第15話 村長宅

「どうぞ、こちらへ」


 ベルカの先導で向かうのは、彼の家だ。村の入り口は森の出口から地続きの平地だったが、やがて小高い丘を登り始めた。その先には平地の方に点在する家々よりも一回り大きな屋敷が見える。


「あれか?」

「ええ、一応、父が村長をしておりますので」

「成程、通りで」


 家が立派な事もそうだが、エルクが小姓にしたがる訳だ、とカヴォロスは改めて納得する。言外に込められたニュアンスを正確に読み、答えられる頭の回転の速さ。口の達者な聖騎士様ならそれはもう気に入るだろう。


 それはともかくとしてだ。カヴォロスは改めてベルカの家の方を見やる。二階建て、レンガ造りの落ち着いた佇まいである。窓からは明かりが零れており、住民がまだ床に就いていない事を示していた。


「まだ起きていたのか」

「ああいう人ですからね。帰ったら謝らないと」


 明かりに驚いた様子を見せるエルクに、ベルカは冷静に言葉を返す。

 そんな二人のやり取りにはもう慣れたか、彼らを余所に結花ゆかが顔を強張らせたまま口を開く。


「な、なんか緊張してきたね」


 ここまで、エルクやベルカたちとの出会いは受動的だった。この世界で、状況に動かされているとはいえ能動的に人に会うのはこれが初めてになる。緊張するのも無理はない。大人しい性質の結花なら尚更だろう。


 心配するなと声を掛ける。その一方で、問題は自分だなと胸中で独り言ちる。エルク曰く心配ないとの事だが、宿を借りる身だ。できる限り穏便に済めばそれに越した事はない。物腰は柔らかく、丁寧な方がいいだろう。


 ベルカが両開きの扉を開ける。中から溢れる光にやや目を細めながら、屋敷に入って行くベルカに続く。中はエントランスとなっていた。玄関から伸びるカーペットの先には二階への階段があり、両脇には部屋のドアが並んでいる。


「お、お邪魔しまーす……」

「ははは、結花殿は謙虚ですね。聖剣に選ばれた勇者様が邪魔など、誰が思いましょう」


 頭を何度も小さく下げながら中に入る結花に、エルクは朗らかに嘯いた。今の結花を一目見て勇者だと思える人間はそういないと思うが、聖剣さえあれば話は別だろうか。


「おお、ようやくお帰りかな、ベルカ」


 そこへ、二階から降りて来る男性の声があった。


「はい、ただいま帰りました父上。済みません、遅くなりました」

「いや、無事で何より。エルク殿もよくぞご無事で」


 階下まで降りて来た男性は、深々と頭を下げた。短く切り揃えた髪、鋭い目付きとそれを覆う長方形フレームの眼鏡など理知的な風貌だが、しかし鍛え上げられたであろう体躯はカヴォロスでも見上げる程大きく、武骨な印象をも抱かせる。ベルカが父上と呼んだ事から既に明らかだが、彼がベルカの父か。


「ああ、こんな時間にまで起きていてもらって済まないな。また今夜も厄介になる」

「ええ、構いません。それで、そちらの方々は」

「おっと、紹介が遅れたな。まず、こちらの女性は結花殿と言う」


 エルクは結花から紹介を始める。


「実は結花殿は聖剣に選ばれた今代の勇者でな。偶然、召喚されたばかりの彼女と出会ったのだ」

「ほう。勇者様ですか。これはそうとは知らず、失礼致しました。どうぞ、歓迎致します」


 胸に手を当て深く頭を下げる彼に、結花も慌てて礼を返す。

 しかし続いてベルカの父が頭を上げた時、カヴォロスは急速に頭が冷えるのを感じた。


「――して、重ねて失礼ですが、そちらの御仁は?」


 彼の身体が僅かに、だかしかし確実に戦闘態勢に移行するのを、カヴォロスは見逃さなかった。微かに半身を下げ、重心を落としただけであったが、成程、どうやらただの村長ではないようだ。


 対するカヴォロスは顔色を変えぬよう努めつつ、意識を切り替えていく。


 ただ、そんな二人の間に割って入るようにエルクが立つ。


「そう焦らなくとも、順番に紹介する。こちらは竜成たつなり殿。結花殿の護衛を務められておられる方だ」

「……ふむ」


 エルクの言葉に、ベルカの父は警戒態勢のままカヴォロスを見つめる。逆に、カヴォロスは相手の動きを見逃さないよう最低限の注意は払いつつも、敵意がない事を示す為に頭を下げた。


 ややあって、ベルカの父もカヴォロスへ向けて頭を下げ返す。


「申し訳ございません。ご無礼、お許しください」

「いや、こちらこそ。こんな風体で自ら名乗りもせず、悪戯に警戒させて申し訳ない。改めて、竜成です。よろしくお願いします」

「モーガンです。よろしくお願いいたします」


 頭を上げたカヴォロスは、ベルカの父――モーガンへ右手を差し出した。彼がその手を取り、固い握手を交わす。モーガンの大きな手は、見た目以上に力強い印象を抱かせた。


「さて、時間も時間だ。積もる話もあるが、お二人に寝室を用意してはもらえないだろうか?」

「ええ。構いませんとも。ベルカ、客間をご案内なさい」

「はい、父上。それではお二人とも、こちらです」


 ベルカの先導で、カヴォロスと結花は屋敷の奥へと向かった。


 ロビーの階段を上がり、二階へ向かう途中でベルカが問うてくる。


「お二人ご一緒の部屋でよろしいのでしょうか?」

「い、一緒!?」


 茹蛸のように顔を真っ赤にし、結花は階段を踏み外しそうになる。


「……済まん、空きがあれば別々で頼む」


 結花の身体を支えながら、カヴォロスは溜め息を吐きたくなるのを抑えて返事を返した。

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