4.アニマの力


「せっかく異世界に来て、これかい。」


 蓮永は地面に膝をついてうなだれていた。

 

 異世界に来てから一日。いろんな非日常を見てきた。

 とくに化け物……魔物なんてやばいのもいるほどのファンタジー、魔法もある。それなのに……


「それなのに、魔法が使えないとか意味ねぇじゃん。」


「気にすることはないわ。確かに私達は魔法を使える。魂に流れる魔力を使って。」


「その魔力がないんでしょ。俺には」


「でもそれと同じように貴方達異邦人は、その魂に『力』を宿している。」


「力?」


 なにやら興味深い言葉の響き……力。

 魔法はなかったが、それに代わる何かがあるという口ぶりだ。


「そう。魔法と違って、一人一つしか持っていないけれど、世界でその人ただ一人が持つ特別な力。貴方にも、貴方だけの力があるはずよ。」


「俺にも……力……。」


「さっき無意識に使ったんじゃないかしら?ブラットベアーに。」


「あ。」


 先程起きた、何もかも止まって見える不可解な状況。あれは蓮永の『力』によるものらしい。


「どんな力なのかは知らないし、聞くつもりもないわ。でも間違いなく、さっきのは貴方の力。」


「俺の……力。」


「そして、『魂』から呼び起こされた力ということから、彼らはこの力をこう呼ぶ………『アニマ』と。」


「アニマ?」


「ラテン語?とかで、魂を意味する言葉だそうよ。」


「ラテン語……。しらねぇー。てか、なんでそんなこと知ってるの?」


「昔、貴方と同じ異邦人に会った時に聞いたの。」


 アニマ……どうやらラテン語で魂と呼ぶらしい。ラテン語どころか、英語すら苦手な蓮永はさっぱりだ。

 しかし、ようやく自分の力がわかった。込み上げてくる歓喜を体で表そうと、立ちあがろうとするが、、


「あれ……。体が思うように動かない。」


「あ、言い忘れてたわ。その『アニマ』の力は魔力を消費しない代わりに、体力と精神力を使うそうよ。」


「体力……精神力?」


 確かに先から体が重く感じ、とても疲れを感じる。思えば立ち上がるのも億劫なほど疲れていた。

 あまりの驚きでそのことに気づいていないだけで、蓮永はとんでもない体力と精神力を消費していたのだ。


「やばい……。体に力が入んない。」


「さっきので、ほとんどの体力を使い切ったのでしょうね。」


「嘘でしょ……。」


 アニマの力を使ったといっても、一瞬だ。あの時、全てが止まってみえて、ブラットベアーをぶん殴っただけ。

 一匹の魔物を倒したとはいえ、ここにはその魔物がまだ多く潜んでいる。それだけで、ここまで体力を失うのは……


「流石に、燃費悪すぎだろ。」


「大丈夫。力を使って訓練すれば、だんだん体力も精神力も強くなっていくから。最初は皆んなそんな感じよ。それにアニマの力はその持ち主の強い意志に応える。もしかしたら、もっと成長するかもね。」


「意志……ね。」


 蓮永の意志によって、さっきの力は成長するかもしれない。そもそも自分の力がまだなんなのかわかっていないので、成長もなにもないが。


「俺のアニマの力を把握するのが、まず先か。」


 己の力をよく理解して使わなければ、まずこの異世界では長生きできないだろう。自分の力がなんなのかを把握するのが、まず最初の課題だ。


 それはそうと、先から蓮永は気になっていることがある。


「なんで、そんなに詳しいの?もしかして、そっちも異邦人?」


「違うわ。言ったでしょう。昔、会ったことがあるの。貴方ではない別の異邦人に。その人からいろいろ聞いてただけよ。」


「へぇ………。」


 少女の見た目は、蓮永と同い年か、歳下か、ぐらい。そう考えると、ここ数年の話か……。どれくらい昔に会ったのだろうか?


