第16話 決戦当日

 清々しい朝だった。

 あくる日も晩酌に明け暮れた鬼たちは、魔王城を発ち悠然と歩を進めていた。


 あれから。四魔神将よんましんしょうカヴォロスが屈辱の撤退を強いられてから七日が経過した。

 この日を今か今かと待ち望んでいた鬼どもは、浴びるように吞んでいた酒のことなど忘れてしまったかのよう。今は戦いのことしか頭にないのだ。

 凄まじい進軍速度で森を踏破し、その先にある村へと迫る。


 が、そこでガンガンガンとけたたましい音が鳴り響いた。何事かと音のする方を見上げれば、そこに見えるのはなにやら物見矢倉のような建物の上で、金属製のバケツのようなものを叩く人間の姿だった。


「こいつぁ……!」


 辰真たつまは目を見開く。それは本当にただの村なのか。木で組まれた外壁は高く、そう簡単には越えられそうにない。外壁の上には弓矢を持った兵士たちが構えており、鬼たちに狙いを定めていた。そして外壁の前には、馬に乗って槍を構える騎士たちの姿があった。

 数は鬼たちの方が上だ。だがそこに構える騎士や兵士たちには数に怯んだ様子はない。勇壮たる面持ちで鬼たちの襲来を待ち構えている。


「なるほど、そいつぁ結構。やってくれるじゃねぇか、大将」


 だが、だからこそ辰真は不敵に微笑み、それが鬼たちの士気を向上させるのであった。


     ※


「てぇぇぇぇぇぇっ!!」


 エルクの号令と共に、村人たちは矢を放つ。いや、今の彼らは――違う。元より彼らは村人などではなかった。頑強な鎧に身を包んだ彼らは皆、エルクの部下である聖騎士たちだ。


 彼らの放った矢は、こちらへ攻め込んで来る鬼の軍勢へと降り注ぐ。奴らがこれを振り払って進軍する中、エルクを先頭にした騎馬隊が突撃を始める。


 エルクが駆るのはフランベルジュだ。この名馬も実はベルカの家の家畜などではなく、聖騎士エルクの愛馬である。


 フランベルジュのたずなを片手で握るエルクは、反対の手に突撃槍ランスを携えていた。他の騎士たちも同様だ。その切っ先を前方に固定して構え、地を踏み鳴らして進撃して来る鬼の軍勢と激突する。


 そして戦場は大乱戦の様相を呈した。先陣を切った鬼の多くが、馬上からの一撃に薙ぎ倒されていく。鬼どもは言うなれば皆歩兵であり、その獲物も刀ばかりである。しかし荒れ狂う大海のような軍勢が、馬の足を止めるのに時間は掛からなかった。


 更に言えば、この鬼どもは人間の常識では考えられない身体能力を誇っていた。ある者は跳躍して馬上の騎士を蹴り付け、ある者は突撃槍を捕らえてへし折り、ある者はその両腕で馬の突進を真正面から受け止める。そこまでの力を持つのはごく一部の者のようではあったが、それでも騎士たちは彼らの力に驚愕した。


「止まるな! 駆け抜けろ!!」


 エルクが檄を飛ばすが、足を止めた者の多くが馬上から引きずり降ろされ、倒れていく。鬼どもを蹴散らし、群れの間を抜ける事ができたのは半数程度だった。だがそれでも僥倖だとして、エルクはすぐさま切り返して再突撃の号令を掛ける。


 弩級隊の中にいたベルカは、それを見るや否や矢を射った。彼に合わせて弩級隊が矢を放つと、それはさながら嵐の如く鬼の軍勢を襲う。


 更に、ベルカの父が率いる歩兵隊が行動を開始した。弩級隊を守るように配置されていた彼らは、猛雨に晒される鬼どもを一気呵成に攻め立てる。


 前方に歩兵隊と弩級隊、後方に騎馬隊と、挟撃される形に陥った鬼の軍勢だが、しかし彼らに怖気づく者はいなかった。誰もが狂気に顔を歪め、この窮地に悦びを見出していた。


 戦いの亡者たちに戦慄しながらも、聖騎士たちは己が祖国を守る為、決死の形相で突撃する。両軍の再度の激突に、大地が震え、森が揺れた。

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