2.異世界
「はぁぁぁ」
蓮永は木によたれかかり、それはそれはデカいため息をついた。
「現実……。このわけわかんねーのが現実。あぁ、そもそもあんな夜中に起きなきゃ、こんなことにはならなかったんだよなぁ。」
今更手遅れなことだが、それゆえに後悔が降り積もっていく。
もし、蓮永が夜中に目を覚まさなければ、今頃部屋でぐっすり眠っているだろう。
「そうだ……。俺寝てる最中だったんだぁ。眠くなってきたぁ。」
先程の化け物に襲われた恐怖から忘れていたが、蓮永は眠っている最中だった。当然眠いに決まっている。
それを自覚した途端に、蓮永を睡魔が襲った。
「ねみぃし、いてぇし、出口わかんねぇしっ!最悪だぁぁ。」
半泣きで、顔を手で覆いながら、今の状況を嘆くしかない。
まだ蓮永は中一で、12歳の少年がこんな訳のわからない森に一人放り出され、意味のわからない化け物に追い回されたらそりゃ泣きたくもなる。
「つか、大人でも泣くだろこりゃ。はぁ。」
それから少し、泣きべそかきながらも落ち着いてはきて、ようやく状況整理するほどには余裕が出てきた。
「えっとぉ、確か俺は夜中に起きて、胸が光ってて、光の線ができて、それを追ったら、変な穴のある壁を見つけて、中に入ったらこの森、そんであの意味わかんねぇバケモンに追っかけられる。なんじゃそりゃあ」
簡潔に、今まで起こった出来事を整理してみても、やはり意味がわからない。
こんなこと今まで生きてきた人生で一度もなかったし、普通に生きてればこれからの人生でもなかっただろう。
不思議な生物、この世のものとは思えない化け物、明らかに日本のものではない。というよりも……
「そもそも、ここ俺がいた世界ですらねーよなぁ。もしかして、漫画とかで見る『異世界』ってやつかぁ?ああゆうのは見る分にはおもしろいけど……」
自分でその世界に入ってしまうのは、嫌に決まっている。冗談じゃない。
「血は止まったかぁ。ここで黙っててもなんにもならねぇしぃ……。街とかあんのかな?」
先程やられた傷口から流れていた血は止まってたが、まだじんわりと痛みが残っている。
それよりも、ここにいればまた何に襲われるのかわからないため、移動することにした。
「ひっ、なんだよ。気持ち悪いな。木に顔があるってどうゆうことだよ……。」
見知らぬ森を一人で歩く気分は最悪だ。それも普通の森じゃない、何が起こるかわからない恐怖と不安でいっぱいである。
現実逃避フィルターが剥がれたことによって、先程の不思議だけど楽しいファンタジーな森から、不気味でおっかないファンタジーな森に大変身だ。
雰囲気がだいぶ変わって見え……
「いや、本当に変わってる。さっきはもっと、なんかふんわりとした感じだったのに、不気味ってゆうか……。」
リアルで、先程とはまるで雰囲気が違う。それは気分的な問題ではなく、本当に違うのだ。
「薄暗いし、変な植物もさっきより気持ち悪いし、それになんか、圧迫感を感じる……。」
歩き進めると、どんどん森が不気味になっていく気がして、蓮永は一瞬立ち止まった。
「そうだ。あの気持ち悪いバケモンから逃げるうちに、離れちまったんだ。あそこに戻れば……。」
戻ればあるいは、異世界に迷い込んだ状況は何一つ変わらないが、ここにいるよりは安全だろう。そう蓮永の本能が告げていた。
しかし、、
「最悪だ……。どこから走ってきたかわかんねぇ〜っ。」
無我夢中で走るあまり、自分がどの方角から走ってきたのかすら分からない。戻りようがない。
「はぁ、進むか……。」
流れる風がいちいち蓮永の肌を舐めるように通り過ぎていき、さきから蓮永の肌は鳥肌が立ちっぱなしだ。
しばらく歩いていると、何やらくちゃくちゃという咀嚼音が聞こえる。
「なんだよぉ、この音……あぁ聞こえない聞こえない。」
耳を手でポンポン叩きながら知らないふりをして通過しようとするが、一歩進むとビチャっという何かの液体を踏んだ音が聞こえた。
「ひっ……。血……見るなぁ見るなぁ〜。」
踏んだものは血……どこからか流れてきている赤黒い血。
近くから聞こえるくちゃくちゃという咀嚼音、これだけで何が起こっているかは容易に想像できる。
何度も見るなと自分に言い聞かせるが、こんな時に発動してしまうのが思春期の好奇心。
「なんで……俺はなんでこんなことしてんだよぉ」
自制と好奇心がぶつかり合い葛藤するが、好奇心が勝ってしまい、ゆっくり足音を立てずに、木影に隠れながら咀嚼音のする方へ歩いていった。
すると、、
「ひっ………!!やっぱ食ってるぅぅ。」
通常よりはデカい犬のような、しかしはっきりと分かる犬ではない化け物が数匹で、大きなトカゲのような化け物を喰らっている。
「ふぅーー、はぁー、こっこえぇ。」
あまり音を立てないように、手で口を抑えつつ、それでも息遣いと言葉が漏れてしまう。
おびただしい赤黒い血が撒き散らされ、流れていっている。さっき蓮永が踏んだのは間違いなくこれだろう。
