7.思い出の魔法
日が明け、暗い空は去っていき、明るい青空がやってくる。
鳥のさえずりや、風で草木が揺れる音と共に、蓮永は目覚めた。
「アラームなんかより、よっぽどいい起き方だなぁこりゃあ。」
朝が来て、蓮永は思いっきり腕を、体を伸ばす。
昨日の疲れが嘘みたいに消え、とても爽快な気分だ。
「メシア、まだ寝てる。」
蓮永のすぐ隣には、メシアが丸くなって眠っていて、まるで子犬の眠りかのように見える。
「昨日は助かったよ。」
そう言って立ち上がり、周りを見た蓮永は、、
「おい……マジか。」
驚愕した。その理由は……
「まさか、この数一人でメシアが?」
辺りには数十から百にかけての魔物の亡骸が散らばっていたのだ。
確かに、夜だからといって魔物が出ないなんて保証はない。そんな中蓮永は無防備に寝ていた。
それを守るのはもちろんメシアである。
だからといって、、
「さすがに……いい奴すぎだろ……メシア。なんでそこまで……。」
やはり朝は少し肌寒く、焚き火の火は消えていたため、蓮永は眠っているメシアを起こさないように、辺りから材木を集め、メシアが暖かくなるように近くに火を起こした。
「本当にありがとうな。」
この世界に来てからメシアには助けられてばかりだ。
ここまで、人に優しくされたのは初めてだというくらい、メシアには世話になっている。
「せめて、メシアの負担を……。」
メシアの負担を減らす方法は一つしかない。
「もっと俺がアニマをコントロールできれば……。」
アニマの力を正確にコントロールできれば、蓮永も戦力になれる。
戦力になれれば、メシアの重荷がなくなり逆に負担を軽減させることもできるのだ。
蓮永は目をつむり、自分の奥底の魂を見る。
蓮永の時計の形をした魂は、心臓の鼓動かのようにずっと秒針を動かしていて、、
「時間よ……止まれ。」
蓮永の意志に応えるように、時計は秒針を止めた。
それと同時に世界の時間は止まり、生き物は当然、物理も重力も、何もかもが停止する。
1秒………
「ここから……!!」
魂の時計は、秒針をまだ止めていて、それをどうにか動かさなきゃならない。
2秒………
《まずい、3秒経過しちまう。》
3秒経過してしまえば、蓮永はまた行動不能になり、負担を減らすどころか、朝っぱらからメシアに負担を与えることになってしまう。
《動け……動け……動けって……動けやっ!!俺の魂》
3秒経過する直前、魂は蓮永の要望に応え、秒針を動かし始めた。
それと、同時に世界も動き出し、全てが元に戻る。
「あれ、3秒経っちゃったのか?」
動き出したのが3秒経過の直前だったため、強制解除されたのか、自分の意志なのかわからない。
それを証明するには……
「立てるか……。」
蓮永は少し緊張しながらも、立ちあがろうとする。力はすんなりと入れることができ、問題はここからだ。
ゆっくりと膝を立て、足に力を集中して入れると、、
「で……できたぁ〜。なんとか一人で立てる。」
ようやくアニマを使った直後に、一人で立つことに成功した。歩行もしっかりと可能だ。
「でもなぁ、やっぱ疲れはするんだ。」
とはいっても、体力や精神力を使ったのには変わりないため、疲労感はとてつもない。
より精密なコントロールや、能力の強化、まだまだ課題はたくさんあるが、、
「ま、これでも一歩前進だろっ!よっしゃっ!!」
蓮永は、ついに能力を制御できるようになった喜びと、早起きの爽快感も相まって、テンションが上がった。
「っしゃあっ!!ひゅうぅぅ。」
能力を使い疲労しているはずだが、それを忘れられるほど、今は気分がいい。
よくわからない踊りを披露しては、ガッツポーズをとり、ステップを踏む。たまに一人の時にやってしまう一人テンションというやつだ。
