6.魂の形



「終わった。」


 正直、蓮永は油断していた。メシアという強力な仲間がいて、自分が死ぬはずないと思っていた。

 そう思っていた結果がこれだ。


「ダメっ……。間に合わない!!」


 メシアが魔法で風を出すが、その時すでに大きなモルスラケルは大きな口を開き、蓮永のすぐそばにいた。

 メシアの放った風がその魔物に届く時、それはすでに蓮永が食われた後だろう。


「チッ……。前は人に命を預けるなんて……全くこの異世界に来て、馬鹿になった気がする……けど、まぁそれでもよかったかな。」


 以前の蓮永なら、他人を信用なんてせず、命を預けるなんてことはしなかった。

 しかし、この世界に来てから、メシアと出会い、いつのまにか会って数日のメシアを完全に信用するようになっていたのだ。


 それは、蓮永にとって、退化なのか……はたまた成長なのか……答えは後者だと信じたい。


 蓮永はそっと目を閉じる。

 

「メシアの番は『終わった』。今度は、俺がなんとかする番。」


 モルスラケルの牙が後何ミリか動けば、もう蓮永に突き刺さる……この状況で、蓮永はまだ生きることを諦めてはいなかった。


 以前に蓮永がその『力』を発動させた時もこのような絶対絶命の場である。

 その時は、命を諦めていた蓮永が最後に殴ってやりたいという心の底からの『意志』に力が応えたものだった。


 メシアの言っていた『意志』だ。


 そして今回も、蓮永は『絶対に生きたい』という意志をもっている。


 《俺の意志に応えろ……魂。》


 蓮永の魂の中に潜在する『力』。生まれ落ちた時からずっとずっと一緒だった気がする。


 その時、自分の奥に魂が見えた。

 目を閉じているはずなのに、はっきりと明確に見える。


 その見える自分の魂の形は……時計だ。


 瞬間、理解した。

 自分の魂の力……すなわち『アニマの力』。


 蓮永の魂……時計の秒針が、蓮永自身の意志に応えるように止まる。


 すると、世界の時間が止まったように……否、実際止まっているのだ。

 それは全て蓮永の力によるものであり、蓮永が本能的に、魂的に、理解したその力は……


「時間操作……。」


 1秒……


 蓮永は自分を食おうと大きな口を開けて止まっているモルスラケルの顔面を蹴り飛ばし、木から飛び降りた。


 2秒……


 重力の時間が停止しているため、木から飛び降りても落下することなく、空間に浮いている……というよりは空中に立っている。


 それに驚いた蓮永が、ガッツポーズをしていると


3秒……止まっていた時間は動き出した。


「うえっ?うおおっ!!マジぁぁっ!!」


 時間が動き出したことにより、蹴られたモルスラケルは時間差で吹っ飛んでいき、当然止まっていた重力は動き出し、蓮永の体を地面に叩き落とす。

 自由落下が始まった蓮永は慌てて、空中を泳ごうとするが、全く意味がない。


「蓮永っじっとしてて。」


 その可愛らしい声と共に、優しい風が蓮永を包み込み、なんとか落下死を防ぐことができた。


「はぁはぁ、ありがと……メシア。」


「いいわ。それよりも、今のはもしかして……。」


「へへっ、俺のアニマの力だ。」


「おめでとう。でも立てるのかしら?」


「あ。」


 力を発動させたことにより忘れていたが力を使うと、精神力や体力を使い切って動けなくなってしまう。

 現在、蓮永はその影響で体に力が入らず、立つこともままならない状態になってしまっている。


「やばい……立てない……。」


 とてつもない疲労感が心身共に襲いかかり、できればこのまま寝ていたいと思うほど疲弊していた。


「能力使うたびにこれじゃあなぁ。」


「大丈夫よ。使っていれば、コントロールできるようになるわ。」


 メシアはそう言いながら、蓮永の頭を撫でて、手を差し、


「ほら、掴まって。支えてあげるわ。」


「あ、ありがとう。」


 メシアの伸ばす手を掴むと、なんとか立ち上がりメシアの肩に支えながら歩き出す。


 すると、、

 

「ゴロロロロ………。」


 後ろから喉を鳴らす音が聞こえ、蓮永達が振り返るとそこには、蹴られた顔面からおびただしい血を流しながらも立ち上がるモルスラケルの姿があった。


「えぇ……。そこまでして俺を食いの?」


 獲物を獲るための、その執念深さは尊敬するべきか……しかし、その執念深さに殺されるのはたまったもんじゃない。


「俺、動けねぇよぉ。」


 戦うどころか、蓮永は動けないのだ。


「ゴロガアァァァァッ!!!!」


 次の瞬間、モルスラケルは大きな口を開け、弾丸の如く速さで突っ込んでくる……が、メシアは支えている蓮永が倒れないように気遣いながら動き、モルスラケルの顔面に、鋭い風をぶちこんだ。


