9.冒険


 蓮永とメシア、二人の共闘が始まった。


 相手は、鋭いツノを持つシカの魔物数匹と、デカい牙を持つカバの魔物一匹。


「ゴロロロロっ……。」


「シュゴーーッ!!!」


 どちらの魔物も唸り声をあげ、臨戦体制に入っている。蓮永の肉を食らいたいのか、その口からは唾液がダラダラと垂れ流しだ。


「メシア、俺が先に時間を止めてなるべく倒す。」


「わかったわ。」


 3秒という短い時間をどう有効に使うか……それが戦闘の肝となってくる。


「止まれ、時間。」


 蓮永がアニマを発動させると、世界の時間は止まる。


 時間が止まった瞬間、物理法則を無視した蓮永は一瞬でシカの魔物に近づき、持っているナイフでその喉を掻っ切った。


 もうすぐで、1秒が経過してしまう。


 だがまだ解除せず、


「てめぇーもだっ!!」


 解除する寸前で、隣にいたシカの魔物にナイフをぶん投げる。


 蓮永がナイフを投げつけると同時に、アニマを解除し世界は動き出した。


「メシアっ!!ここの魔物はやった。あっちを頼むっ!!」


 世界が動き出した瞬間、蓮永がカバや残っているシカの魔物の方向を指差し、指示を出すと、、


「わかったわ。」


 蓮永の指示を聞き、指差した方向にメシアは風の魔法を放った。


 蓮永のすぐ隣にいる、まだ生きているシカの魔物が蓮永をそのツノで串刺しにしようと突っ込んできているが、


「バァカ……気づかないだろうな。俺がさっき投げたナイフによ」


 アニマを解除する直前に投げたナイフは突っ込んでくるシカの魔物の脳天に突き刺さる。


「ぐきゅうういぃぃっ!!!」


 そんな断末魔をあげ、ナイフの刺さったシカの魔物は真っ赤な血をぶちまけながら倒れた。


「ナイフは返してもらうーーーー」


 蓮永が投げたナイフを回収しようとした瞬間、死角から別のシカの魔物が蓮永へ突っ込んでくる。


「っぶねぇーっ!!」


 なんとか危機一髪で、それを回避するがその際、鋭いツノが蓮永の頬を擦ってしまう。


「ちっ、何匹いんだよ。このシカども。」


 頬から垂れる血を拭い、辺りを見渡すと、まだ何匹もシカの魔物が残っていた。


「蓮永、大丈夫?」


 向こうで、風の魔法を使い戦っているメシアがこちらを気に掛けるが、蓮永は首を振って、、


「余裕だぜぇ。こんなの」


 当然そんな余裕なわけはないが、格好つけて見栄を張りたいのだ。


「………。わかったわ。貴方を信じる。」


「どうも。」


 少し、心配そうな顔をして、それでもメシアは蓮永を信じて自分の戦闘に専念する。

 自分を信用してくれるメシアを見て、場違いな笑みがそこに溢れ落ち、口角をあげた。


「さて、あと俺が時間を止められるのは2秒。残ってるシカの魔物はざっと四匹か。」


 蓮永が倒さなければならない魔物は、周辺で蓮永を囲むようにいる四匹。


「ずいぶんとまぁ、多いよねぇ。」


 四匹のシカの魔物は蓮永を囲み真っ赤な瞳孔で睨みつけている。

 蓮永は恐怖に震える手を無理やり押さえつけ、口角をあげ続けた。


 その次の瞬間、シカの魔物達が同時に蓮永へ突っ込んでくる。


「へっ、このシチュエーション、前にもあったなァッ!!」


 以前は二匹の魔物が前後から襲いかかってきた時、その時はメシアがいたが、今はいない。


「だけど、なんとかしてやるよ。」


 蓮永を食おうと、その鋭いツノを向け同時に突っ込んでくるシカの魔物。


 もうすぐ近くにまで迫っているが、まだ動かない。

 蓮永は最大限にまで神経を集中させ、頬から汗を流しながらタイミングを見計らっている。


 そして、そのツノが蓮永へ届く寸前で、姿勢を思いっきり下げると、一匹のシカの四足の間に滑り込んだ。

 うまく四足歩行を利用し、そのシカの四足の間から抜け出した蓮永は、そのまま一直線にナイフが突き刺さったシカの魔物の方へ走る。


「やっぱ、馬鹿だったな、」


 蓮永という標的が突然消え、それでも突っ込む勢いは止まらず、シカの魔物達はお互いをそのツノで刺した。


 その間に、蓮永は先程回収し損ねたナイフをシカの魔物の亡骸から強引に抜き取る。


「ちっ、汚ねぇな」

 

