3.少女
やってしまった。
体が勝手に動きましたすいません。なんて言い訳か通用する相手じゃない。
「だって、本当に体が勝手に動いたんだもん。」
枝を投げつけられた熊のような化け物は、依然蓮永を睨み続けている。
「あのぉ、やっぱさっきの、なしってのはぁ〜。」
「ルガアァァァァっ!!」
「ひっ。ですよねぇ!!」
枝をぶつけられて怒っているのか、その正気の沙汰ではない目で蓮永を見ると吠えた。
どうやら、蓮永を許す気はないようで熊の化け物は狂ったように、木にその鋭い爪を振り上げた。
しかし、そのデカい木を破壊することはできない。
「はっ……はは、バァカ。こんなデカい木がそんなんで切れるはずないじゃん。いくらバケモンでもコイツバカだ。」
知能は普通の獣と同じくらいのようで、一心不乱に蓮永を襲おうと木を爪で引っ掻いている。
「はぁ、なんで俺がこんな馬鹿なこと……。」
人のために自分の命を危険に晒すなど、普段の蓮永なら絶対にしないはずだが、思考よりも先に体が動いてしまったのだ。
「それに……なんか、あの女だけはどうしてもいなくちゃならないって、感じがする……。」
その少女は綺麗な白い、腰まで伸びる髪のまるで妖精かのように可愛らしい女の子だった。
白い綺麗な模様が入ったワンピースに白いコートを羽織った、真っ白い肌の、まるで白を擬人化させたような少女だ。
そんな少女が驚いたような顔で蓮永を見ていた。
その女の子を救えと、蓮永の直感が思考に反してそう告げてる。
「いや、違う。俺はあの女に恩を売るためにやったんだよ。俺が人助けなんて……。」
素直にそのことを認めない蓮永が必死に言い訳を考えていると、、バキっという何かがへし折れる音と木が倒れていった。
「嘘だろっ!こんなデカい木をっ!?」
熊のような化け物は、蓮永の立つ木をついにその爪で破壊してしまい、木は蓮永を乗せて倒れていく。
「うっ嘘ぉ、もおぉぉっ、無茶苦茶だよっ!!」
このままでは、落下した衝撃で当たりどころによって大怪我の可能性もあるだろう。
「くそぉっ」
蓮永は覚悟を決め、倒れていく木から飛び降りた。
「うっうわあぁぁっ」
一瞬ジェットコースターに乗っている時のような浮遊感が襲い、その次の瞬間に蓮永の足が地面に着地した。
「いっいてぇぇ。」
その衝撃は足が吸収し、激痛が足に走る。しかし、そんなことで止まっているわけにもいかない。
「だから冗談ですってぇ、そんな怒らないでくださいよぉ。」
怒る化け物が、地上に降りた蓮永を獲物を見るような目で見ていた。
痛い足を必死に動かし、全力で走り出す。
「やばいっ!!やばいやばいやばいっ!!速いんだけどぉっ!!熊だからかぁ!?」
蓮永を追う熊のような化け物はとても速く、緑の化け物の比ではない。
おそらく、あと少しで追いつかれる。
「マジかよ、これが俺の最後って……。」
この異世界にきて早々に死ぬ。正直蓮永は異世界を舐めていた。なんとかなるんじゃないかと思っていたが、そんなことはない。
理不尽に命を刈り取る怪物が今、蓮永を食おうと口を広げ、すぐそこまで迫っている。
異世界に呼びだされ、森に放置された挙句、化け物達に追われ、心身ぼろぼろ。そして最後は化け物に喰われて死ぬ。
「納得いかねぇーっ!!ふざけんなよっ!!母さん父さんが死んでも、必死に生きてきたのに、こんな死に方っ!!」
怒りが込み上げてくる。両親が事故で死に、それでも蓮永は悲しみに耐え生きてきたのに、こんな理不尽な殺された方するのは、とても腹が立つ。
「死ねぇっ!!このバケモンがァっ」
最後に一発喰らわそうと、拳を握り振り返ると、その化け物と目が合う。
その瞬間、、止まった。
「は?」
何もかも止まった。
飛んでいる鳥も、踏まれ舞い散る草も、風さえも……。当然化け物も止まっている。
体感一秒、
「このバケモンがっ!!」
ニ秒目で、蓮永は思いっきりその拳で化け物を殴った。ビクともせず動きもしない。
当然である。中一のパンチが熊のような巨体に入ったところで、効くはずがないのだ。
しかし、体感三秒目が過ぎた瞬間、化け物は時間差でぶっ飛んでいった。
「へっ?」
蓮永は起こったことが全く理解ができず、そんな間抜けな声をだすしかない。
よく見ると、普通に鳥も飛び、草は舞い散り、動いている。
「幻覚……?」
三秒……ほとんど一瞬だったが、何もかもが止まってみえた。幻覚と言わらればそれまでだが、確かにそう見えたのだ。
その証拠に、、
「あのバケモンは……。」
蓮永はぶっ飛んでいった化け物の方へ呆然としながら、やけに重い体を動かし歩いていった。
「えっ……。死んでる。」
その化け物は頭をへこませ、血を流しながら死んでいる。今起こったことが間違いなければ、これをやったのは……。