「ゴロ………ガ」


 蓮永に蹴られ、ただでさえボロボロだった顔面にさらに風魔法が直撃し、もう顔面はぐちゃぐちゃだ。


 それでも、モルスラケルは生きていた。


「まっ……マジか。」


「嘘……。なんで……。」


 蓮永はともかく、これにはメシアも驚いている。


 もはや、顔面は潰れて捕食する口さえ無いのに、それでも蓮永を食い殺そうと生き続けているのだ。


「これ、もう殺す必要も無い気がするんだけど……。」


「そう……ね。」


 蓮永とメシアがそのまま先に進もうとすると、モルスラケルは最後の力を振り絞り、蓮永達へ突っ込んだ。


 その速さは、死にかけとは思えないほど衰えておらず豪速である。


「なんでアレでこんなっ!!」


 すると、メシアは蓮永遠を支え、懐から一本のナイフを取り出し、


「さよなら。」


 その心臓にナイフを突き刺した。

 すると、今度こそモルスラケルは倒れ、絶命する。


「ありがとう。」


「いいわ。」


「それにしても、この魔物……。」


 蓮永はメシアに支えられながら、死に絶えた魔物の近くに寄ると、ぐちゃぐちゃになった顔面に触れた。


「お前には、生き物として負けた気がするぞ。」


 戦いとしては、蓮永の蹴りが決定打だったのは変わりないが、あとは全部メシアに任せきりだ。メシアがいなければ負けていただろう。

 それに比べ、この魔物はその強い執念で何度も立ち上がった。


 これには、蓮永も負けを認めるしかない。その魔物の亡骸へ敬意を込めて、合唱した。



 

「なにをしていたのかしら?」


「いやぁ、生物として負けた気がしてさ、だから参りましたって意味でやってた。」


「………。」


「ああそっか。メシア、そもそもなんで手を合わせるのか知らないのか。俺の元いた世界じゃ、死人にはああやって手を合わせるんだぜ。」


「それは知っているわ。前にやっていた人がいるから……。」


「えっ!マジで!?その人も日本人か。どうゆう人だった?」


 メシアの会ったことあるという日本人に、蓮永は興味津々だ。

 自分と同じようにここへ飛ばされた人は、一体どんな性格だったのだろう?だとか、どんなアニマだったのだろう?だとか、無限に疑問が湧いてくる。


「そうね。優しかったわ。」


「優しかったかぁ〜。俺も会ってみてぇな。」


「そう……。」



 メシアは少し顔を赤らめながら微笑み、蓮永は中一らしい無邪気な笑みを浮かべながら、先へ歩いて行った。



 ――――――――


 先程の出来事から1時間後、


 

