1.異変


「嘘でしょ……。帰り道ねーじゃん。」


 至極当たり前のことを、呆然としながら言った。

 見知らぬ森に来た挙句、帰り道もない。自分が今どこにいるのかさえわからない状況。

 蓮永は一瞬思考が停止した。


「待て、考えろ。考えろぉ俺。ありえない……んなことありえねぇよ。まず今まで起きたことが全部ありえない。」


 頭をフル回転させ、思考を巡らせる。最善の策を導き出すために、頭を使い、使い、出た答えは……


「そうだ!!こりゃ夢だ。」


 現実逃避だった。


 夢ならたぶんいつか覚める。そう信じると、とても安心感があり、一瞬強張った表情も緩んだ。


「よかったぁ。こんなの現実なわけないもんなぁ。よし、じゃあどうせいつかは覚めるし、この森探索してみるかっ!!」


 めんどくさがりと言っても、やはり思春期男子が非日常の魅惑に勝てるはずなく、これは夢の中だという安心感と相まり楽しさが芽生え、森を探索することに決めた。


 「すげぇ、見たことない木ばっかりだなぁ。ここ日本じゃねぇだろ。」


 周りに生えている木々は、どれも現実のものとは思えず、不思議なファンタジーな感じ……まるで異界にでもいる気分である。


「あ、ここ夢の中か。本当に夢の中か?」


 夢の中にしてはリアルすぎる木で、風で揺らぐ葉の音や鳥のざわめきも鮮明に聞こえてくる。

 もし、これが夢でないとしたら、


「いや、これは夢です。絶対に夢っ!」


 一瞬感じる嫌な予感を無理やりねじ伏せ、夢だという現実逃避を徹底した。


「ぅーーっ、それにしても、いい場所だなぁここ。こうゆう場所で一回だらけてみたかったんだよねぇ。」


 蓮永は思いっきり腕を伸ばし、体を伸ばすと、綺麗な緑の草で生い茂る地面に転がり込んだ。


「きのこ……。こりゃあ毒だよな。」


 蓮永が、ゴロゴロして転がりまわった先には、鮮やかな色をしたきのこがある。

 鮮やかなきのこは毒があると、以前テレビでやってたので、おそらくこのきのこは毒だろう。


「にしても、へへっ変なきのこだなっ」


 少し変な形をしたその鮮やかなきのこを見ていると、おもしろく、ついちょっかいをかけたくなる。


「ほれ。」


 思わずそのきのこをつつくと、


「うわぁぁぁっ!!うっ動いたぁぁ!」


 そのきのこは自分で動き出して、地面から足をだすと走り去っていった。


「きもちわるっ!!」


 一人で走っていくきのこの後ろ姿は気持ち悪く、率直な感想が出てしまう。


「よいしょっと。」


 蓮永は寝ていた体を起こし、立ち上がると、パジャマについた草を払い落とした。


「にしても、よく見りゃあ変なもんだらけだな。」

 