「俺……?」
「ねぇ、今のこれ、貴方がやったの?」
困惑している蓮永の耳に、唐突に知らない綺麗な声がすっと入ってきて、蓮永が振り向くとそこには先程の少女がいた。
「あ………。」
呆然と、そこに立ちつくす蓮永を、少女は不思議そうに見て、顔を近づける。
「ねぇ、どうなの?貴方がこれやったの?」
少女は死んだ化け物を指差しながら言っていて、、
「ーーはっ。」
ようやく正気に戻った蓮永は、その少女をじっと見た。
「いや……。わかんない。俺が……やったの?」
なんとも言えない、曖昧な回答だ。自分でもなにが起きたのかわかっていないのだから、仕方ない。
「私には、『ブラットベアー』が貴方を食べようとして、貴方が振り返った瞬間、突然吹っ飛ばされたように見えた。」
少女には蓮永が殴った瞬間が見えていない。あそこだけまるで現実ではなかったかのように………。
「でも、俺が殴った場所と頭のへこんでる場所は同じだ。ってことは、やっぱりあれは現実だった?俺だけしか知らない現実……。」
幻覚と思おうにも、化け物の死体という決定的な証拠がある以上、やはり蓮永がやったことなのだろう。
そして、もう一つ気になる単語が……。
「『ブラットベアー』ってなに?」
「この『魔物』の名前。」
少女は化け物の死体を指差しながら言っている。
そして、また新しい単語だ。
「魔物?」
「貴方……魔物もわからないの?」
「分からない………。」
蓮永が『魔物』について聞くと、少女は驚いたような顔で、聞き返した。
きっと無知だと思われたのだろう。
「魔物は『魔力』を宿した、とても凶暴な生き物。あらゆる生物を食らい、その魔力を奪う野蛮な生き物よ。」
また新しい単語だ。
「魔力」とは、とても気になる単語だが、これ以上質問すれば、とんでもない無知だと思われそうでなかなか質問できない。
といっても、蓮永も漫画は好きなので魔力ぐらいは知っている。
何か言いたげにモジモジしてる蓮永を見て、少女は察したように、続けた。
「魔力というのは、全ての生物が持ってる……言ってしまえば、魂の血液のようなものね。」
「魂の血液?」
「そう。魂の中を魔力は巡ってるの。空間に漂ってる魔素という、魔力の素のようなものを魂が吸収して魔力を作り出す。魂は魔力がないと存在できない……だから魂の血液。」
魔力……実にファンタジーっぽい響きだ。漫画とかでよく見る感じのやつである。
ということは、魔力があるということは、もしかすれば、、
「もしかして、魔法とかって存在します?」
「あるわよ。魔力を消費して使うものが魔法。炎を出したり、水を出したり、いろいろあるわ。まぁ才能がないとできないけど。」
あった。
一度は使ってみたかった魔法が……。しょぼい魔法でもいいから使ってみたいと思ってしまう。
「さっき、全ての生物って言ってましたよねっ!!」
「言ったわ。」
ということは、蓮永も魔法を使うことができる、その喜びを体で体現しようと、、
「っしゃーー」
「ただし。」
渾身のガッツポーズとともに、歓喜の声をあげようとすると、少女はそれを遮った。
「『異邦人』は例外。」
「異邦人?」
またまた分からない単語だ。
「やっぱり、貴方異邦人ね。異邦人も魔力も魔物も分からない人なんて普通いないもの。それなら、さっきのブラットベアーのことも納得だわ。」
「なっ、なに言ってるんで?」
勝手に納得している少女についていけず、蓮永は困惑しっぱなしである。
「異邦人っていうのは、こことは全く別の世界からきた異界の住人のこと。こことはまるで常識が違うらしいから、最初は皆んななにも知らずに困惑するの。」
「え。」
少女が言った異邦人の意味。それは蓮永と同じく異世界にやってきた同じ元いた世界の住人。それが馴染みのように認知されているということは……。
「もしかして、俺の他にもいるの?この訳わかんない世界に来ちゃった人が!!」
「いるわよ。訳わかんない世界っていうのは少し失礼だけど。」
異邦人……。この世界に来る人が他にもいるとしたら、もしかすれば、帰る方法を探している人……下手すれば帰還方法を見つけている人もいるかもしれない。
しかしそれよりも……
「ん?待って。さっき、異邦人は魔力の例外って言った?」
「言ったわ。魔力を持つのは『ここの世界』の全ての生物であって、貴方達は別の世界の生物。魂のつくりがまるで違うわ。」
「は、へへ……。そう……ですか。」
蓮永は、哀しげに笑い地面に膝から崩れ落ちた。
また蓮永の望みは打ち砕かれ、魔力がそもそも無く、魔法が使えないという事実が発覚したのだった。
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