「うへぇい」
「何をはしゃいでいるのかしら?」
無邪気な笑顔で踊り、ガッツポーズしていると、後ろからいきなり声が聞こえてくる。
「うおっ!!メシア、起きてたのか……。あの……いつから起きてた?」
「そうね……貴方が一人で踊っているあたりかしら?ずいぶんと朝から元気ね。」
メシアは、蓮永の起こした焚き火で暖まりながら、子供を見るような目で、はしゃぐ蓮永を見ていた。
「いっいや……別にそんな……はしゃいでたわけじゃ……ない……けど。」
やはり、一人テンションの場を誰かに見られるのはまぁまぁ恥ずかしく、蓮永もその例外ではない。
メシアからすれば一人で騒いでいる蓮永を可愛らしいという感覚で見ていたのだろうが、思春期男子からすればこの状況はとても恥ずかしいのだ。
みるみるうちに蓮永の顔は赤くなっていき、さっきとはいっぺん、とても静かに焚き火の前に丸くなる。
「全然ちがうからね……。ほら、あのアレよ……アレぇ……その……ね?」
なんとか言い訳したいが、確定的な場所を見られているため、何も言い訳が思いつかない。
「ふふっ、元気なのはいいことだわ。」
「は……はは。だよね………。」
メシアは笑いながら蓮永を励ましたつもりなのだろうが、逆にこれは蓮永にトドメを刺している。
「まぁ、その話は置いといてさ、俺ついにアニマをコントロールできたぜ。ほら、さっき力を使ったけど普通に歩ける。」
蓮永が立ち上がってぴょぴょん跳ねると、メシアは珍しく驚いてる顔だ。
「まさか、こんなに速くコントロールを……。すごいわ。もう少し時間がかかると思っていたけど、やっぱり、貴方なら私がいなくてもやっていけたでしょうね。」
「だからそれやめろって、メシアがいなきゃ、たぶんかなり最初の段階で俺死んでるから。」
異世界に来てから、何度も何度も命の危機に出くわしている。ほとんど魔物が影響だが、それ以外にもメシアがいなければ、食事すら取れず餓死していただろう。
この危ない森で、中一の少年が生きてこれたのは、全てメシアのおかげなのだ。
「そう……かしらね。まぁ、そうゆうことにしとくわ。」
「そうそう。」
少しメシアは納得のいっていない顔だが、蓮永は強引にそうゆうことにした。
数分後、焚き火の火を消して、二人は地獄の森から抜けるための旅を再開する。
「はぁはぁ、やけに疲れるな……。」
「早いわね。まだあまり歩いてないわよ。」
歩き始めて、まだ1時間程度……通常ならこれでも長い方なのだが、蓮永達は一日中歩き回ってるため、もう1時間で疲労がくるのは早いという感覚なのだ。
「おかしいな……朝使ったアニマの体力はもう回復したはずなんだけど。」
いつもなら、1時間程度立てば体力は回復する。しかし今回に限ってはなぜかどうしても疲労感がとれない。
「やばい……なんかめまいする……。」
疲労からなのか、視界が揺れ動き、体もふらふらしている。
「蓄積した疲労は、そこまで簡単に解消できるわけではない……そうなるのも無理ないわ。少し休みましょう。」
「悪いな……。ちゃんと食ってるはずなんだけど……喉乾いてんだ。」
「それだわ。忘れてた……水分をとってないわね。」
「ははっ、確かに、そういや最後に飲んだのってブラックファングの血だったな。」
蓮永達は食事はしているものの、全く水分をとっていない。最後に水分というか、液体を飲んだのは以前倒した魔物の血液だ。
それも何日か前のため、蓮永が脱水になるのもおかしい話ではない。
「じゃあ、水場を探しましょう。私、水の魔法は使えないから……。」
「水の魔法か……。」
メシアは普段風魔法しか使わずに、蓮永はそれしか知らないが、メシアが風魔法を使うように、水魔法を使う者もいるのだろう。
