第9話 勅命

 大きく飛び退き、腰を深く落として構える。何故エルクが、カヴォロスの名を知っているのだ。


「怖い顔をなさいますね」

「……」


 下手に口は開けない。睨み付けたまま、エルクが次の言葉を発するのを待つ。


「済みません。改めて自己紹介をさせて頂きます。私はアルド王国聖騎士団所属の聖騎士、エルクと申します。今、王国はあなたも出会った化物ども――鬼の脅威に晒されつつあります。私は国王陛下からの勅命を受け、吟遊詩人に扮して奴らの動向・戦力などの調査をしているのです」

「一人でか。答えられる事だけ答えてくれればいい。答えられないならはっきりそう言ってもらおう」

「……分かりました。そのご質問には答えられません。続きを話しても?」


 カヴォロスは無言を返す。それを肯定と取って、エルクは言葉を継ぐ。


「遥か東・世界の果ての更にその向こう。と呼ばれる国から奴らは攻めてきたそうです。和は既に奴らによって滅ぼされ、奴らはそれに飽き足らず、西へと進撃を続けているのだと。和からの使者たちがそれを伝えてくれました。使者と言っても、彼らは和から何とか落ち延びた者たちだったのでしょう。死力を尽くして危機を伝えてくれた後、すぐに亡くなられました」


 その者たちの死を思い返してか、エルクは歯噛みする。


 和か。竜成たつなりからすれば、鬼の存在から日本のような国がこちらの世界にもある事を想定するのは違和感がない。無論、エルクがそれを考慮して都合のいい嘘を吐ける可能性は限りなくゼロに近い。


 それに加えて、今しがた見せた表情は本物だった。カヴォロスの眼がそう言っている。話の信憑性は高いと言える。


「彼らの死と言葉を受け、アルド王国国王陛下は私に勅命を下されました。先に申し上げた通り、私の先祖は魔族です。そういう背景を持つ者たちは今の王国には決して少なくはありません。が、国内では彼らは穢れた血としてしばしば差別の対象となります。私も同様です。自分で言うのは恥ずかしいお話ですが、私は聖騎士団の中でもそれなりに高い地位にあります。聖騎士団は実力次第でのし上がれる場所です。それでも家柄や思想、風潮というものの影響がまるでない訳ではなく、魔族の血を引いているという事実が、私がこれより上に行く為の壁になっているのです。もちろん、今の立場も煙たがる声は多く聞こえます。現国王陛下は、そういった差別の声に心を痛められておられる。私がこの任を全うできれば、騎士団での地位は上がり、そういう声は影を潜めていくでしょう。同時に、私の昇進が魔族の血を引く者たち皆の標になる。陛下はそうお考えになられて、私にこの任を与えたのです」


 成程。カヴォロスはエルクの話を胸中で噛み砕く。つまり彼は、王国内での魔族の血を引く者たちの境遇改善の為に、諜報活動の任に就いているという訳だ。だが、そう簡単に上手くいくものだろうか。


「仮に調査が順調に進み、貴殿の報告内容から王国が勝利を収めたとして、それだけでそのような改善は見込めるものか? 聖騎士団とやらが実力主義であるなら、確かに王の勅命を果たした貴殿の功績は小さくはないだろうが、よりその功を讃えられるのは、武勲を上げた者や策を打ち出した者たちではないか?」

「そうなると、陛下の狙っている効果は薄くなる、と。確かに仰る通りです。ですので、私にはこの任の成功を足掛かりに、前線に立っていく事になるでしょう。そこから先は、私の武功次第、でしょうね」


 エルクの実力はまだ未知数だが、先の対峙である程度の腕は看破している。聖騎士団での地位が高いという言葉に嘘はないだろう。最前線で戦うだけの力がある事も間違いないだろうとみている。


「そうか。貴殿がここにいる理由は分かった。それで、どうして私の名を知っている」

「私は遠視と同時に、遠くの声を聞く魔術を使う事ができます。申し訳ありませんが、あなたが魔王城跡に現れてからの一部始終は全て見聞きさせて頂きました」

「鬼どもに追われている所から、ではなく、最初から見ていたという訳か」

「済みません。ですので、あの辰真たつまという鬼が7日の猶予を与えてくれた事、結花ゆか様が新たな勇者である事、あなたがかの四魔神将よんましんしょうカヴォロス殿である事、全て知っております」

「その上でこちらを化かしたか。今、手の内を曝け出す理由はなんだ」

「あなたの信頼を得る為です。先に申し上げましたが、私はあなたという存在に非常に興味があります。お話を伺う上で私だけが隠し事をしているのは公平ではないと思い、お話しできる範囲で打ち明けさせて頂きました。お答えできない部分に関しては、敵に知られるといささか不味い為です。あちら側に私と同じような魔術が使える者がいないとは限りません。どうかご容赦を」


 ここで、エルクはカヴォロスに対して深く頭を下げた。自ら顔を上げる気はないようだ。彼はカヴォロスの言葉を待っている。


 カヴォロスは暫くそれを見下ろした後、エルクに歩み寄った。

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