8.共闘
癒しの泉で復活から一日後、蓮永達は森を歩いていた。
「来い、アニマの力。」
自分の魂にそう呼びかけると、それに応えアニマの力は発動する。
蓮永のアニマ……蓮永だけの力……それは時間操作の能力。
蓮永のアニマが、世界の全ての時間を止めてから1秒が経過。
「解除っ!!」
体の全神経を研ぎ澄ませ、発動している己の力にストップをかけると、世界は元に戻り出した。
「はぁはぁ。よし、1秒で解除ぉっ!!疲れてはいるけどまだまだ動ける。」
蓮永は無邪気にガッツポーズをしながら、純粋に喜んでいる。
癒しの泉で完全回復を果たしてから、一日が経過しても体力も精神力も絶好調だ。
さすがは癒しの泉というだけあって、泉の水を飲んでから、体全体に力を漲っている感覚がある。今までの疲労や脱力感も全て消え去り、気分は上々だ。
「すごいわ。能力の制御……普通はこんなに早くできるものじゃないのに……。才能なのかしら?」
「そんなに褒めんじゃねぇーよぉ〜。癒しの泉のおかげで最高の気分なんだ。」
昨日は一日、魔物も近づかない安全な泉付近で一夜を過ごし、その羽を休めた。
蓮永が森から出られるまでの時間が少し伸びるが、今後の過酷な冒険に向け、ゆっくり休息を取るのも賢明な判断の一つだろう。
その間、蓮永は自分の能力を何回か発動させて制御の練習をして、そのうち己の能力への理解をも深めていった。
「まぁ、時間操作っつっても、まだ止めることしかできねぇからな。いつかはもっと操ってみたいもんだねぇ時間。」
「時間操作……ね。強力な力だけど、やはりその分消費するものもデカい。アニマは力が強力であればあるほど、比例して使う体力も精神力もデカくなるの。」
「ま、3秒止めただけで動けなくなるくらいだしな。」
「貴方ならきっと使いこなせるわね。」
メシアの顔は全くの嘘偽りのない顔……世辞でもなく本気でこれを言っている。この数日、足手まといにしかなっていないというのに、メシアは一切蓮永の力を疑う様子はない。
「やめろって……!!恥ずかしいじゃん。」
「ふふっ、褒めてあげてるのに?」
「褒められすぎると、逆に恥ずかしぃーんだよ。」
メシアのそんな顔に、気恥ずかしさが込み上げ、蓮永は真っ赤になった顔を隠し、それをメシアは穏やか笑顔で見守る。
とても和やかな空間だ……もし、そこに凶暴な魔物がいなければの話だがーー
「せっかく人がいい気になってるとこを邪魔しやがってさぁ、メシア、俺がこいつ倒す。」
和やかに話す蓮永達の前に現れたのは、鋭利な一本のツノを生やした猿の魔物。
ここは、危険な森だと伝えるかのように、その魔物は赤い目で蓮永達を睨んでいた。
「止まれ。」
蓮永がそう言った瞬間、世界の時間は止まりもちろん目の前の猿の魔物を静止している。
その止まった世界を動けるのが、蓮永ただ一人。
蓮永は近くにあった木を思いっきり蹴った。普通ならば、逆に蓮永の足が痛み木はびくともせず終わるだろう。
しかし、この止まった世界ではその普通は通用しない。蓮永が蹴った木はまるでカッターで切られた発泡スチロールかのようにスパリと切れる。
ここで1秒が経過……
切られた長さ3mほどの木を軽々持ち上げ、蓮永はそれを猿の魔物に投げつけた。
これで2秒経過。
「停止解除ぉぉっ!!」
その蓮永の言葉に応えるように、2秒経過地点で時間は再び動き出し、静止していた全ての世界が動きだす。
当然猿の魔物も動けるようになったが、気づいた頃には蓮永によって投げつけられた木が直前にまで迫り、何が起こったかわからないまま、猿の魔物は木に押し潰された。
「はぁはぁ、危ねぇ。あと少しで3秒なるとこだった。」
「いいわ。実践でもこれは、言うこと無いわね。」
「よっしゃ、これでメシアの負担にはならねぇぜ。」
「別に、私は負担があっても、なくても気にしないわ。」
「んなこと、言うなって。」
あくまでメシアは蓮永を気遣ってなのだろうが、逆に蓮永にとってはダメージのある言葉になってしまう。
「それより、あんなデカい木、どうしたのかしら?」
「へへっ、俺が蹴って切った。」
「ーー?」
「たぶんなんだけど、世界の時が止まって、重力とか全ての物理が完全に停止して……んで、その中を動ける俺は、物理の外へ外れてることになる。物理から外れるってことは、空も飛べるし、物の硬さも関係ない。」