「他にもいっぱい魔法あんのかな……。ま、どうせ使えないし、いいか。」
いくら魔法を知っていても、蓮永にはその肝心な魔法を使えないため、全く意味がないのだ。
「立てる?」
「立てる立てる。」
メシアが心配そうに手を差し出すが、蓮永はまだ自分の力で歩ける。差し出してくれた手を握ると、立ち上がり一人で歩き出した。
「ほら、一人でも歩けるぜ。」
「よかった。」
とはいえ、水分不足はとてもまずい状況なため、悠長なことはしていられない。
「一応、支えてあげるわ。ほら……」
「え、いいって、そんな……」
メシアは蓮永のことがどうしても心配なのか、自分の肩を差し出す。
しかし、起きた時の魔物の亡骸を見るにメシアもまともには寝てはいないはずである。
顔には見せないがメシアも相当な疲労がたまっているだろう。そう考えると、メシアの厚意に甘えるのは少し申し訳なくなってしまうのだ。
「いいって……。」
「ほらっ。」
蓮永が申し訳なさそうに断っても、メシアは食い下がり肩を差し出してくる。
「えぇ………じゃあ……。」
食い下がるメシアに負け、蓮永が腕を肩に乗せるとメシアは満足そうな笑みで蓮永の体を支えた。
「どんだけ世話焼きなんだよ。」
「貴方はまだ子供なのだから。もっと甘えていいのよ。」
「メシアだって子供だろ?最近子供なのかマジで怪しくなってきたけど。」
メシアの容姿はやはりどう見ても子供だ。蓮永よりも歳下に見えるほどには子供なのだが、最近一緒に行動をしていて、実は大人なのではないか?と疑問に思うほどメシアの態度は大人びている。
まさに母親のような感じ……蓮永が思わず胸で泣いてしまうほど、安心感と包容力があるのだ。
「さぁ、それはどうでしょうね。」
「なんだよっ!!そのミステリアスな感じ。怖いんだけど……。」
見た目で人を判断できないというが、もしメシアが大人なら、まさにその通りである。
「蓮永、止まって。」
蓮永を支えたメシアは立ち止まり、地面に手を当てた。
「何してんの?まさか、魔物……!!」
「違うわ。これから水場を探すの。」
「水場を探す?探すってどうやって……?」
メシアの手は淡く光を帯び始め、その光が魔力だということが流石の蓮永にも、もうわかる。
すると、メシアが触れている地面に魔力が伝わり何かを描き出した。
「まっまさかこれって、魔法陣っ!!」
魔力によって描かれたのは魔法陣。翠の円型の魔法陣だ。
初めて見たリアルの魔法陣に蓮永は興奮し、目を輝かせながらその魔法陣に触れようとすると、
「いてっ!!」
魔法陣に触れようとした指を電気のようなものが弾いた。
「魔法陣は妨害しようとするものを弾く仕組みになっているの。だから無闇に触れない方がいいわ。」
「ごっごめん。」
興奮して、自制が効かなくなるのは蓮永の悪い癖である。元々この世界に来てしまったのもそれが原因だ。
「直さねぇとな、この癖。」
反省しつつ、蓮永がその魔法陣をじっくりと見ていると、魔法陣から緩やかな風が発生する。
「何してんの、メシア?」
「風探知よ。発生した風が触れたものは全てこの魔法陣の上に反映される。」
「なんだそれ?」
言っていることがよくわからない蓮永が、その魔法陣を覗き込むと、魔法陣の上に薄く地図のようなものが映し出されていた。
「なる……ほど?……。」
原理はよくわからないが、発生した風が触れたものを、魔法陣の上に地図のように反映するらしい。
すると、メシアはその魔法陣を解除する。
「見つけたわ。ここから南西方向に泉がある。少し森から出れる時間が伸びるけどいいかしら?」
「いいよ。命にはかれられねえーしな。」
こうして、メシアのとんでもなく便利な魔法によって見つかった水場へ向かうことになった。