「ん?なんだ……この音。」


「来ちゃったわね……。」


 なにか、カチカチと音がする。その音はだんだん近づいてきて、その音のする方を向くと、デカい牙を剥き出しにした顔がいやにデカい四足歩行の気持ち悪い生物が、こちらを見ていた。


 目はとても小さく、頭部が体の半分を占めている。黒い毛に覆われ、元いた世界では見たことない姿形だ。


「え、あれ、もしかして、魔物?」


「そうみたい。」


「うっ、うわあぁぁっ!」


 急いで立ち上がり逃げようとするが、、


「嘘……。やばい、立てない。体に力が……。」


 アニマの力を使うどころか、立てすらせず動くこととままならない。


「やばい……。これ……マジでやばいんじゃ……。」


 ここが危険な森だということを忘れていた。こんな体では逃げられない。


「あれは……ブラックファングね。」


「やばいやばい、動けないって!!」


「じゃあ貴方はそこでじっとしてて。」


 少女はそういって目の前の魔物……ブラックファングに近付いていった。


「お前っ!!なにしてんだよ!!喰われるぞっ!!」


 蓮永の言う通り、ブラックファングはその大きな口を開け、少女を捕食する準備をしている。


「なにしてーー。」


 蓮永が叫ぼうとすると、ブラックファングは少女に飛びかかっていった。

 その瞬間、少女は無駄な動きなくブラックファングの突進を華麗に躱し、背後に立つと、ブラックファングの背中に触れる。


「おやすみなさい。」


 少女が優しくそう声を掛けると、ブラックファングはピクリとも動かなくなった。


「えっ?」


 今の一連の少女の動きを、蓮永は呆然と見ていた。今なにが起きたのか、わからなかった。

 しかし、少女が触れたブラックファングは傷一つなく、それでも死んだように動かない。


「何を……したの?」


「うーん。考える力を奪ったというか。生きてはいるわ。人で言う廃人みたいな感じね。」


「こっ、こえぇよ。」


 さも当たり前のような顔で言う少女に、蓮永は恐怖すら覚えてしまう。

 といっても、少女が今この魔物を倒さなければ蓮永は死んでいたわけで……


「ありがとう。助かった。」


「それはお互い様。さっきは貴方が助けてくれたでしょう?」


「もしかして、さっき俺が何もしなくても、ブラットベアーも倒してた?」


「どうかしら……。」


 少女の口ぶりからして、絶対にブラットベアーも倒せていただろう。

 と考えると、


「俺、あの時命賭けた意味ないじゃん。」


「でも、助けてくれたって事実は変わらないわ……。ありがとう。」


「う……うん。」


 少女は優しく微笑みかけ感謝し、蓮永も素直にその感謝を受け入れてしまう。


「ねぇ、名前は?俺の名前は蓬莱蓮永。」


「レント……。私の名前は……メシアよ。」


 メシア……それが少女の名前。


「一人で立てないのでしょう?ほら、つかまって。」


 メシアは、自分の力では立てない蓮永に手を差し伸ばし、微笑みかける。

 その顔は、とても可愛らしく、蓮永の頬が少し赤くなった。


「あっ、ありがとう。」


 その厚意に甘え、メシアの手を蓮永は握る。

 その白く柔らかい手に触れる。

 蓮永の手とメシアの手が触れ合い、お互いその手を離さない……否、メシアがその手を離そうとしないため、蓮永はどうすることもできないのだ。

 一分……二分ほど経ち、流石に気になった蓮永が彼女の顔を覗き込むと、とても驚愕した顔で、体を震わせ、何も喋らない。


「メシア……?」


 メシアは握られた手を震わせ、もう一方の手で強く蓮永の手を握った。


「貴方……だったのね……。」


 メシアは目からは、一滴の涙が流れていて、、


「嘘っ……!なんで泣いて……。」


 突然のメシアの潤んだ瞳に、蓮永はびっくりする。

 その顔は、まるで蓮永を最初から知っていたかのようだ。


「あの……え、俺達、初対面ですよね……。」


「そう。初対面。だから、この出会いは偶然……奇跡なの……。」


 意味のわからないメシアの言葉に、蓮永は困惑し、苦い顔をする。

 もしかすると、メシアは不思議っ子というやつなのか……。

 蓮永の苦い顔を見たメシアは、こぼれ落ちる涙を拭き、その手を離す。


「ごめんなさい。なんでもないわ。気にしないで……。」


「いや、そう言われましても……。」


 泣いているのだから、気にしないというわけにもいかない。

 とても気になるが、ひとまずここはメシアがすごい不思議っ子ということにした。



――――――――――――


「それで……レント、貴方はこれからどうしたいのかしら?」