「なるほど……。」
「だから、どんなに硬い物……木だろうが、硬い魔物だろうが、俺のしょぼい拳でも破壊できるんだと思う……まぁ、それができるのは3秒までだけど。あと1秒使ったら、動けなくなっちまうから、もう使えないんだよ。今、魔物にでも来られたら……」
今、さりげなくフラグめいたことを喋ってしまったと、不安がよぎる。しかし、フラグなんてそう簡単に起きるはずはない………そう思いたいが……
「蓮永……。」
「はぁ………。あぁっ!!もうっ!!はじめての見せ場で格好つけてるとこ、ぶち壊しやがってよぉ、んっだよマジで!!」
気分よく、格好つけてメシアに自分の能力を解説している最中、先程の猿の魔物が二体狙っている。
次アニマを使えば動けなくなってしまう。蓮永自身もそれを重々承知だ。
「魔物共が、二体になったからってよぉ……調子に……」
それゆえに……
「乗りますよねぇ〜そりゃあ。俺もうアニマ使えないっすもん。」
それはとても不気味な真っ赤な目はとても恐ろしく、萎縮してしまった蓮永からは先程の威勢は微塵も感じられない。
「メシアさん、お願いしますっ!!」
いくら格好つけようと、何もうまくいかないため開き直って、深々とメシアに頭を下げる。
そんな情けない蓮永へ、一切悪意のない笑みを浮かべメシアは頷き、、
「いいわよ。」
結局、残りはメシアが倒し、蓮永の格好つけてる時間は情けなく幕を閉じた。
――――――――
猿の魔物を倒し、先に向かう蓮永達は偶然生えていたキノコを昼食に食べながら歩いている。
「それにしても蓮永、さっき解説してたアニマの力だけど、よくあんな難しいことがわかったわね。物理の外へ外れれば物の硬さも関係ないとか……。」
「あぁーー。」
時間停止……止まった世界の中で唯一動ける蓮永は、止まった物理の外へ外れることができる。
物理から外れれば、物の硬さも重さも全ての物理が意味をなさなくなってしまう。それが時間停止した時の蓮永の驚異的な強さの秘訣なのだ。
しかし、メシアの言う通り、これはとても難しい話だ。そもそも時間停止という概念が不確定で難しいのだ。
どこかの学者が研究していてもおかしくない議題である。
それを、至って平凡な中一であった蓮永が、少し能力を使っていたくらいで理解できるとは、到底思えない。
しかし、それを完全に理解しているように、蓮永は先程解説してみせた。
「まぁ、なんというか……なんとなくわかるんだよ。俺も正直頭ではちゃんと理解してないんだけど、魂がこれを理解してる。さっきは魂が理解してることをそのまま伝えただけ。」
「アニマの力をよく理解する……能力の成長に欠かせないことだわ。また一歩前進ね。」
「もっと、成長させなきゃな……。」
時間操作……聞こえはいい、最強の能力だが、蓋を開けてみれば3秒だけの時間停止だけ。3秒過ぎれば動けなくなるというリスクもついてくる。
このとんでもなく使いづらい能力が、蓮永がこの異世界で生きていくための力なのだ。
そのためには、アニマを成長は必要不可欠であり……
「このよくわかんない世界を生き抜くために。」
「そうね。」
この世界での目標……森から出る、街に行く、などいろいろあるが、それ以前にまずこの世界を生き抜かなければならない。
「生き抜くとか、日本にいた頃は言ったこともない単語だったな。俺ずっとダラダラしてただけだし。」
「蓮永が元いた世界にいた頃?」
「そっ。今まで生きてきて、生きるとか死ぬとか、本気で言ったことなんてなかったよ。」
蓮永の知る日本の常識であれば、そんな物騒めいた言葉とは無縁な場所である。
不気味な草木に、凶暴な魔物、気を抜けば死んでしまう状況など、言っても人に笑われるほど現実味の無い話だ。
しかし、それはしっかり存在する。だからこそ、こんな言葉が出てくる。
夢だと言われれば信じるほどの非現実。それをもう受け入れ始めている自分自身。
結局のところ……
「やっぱ、意味わかんねー。」
「想像もつかないほど平和な場所なのでしょうね。」
メシアは自分の胸を撫で下ろしながら、心底羨ましそうに薄暗い空を見ていた。
