石碑くらいで、景色はずっと森だ。


「この森は普通に入ることも出ることはできないわ。そこにある石碑が、入り口と出口の役割よ。」


「えっどゆこと?」


 メシアが指差したのは、森の中にポツンと佇む古い石碑である。


「その石碑は、触れたものを転移させる仕組みになってるの。どこに飛ぶかは分からないけど、少なくともここよりは安全なところよ。」


「それって、いわゆるワープ装置かっ!!」


 ワープ……蓮永が一度はやってみたかったことの一つだ。


「んじゃっ、早速。」


 蓮永が躊躇いなく、その石碑に触れると石碑は光だし、蓮永をワープさせる準備を始める。


「ほら、メシアも。」


「……。」


 蓮永はメシアの手を握ろうと手を伸ばすも、メシアは全くの無反応だ。

 黙っていてなにも喋らない。


「メシア?」


「ごめんなさい。」


『ごめんなさい』この言葉で、全てが察することができた。しかし、察することはできても、納得することはできない。


「なんで……?一緒に行こうぜ。こんなおっかない森から出てさっ!!」


「蓮永、私は貴方とは一緒に行けない。ここが、私の居場所だから……。」


「居場所……?」


「そう……。この森が私の帰るべき場所なの。思い出の……場所なの。」


 元々メシアは蓮永を出口に案内していただけで、メシア自身は森を出るつもりはなかった。

 最初から初めて会った時から、メシアはこの森の住人だったのだ。


 とても悲しい顔をしている。

 そのメシアの顔は一体誰に向けられたものなのか……それは分からないが、メシアの意志は尊重しなければならない。


「そうか……。わかった。俺、メシアとならこんな森でも暮らしたい。だけど、たぶん今の俺じゃ、この森で生きてくことはできねぇー。きっとお前に迷惑をかける。だから、もっとアニマを鍛えて、強くなって、また戻ってくる。」


 固い意志を持って、蓮永がメシアの手を両手で握ると、メシアは少し驚き、数秒後、涙を流し始める。


「ありがとう……きっと……いや、絶対にまた会えるわ。だから、だから私を忘れないで。また会えるその時まで絶対に忘れないで。」


「へっ、忘れられねーよ。絶対に忘れない。」


 転移装置の準備ができて、蓮永の体も光り出した。

 メシアとの別れの時間がやってくる。

 それでも、強くメシアの手を握り続け、笑顔のまま、森から蓮永は消えた。




 出会った仲間メシアと別れ、少年レントはまた新たな冒険へ進んでいく。


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