そっと……そっと物音を立てないように、決して気配を化け物に気取られないように……後ろへ後退し、少し距離が離れると一目散に逃げた。
「はぁ、はぁはぁ、バケモンがバケモンに喰われた……!!この森、やっぱ相当やばい場所なんじゃねぇの!?」
犬のような化け物も恐ろしい風貌をしていたが、喰われていたトカゲのような化け物もそれは恐ろしい風貌だ。
この森がどんな場所かは分からないが、あのような化け物がそこらに潜んでいるのは間違いないだろう。
「まだ、見つかってないのは……俺の運がいいだけ?」
いつ魔物に見つかってもおかしくはない。それでもまだ見つかっていないのは蓮永の運がいいだけなのか、あるいは……
「俺に、なんかの力があったり?」
敵を倒す魔法。悪を薙ぎ倒す超常パワー。殴るだけで岩をも砕く身体能力。少年なら誰もが一度は憧れるシチュエーション……蓮永もその例外ではない。
「こんな訳わかんない状況だ。もしかして、俺、なんかの力を持ってるとか……。魔法っ!!魔法使ってみたいなっ!」
そう考えると、少しテンションが上がり、
「はっ!!ほっ!!そらっ!!」
いろいろポーズをしたり、アクションしてみるが、何もない。
「じゃっじゃあ、おらっ!!」
近くの木を思いっきり殴ってみると、当たり前のことだが、木は硬く。中一の小さい拳ではびくともしなかった。それどころか、、
「いってぇぇ!!」
殴った拳を痛め、拳から少し血が流れる。
「はぁ、俺なんも力持ってねぇー。」
当然だが異世界に来ただけで、蓮永は今までと何も変わっていなかった。そのショックでその場に座り込み大きなため息をする。
「何やってんだろ……。俺は……。」
自分に力がない以上、この化け物達の脅威から逃れる術は、森を脱するしかない。
「街とか村、ないのかなぁ……。いや、ここが異世界ならあるはずだ。」
ここが、異世界であるということはわかったが、そこに人がいて、文明があるかどうかは分からない。しかし、もうそれに頼るしかないのだ。
「眠ぃ、もう俺の体ぼろぼろじゃん。」
黙っていると眠気が襲い、先程緑の化け物にやられた傷が痛み、自分で木を殴った拳が痛む。
「仕方ない。少し走るかぁ。」
眠気や、痛みを忘れるために森をゆっくり走りつつ、街や村を探し始めた。
時間が経過し、明るかった空は暗くなり夜となっていた。
「もう暗いじゃん。あぁ、もうダメ、限界。」
あれから、走るのに疲れ歩いて森を彷徨っていたが、流石に疲労が限界に達し、歩くのをやめる。
「木の上なら……木登りは、多分できるはず……やったことあるし。」
魔物がいたとしても、もしかすれば木の上なら大丈夫かもしれない。蓮永はデカい木を登り、派生する太い枝に座ると、、
「ここなら……。大……丈夫……。」
ついに蓮永はこの異世界で睡眠につくことを実現することができた。
――――――――――
暗かった空に日がさし、空は明るくなっていく。
その明るさと、何やら騒がしい音に蓮永は起こされた。
「ん?朝………。よかった。生きてた。」
朝起きて、目覚めの一言が『生きてた』は初めてだ。
それよりも、蓮永を起こした騒がしい音の正体……それは、
「うわっ、またバケモノだ……。よかったぁ木の上で寝てて。」
熊のような化け物が騒がしく唸っていた。もし、あのまま下で寝ていたらどうなっていたか、想像しただけでゾッとする。
「にしても、アイツ、なんであんなうるさいんだ?」
そう思ってよく化け物付近を見ると、それは蓮永にとって残酷なものだった。
「嘘……だろ?」
人……それも少女が、熊のような化け物に襲われていたのだ。蓮永が座っている木が邪魔になり、少女の逃げ道はない。
「あの子には悪いけど、俺なんもできねぇし。無理無理。それにあの子を囮にしたらもしかしたら……。」
蓮永には化け物をどうすることもできない。見殺しにするしかなかった。それどころか、少女が殺され喰われている隙に……。なんて思ってしまう。
「そうだ。そうするか……。」
蓮永は少女と化け物から顔を逸らし、逃げる準備をする。
唸る声、獲物を前にした猛獣の声だ。あと数分後には少女は喰われているだろう。
「その時に……急いで木から降りる……。悪いな。知らない人。」
すると、化け物が大きな雄叫びをあげて、進む音がする。
今、あと少しで少女は死に、自分は逃げる………………………………。少女は死ぬ。
自分は人を見殺しにできるのか……。
その次の瞬間、蓮永は木からへし折ったそこそこの枝を、化け物にぶん投げた。
ぶん投げた枝は化け物に直撃し、こちらをジロリと睨みつける。そんな中、蓮永は引き攣った顔で笑い、震えた声で
「そんなん食って、腹一杯なるわけねぇだろっバァカ。」
と盛大に喧嘩をふっかけてしまった。
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