「メシア、」


「何かしら?」


 道中、蓮永はまだ自分の力でちゃんと歩けず、メシアに支えられながら歩いていた。


「アニマの力ってさ、持ち主の『魂の形』なんだと思う。さっき、見えたんだよ。自分の魂の形が。」


「そう。それが力を自覚するということよ。力の使い方、もうわかるでしょ。」


「うん。なんとなくだけど。んで、俺の魂の形はーー」


 時計だ……と言おうとした蓮永を遮って、メシアは、


「言わなくていいわ。あまり自分の力を安易と喋るのは良くないわよ。」


「なんでよ?別にメシアには言っていいだろ?」


 メシアは、蓮永のことを思って言っているのだろうが、蓮永は自分の新たに見つけた力を公開したくて仕方ない。


「いいけど……。なるべく自分の手の内は隠しておいた方がいいわ。」


「わっ……わかった……。」


 確かに、メシアの言うこともわかる。

 ここは異世界であり、蓮永の知っている世界ではない、治安だってわからないのだ。

 魔物相手ならいいが、もしも対人になった場合、切り札がバレていれば、不利になるに決まっている。


「にしても、能力自体は強いんだけどなぁ〜、俺のアニマ、コスパ悪すぎだろ。」


 蓮永が自覚した力、それは時間を操る能力……。

 聞こえは、とても強そうに聞こえる。

 しかし、実際は時間を操るといってもまだ時間を止めることしかできないし、止めれても3秒が限界。その上、3秒使い切ると、1時間以上は動けなくなってしまう。


 とんでもなく、効率が悪い。


「前にも言ったけど、アニマの力は、貴方自身が成長すれば一緒に成長する。体力も精神力も鍛えれば強くなるわ。」


「だといいんだけど……。とりあえずコントロールはできるようになりたいな。」


 能力を使うたびに動けなくなるのは、とんでもなく厄介である。

 それを解消するためには、力をコントロールしなければならない。


「俺の力をコントロールって、時間を止めて1秒の段階で、解除するとか、か?」


 ブツブツ自分の力を分析している蓮永を、メシアは暖かい顔で見守り、何も口出しせずにただ支えている。



 それからさらに何十分か経過すると、ようやく蓮永一人で歩けるくらいには復活することができた。


「うああぁぁ。俺、復活ぅ。」


 大きく体を伸ばし軽く体を動かすと、骨がパキパキとなる音が聞こえる。


「悪ぃな。メシア、ずっと支えてもらって。」


「いいわ。力、速くコントロールできるようになればいいわね。」


 蓮永の独り言を聞いていたメシアは、優しく我が子を見守る母のような顔で頭を撫でた。


「なんか、メシアってお母さんみたいだよな。」


 容姿は幼く、可愛らしいのに、言動や立ち振る舞いはまるで母のようで、なぜか安心してしまう。


「そうかしら?」


「そうだよ。」


 この会話を最後に、誰も喋らない。

 蓮永とメシアは無言のまま、先へ歩き続けた。

 沈黙が続き、再び静寂な空間がやってくるが、以前とは違い、どこか心地よく感じる。


 その沈黙を破ったのは珍しくメシアの方で、


「今日は一旦ここで休憩にしましょう。」


「えっ?あぁ、もうこんなに。」


 空を見ると、もうすでに日は沈みかけ、青かった空が赤く染まっていた。


 メシアは手際良く、焚き火の材木や食べれるキノコなどを集め、休憩スペースを確保すると、先程倒したモルスラケルの群れの一匹、その尻尾を休憩スペースに置いた。


「え、これ食べるの?」


「そうよ。」


 前回同様、今回も魔物食。前回で魔物がちゃんと食べれるのは把握しているが、それでも少し嫌悪感がある。

 よりにもよって、トカゲに似た魔物の肉だ。見た目が気持ち悪い。


「えぇ、俺そのキノコだけでいいよ。」


 メシアがとってきたキノコ……これも食べれるか怪しいが、見た目は普通のエノキやシメジ、まいたけ、などに似た美味しそうなキノコだ。


 正直、魔物肉よりもそっちが食べたい。


「どっちも食べて。好き嫌いはダメよ。貴方今日何も食べていないでしょう。」


「それはメシアもじゃんかよ。」


「うん。だから私もちゃんと食べるわ。」


 確かに今日一日中歩いて、魔物と戦って、何も食べていない。

 疲労もたまり、栄養もしっかり補給ができないとなると、いよいよ中一でまだ成長盛りの蓮永は死んでしまう。

 そこらへんをしっかり考えている辺り、やはりメシアは母親のようだ。


「母親……か。」


「蓮永、貴方の本当の母親はどういう人なのかしら?」


「うーん。優しい人……だったかなぁ。」


「だった?」


「うん、死んだんだ。小学の卒業祝いの旅行で、交通事故で死んだ。父さんも母さんも……」


 それから、新たな家で新生活をしていたところ、異世界に飛ばされた現在に至るのだ。


「そう……。それは、悲しかったわね。大切な人を失う気持ちはわかるわ。」


 そうゆうと、メシアは蓮永に近づき、蓮永の顔を自分の胸へ寄せ、抱きしめる。


「気持ちをわかるって本当に?」


「わかるわ。」


 死亡した両親……元いた世界でもずっと我慢してきたが、メシアに抱き寄せられたその感触は妙に懐かしく、、


「あれ?なんで……。はっ、はは。」


 気づいたら、涙が一滴流れている。


「こんなの、いい歳こいて、こりゃ……。」


「いいわ。別に恥じることじゃない。」


「はっ……はは。ありがとう。」


 蓮永の流れ出てくる涙はメシアの胸元をぬらし、今日この日だけは、抑えてきた悲しみを解放し精一杯泣いた。




「ほら、食べましょ。」


「あ、うん。」


 焚き火をつくり、火で焼いたトカゲの尻尾を半分にして、メシアと食べた。


 そこまで美味しくはなかったが、なぜかとても美味しく感じる。


「ま、父さん母さんは死んじゃったけど、姉貴とはまだ死んだかわかんねーんだよ。」


「兄弟がいたのね。わからない?」


「そう。父さんと母さんの死体は見つかったんだけど、姉貴の死体は見つからないで、行方不明ってことになってる。」


「それは……きっと生きてるわ」


「だよな、俺もそう思う。だってアイツ、そんな簡単に死ぬとは思えねーもん。」


 蓮永の家族は、兄弟含め四人。

 姉が一人いて、交通事故の際、行方不明となっている。

 蓮永の知っている限り、姉は逞しい性格であり死ぬ姿がどうにも想像できない。


 少し泣き、だいぶすっきりした蓮永は涙跡をしっかりと拭き、焼かれた肉にかぶりつきながら、兄弟のことをメシアに楽しそうに話した。


 そんな楽しそうな蓮永の様子を、メシアは微笑んで見ている。


 いつのまにか、空は完全に暗い。

 暗い空間に焚き火の光が一つ。炎がゆらゆらと踊っていて、見ているとだんだんと眠気が襲ってくる。


「あれ、なんか……眠気が……、、」


「ゆっくりおやすみ。」


 暖かい焚き火と、満たされた腹、そしてそばには頼れる仲間のメシア……ここが危険な森とは思えないほどに、安心感があり、その心地よさは蓮永を眠りへと誘っていった。


「メシア……ありが……とぅ。」


 そう言い残し、蓮永は眠りへと落ちた。


「おつかれさま……。蓮永。」


 気持ちよさそうに眠る蓮永の額を撫でると、メシアは穏やかに暗い空を見上げた。


「きっと……。」

 

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