「いつか、メシアも連れてってやるよ。」
そんな切なそうなメシアに、蓮永がニコリと笑いながら親指を立てると、偶然にも風が吹き長いメシアと短髪な蓮永の髪をなびかせる。
長い髪がなびき、よく見えるメシアの頬は少しだけ赤く染まっていた。
そんな顔を見て、
「ぁ……。」
蓮永もついに頬を少しだけ赤らめてしまう。
「ありがとう。いつか……私も連れてってね。」
会ってまだ数日の仲間……そのはずなのに、どうしてもそうとは思えないほどに、メシアが尊くなっていた。
これが恋心なのか、メシアの母性を求めるものなのか、この気持ちが一体なんなのかはよくわからないが、とにかくずっと一緒にいたいも思ってしまう。
「メシアっ!!俺……」
「さ、進みましょ」
同時に喋り出した二人の声が重なり、お互い続きを喋るのをやめた。
「何か、言ったかしら?」
「いや……なんにも。」
「そうかしら?じゃあ進みましょう。泉によった分、森から出る時間が伸びてしまったわ。」
「そうだな。」
結局、言いたいことを何も言えず先に進むしかなかった。
――――――――――
「ねぇ、これあとどんぐらいで森から出られる?」
「わからないわ。普通ならこんなに魔物が寄ってくることないもの。普通なら四日くらいで着くのだけど、魔物の足止めでとても時間が伸びてしまっているわ。」
「えぇ……俺、魔物に好かれてんのかぁ?」
歩き始めてから時間が経ち、もう日が暮れ始める頃、『いつになったら森から出られるのか』という純粋な疑問が浮かび始める。
もう何日も歩き、そろそろ森から出られるほど歩いた気もするが、一向に出られる気配がない。
「この森の魔物は、強いけど数がいるわけじゃない。普通ならこんなに遭遇することはないのよ。本当に蓮永に引き寄せられてきている?いや、そんなこと……」
「そんな、おかしいの?」
普段あまり焦った表情を見せないメシアも、困り顔を見せるくらいだ。今置かれている状況の異常を蓮永も察してしまう。
「異常だわ。ほら、そう言っているうちにまた……。」
メシアが目を向けた方向には、鋭く長いツノを持つシカのような魔物が数匹。
デカい牙を持つカバのような魔物が一匹。
「本当に鬱陶しい奴ら……。メシア、俺はお前の足手纏いにはなりたくねーよ?」
「そう。なら、貴方も戦って。これを……」
今まで何度も何度も足手纏いになってきた蓮永。このまま全てメシアに任せても、メシアなら切り抜けられるのだろうが、それは情けない……男として。
そんな真剣な蓮永の表情がメシアに伝わったのか、それを否定はしなかった。
その代わり、、
「使って。」
メシアは懐から革細工のカバーに入ったナイフを取り出し、蓮永へ手渡す。
「これは……?」
「どんな攻撃も耐え、ドラゴンの鱗にさえ通る刃を持つナイフ。きっと貴方を守ってくれるわ。」
カバーから抜いて見ると、渡されたナイフは、美しい漆黒と輝く金色が混じった刀身であり、神々しささえ感じる。
正直、とてもカッコいいナイフであり、もちろん蓮永の男心をくすぐるようなナイフだ。
しかし、それよりも気になるメシアの言った単語……
「えっ、さっきドラゴンって言った?」
「いるわ。でも今は……」
「ドラゴンいんのっ!?」
「いるけど、今は目の前の敵に集中しなさい。足手纏いになりたくないのでしょう?」
さらっと出たドラゴンという単語に目を輝やかせるが、状況が状況なため、そんな悠長なことを話している場合ではない。
メシアが珍しく厳しい目で見ると、今の状況を思い出した蓮永は自分の短髪をかきあげる。
「だよなぁ。ありがたく、使わせてもらうぜ。」
輝く目の瞳孔を鋭くさせ、真剣な眼へ表情へ変えると、蓮永はそのナイフを受け取った。
「ずっと女の陰に隠れる男なんて格好わるすぎだもんなぁっ!!」
「いくわよ。蓮永。」
蓮永は渡されたナイフを構え、メシアは手に魔力を込める。
今までは蓮永が先に能力を発動させ敵を倒し、その後メシアが残った敵を動けない蓮永を庇いながら戦うという構図だった。
そのため、蓮永とメシアがしっかり二人で戦うのは初である。
今、二人の初の共闘が始まるのだ。
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