第17話 開戦

 始まったか。

 外壁の向こう側から聞こえてくる怒号に耳を傾け、カヴォロスは目を開いた。

 溜まった力は約九割といったところ。これならいけるか。


 この六日間、カヴォロスは鬼の軍勢に対抗するための力を蓄え続けていた。カヴォロスの纏う漆黒の鎧に、魔力を充填する。大軍を相手取るなら、相当量の魔力が必要だった。


竜成たつなり君!」

結花ゆか


 カヴォロスは外壁の上へ上がろうとしていた。そこへ結花が駆け寄ってくる。


「なにしてる、隠れてろって言ったろ」

「う、ううん! わ、私も戦う!」

「そんなに震えた手足で何言ってる」


 剣を両手で抱えるように持ち、カヴォロスに訴える結花だったが、その両手足は震えていた。

 今日までエルクやベルカが、結花に手ほどきをしてくれたが、彼女にいくら勇者としての力があっても、絶望的に経験が足りない。勇者召喚のシステムはよくわからないが、こんな幼気な少女をいきなり世界の危機と戦わせようとするなどどうかしている。カヴォロスがいなかったらどうなっていたことか。


「いいから、隠れてろ。大丈夫だ」

「で、でも……!」

「いいから!」


 カヴォロスは結花を、内側の守りに就く騎士に預けて今度こそ外壁の上に上る。


 外壁の向こうでは、エルクの指揮する騎馬隊、モーガン率いる歩兵隊が鬼の軍勢と正面衝突していた。弩級隊による援護はあれど、いかんせん数が多い。聖騎士たちが手練れと言えど、このままでは押し込まれるかもしれない。


 カヴォロスは視線を感じ、そちらをバッと仰いだ。

 鬼の軍勢、その向こうで佇む一人の男がいた。彼がニヤリと不敵に微笑むのが見える。


 言葉を交わさなくてもわかる。その目が雄弁に語っていた。


 ――そこにいたか、大将。


 カヴォロスは外壁から飛び降り、戦場に降り立つ。腰を低く落とし、右腕を大きく振りかぶって構える。


「うおぉぉぉぉぉっ――!!」


 こだまする雄叫びに呼応するかのように、漆黒の鎧が緑色の光を帯び始める。次の瞬間、鎧はカヴォロスの身体から外れ、バラバラになってそれぞれの部位が浮遊し始めた。そしてカヴォロスの掲げる右腕に集まり、新たな形を成していく。


 それは巨大な爪のような形状をしていた。この恐ろしく無骨な武器こそ、カヴォロスの切り札にして鬼の大軍を相手取るための最大の策である、対軍兵装。


 『王竜剣おうりゅうけん』。これを魔王陛下から賜るとき、そう名付けられた。


「エルク!!」

「はっ!! 皆、退け! 退け!!」


 エルクの号令で騎馬隊と歩兵隊が次々に村へと戻っていく。カヴォロスはそれを背に飛び出すと、追ってくる鬼どもに向けて右腕を振り抜いた。


 すると、強烈な衝撃波が地面を割りながら鬼どもへと飛来する。これに堪らず鬼どもはその身を散らし、倒れていく。半数以上の鬼がこの一撃を前に命を落とした。


 やがて衝撃波が止み、巻き上がった砂ぼこりが戦場を包み込む。


 その奥から、カヴォロスに向かって歩み寄る人影があった。


「こいつぁなかなか。やるじゃねぇか、大将」

「お褒めにあずかり光栄だ。さて、次はどうする」

「わかってんだろ?」


 砂ぼこりが晴れていく。

 互いの姿が見えるようになった瞬間、二人は同時に口を開いた。


四魔神将よんましんしょうカヴォロス」「扇空寺せんくうじ組頭領、辰真たつま


 声が重なる。


「「推して参る」」

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