 地面の上で滑り込み、抜き取った時の魔物の返り血を浴び、蓮永の着ている服はもうぼろぼろで汚い。


 その泥と血に塗れた服で、ナイフに付着した真っ赤な血を拭う。


 「んで、さっきの奴らは……。あれで死んでないかなぁ。」


 先程蓮永を囲んでいた魔物達が、お互い刺しあい、あわよくば全滅していることを願うが、残念ながらそうはいかない。


 一匹はツノが首に刺さり死んでいたが、あと三匹は体に穴が空き血は流れているものの、生きている。


「そりゃぁ、そううまくはいかないよな。」


「グルがララララァァァァッ!!!」


 シカの魔物達は、嵌められた怒りからなのか、すごい形相で睨みつけて咆哮した。

 とんでもなく怒り狂っている。


「俺にあたんじゃねーよ。お前らが勝手にやったことだろう?」


 当然、そんな蓮永の言葉が通じるはずもなく、魔物達は一斉に蓮永に飛びかかっていった。

 今度は並列して襲いかかってきているため、先程と同じ策は取れない。


「時間よ止まれ。」


 仕方なく蓮永はアニマを発動させ、時を止めると、近くにあった木を蹴り、簡単に真っ二つにへし折れた木をシカの魔物達へ投げつけた。


 これで1秒半が経過……


「動け。」


 投げつけた瞬間にアニマを解除させ、ギリギリ3秒に到達する前に、世界の時間を元に戻すことに成功する。


 ギリギリで投げつけた木はそのまま、突っ込んでくるシカの魔物達に直撃し、押し潰した。


「はぁはぁ、はぁ、疲れた。まだ立てるけど、だいぶ危なかったな。」


 これでようやく、蓮永が倒さなきゃいけない魔物を全滅させることはできた……と思いたいが、、


「嘘だろぉぉっ!!どんだけお前らは執念深いんだよ。」


 一匹だけ、前足や頭半分を潰されながらも生きながらえたシカの魔物が残った一本のツノを向けている。


 潰されなかった後ろ足で思いっきり地面を蹴り上げると、そのまま蓮永へ突っ込んだ。


 万全な蓮永ならこれを回避できたかもしれないが、今の蓮永はアニマの行使によりかろうじて歩ける程度。


 回避する体力など残っていない。


「ちっ。」


 メシアはまだあちらで戦っている。

 ならば………。


「俺がやるしかねぇーよな。」


 突っ込んでくる魔物に対し、蓮永は真っ向からナイフを構え、、


「ウリャァァァァッ!!!」


 そのツノに串刺しにされる寸前に、そのナイフを魔物の首へ突き刺し、首から吹き出る返り血をたくさん浴びた。


 それでも魔物は死なず暴れるが、蓮永も刺したナイフを離さず、力を込め続ける。


「グガラララリユゥゥゥッ!!!」


「ンアアアァァァァッ!!!」


 お互い、必死にもがき、暴れる魔物のツノが蓮永の首や、顔、腕を擦り、傷つけるがそれでも諦めずにナイフを強く首に刺し込む。


 そしてついに、、決着がつく。


 その決死の攻防を制したのは、蓮永であった。


 ただでさえ瀕死だった魔物は首に深くナイフを刺され、大量の血を吹き出しながら、ようやく絶命する。


 力尽きて魔物が倒れ込むと同時に、蓮永も全身の体が抜け、その場にへたり込んだ。

 持っているナイフや服からは浴びた大量の返り血が地面へ滴り落ちている。


「はぁはぁ、はぁはぁはぁ、ふぅーーっ、はぁはぁ。」


 下手をすれば死んでいたかもしれない勝負。緊張でほとんど止まっていた呼吸が始まり、体がたくさんの酸素を欲し、溜まっていた二酸化炭素が一斉に出ようとしていた。


「はぁはぁ、勝った……なんとか、勝った……。」


 魔物の首から体力の血が流れ出て、蓮永がいる地面に血溜まりをつくるが、今の蓮永にそれを気にする余裕はない。


「蓮永、大丈夫かしら?」


 そんな時に聞こえる可愛らしい声……これだけで疲労が少し癒える気がする。


「はっ……はは。すげぇだろ。俺一人でこれやったんだぜ。」


 蓮永の周りにはシカの魔物の亡骸が六匹分。全て蓮永がやったものだ。


「すごいけれど……助けが欲しい時はちゃんと言ってちょうだい。私の負担になりたくないっていう気持ちは結構だけど、それで貴方が死んだら意味がないわ。」


 素直にメシアに助けを求めれば、先程の命懸けの戦いもなかったのだろうが、その選択を蓮永の意地が消してしまった。

 メシアの言う通り、その意地が蓮永自身の命を奪えば全く意味がない。


 これは蓮永もよく理解している。


「あぁ、確かにその通りだな。死んだら意味ない……遺される気持ちはよくわかる。ごめん。」


 素直に謝ると、メシアは一息つき、蓮永に手を伸ばした。


「ほら、掴まって。」


「結局カッコ悪りぃままじゃん。」

 

