第8話 キャンプ設営

 結花ゆかを抱えて少し歩くと、エルクの言った通りの場所へ出る。木々の開けた間に、楕円形の空間ができた場所だ。カヴォロスの記憶とも一致する。


 魔王城の荒廃具合を見るに、ララファエルに倒されてからかなりの年月が経過しているように思っていたが、森の様子にあまり変化はないようだ。一体あれからどれだけの月日が流れているのだろう。


「テントを張りますね」

「手伝おう」


 ローブを脱ぎ、地面に敷いた。その上に結花を横たわらせる。

 いくら好まないとは言え、魔王陛下から受け賜った品だ。こんな扱いをするのは気が引けはしないかと思ったのだが、存外カヴォロスとしても特に思うところはなかった。


 我ながら随分と奇妙な思考回路になったものだと思いつつ、眠りに就く結花の様子を見やる。


 精神的にも肉体的にも疲れがピークに達していたのだろう。訳の分からない状況に巻き込まれて、休む暇すらなかったというのは人間の――ましてやたかだか高校生に過ぎない結花には辛かったはずだ。

 正直、この身体でなければ竜成たつなりも同じような状態だっただろう。カヴォロスの強靭な肉体と、成熟した精神が今の彼を支えてくれている。


「早く準備して、中で寝られるようにしましょう」


 カヴォロスは頷き、エルクと共に作業を始めた。杭を木槌で打ち、縄を固定していく。森の木々も利用して骨組みを作り、大きな布を被せて簡単なテントを作っていく。地面にも布を敷けば、かなり簡素なものではあるものの、テントの完成だ。


 暗がりの中でもカヴォロスは作業に支障がなかったが、どうやらエルクも中々夜目が利くようで、手際よく作業をこなしている。


「これに楽器や弓矢も持つとなると、かなり重たい装備になるのではないか?」

「そうですね。持ち運びのしやすいものにはしていますが、それでも一度使った物はそのまま捨て置いて、残りの道中を動きやすくしないと長旅は辛くなります」


 テントができると、少し離れた所の落ち葉を掻き分けてスペースを作る。木の枝を集めて、作ったスペースに重ねて置き、魔術で火を点ける。


 ようやくキャンプの準備ができた所で、カヴォロスは寝息を立てる結花を抱きかかえ、テントの中に移動させる。その間に、エルクは元々調達してあったという魚を焼き始めた。


「魚などはお食べになられるんですか?」


 魔族が何を食べるのか分からないのだろう。エルクの問いに、カヴォロスは火を挟んで彼の向かいに腰を下ろして答える。


「大丈夫だ。食べるものは人間とそう変わりない。それはそうと、エルク殿は私のこの姿を見ても何とも思わないのだな」

「最初に見た時は驚きましたけれどね。ただ、それは恐怖が故ではなく、まだ純粋な魔族が生き残っていたのかという意味です」

「生き残っていた? まさか、既に魔族は絶滅したと言うのか」

「ええ。勇者と魔王の戦いから500年。魔王が没した後、聖剣の力によって魔族は衰退し、やがてこの世界から姿を消したと聞いています。ご存じではなかったのですか?」


 眉をひそめるエルクに、カヴォロスは内心でしまったと呟く。この男に対して迂闊な事を喋ってはいけなかったのだと思い出す。


「実は、私の先祖は魔族なのです。人間と交わる事でその血を存続させてきた魔族は決して少なくありません。ですから、私は純粋にあなたに興味があるのです。お話を伺えませんか、四魔神将よんましんしょうカヴォロス殿」


 カヴォロスに戦慄が走った。

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