「うーん。まずこの森を出て、人がいる場所……街に行きたい。」


 メシアという人がいるのだから、この世界にはしっかりと人々が存在する。

 人々がいるということは、少なからず文明は築き上げられているはずであり、人々がいる街があるはずだ。


「なら、私が案内してあげる。」


「マジでかっ!!そりゃありがたい。」


 蓮永は今、体に力が入らず一人でうまく歩けないため、メシアの小さい体に支えられ歩いている。

 蓮永が一人で森を彷徨っていた時は、いつ襲われるかわからない恐怖と不安があり、孤独感でいっぱいだったが、今はメシアがいるおかげで精神的には楽な方だ。


 やはり、誰かと一緒にいるというのは、安心するものである。


「こっから街までどれくらい?」


「そうね。歩いてあと四日くらいかしら。」


「四日ぁ!?」


「四日……くらいだと思うわ。」


 この森がどれだけデカいかわからないが、ここから街までの距離は相当長いらしい。


 平和な日本の都市部で、平凡に生きてきた中一の蓮永からすれば、四日間森の中を歩くというのは、とんでもない苦行である。


「四日……。風呂なし、ベットなし、生活があと四日……。」


 風呂に入って、夜はベットで寝るという当たり前の生活ができないショックはなかなかにデカい。


「あぁ、腹減った。もう飯時だよ。食わないと流石に死ぬ……。」


「そうね。これを食べましょう。」


 風呂に入らなくても、生きてはいられるが、さすがに食事を取らなければ死んでしまう。

 それを回避するためにメシアが出した提案は、さっきから彼女が引きずっていた『もの』を食べること。

 それは……


「やっぱりそのために、持ってきたのか……ブラックファング……。それほんとに食えるの?」


 ピクリとも動かず死んでるように見えるが、一応はまだ生きてるらしい。

 

「この魔物は毒もないし、食べれる……はず。私は食べたことないけど。」


「おいマジか……。怖いんだけど……。」


「でも食べないと貴方は死んでしまうわ。」


「だよなぁ。」


 結局、その魔物を食べることに決定してしまった。生きるために、この際わがままは言えない。


「まず、このブラックファングの命を絶たないと。」

 

 そういってメシアはブラックファングの首に手をかざす。

 すると、かざした手に一瞬光を帯びて、次の瞬間には、発生した鋭い風がブラックファングの首を飛ばした。


「それが……魔法。」


 初めてみた魔法に感心により、首を飛ばされた魔物のグロさもそこまで感じはしない。


「私、火は起こせないのだけど……新鮮だから一応生でも食べれると思うわ。どうする?」


「絶対やだぁっ!!それに、火おこしなら学校でやったことあるからできるし。」


 小学生の時、林間学校で火おこしをした経験があり、枝や燃えるものがあれば火を起こせる。


「じゃあ、火を起こして。その間に私は毛皮を剥ぐわ。」


 林間学校の時の経験を活かし、蓮永は手頃な枝と枝をこすり合わせ、そこらへんにある燃えそうな草を周りに置いた。


 10分ほど、こすり合わせた結果、ついに煙が、火種ができて、周りに置いてある燃えそうな草に火種が広がっていく。


「きたきたぁ!!ふぅふぅ。」


 火がついた草に息を吹きかけ、火を成長させていった。

 そこにどんどん、枝を焚べて火を成長させれば焚き火の完成だ。


「ちょうどよかったわ。私も今作業が終わったところ。」


 メシアが持っている魔物は、毛皮が剥がされていて、もはや原型がない。

 少し、鶏肉に似ている。


「じゃあ、焼くか……。」


 魔物の肉塊を焚き火で焼き、少し時間が経つと肉は丸焼きになり、食べれそうな見た目にはなった。


「いっ……いただきます。」


 恐る恐る魔物の丸焼きを食べると、、


「普通だ。普通の鶏肉みたい……。」


 味は鶏肉のような味、味付けはしてないのでほとんど肉だけの味だが、不味くはない。


 

「はぁ、食った食った。」

 魔物の肉を完食し、蓮永はそのまま地面に寝転んだ。


「このまま、寝れればなぁ」


 ここにきて、蓮永のダラダラしたい欲求が溢れてくるが、そうすればいつまで経っても森を出られない。


「いくらメシアがいてもこの森が危険なのは代わりねぇからなぁ。」


 一刻も早く、ベットで眠るために街を目指さなければならない。

 そこそこ体力が回復した蓮永は自力で立ち上がり、、


「じゃあ、行くか。」


「そうね。」


 蓮永とメシアの森を抜けるための旅が始まった。


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