「にしても、さっきの魔法すごすぎだろ。地図ができるって、魔法便利すぎじゃん。」
「あれは、普通の魔法ではないわ。私と昔一緒にこれを考えてくれた異邦人との『思い出の魔法』世界で私しか使えない魔法よ。」
思い出の魔法……メシアと昔一緒にいた異邦人というのは、とてもとても気になる。気になるが……
「あのさ、その異邦人って……いや、なんでもない。」
その話をすると、メシアの顔が少し寂しそうになる気がして、なかなかこの話ができない。
その異邦人と何かあった、というのは容易に想像できる。
「でも、その異邦人もすごかったんだな。こんなやべぇ魔法考えちまうだもんなぁ。」
「そうね。すごかったわ。」
しかし、その異邦人を褒めるとなぜかメシアは嬉しそうな顔をする。
と、そんな話をしているとひらけた場所へ出た。その奥には、
「すげぇ、綺麗な泉だ。」
不気味な木々に囲まれた場所からいっぺん、そこはまるでオアシスのように綺麗で澄んだ青の泉だった。
ひらけた空間にある草木は明るい緑であり、空気から何まで先程までの空間とはまるで違う。
「ここらへん……この泉によって綺麗に浄化されているわ。魔素がとても綺麗。」
「魔素って、あれだろ。空気の中にある魔力の素。」
「そうよ。」
「魔素が綺麗ってどうゆうこと?」
「あぁ、『瘴気』ってゆう全てを穢すものが、この世界にはあるの。瘴気はどこにでも蔓延していて、少量なら何も害はないけど、濃い瘴気は人に害したり、魔素を穢したり、魔物を強くしたりするのよ。」
「瘴気ねぇ。なんか病原菌みたいな感じだな。」
メシアのいう瘴気は、差し詰め現代社会でいうウイルスや細菌のような感じだろう。
「それで、この地獄の森は『地獄門』のせいで、瘴気が普通より濃いのよ。ここらへんはまだ瘴気が薄い方だから人にはあまり害ないけど、魔素は相当穢れているわ。」
「マジか……。じゃあ魔物がやけにいっぱいいるのも、空気がすごく重く感じるのも、不気味なのも、そのせい?」
「そのせいね。」
異世界に来てから、ずっと蓮永が感じていた雰囲気の重さの正体は、その瘴気らしい。
「でも、ここらへんは、その瘴気がほとんど浄化されているわ。」
「あぁ、だからこんなに雰囲気が違うのか。」
この空間だけは、何から何まで澄んでいて、清々しい感覚だ。
「浄化か。すげぇな、この泉。」
蓮永はそう呟きながら泉の方へ近づき、泉の水を飲もうと顔を近づけると、、
「ははっ、俺の顔、ひっでぇ顔。」
泉の水面に映し出された蓮永の顔には、クマができ、そこかしこにかすり傷、汚れが目立っていた。
「じゃあ、いただきます。」
久しぶりの水分……泉の水を手ですくって飲むと、体中に水が染み渡る。
一瞬で体に吸収されていき、いくら飲んでも足りない。
蓮永は無我夢中で、泉の水を手ですくって飲んだ。それでも足りず、顔を泉の中に突っ込んで水を飲む。
「ぷはぁーーっ!!」
ようやく、全身に水が染み渡ると、なぜかとても体が軽い。
「なんだ……?すげぇ!!水飲んだだけですげぇよ。」
そう言って泉を見ると、水面には先程とは別人のようなほど綺麗になった蓮永の顔があった。
その顔はとても、威勢の良い顔つきである。
「これ……どうやら癒しの水らしいわ。飲んだものの体を、精神を癒す稀な泉……。こんなの私も知らなかった。」
「俺、完全復活っ!!」
これまで疲弊した体力どころか、この世界にやってくる前よりも気分がとてもいい。
今なら、魔物ともやりあえるのではないかと、思えるほど力が湧いている。
蓮永はこの世界に来て以来、初の完全復活を果たした。
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