 そう言いながらも、緩やかな顔で滴り落ちる返り血を拭いながら、メシアの手を掴んで立ち上がった。


「もう大丈夫……。一人で歩けるよ。」


「……。」


 まだ時間を3秒止めていないため、歩くぐらいの体力は残っている。

 メシアに支えられなくても歩けるのだが、なぜかメシアは蓮永の手を離さない。

 それどころか、もう片方の手で蓮永の手を強く握り、、


「メシア?」


「……。」


 蓮永を握る手は僅かに震えていていた。

 普通に接していては、気づかないほどメシアは冷静に見えていたが、その震えから冷静なんかじゃないのがわかる。


 下手をすれば蓮永は死んでいた戦い。

 メシアは蓮永が死んでしまうことを、震えるほど恐れていた。

 両親に先立たれた蓮永にはわかる、遺される恐怖。

 それを知っているからこそ、蓮永にもメシアのその震えがよくわかるのだ。


「チッ、また……負担になっちまったか。」


 蓮永も握るメシアの手を握り返し、


「メシア、俺は絶対に死なないから、だから、ずっと……その……一緒にいようぜ。」


 ぎこちない少年の告白に、メシアは一瞬驚き、どこか切ない顔をする。


「ありがとう蓮永。少し、安心したわ。」


 メシアがその可愛らしい笑みを見せる頃には、震えは止まっていた。


 メシアが蓮永の頬を頬をそっと撫でると、


「傷だらけ……。」


「仕方ないじゃん。あんなバケモンと真っ向からぶつかったんだからさ。」


 頬や、腕、肩、至る所に魔物のツノが掠った傷がある。


「ほら、これ飲みなさい。」


 すると、メシアは水の入った小瓶を取り出して蓮永に渡した。


「これは?」


「癒しの泉の水よ。」


「持ってきてたのか。」


 蓮永は渡された小瓶の中の水を素直に飲む。

 すると、たちまち傷は消え、歩くのがやっとだったほどの疲労も綺麗さっぱりなくなった。


「よっしゃぁぁっ!!俺、復活!!」


「よかったわ。」


 泉の効能は、持ち運んでいても消えなかったようで、蓮永の傷をしっかり癒し、二度目の完全復活だ。


「まぁ、きったねー服は変わんないけどな。」


 泥と返り血で汚れ、傷だらけのぼろぼろの元いた世界のパジャマ。

 着替えたいが、着替えるものがない。


「それは、街にいって服を買うしかないわね。」


「だよなぁ。」


「ちなみに、まだ泉の水ある?」


「あるわ。使いたくなったら言って。」


「わかった。」


 傷を癒す、癒しの水はこの危険な森ではとても重要なものになる。


 いざという時の必須アイテムとなるため、無駄遣いはできないが、癒しの水があれば蓮永がアニマを使い、体力を使い果たしても、復活可能だ。


 体力も精神力も、完全に回復した蓮永は、メシアと共に再び森から抜けるために進み始める。




 