 辺りを見渡すと、一人でに揺れる花や、一本だけ長い葉を持つ植物、木に絡みつく太いツル。おかしなものばかりである。


「ん?いい匂いがする。」


 ふわりと風に乗ってくる甘い匂いが、蓮永の嗅覚を刺激して、


「あへへ、腹減ってきたなぁ。」


 匂いのする方向に歩いていった。

 すると、そこには


「嘘ぉ〜。あれ、蜂の巣だよなぁ。」


 大樹に吊るされた蜂の巣、形はなんの変哲もない蜂の巣だが、問題は……


「デカくね?」


 とんでもなくデカい。どれくらいデカいかというと、人が数人中に入れるくらいにはデカい。

 その蜂の巣から、光沢する甘そうな蜂蜜が垂れ落ちていた。


「うっ、うまそう……。」


 口から溢れるヨダレを吸い上げ、蜂の巣に近づこうとするが、寸前で自制が効く。


「さすがにねぇよなぁ、いくら夢だからってさすがに蜂の巣に近づくのはないわぁ〜。」


 と、木の影に隠れ、ゆっくりとその場を離れた。

 森を歩き回り、探索を続けていくうちにだんだんと不思議な森の様子にも慣れ、景色を変わり映えせず、見飽きてくる。


 「ちぇっ、なんかつまんなくなってきたなぁ」


 こうなればもう蓮永のめんどくさがりな性格が発動だ。

 森のど真ん中に寝っ転がりダラダラを開始し始める。


 ダラダラ、ゴロゴロ、生えている草を抜き、いじり出し、足をばたつかせ、


「早く夢覚めねぇかなぁ。」


 いよいよ退屈になってきていた。


「暇だぁぁ。いてっ。」


 寝たまま転がって暇つぶししていると、何かが自分の頭に当たる。


「ん?なんだ?」


 頭に当たったものを確認すると、それはそこに立っている『何か』だった。


 その『何か』を見上げ、その正体を確認した瞬間、蓮永は血の気が引く。


 苔のような緑の肌で、人に近い形をしているが、明らかに人ではない。というよりもこの世の生物ではない。


 蓮永は無言で、寝ながらその化け物から離れるように転がり逃げた。


 急いでその化け物を見ないように立ち上がると、


「ない……ないないない、ないって、絶対ない。見間違いに決まってんじゃん。」


 と自分に言い聞かせる。


「そうだよ。見間違い。振り返ったらたぶん人の形に近い木だって。」


 一人でぶつぶつ、言い聞かせ、覚悟を決めて振り返ると、もうすぐ近くに迫った気持ちの悪い化け物が蓮永を見ていた。

 ギョロっとした黄色い目が異常に気持ち悪い。


「夢……これは夢……。もしかしたら森の妖精的なもので、会話とか……。」


 恐怖と焦りでもう自分がなにを言っているのかわからないが、とりあえずその化け物と会話を試みる。


「あのぉ、お名前とかぁ〜。」


 頬から冷や汗をかきながら、まず一言。

 すると、その緑の化け物はゴロゴロ唸りながら首を傾ける。


「ですよねェェっ!ありませんよねェェ!あれ、もしかして森の妖精さんとかーー」


「ガぁっ!」

 

 渾身の話術を繰り広げようとした瞬間、緑の化け物が腕を振り上げた。

 すると、緑の化け物の鋭い爪が蓮永の腕をかすり、そこから血が流れる。


「えっ、血?いてっ。いた?夢なのに……痛い?」


 かすっただけだというのに、腕にははっきりと切り傷があり、じわじわと痛みが込み上げてくる。

『痛み』それはようやく蓮永の現実逃避を破壊し、夢ではないということを証明させた。


「はっ……はは。失礼しましたァァァァっ!!!!」


 蓮永は血が流れる腕を抑えながら、猛ダッシュした。


「なんじゃありゃぁぁぁっ!!なにあれ、えェェェっ!?なんだあれぇぇぇっ!!」


 後ろを見る余裕がないので、追ってきているかはわからないが、二重の地面を踏む音からきっと追ってきているだろう。


「マジふざけんなぁぁぁっ!!夜中に起こされて、こんな森に放り出された挙句、この仕打ちかよぉぉぉっ!!」


 叫びながら、ダッシュする。自分がどこに向かっているかも分からないが、とりあえず一心不乱にダッシュした。


「つーか、夢じゃねぇじゃん。痛いってことはこれ、現実ぅ!?嘘だろっ!!マジでぇぇ、もぉぉぉっ!!」


 体力のある限り走り続け、その限界が来たころようやく止まった。


「はぁはぁはぁ、ゼェゼェゼェ。空手やっててよかったぁ、はぁはぁ、なんとか体力持ったぁ。」


 以前空手を習っていたおかげで、体力はあり、長距離のダッシュもなんとかできる。

 もっとも、このような場面で発揮できるとは思いもしなかったが……


「追ってきて……はぁはぁ、ないな……。」


 後ろを振り向くと、緑の化け物はいなかった。

 しかし、腕から流れる血と、痛みから、完全に蓮永の夢説は消え去っていく。


「あぁ、マジかよぉ。これ、現実ぅ?」

 

 どうやら蓬莱 蓮永ホウライ レントはこの訳の分からない異界の地へ足を踏み入れてしまったらしい。


 


 


 


 

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