第4話 激突

 カヴォロスは名乗りを上げると、鬼たちとの距離を瞬時に詰めた。まるで転移のような移動速度である。

 拳を握り、赤鬼の懐に入り込む。腹部へと繰り出した拳は、それを貫通するかのような鋭い一閃であったが、直撃とはならなかった。


 なかなかできるな。カヴォロスは今の一撃で鬼の実力を測る。

 打撃を受ける寸前、赤鬼は見事な反応を見せていた。移動と同じような速度で放たれた拳撃を、しかし赤鬼は寸での所で掴み取ったのだ。拳と掌の激突する音が響き渡り、互いの膂力がぶつかり合う衝撃波が大気を震わせる。


「……こいつ、強い」

「そのままじゃ負けちまうぞー、赤いの」


 3対1で戦うつもりはないようだ。軽口を叩いてはいるがしかし、赤鬼がやられれば次は自分が、という気配を隠そうともしていない。


 カヴォロスは掴まれた拳を引き剥がし、回し蹴りを放つ。後方へ大きく拳を下げた反動のままに回転する身体に更に蹴りのモーションを乗せる。振り下ろされる斧のような上段蹴りが、赤鬼の顔面を穿たんと迫る。

 対する赤鬼も、拳を離された瞬間に蹴脚を選択していた。踵落とし染みたカヴォロスの蹴りと、逆袈裟に斬り上げるような赤鬼の蹴りが交錯し、激突する。鋼か何かが重なり合った時のような音が轟き光が弾ける。脚に力を加えたまま互いを圧し合う。静かな攻防。だが激突に震える互いの脚の感覚が、痛みが、衝撃が、確かな激しさを見る者にまで伝える。


 互いに脚を退くのは同時。赤鬼の拳がカヴォロスの鳩尾を狙う。それをいなして再び顔面を蹴り穿つ――が、赤鬼はこれをかがんで躱し、カヴォロスの軸足を掴む。そのまま足を持ち上げられ、仰向けに倒されるカヴォロスであったが、受け身を取りつつ倒れ込む勢いに逆らわず両足を振り上げる。

 倒れたカヴォロスへ肘打ちを叩き込もうとしていた赤鬼は、これに堪らずカヴォロスの足を離してしまう。大きく後転する形で追撃を逃れたカヴォロスは、飛び跳ねるように立ち上がり、赤鬼との間合いを一旦開いた。


 じり、と足を少しずつ滑らせ、互いが攻め時を窺う。


 その時だ。


「そこまでにしときな」

「若!?」


 外壁の上に、一人の青年が姿を現した。髪は短く、すらりとした長身。身を包むのは赤みがかった黒の和服という出で立ちの若い男である。鬼たちが驚愕するのを余所に、若と呼ばれた彼は鬼たちの前に降り立つ。その背に携えた、彼の身の丈を大きく越えるほどの刀が目を引くが、彼はそんなものなどまるで背負ってすらいないかのように軽い身のこなしで着地する。


「なにしてやがんですか、若! 一人でこんなとこまで!」

「一人じゃねぇよ。皆がお前らを待ちきれねぇっつって出て行こうとするから、俺が頭張ってやったんじゃねぇか」

「いやいや、どう見てもあんた乗り気じゃねぇですか!」


 緑鬼の言葉に、青年は耳を塞ぐ仕草を見せる。彼も鬼なのか。確かにその頭に角こそ生え、瞳の色も深い真紅ではあるが、肌の色が人間味に溢れ過ぎていた。


「そりゃあお前、野郎どもを宥めながら来てみりゃ、とんでもなく強ぇ奴の気配を感じちまったからな。てめぇらだけに美味しい所持っていかせるかってんだ」


 青年は背の刀を抜き放つ。この世界で刀を見るのは初めてだった。いや、竜成としても本物を見た事など一度もない。が、あれが相当の業物である事は、竜成の中にある知識とカヴォロスの持つ審美眼を組み合わせれば否が応でも理解できる。


「さて、早速やろうぜ……と言いてぇとこだが、ちっ」


 彼は城壁を振り返る。カヴォロスの耳にもそれは届いていた。千は容易く越えると思しき雄叫び。


「あいつらもうここまで来やがった……。酒と祭りと争い事にはなんでこう、どいつもこいつも抑えが効かねぇのかねぇ」

「……若が、一番抑えてない」

「あん? なんか言ったか青の字」

「それよりよぉ、若。続きをやらせてくれよ、続きをよ!」

「待ちな、赤の字。今日はここまでだ」


 青年は刀を収めた。どういうつもりだ。訝しむカヴォロスに、青年はこう告げた。


「見逃してやるっつってんだ。それとも、女の面倒見ながら、あの数と俺を一緒に相手するってのかい? そこまで見くびられちゃあこの場で叩っ斬ってやるしかねぇが、そのつもりはねぇだろう?」


 彼の言葉に、カヴォロスは無言を返す。それを肯定と受け取った青年は、


「こっから西に行きゃあ、なんとか王国ってのがあるって聞いてる。人里もあるだろう。7日は奴らを足止めしておいてやる。その間に準備を整えておきな」


 あんたとはサシでやりたい、と嗤った。


「そうだ。名前を聞いてなかったな。俺ぁ辰真たつま扇空寺せんくうじ組の頭領、辰真だ。あんたは」

「カヴォロス。魔王ダルファザルク陛下が側近、四魔神将カヴォロスだ」

「……ほう。その名前は聞いた事があるぜ。また会えるのが楽しみだ」


 その笑みを背に、カヴォロスは結花を連れて廃墟を去るしかなかった。

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