 そこから、さらに魔物と戦いながらも十数日進み続け、ついに、、


「ここを一直線に進み続ければ、出口よ。」


「やっとか……。あとどんぐらいかかる?」


「一日も歩けばたぶん着くと思うわ。」


 当初の四日からはずいぶんかけ離れ、十数日も歩き続けたが、ようやくそれも終わる。


「やっとベットの上で寝れる。」


「進みましょう。」


 そう言って、二人が進もうとした瞬間


 緑の気持ち悪い見た目の魔物が何匹も現れた。


「うわっ。こいつ、俺がこの世界で初めて会った魔物じゃねーか。」


 蓮永がこの世界にやってきて、初めて出会し、全力で逃げた思い出のある魔物。


「今度は逃げてやんねーよ。」


「先に進むために、やるわよ。」


 何度も何度も魔物と戦ってきて、だいぶアニマの使い方も上達した蓮永は、上手く力を使い戦っている。


 初めて出会した魔物の群れを、容易く一掃した二人は、先を急ぐ。


 しかし、、


「次から次にっ!!」


「蓮永、右は私がやるわ。」


「んじゃっ、俺は左を片付けてるか」


 今度は、恐ろしい見た目の犬の魔物の群れ。


 メシアは依然風の魔法で魔物達を倒していき、蓮永は時間を止め、薙ぎ倒した木をぶん投げ一掃する。


「ちっ、今ので2秒使っちまった。あと癒しの水も少ないのに。」


 十数日も歩き戦い続けたせいで、もう癒しの水も数少ない。

 そのため、無駄遣いはできないのだ。


「蓮永っ!!危ない」


 そんなことを考えていると、メシアの慌てる声が聞こえる。

 蓮永の背後に立つ一つ目の巨人が、蓮永をめがけデカい拳を降ろしていた。


 メシアが風の魔法を放ったが、一撃でその命を絶つことはできず、蓮永への攻撃が止まらない。


「ちっ、もったいねーけど。止まれっ!!」


 蓮永は世界の時を止めて、先程犬の魔物を潰した木を軽々持ち上げ、巨人へ投げた。


 そして、1秒が経過。

 通算、3秒が経過し、力が強制解除される……と思っていたが、なぜかされない。

 

「動き出せ。」


 自分の意思で、アニマを解除すると、先程投げた木は勢いよく巨人の顔面に直撃し、巨人は血を撒き散らしながら後ろに倒れた。


「あれ……、疲れてはいる……めっちゃ疲れてるけど、立てる。それに歩ける。」


 もう通算3秒は時間を止めたが、未だに蓮永が動け、立っている……それは、、


「もしかして、止められる時間が伸びた……?」


 蓮永が自分の手を見て、呆然としていると、倒れた巨人はまだ息があり、蓮永を叩き潰そうとするが、メシアの風魔法がトドメを刺した。


「貴方の精神力が成長して、それに比例して魂も成長した。おめでとう。」


「まっまじかぁっ!!まぁ、そりゃあんだけ戦えば精神の一つや二つ成長するよな。」


 今まで、何度も命懸けの戦いをしてきた。いきなり異世界に連れてこられ、過酷な環境でも耐え生き抜いてくれば、精神力が成長してもおかしくはない。


 むしろ、アニマの力が成長するのが遅い気もするくらいである。


「まぁ、とにかく、俺が止めれる時間は4秒。よし、いける。俄然やる気湧いてきたぁっ!!」


 あと一日でこの地獄から抜け出すことができる。そして、自分のアニマも成長した。

 これらの理由だけで、蓮永のやる気を引き出すのには十分すぎるくらいだ。


 しかし、そんな蓮永のやる気を引き剥がすかのように、次から次へと、魔物達は現れる。


「おいおい、まじかよ。こんな連続で……。」


「おかしいわ……。こんなのって。」


 蓮永達に休む暇も与えずに、次から次へと魔物が出てきてしまう。


 次は、蜂ような魔物の群れだ。


「やばい。4秒に伸びたからって……。結局あと止めれる時間は1秒しかねぇー。」


 もうすでに3秒止めているため、残っている時間は1秒。

 しかし、これを使えば今度こそ蓮永は動けなくなってしまうだろう。


「大丈夫。ここは私がやるわ。」


 そんな蓮永に気を遣ってメシアは、やってくる蜂の魔物の群れを撃退して見せた。


 しかし、それでも魔物は蓮永達を囲む。


「なんで……。」


「くそったれだな。」


「もう戦わずに逃げた方がいい。メシア、ここ真っ直ぐだろ?」


「そうね。逃げましょう。」


 これ以上魔物との戦闘を続ければキリがないため、蓮永とメシアは出口に向かって走り出した。


 その際も、魔物達は蓮永達を殺そうと現れ、追いかけてくる。


「こんなの、見たことない……!!まるで森自体が蓮永を逃さないようにしてるみたい……。」


「はぁ!?俺この森になんかしたぁ?」


 珍しくメシアが焦り顔だ。状況が状況なため仕方ないが、メシアが焦っていると、蓮永まで焦りを生じてしまう。


 足を緩めれば、魔物に追いつかれてしまうため、ただでさえ疲弊している体に鞭を打って、全力で走る。


「なんなんだよぉ、この森ぃ〜!!」


 犬に、牛に、カバに、トカゲ、いろんな種類の魔物が蓮永達を追いかけていた。


 もし、この森が本気で蓮永が離れることを拒んでいるとしたら、とてつもなく迷惑な話だ。

 

「くそっ、上等だ。なんとしてでもこんな森、抜け出してやるっ!!」


 そんな理不尽に、蓮永は苛立ちながら喧嘩を売ってやった。


 


 


 

 


 




 




 


 




 

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